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「大洗町幕末と明治の博物館」の松林の中に、徳川斉昭の片腕となって改革を進めた藤田東湖の迫力のある銅像が立っています。水戸学の学者でまた有能な政治家でもあった東湖は、幕末の志士たちに大きな影響を与え、西郷隆盛も水戸藩江戸屋敷に東湖を訪ね何度も語り明かしました。残念ながら1855年の安政の大地震で、母親を助けようとして50歳で圧死してしまいました。もし生きていたら、その後の凄まじい藩内抗争は起きなかったとよく言われますが仙人も同感です。
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この像は地元出身の飛田忠造(東山)が昭和16年に母校の磯浜小学校に寄付したもので、その後昭和30年11月に現在地に移転したと説明板にあります。この人物は尾崎士郎の吉良常そして高倉健主演映画の「唐獅子牡丹」のモデルともいわれ、「最後の町奴」といわれた当時の有名な侠客だったようです。
相当な力作の銅像なので、彫刻家の名前を探しましたが、見当たりませんでした。
右脇には東湖の「正気歌」の碑と飛田東山の「文武不岐」の碑が並んでいます。
なお「常陽藝文」には、東湖像は大洗出身の桜井萬次郎が、師事していた当時の彫塑界の大家、長谷川栄作の指導のもと制作にあたったと書かれています。