09.6/25 426回
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(35)
乳母の中納言は、
「たのもしき御陰どもに、さまざまにおくれ聞こえ給ひて、心細げにおはしますめるを、かかる御ゆるし侍るめれば、ます事なくなむ思う給へられける。(……)」
――(宮様は)頼りとする方々に次々お別れになりまして、心細くいらっしゃいます時に、このようなご親切を頂きますと、この上ない仕合せに存じます。(ご出家遊ばしました朱雀院の思し召しも、ただもうあなた様が隔てなくお交じわりくださいまして、まだ幼いご様子を、ご教育くださいますようにとの事でございました)――
このように申し上げます。紫の上は、
「いとかたじけなかりし御消息の後は、いかでとのみ思ひ侍れど、何事につけても、数ならぬ身なむ口惜しかりける」
――まことにもったいない朱雀院のお手紙をいただきまして後は、何とかお力になりたいと思っておりますが、何事につけましても、ものの数でないわが身が口惜しゅうございます――
と、穏やかに大人びたご様子で、宮にもお気に入るようにと、絵や雛遊びがいまだに忘れられないなどと言うことを、若々しくお話になりますと、姫宮は、
「げにいと若く心よげなる人かなと、をさなき御心地にはうちとけ給へり」
――本当に源氏が言われたように、紫の上は若々しく良いご気性の方だと、少女らしいお心にうち解けてしまわれました――
この後は、始終お文のやり取りをなさったり、睦まじくお話しなさったりしておりますが、世間ではとやかくお二人と源氏の間のことを詮索するようです。当のお二人が憎み合うこともなく親しみ合われますので、世間の噂もそれまでになっていくようです。
さて、
「十月に、対の上、院の御賀に、嵯峨野の御堂にて、薬師仏供養じ奉り給ふ」
――十月に紫の上は、源氏の四十の賀として、嵯峨野の御堂にて薬師仏の供養を催されました。―-
儀式ばったことのお嫌いな源氏が、切に制止なさいましたので、あまり目立たぬようにとのことでしたが、それでも、
「仏、経箱、帙簀の整へ、真の極楽思ひやるる。最勝王経、金剛般若、壽命経など、いとゆたけき御祈りなり」
――御仏やお経を納める箱、経を巻き納める帙簀(じす)の整っていらっしゃるのは至って見事で、極楽もかくやと思われるばかりです。最勝王経、金剛般若、壽命経など盛大なご祈願でいらっしゃる――
このご供養にも上達部がたいそう多く参集されました。
「御堂のさま面白く言はむ方なく、紅葉の陰分け行く野辺の程より始めて、見ものなるに、かたへはきほひ集まり給ふなるべし。(……)
――御堂の近くの風情は例えようもなく、紅葉の陰をわけて行く野辺のあたりからもう見ごろなので、半ばはこの景色に惹かれて競い集まられたものでしょうか。(一面に霜枯れた野原のあちこちに、馬や車の行きかう音がしきりに秋草をさやさやと響かせていります。六条院の女君方は、われもわれもと立派に御誦経(みずきょう)を営まれました。
◆最勝王経(さいしょうおうきょう)=金光明最勝王経
◆金剛般若(こんごうはんにゃ)=金剛般若波羅密多経
◆壽命経(ずみょうきょう)=一切如来金剛壽命陀羅尼経
◆写真:女三宮のお部屋と調度類 風俗博物館
ではまた。
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(35)
乳母の中納言は、
「たのもしき御陰どもに、さまざまにおくれ聞こえ給ひて、心細げにおはしますめるを、かかる御ゆるし侍るめれば、ます事なくなむ思う給へられける。(……)」
――(宮様は)頼りとする方々に次々お別れになりまして、心細くいらっしゃいます時に、このようなご親切を頂きますと、この上ない仕合せに存じます。(ご出家遊ばしました朱雀院の思し召しも、ただもうあなた様が隔てなくお交じわりくださいまして、まだ幼いご様子を、ご教育くださいますようにとの事でございました)――
このように申し上げます。紫の上は、
「いとかたじけなかりし御消息の後は、いかでとのみ思ひ侍れど、何事につけても、数ならぬ身なむ口惜しかりける」
――まことにもったいない朱雀院のお手紙をいただきまして後は、何とかお力になりたいと思っておりますが、何事につけましても、ものの数でないわが身が口惜しゅうございます――
と、穏やかに大人びたご様子で、宮にもお気に入るようにと、絵や雛遊びがいまだに忘れられないなどと言うことを、若々しくお話になりますと、姫宮は、
「げにいと若く心よげなる人かなと、をさなき御心地にはうちとけ給へり」
――本当に源氏が言われたように、紫の上は若々しく良いご気性の方だと、少女らしいお心にうち解けてしまわれました――
この後は、始終お文のやり取りをなさったり、睦まじくお話しなさったりしておりますが、世間ではとやかくお二人と源氏の間のことを詮索するようです。当のお二人が憎み合うこともなく親しみ合われますので、世間の噂もそれまでになっていくようです。
さて、
「十月に、対の上、院の御賀に、嵯峨野の御堂にて、薬師仏供養じ奉り給ふ」
――十月に紫の上は、源氏の四十の賀として、嵯峨野の御堂にて薬師仏の供養を催されました。―-
儀式ばったことのお嫌いな源氏が、切に制止なさいましたので、あまり目立たぬようにとのことでしたが、それでも、
「仏、経箱、帙簀の整へ、真の極楽思ひやるる。最勝王経、金剛般若、壽命経など、いとゆたけき御祈りなり」
――御仏やお経を納める箱、経を巻き納める帙簀(じす)の整っていらっしゃるのは至って見事で、極楽もかくやと思われるばかりです。最勝王経、金剛般若、壽命経など盛大なご祈願でいらっしゃる――
このご供養にも上達部がたいそう多く参集されました。
「御堂のさま面白く言はむ方なく、紅葉の陰分け行く野辺の程より始めて、見ものなるに、かたへはきほひ集まり給ふなるべし。(……)
――御堂の近くの風情は例えようもなく、紅葉の陰をわけて行く野辺のあたりからもう見ごろなので、半ばはこの景色に惹かれて競い集まられたものでしょうか。(一面に霜枯れた野原のあちこちに、馬や車の行きかう音がしきりに秋草をさやさやと響かせていります。六条院の女君方は、われもわれもと立派に御誦経(みずきょう)を営まれました。
◆最勝王経(さいしょうおうきょう)=金光明最勝王経
◆金剛般若(こんごうはんにゃ)=金剛般若波羅密多経
◆壽命経(ずみょうきょう)=一切如来金剛壽命陀羅尼経
◆写真:女三宮のお部屋と調度類 風俗博物館
ではまた。