09.6/14 415回
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(24)
紫の上は、源氏を特別恨んでいらっしゃる訳ではありませんが、この夜は夢の中で苦しまれたからでしょうか、源氏の夢に(紫の上が)お見えになりましたので、女三宮のお部屋でお寝みになっておられました源氏は、
「うちおどろき給ひて、いかにと心騒がし給ふに、鶏の音待ち出で給へれば、夜深きも知らず顔に、いそぎ出で給ふ。」
――驚いて目を覚まされて、どうかしたのではないかと胸騒ぎなさるうちに、鶏が鳴きだしました。まだ夜明けには間のあるものの、気づかぬふうにして、急いで女三宮の許をお立ち出でになります――
「いといはけなき御有様なれば、乳母たち近く侍ひけり。妻戸おしあけて出で給ふを、見奉り送る。明けぐれの空に、雪の光見えておぼつかなし。名残までとまれる御にほひ『闇はあやなし』とひとりごたる」
――(女三宮は)たいそう幼いご様子ですので、乳母たちが近くに控えていて、妻戸を押し開けて源氏をお見送り申し上げました。明け方の薄暗い空に、雪の光がほの見えておぼつかない。源氏が帰られた後まで残っている香りに、女房たちは、「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」などと古歌を口づさむのでした――
源氏は紫の上のお部屋の御格子を叩きますが、侍女たちは素知らぬ振りをして空寝をして大分お待たせしましたので、すっかり体は冷え切ってしまわれたようでした。
紫の上の夜具をそっと取りのけられますと、涙に濡れた袖でお顔を隠していらっしゃる。源氏はあらためて、あの高貴な人と比べてもこれほどの妻はいないと、紫の上をこよなく可愛いいものだと思うのでした。
この日一日、源氏は紫の上のご機嫌が直らぬのを恨まれて、女三宮のところへ行きそびれ、お文だけを差し上げます。
「今朝の雪に心地あやまりて、いとなやましく侍れば、心やすき方にたまらひ侍る」
――今朝の雪に気分が悪くなりまして、悩ましゅうございますので、心安きところで休んでおります――
このお文に、女三宮の御乳母は、
「然聞こえさせ侍りぬ」
――そう申し上げました――
とだけ、口頭で言われましたとか。源氏はなんと素っ気ないお返事だと味気なくお思いになります。
◆写真:まだ明けきらぬ冬の空 風俗博物館
ではまた。
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(24)
紫の上は、源氏を特別恨んでいらっしゃる訳ではありませんが、この夜は夢の中で苦しまれたからでしょうか、源氏の夢に(紫の上が)お見えになりましたので、女三宮のお部屋でお寝みになっておられました源氏は、
「うちおどろき給ひて、いかにと心騒がし給ふに、鶏の音待ち出で給へれば、夜深きも知らず顔に、いそぎ出で給ふ。」
――驚いて目を覚まされて、どうかしたのではないかと胸騒ぎなさるうちに、鶏が鳴きだしました。まだ夜明けには間のあるものの、気づかぬふうにして、急いで女三宮の許をお立ち出でになります――
「いといはけなき御有様なれば、乳母たち近く侍ひけり。妻戸おしあけて出で給ふを、見奉り送る。明けぐれの空に、雪の光見えておぼつかなし。名残までとまれる御にほひ『闇はあやなし』とひとりごたる」
――(女三宮は)たいそう幼いご様子ですので、乳母たちが近くに控えていて、妻戸を押し開けて源氏をお見送り申し上げました。明け方の薄暗い空に、雪の光がほの見えておぼつかない。源氏が帰られた後まで残っている香りに、女房たちは、「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」などと古歌を口づさむのでした――
源氏は紫の上のお部屋の御格子を叩きますが、侍女たちは素知らぬ振りをして空寝をして大分お待たせしましたので、すっかり体は冷え切ってしまわれたようでした。
紫の上の夜具をそっと取りのけられますと、涙に濡れた袖でお顔を隠していらっしゃる。源氏はあらためて、あの高貴な人と比べてもこれほどの妻はいないと、紫の上をこよなく可愛いいものだと思うのでした。
この日一日、源氏は紫の上のご機嫌が直らぬのを恨まれて、女三宮のところへ行きそびれ、お文だけを差し上げます。
「今朝の雪に心地あやまりて、いとなやましく侍れば、心やすき方にたまらひ侍る」
――今朝の雪に気分が悪くなりまして、悩ましゅうございますので、心安きところで休んでおります――
このお文に、女三宮の御乳母は、
「然聞こえさせ侍りぬ」
――そう申し上げました――
とだけ、口頭で言われましたとか。源氏はなんと素っ気ないお返事だと味気なくお思いになります。
◆写真:まだ明けきらぬ冬の空 風俗博物館
ではまた。