09.7/30 461回
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(15)
正月も二十日ほどになりますと、空もうららかに、風も暖かく吹いて、六条院のお庭の梅も花盛りになっていきます。源氏は「二月になれば、御賀の準備も忙しく、合奏なども試楽のように聞こえるでしょうから、今のうちに女達の合奏を催そう」とおっしゃって、女三宮の寝殿に紫の上はじめ、女方をお連れになります。
紫の上方から童女四人、明石の女御方からも四人の童女、明石の御方からも四人の童女を、いづれも容貌の優れたものを選び出し、汗袗など美しく装わせてお連れになります。我も我もと女房たちも合奏を聴きたくて、参上したがりますが、源氏は多少の心得のある者だけを選んで従わせます。
女三宮の御殿の廂の間の隔てを外して、御几帳ばかりになさり、
「今日の拍子合はせには、童べを召さむとて、(……)」
――今日の絃楽器に管楽器(笛など)を合奏するのに、童子を召すことにして、(髭黒の三男で玉鬘腹の第一子に笙の笛を、夕霧の雲井の雁腹の長男太郎に横笛をと、簀子に席を作ります)――
室内(廂の間)には、お褥(しとね)を敷き、源氏ご秘蔵の琴など、見事な紺地に入っているのを取出されて、お並べになります。
「明石の御方に琵琶、紫の上に和琴、女御の君に筝の御琴、宮には、かくことごとしき琴はまだえ弾き給はずや、とあやふくて、例の手ならし給へるをぞ、調べてたてまつり給ふ」
――明石の御方には琵琶を、紫の上には和琴を、明石の女御には筝の琴をお渡しになります。女三宮には、このようなものものしい楽器はまだ弾きこなすことがお出来にならないのではと、心もとなくて、源氏はいつも弾き鳴らしていらっしゃるお琴を、ご自分で調律して差し上げます――
「筝の御琴は、ゆるぶとなけれど、なほかく物に合はする折の調べにつけて、琴柱のたちど乱るるものなり。よくその心しらひ整ふべきを、女はえ張りしづめじ。なほ大将をこそ召し寄せつべかめれ。この笛吹きども、まだいと幼げにて、拍子整へむ頼み強からず」
――筝の琴は絃が緩みやすいという訳ではないが、それでも他の楽器と合わせる時の調子によっては、琴柱(ことじ)の立て所が乱れるものです。良くその点に注意して琴柱を立てるべきだが、女ではよく張れないだろう。やはり夕霧を召し寄せよう。この笛吹きどももまだ幼くて、拍子を整えるには頼りにならなさそうだし――
と、夕霧の大将をお召しのお使いを出されます。
◆琴柱のたちど=琴柱(ことじ)の立ち所
写真:紫の上がお連れした女童(めわらわ)
ではまた。
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(15)
正月も二十日ほどになりますと、空もうららかに、風も暖かく吹いて、六条院のお庭の梅も花盛りになっていきます。源氏は「二月になれば、御賀の準備も忙しく、合奏なども試楽のように聞こえるでしょうから、今のうちに女達の合奏を催そう」とおっしゃって、女三宮の寝殿に紫の上はじめ、女方をお連れになります。
紫の上方から童女四人、明石の女御方からも四人の童女、明石の御方からも四人の童女を、いづれも容貌の優れたものを選び出し、汗袗など美しく装わせてお連れになります。我も我もと女房たちも合奏を聴きたくて、参上したがりますが、源氏は多少の心得のある者だけを選んで従わせます。
女三宮の御殿の廂の間の隔てを外して、御几帳ばかりになさり、
「今日の拍子合はせには、童べを召さむとて、(……)」
――今日の絃楽器に管楽器(笛など)を合奏するのに、童子を召すことにして、(髭黒の三男で玉鬘腹の第一子に笙の笛を、夕霧の雲井の雁腹の長男太郎に横笛をと、簀子に席を作ります)――
室内(廂の間)には、お褥(しとね)を敷き、源氏ご秘蔵の琴など、見事な紺地に入っているのを取出されて、お並べになります。
「明石の御方に琵琶、紫の上に和琴、女御の君に筝の御琴、宮には、かくことごとしき琴はまだえ弾き給はずや、とあやふくて、例の手ならし給へるをぞ、調べてたてまつり給ふ」
――明石の御方には琵琶を、紫の上には和琴を、明石の女御には筝の琴をお渡しになります。女三宮には、このようなものものしい楽器はまだ弾きこなすことがお出来にならないのではと、心もとなくて、源氏はいつも弾き鳴らしていらっしゃるお琴を、ご自分で調律して差し上げます――
「筝の御琴は、ゆるぶとなけれど、なほかく物に合はする折の調べにつけて、琴柱のたちど乱るるものなり。よくその心しらひ整ふべきを、女はえ張りしづめじ。なほ大将をこそ召し寄せつべかめれ。この笛吹きども、まだいと幼げにて、拍子整へむ頼み強からず」
――筝の琴は絃が緩みやすいという訳ではないが、それでも他の楽器と合わせる時の調子によっては、琴柱(ことじ)の立て所が乱れるものです。良くその点に注意して琴柱を立てるべきだが、女ではよく張れないだろう。やはり夕霧を召し寄せよう。この笛吹きどももまだ幼くて、拍子を整えるには頼りにならなさそうだし――
と、夕霧の大将をお召しのお使いを出されます。
◆琴柱のたちど=琴柱(ことじ)の立ち所
写真:紫の上がお連れした女童(めわらわ)
ではまた。