永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(293)

2009年02月09日 | Weblog
09.2/9   293回

【野分(のわき)の巻】  その(4)

 源氏が夕霧にどうしてここに来たのかとお尋ねになりますので、夕霧は、

「三條の宮に侍りつるを、風いたく吹きぬべし、と、人々申しつれば、おぼつかなさになむ参りて侍りつる。(……)」
――三條(夕霧の祖母大宮の御殿)に居りましたが、風がひどく吹き荒れそうだと、人々が申しますので、六条院のことが心配で参りました。(三條の宮では、なおさら御祖母もお歳とは逆に幼児のように怖がっておいでなので、お暇いたします)――

 と申し上げますと、源氏も、

「げに、早まうで給ひね。」
――成程そうだ、早く行ってあげなさい――

と、おっしゃって、伝言に「このような暴風の騒ぎですが、夕霧がお側に居ればと万事任せまして……」とお添えになって、帰されます。

 三條への道すがら、風が激しく吹き荒れましたが、夕霧というお方は、

「うるはしくものし給ふ君にて、三條の宮と六条院とに参りて、御らんぜられ給はぬ日なし(……)」
――几帳面な方で、三條の宮と六条院とに参上して、お目通りしない日はありません。(宮中の御物忌などでやむを得ず宿直される日以外は、多忙な公事や宴会で時間がかかりましても、先ず六条院に上り、三條の宮へ回ってそこからお出かけになります)――

「まして今日、かかる空の気色により、風の騒ぎにあくがれありき給ふもあはれに見ゆ」
――まして今日のような空模様のさ中、風の騒ぎに落ち着かず歩き廻られるのも、まことに健気なことでございます――

 大宮はたいそうお喜びになって、「こんな歳になるまで、ついぞ出会ったことのない暴風です」と夕霧に震えておっしゃいます。

 左大臣家が、一時はあれほど盛んであった御権勢も衰えて、今は夕霧ひとりを頼りにしておられますのも、思えばはかない世の中です。今でも世間の信望が薄らいだというわけでもありませんが、内大臣の母宮への御態度はどうしたものでしょうか。

ではまた。

源氏物語を読んできて(292)

2009年02月08日 | Weblog
09.2/8   292回

【野分(のわき)の巻】  その(3)

源氏が、

「いとうたて、あわただしき風なめり。御格子おろしてよ。男子どもあるらむを、あらはにもこそあれ」
――実に厭な騒がしい風だね。格子を下ろしなさいよ。男どもがそこらに居るだろうに、これでは内が丸見えではないか――

 と、おっしゃっておられますので、夕霧はまた引き返して隙見なさると、源氏が微笑んで紫の上にお話しになっていらっしゃる。

「親とも覚えず、若く清げになまめきて、いみじき御容貌の盛りなり。女もねびととのひ、飽かぬ事なき御様どもなるを、身にしむばかり覚ゆれど、この渡殿の格子も吹き放ちて、立てる所のあらはになれば、恐ろしうて立ち退きぬ。」
――源氏のご様子は、とても自分の親とは思えないほど、若々しく清らかになまめかしくて、今が盛りの素晴らしい御ありさまです。紫の上も、お歳にふさわしく整いきって、どこといって不足のないお二人のご様子なのが、夕霧には身にしむ程に思われますが、この渡殿の格子も吹き飛ばされて、立ち姿が露わになってしまい、空恐ろしくなってそこを立ち退きました――
 
そして、たった今参ったように声づくりをして、簀子に伺います。源氏は「それごらん、きっと丸見えだったことだろう。」と妻戸の方を見て注意なさる。夕霧は、

「年頃かかることの露なかりつるを、風こそげに巌も吹き上げつべきものなれ、さばかりの御心どもを騒がして、めづらしくうれしき目を見つるかな」
――なるほど、この年月、紫の上を拝見することなどなかったのに、風というものは、巌でも吹き上げる力を持っているものだ、さすが注意深い方々のお心を騒がして、よくぞまあ珍しくも嬉しい目を見たことだ――」

 と、思うのでした。

 そこに、人々が参って、「風がひどく吹いて、丑寅(東北)の方から吹きますので、こちらはそうでもありませんが、花散里の御殿は危のうございます」と大騒ぎです。

◆写真:隙見している夕霧  「和子/ 源氏物語」ーWAKOGENJI は リンク フリー。より。


源氏物語を読んできて(291)

2009年02月07日 | Weblog
09.2/7   291回

【野分(のわき)の巻】  その(2)

 お部屋は、御屏風も風がひどく吹きよせますので、畳んで寄せてあって、露わに見通せる廂の間に居られる方が、際立っておいでになります。

「物に紛るべくもあらず、気高く清らに、さと匂ふ心地して、春の曙の霞の間より、面白き樺桜の咲き乱れたるを見る心地す」
――ほかの者と紛いようもない、気高く美しく、さっと輝きわたるようで、例えば、春の曙の霞の間に、見事な樺桜が咲き乱れているのを見る心地がします――

