永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(前々回分416)

2009年06月17日 | Weblog
09.6.17 (09.6/15   416回)分

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(25)

 源氏は、このようなことが朱雀院に聞こえましたならば申し訳なく、人前だけでもお輿入れの当座を繕っておかねばとお思いになりますが、

「あな苦し」
――ああ苦しいことだ――

まったく思った通りだ、と思い続けていらっしゃる。紫の上もご自分が引きとめているように取られますのも心苦しく、この苦しさを察してくださらない源氏の思いやりのなさがお辛いのでした。

 五日目の今朝、いつものように紫の上のお部屋で起きられた源氏は、姫宮にお文を差し上げます。

「なかみちをへだつる程はなけれども心みだるる今朝のあはゆき」
――あなたと私との間の道を妨げる程でもありませんが、今朝の淡雪には心が乱れて参上できません――

 と梅の花に付けて、使者を送りだしたまま、外を眺めていらっしゃる。ちらちら雪が降る中に、鶯が若々しい声で近くの紅梅の梢に鳴くのをご覧になっていらっしゃる。そのお姿は、大きなお子たち(夕霧や明石の女御)がいらっしゃる方とも見えず、お若く艶めかしいお姿です。
お返事がなかなかなので、お部屋に戻って紫の上とご一緒のところに、女三宮からのご返事がきます。紅の薄様の紙にあざやかにおし包まれたお文は、紫の上のお目に隠しようもなく、源氏はどきりとなさったのでした。それは、あまりにも幼い筆跡でしたので、しばらくは紫の上にはお見せしたくなかったのでした。

「ひき隠し給はむも心おき給ふべければ、かたそばひろげ給へるを、尻目に見おこせて添ひ臥し給へり」
――お隠しになっても、紫の上のほうで気まづく思われるであろうと、片端を広げられますのを、紫の上は横目でご覧になりながら寄り臥していらっしゃる――

◆写真:梅の花

源氏物語を読んできて(418)

2009年06月17日 | Weblog
 09.6/17   418回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(27)

 女三宮は、ただ源氏が言われます通りに、なよなよと靡き寄って、御心に思うまま無邪気にお答えになりますので、源氏は、とても突き放すようなことはお出来にならない。
源氏も年の功で、今では女の事はみなそれぞれだからと、穏やかにお考えになって、この姫宮も傍目には申し分のない方なのだろうと思っていらっしゃる。それにつけても、

「対の上の御有様ぞなほあり難く、われながらもおふしたてけり」
――紫の上の立派さは矢張り格別で、自分ながらよく教育したものだ――

 と、ますます紫の上を恋しく思うお気持ちに、我ながら不吉な予感さえ覚えるのでした。

 朱雀院は、その月のうちに御寺にお入りになりました。女三宮のご教育など、自分に遠慮なくするようにと、源氏にくれぐれもお頼みになります。女三宮の幼さを不安にお思いのご様子で、さらに紫の上にも朱雀院はお文をお寄こしになって、

「幼き人の、心地なきさまにて、うつろひものすらむを、罪なくおぼしゆるして後見給へ。たづね給ふべきゆゑもやあらむとぞ」
――まだ年端もゆかない人が、何の考えもないままにそちらへ移って行きましたが、お咎めなくお許しになってお世話してください。まんざら御縁がない仲ではありませんので――

 と、御歌は、

「『そむきにしこの世にのこる心こそ入るやまみちのほだしなりけれ』闇をえはるけで聞こゆるも、をこがましくや」
――「出家して棄てたこの世に、子を思う心が残っている事こそ、修道の妨げです」
子故の闇を払えないで、こんなお願いを申すのも愚痴とお考えでしょうか――

 源氏も院からのお文をご覧になって、「真心を込められたお手紙ですから、お返事を差し上げなさい」と紫の上に申します。使者にはお酒を振舞って、禄を渡されます。紫の上は、何とお返事申し上げるべきかとお困りになりましたが、たくさんの言葉を連ねて面白く書くべき場合ではありませんので、ただ感想として、

「背く世のうしろめたくばさりがたきほだしをしひてかけな離れそ」
――お棄てになったこの世がご不安でしたら、離れ難い姫宮のことを強いてお忘れになりませんように――

 とでも、お書きになったのでないでしょうか。
 
◆まんざら御縁がない仲でもない=女三宮の御母は紫の上の伯母(父母の姉)

ではまた。