中区八丁堀のYMCAによって育てられている株分けされた「被爆したインドハマユウ」です。
(西向きの説明板は読みにくくなってきています)
『爆心地から東へ約2kmの地点に市街地を見下ろす高さ70mほどの小さな比治山があります。
当時ここには、陸軍船舶砲兵団(通称:暁部隊)の隊員1500名ほどが駐屯していました。その1人が兵長の尾島良平さんです。
隊員の食事を担当していた尾島さんは、食材の買出しにでかけたとき、広島市の西にある己斐町で農業を営む橋本一太さんから、めずらしいハマユウの株をもらい、比治山の兵舎の横に植えていました。
それは、ゆりのように花弁が円錐になったインド・ハマユウでした。・・・』
(裕編集の)(YMCAに植えられた株分けされた)被爆インドハマユウ
(西向きの説明板は読みにくくなってきています)
『爆心地から東へ約2kmの地点に市街地を見下ろす高さ70mほどの小さな比治山があります。
当時ここには、陸軍船舶砲兵団(通称:暁部隊)の隊員1500名ほどが駐屯していました。その1人が兵長の尾島良平さんです。
隊員の食事を担当していた尾島さんは、食材の買出しにでかけたとき、広島市の西にある己斐町で農業を営む橋本一太さんから、めずらしいハマユウの株をもらい、比治山の兵舎の横に植えていました。
それは、ゆりのように花弁が円錐になったインド・ハマユウでした。・・・』
(裕編集の)(YMCAに植えられた株分けされた)被爆インドハマユウ
7月30日(安芸区のわが家付近)天候:晴れ(少し靄っています)