「あぢきなく、見奉るわが顔にも移りくるやうに、愛嬌は匂ひ散りて、またなく珍らしき人の御様なり」
――見っともなくもふがいなく、拝見している私の顔にまで、艶やかさが映ってくるかと思われるほど、類い稀な美しいお方です――

 何か可笑しいことがあったのでしょうか、紫の上が笑っておられるのがお美しくみえます。お側の女房たちもそれぞれに綺麗ですが、紫の上には比べられそうもありません。夕霧は、

「大臣のいと気遠く遥かにもてなし給へるは、かく見る人ただにはえ思ふまじき御有様を、いたり深き御心にて、若しかかることもやと思すなりけり、と思ふに、けはひ恐ろしくて、立ち去るにぞ、西の御方より、内の御障子ひきあけて渡り給ふ」
――父上が、自分を紫の上(義母)から遥かに遠ざけておられたのは、こんな風に、見る人がただではすまされない気持ちになるようなご容姿でいらっしゃる方なので、万一という御配慮からであったとお思いになりますと、急に空恐ろしくなって立ち去ろうとするその時に、源氏が明石の姫君のお住まいである西のお部屋の方から、奥の襖を開けて入って来られました。――

◆匂ふ=(古語では)美しく照りかがやく

◆樺桜(かばざくら)=古今集に「かには桜」、和名抄に朱桜とある。薄紅の花だという。

ではまた。

源氏物語を読んできて(樺桜)

2009年02月07日 | Weblog
樺桜(かばざくら)

 夕霧が紫の上を形容した花。

 カバザクラにはこの樺桜と蒲桜がある。この樺桜は白山桜の異種と想定される。蒲桜とは花の形等が異なるため、別種としている。なお、この樺桜は桜川の杉山神社のものであり、国指定の天然記念物の桜が多数存在する所のものである。

◆写真:樺桜

源氏物語を読んできて(寝殿造・格子)

2009年02月07日 | Weblog
格子(こうし) 

 廂(ひさし)の周囲の柱間に設ける建具で、多くは廂と簀子(すのこ)の間にはめられる。格子は場所によって一 枚格子と二枚格子があり、表裏ともに黒塗で、 その間に薄い板が挟んであるのが正式である。 格子の一こま、一こまは「壺(つぼ) 」と呼ばれ、胡粉(ごふん)の白塗となっている。格子の上げ下げは女房の 朝夕の仕事の一つであった。

◆写真:格子  風俗博物館

源氏物語を読んできて(290)

2009年02月06日 | Weblog
09.2/6   290回

【野分(のわき)の巻】  その(1)

引き続き同年の秋八月。
  源氏(太政大臣) 36歳
  紫の上      28歳
  夕霧(中将の君) 15歳
  秋好中宮     27歳
  明石の姫君     8歳
  雲井の雁     17歳
  玉鬘       22歳
  内大臣(前頭の中将)
  三條の大宮(内大臣の母君、夕霧の祖母)

「中宮の御前に、秋の花を植えさせ給へること、色種をつくして、よしある黒木赤木のませを結ひまぜつつ、(……)心もあくがるるやうなり」
――秋好中宮の御方の庭前には、秋の花々を昨年植えさせなさったのが、ありとあらゆる色に咲いて、皮のままの木や皮をとった木の、ませ垣を所どころに結って、(同じ花の枝ぶりにしても、朝夕の露の光も他とは違って、春の山の風情も忘れてしまうほど、涼しげに面白く)魂もそぞろにあくがれ出そうです――

「春秋のあらそひに、昔より秋に心寄する人はかずまさりけるを、名だたる春の御前の花園に心よせし人々、またひきかへしうつらふ気色、世の有様に似たり」
――春秋の優劣では、秋に心を寄せる人が多かったのですが、ご評判の春の御殿の花園に味方した人々も、今度はまた中宮の庭前に心が移る有様は、いかにも定めのない世の有様に似ています――

 中宮は、このお庭の気色のお気に召すまま、御所にもお帰りにならず、お里住みの日々が続きます。日増しに美しく咲き盛っていく様子を眺めておりますこの年は、例年になく野分(のわき=嵐)が吹き荒れて、

「暮れゆくままに、物も見えず吹きまよはして、いとむくつけければ、御格子など参りぬるに、うしろめたくいみじ、と花の上を思し歎く」
――日が暮れてゆくうちに、物の影も見えず吹き荒んで、ひどく恐ろしいので、御格子を下ろすにつけても、花々のことが心配で、中宮はお気にやまれております――

 南の御殿でも小萩に風が吹きつけて、折り返り、露も止めずに吹きつけていますのを、紫の上はご心配気に端近くまでお出でになってご覧になっています。源氏は明石の姫君の所にお出でになっていらっしゃる所に、中将の君(夕霧)がお見舞いに来られて、

「東の渡殿の小障子の上より、妻戸のあきたる隙を、何心もなく見入れ給へるに、女房のあまた見ゆれば、立ちとまりて、音もせで見る」
――東の渡殿の小さい小障子の上から、妻戸の開いている隙間を何気なく覗いてごらんになりますすと、女房たちの影が数多く見えますので、そのまま立ち止まって、そっと見ていらっしゃる――

