永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(441)

2009年07月10日 | Weblog
09.7/10   441回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(50)

「猫はまだよく人にもなつかぬにや、綱いと長くつきたりけるを、物にひきかけまつはれにけるを、逃げむとひこじろふ程に、御簾のそばいとあらはに引き揚げられたるを、とみにひき直す人もなし」
――猫はまだよく人に懐いていないせいか、首に綱を大分長くつけていたのですが、その綱を物にひっかけて、体に巻き付いたのから逃げようと引っ張るうちに、御簾の片端がひどく高く引き上げられましたのを、すぐには引き下ろす人もいません――

 御簾の降ろしてある柱の側近くにいました女房たちも、みな慌てておびえています。

「几帳の際すこし入りたる程に、袿姿にて立ち給へる人あり。階より西の二の間の東のそばなれば、まぎれどころもなく、あらはに見入れらる」
――几帳から少し奥まったところに、袿姿(うちぎすがた)で立っておいでになる方がいました。中央の階の間から西へ二間目の東側なので、隠れようもなくすっかり見すかされる。(ここは寝殿の南で、柏木は西向きに立っている)――

 お召物は紅梅襲ねでしょうか、濃淡の襲ね具合が華麗で、裾は草子の端の重なりのようで、表着は桜襲ね(表白、裏赤)の細長のようです。

「御髪の、裾までけざやかに見ゆるは、糸をよりかけたるやうになびきて、すそのふさやかにそがれたる、いとうつくしげにて、七、八寸ばかりぞあまり給へる」
――御髪が末の方までくっきりと、絹糸を撚りかけたように靡いて、すそのほうが房々と切り揃えられてゆらゆらとして、たいへん美しく、背よりも七,八寸ばかり長くていらっしゃる――

 (女三宮に違いない方は)たいそう小柄で、ご衣裳が裾の方に長く余って、お姿といい、御髪のかかっていらっしゃる横顔が言うに言われぬほどみやびに愛らしくお見えになります。夕べの光の中ですので、これ以上はっきりしませんが、

「猫のいたく啼けば、見かへり給へるおももちもてなしなど、いとおいらかにて、若くうつくしの人やと、ふと見えたり」
――猫がしきりに啼きますので、ふとこちらをご覧になった女三宮のお顔つきや、ご様子など、まことにゆったりと明るく、何という若く可愛らしい方だと、柏木はわれを忘れてしまうほど感動したのでした――

◆ひこじろふ=引こじろふ=強く引っ張る。

◆写真:蹴鞠を御簾越しにみる女三宮方のお部屋、女房たち。

ではまた。