永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(446)

2009年07月15日 | Weblog
09.7/15   446回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(55)

 柏木からのお文には歌が添えられていて、

「よそに見て折らぬ歎きはしげれどもなごり恋しき花の夕かげ」
――よそながらお見かけしましただけで、お逢いできない歎きはいや増して、夕べの花陰のお姿が恋しく忍ばれます――

 と、あります。小侍従はあの日、居なかったので事情を知らず、お文の内容が飲み込めず、ただ、まだ見ぬ恋に憧れてのありふれたものと思っています。女三宮にこのお文を持って来て申し上げますには、

「この人の、かくのみ忘れぬものに、こととひものし給ふこそわづらはしく侍れ。(……)自らの心ながら知り難くなむ」
――柏木の君が、こうして宮さまを忘れられぬとお手紙をお寄こしになるのが、とても私には迷惑です。(あまりの思いこみに、私の方で、見るに見かねることになりそうで(思いを遂げるお手伝いをしそうで)私の心も変になりそうです――

 女三宮はちょっとお笑いになっておっしゃるには、

「いとうたてある事をも言ふかな」
――まあ、何てとんでもない事を言うの――

 と、気にかけるご様子もなくおいででしたが、広げられたお文をちらりとご覧になって、「見もせぬ」の歌の文字にはっとなさって、あの軽率だった御簾の端のことを思い合わされ、源氏がいつも「大将に見え給ふな。いはけなき御有様なめれば、自ずからとりはづして見奉るやうもありなむ。(夕霧にお姿をお見せになってはいけませんよ。あなたは他愛ないところがおありですから、ひょっとしてお姿を見られるということもありますからね)」ご注意なさっておられたことを思い出されて、柏木に見られた事にはお考えが及ばず、

「先づ憚り聞こえ給ふ心の中ぞ幼かりける」
――真っ先に源氏に気兼ねし、怖がっておいでになるのは、まことにお気持ちが幼ない――

 小侍従は、あの日、柏木が自分に逢いにいらしたのでないらしい、とは察しましたが、宮からのお返事はもちろん頂けませんので、

「いまさらに色にな出でそ山桜およばぬ枝にこころかけきと」
――及びもつかぬ宮様へのお気持ちは今更お顔にお出しになりませんように――

 無駄なことですよ、と、自分でお返事をしました。(柏木と小侍従は男女の関係にあると考えられます。この時代、思いと遂げるためには側近の女房を情愛で手なずけます)

【若菜上(わかな上)の巻】おわり。