09.7/3 434回
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(43)
「三月の十日あまりの程に、たひらかに生まれ給ひぬ」
――三月十日ほどに、明石の姫君は御安産あそばされました――
一方ならぬご心配で大騒ぎしましたが、さしてお苦しみにもならず、しかも、男御子(おとこみこ)でいらっしゃったので、源氏もこの上なくご満悦で、胸を撫で下ろされたのでした。御産養い(うぶやしない)の儀式をご立派になさるため、北西にある明石の御方の御住いから、南の町の寝殿にお移りになります。
紫の上も御産室にお出でになります。
「白き御装束し給ひて、人の親めきて、若宮をつと抱き居給へるさま、いとをかし。自らかかること知り給はず、人の上にても見ならひ給はねば、いとめづらかにうつくしと思ひ給へり」
――(紫の上は)白いご衣裳で、まるで母親のようなお顔つきで、若君をしかと抱いておいでになるご様子は、まことにお美しい。ご自分ではお産の経験がなく、人のお世話もされたことがありませんので、嬰児を大層珍しく可愛いと思っておられます――
「むづかしげにおはする程を、絶えず抱きとり給へば、まことの祖母君は、ただ任せ奉りて、御湯殿のあつかひなどを仕うまつり給ふ」
――(若君が)お小さくて扱いにくい頃から、紫の上は始終抱き取られておいでになりますので、本当の祖母君(明石の御方)は、ただ紫の上にお任せになって、御湯殿などのお世話をなさっています――
生後六日目に当たるという日に、いつもの南の寝殿にお移りになりました。七日目の夜の産養いには、東宮と冷泉帝からはお使いの者たちが宣旨を承って堂々と立派になされ、親王や大臣家からのお祝いは善美をつくして、われもわれもと限りを尽くして献上されます。
源氏も、今度のことでは何事も省くことなく、世に驚くほど盛大にお祝い事をなさって、嬰児をお抱きになって、
「大将のあまた設けたなるを、今まで見せぬがうらめしきに、かくらうたき人をぞ得奉りたる」
――夕霧はたくさん子をつくったようだが、今までも見せに来ないのが恨めしいと思っていたが、こんなにお可愛らしい宮を授けていただいた――
◆産養い(うぶやしない)=産後の3日、5日、7日、9日の夜に、親族が食物や衣服を贈って祝う儀式。特に7日は盛大であった。嬰児の死亡率の高かった時代をうかがわせる。貴族では乳の豊富な乳母を見つけ、あてがって育てる。
◆写真:若宮を抱く紫の上
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(43)
「三月の十日あまりの程に、たひらかに生まれ給ひぬ」
――三月十日ほどに、明石の姫君は御安産あそばされました――
一方ならぬご心配で大騒ぎしましたが、さしてお苦しみにもならず、しかも、男御子(おとこみこ)でいらっしゃったので、源氏もこの上なくご満悦で、胸を撫で下ろされたのでした。御産養い(うぶやしない)の儀式をご立派になさるため、北西にある明石の御方の御住いから、南の町の寝殿にお移りになります。
紫の上も御産室にお出でになります。
「白き御装束し給ひて、人の親めきて、若宮をつと抱き居給へるさま、いとをかし。自らかかること知り給はず、人の上にても見ならひ給はねば、いとめづらかにうつくしと思ひ給へり」
――(紫の上は)白いご衣裳で、まるで母親のようなお顔つきで、若君をしかと抱いておいでになるご様子は、まことにお美しい。ご自分ではお産の経験がなく、人のお世話もされたことがありませんので、嬰児を大層珍しく可愛いと思っておられます――
「むづかしげにおはする程を、絶えず抱きとり給へば、まことの祖母君は、ただ任せ奉りて、御湯殿のあつかひなどを仕うまつり給ふ」
――(若君が)お小さくて扱いにくい頃から、紫の上は始終抱き取られておいでになりますので、本当の祖母君(明石の御方)は、ただ紫の上にお任せになって、御湯殿などのお世話をなさっています――
生後六日目に当たるという日に、いつもの南の寝殿にお移りになりました。七日目の夜の産養いには、東宮と冷泉帝からはお使いの者たちが宣旨を承って堂々と立派になされ、親王や大臣家からのお祝いは善美をつくして、われもわれもと限りを尽くして献上されます。
源氏も、今度のことでは何事も省くことなく、世に驚くほど盛大にお祝い事をなさって、嬰児をお抱きになって、
「大将のあまた設けたなるを、今まで見せぬがうらめしきに、かくらうたき人をぞ得奉りたる」
――夕霧はたくさん子をつくったようだが、今までも見せに来ないのが恨めしいと思っていたが、こんなにお可愛らしい宮を授けていただいた――
◆産養い(うぶやしない)=産後の3日、5日、7日、9日の夜に、親族が食物や衣服を贈って祝う儀式。特に7日は盛大であった。嬰児の死亡率の高かった時代をうかがわせる。貴族では乳の豊富な乳母を見つけ、あてがって育てる。
◆写真:若宮を抱く紫の上