09.7/12 443回
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(52)
「宰相の君は、よろづの罪をもをさをさたどられず、覚えぬ物の隙より、ほのかにそれと見奉りつるにも、わが昔よりの志のしるしあるべきにやと、契うれしき心地して、飽かずのみ覚ゆ」
――柏木は、宮の持っていらっしゃる欠点を何一つ数えることもせず、意外な物陰からちらりをお見かけしたにつけても、以前からお慕い申している思いが届くしるしであろうかと、その因縁をうれしく、胸いっぱいに思い続けているのでした――
源氏は、若かった昔を思い出されて柏木にお話になります。「あなたの父上とは、何かと競いあう仲でしたが、鞠だけは全く及びませんでしたよ。上手の血筋は大したものだ。あなたの毬は、いや実に立派でしたよ」
と、お褒めになります。柏木はちょっと微笑んで、
「はかばかしき方にはぬるく侍る家の風の、さしも吹き伝へ侍らむに、後の世の為異なる事無くこそ侍りぬべけれ」
――手腕という方面で劣る我が家の家風が、このような毬などの技で伝わって参りましたところで、子孫のために何程のこともございません――
と、申し上げますと、源氏は「何の何の、何事でも人に優れた点は子孫に伝えるべきですよ。蹴鞠の名人など系図に記録しておかれたら面白からう」などと、戯れ言をおっしゃるご様子の艶やかにお美しいのをお見上げしつつ、このような源氏を夫に持たれた女三宮が他の男にお心を移されることがあろうか、と
「何事につけてか、あはれと見ゆるし給ふばかりは、なびかし聞こゆべき」
――どうすれば、自分に情をお掛けくださるほどに、宮のお心を揺り動かすことができようか――
と、思いめぐらしては、到底自分など、女三宮には近づけない身の程が知られますので、胸の塞がる思いで切ないままに、六条院を退出しました。
◆写真:蹴鞠のあとの夕霧(左)と柏木(右)。 風俗博物館
ではまた。
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(52)
「宰相の君は、よろづの罪をもをさをさたどられず、覚えぬ物の隙より、ほのかにそれと見奉りつるにも、わが昔よりの志のしるしあるべきにやと、契うれしき心地して、飽かずのみ覚ゆ」
――柏木は、宮の持っていらっしゃる欠点を何一つ数えることもせず、意外な物陰からちらりをお見かけしたにつけても、以前からお慕い申している思いが届くしるしであろうかと、その因縁をうれしく、胸いっぱいに思い続けているのでした――
源氏は、若かった昔を思い出されて柏木にお話になります。「あなたの父上とは、何かと競いあう仲でしたが、鞠だけは全く及びませんでしたよ。上手の血筋は大したものだ。あなたの毬は、いや実に立派でしたよ」
と、お褒めになります。柏木はちょっと微笑んで、
「はかばかしき方にはぬるく侍る家の風の、さしも吹き伝へ侍らむに、後の世の為異なる事無くこそ侍りぬべけれ」
――手腕という方面で劣る我が家の家風が、このような毬などの技で伝わって参りましたところで、子孫のために何程のこともございません――
と、申し上げますと、源氏は「何の何の、何事でも人に優れた点は子孫に伝えるべきですよ。蹴鞠の名人など系図に記録しておかれたら面白からう」などと、戯れ言をおっしゃるご様子の艶やかにお美しいのをお見上げしつつ、このような源氏を夫に持たれた女三宮が他の男にお心を移されることがあろうか、と
「何事につけてか、あはれと見ゆるし給ふばかりは、なびかし聞こゆべき」
――どうすれば、自分に情をお掛けくださるほどに、宮のお心を揺り動かすことができようか――
と、思いめぐらしては、到底自分など、女三宮には近づけない身の程が知られますので、胸の塞がる思いで切ないままに、六条院を退出しました。
◆写真:蹴鞠のあとの夕霧(左)と柏木(右)。 風俗博物館
ではまた。