◆ませ=籬=竹や木で作った、目が粗く低い垣根、籬(まがき)

ではまた。

源氏物語を読んできて(寝殿造・妻戸)

2009年02月06日 | Weblog
 寝殿造・妻 戸(つまど)と遣 戸(やりど)

 妻戸(つまど)は両開きの板扉であり、遣戸(やりど)は敷居(しきい)と鴨居(かもい)の溝にはめられた引戸、という構造上の違いがある。

 寝殿(しんでん)では、固定して設置された建具といえば、 塗籠(ぬりごめ)のように密閉された部屋は別として、母屋(もや)と北廂などを仕切る襖(ふすま) 、廂(ひさし)と簀子(すのこ)の間にあって室内と室外を仕切る格子(こうし)ということになるが、 室内の出入りのために東西両側妻の南北には両開きの扉が設けられた。

 これが妻戸で、もともとは妻側に設置されたことによる名称であるが、後にはほかの場所にも設けられた。
  対屋(たいのや)から 渡殿(わたどの)や透渡殿(すきわたどの)を通って寝殿(しんでん)(正殿)に行く場合、 ちょうど正面に当たり、寝殿への便利のために この位置に設けられたのである。

 この「野分」では、 源氏の長男の夕霧が、渡殿を通って紫の上のいる春の御殿(おとど)の寝殿に行く際、折からの野分(のわき)(台風)の風で開いた妻戸の隙間から、彼女の美しい姿を垣間見(かいまみる)、という情景が描かれている。

 いっぽう、遣戸(やりど)はこの時代にはまだあまり使用されず、平安後期になって用いられた。細い 横桟を密に取り付けた舞良戸(まいらど)が一般的で、内側には障壁画を貼り付けたりした。

◆写真と参考:妻戸   風俗博物館

源氏物語を読んできて(289)

2009年02月05日 | Weblog
09.2/5   289回

【篝火(かがりび)の巻】  その(3)

 夕霧がいつものとおり始終一緒の友達と音楽をしているのでした。源氏は、

「頭の中将にこそあなれ。いとわざとも吹きなる音かな」
――あれは、内大臣家の頭の中将(柏木)にちがいない。あの音色は格別だから――

と、又立ち止まって、ご伝言にして「涼しい篝火に引きとめられて、こちらにいますから、いらっしゃい」と仰いますと、三人がお出でになりました。源氏が、

「風の音秋になりにけりと聞こえつる笛の音に、忍ばれでなむ」
――風に乗って「秋風楽」の音が聞えましたので、行き過ぎ難くてお呼びしたのです――

と、おっしゃって、お琴を取り出し、お弾きになります。

 源の中将(夕霧)は盤渉調(ばんしきちょう)に趣き深く笛を吹かれ、
 頭の中将(柏木)は、玉鬘に心惹かれているので、ちょっと躊躇され、
 弁の少将(柏木の弟)は、拍子を打って忍びやかにお謡いになります。

 源氏はお琴を柏木にお譲りになって、お弾かせになりますと、世に聞こえた名手の御父内大臣の爪音に少しも劣らず、はなやかに面白く掻き鳴らされます。

 御簾の中の玉鬘は、柏木と弁の少将とも、血のつながる方々ですので、しんみりとお聴きになっておられます。柏木は、

「かけて然だに思ひよらず」
――(愛する方が、姉君とは)そんなこととは思いもよらず――

 忍びきれない思いを胸に、取り乱さないように、控え目になさっていらっしゃるせいか、思う存分にはお弾きになれません。

◆盤渉調(ばんしきちょう)=雅楽の六調子の一つ。十二律(雅楽の音階)の盤渉(十二律の第十音)を主音とする調子。

【篝火(かがりび)の巻】おわり

ではまた。

源氏物語を読んできて(288)

2009年02月04日 | Weblog
09.2/4   288回

【篝火(かがりび)の巻】  その(2)

七月の五、六日の夕月が早く沈んで、うす曇っている空の模様、荻の葉をわたる風の音も次第にあわれ深く聞かれる季節になりました。源氏は、お琴を枕にして玉鬘と仮寝をなさっていらっしゃいます。

「かかる類あらむや」
――これほど打ち解けて親しいのに、何の関係もなく過ごすということがあるものだろうか――

 と、源氏は溜息がちにおられますが、夜も更けるまでになりましたので、女房たちが怪しむ前にお帰りになろうとお立ちになって、庭前の篝火が少し消えかかっていますのを、供の右近太夫を呼び寄せて、明るくお焚かせになります。振り向けば、玉鬘がつつましげに、いっそう可愛らしく座っておられるのが見えて、源氏は帰りがたく、ためらっておられます。

「絶えず人侍ひて燈しつけよ。夏の、月なきほどは、庭の光なき、いとものむつかしく、おぼつかなしや」
――始終誰か居て、焚きつけなさい。月のない頃は、庭の明かりがないのは、ひどく鬱陶しく、はっきりしない気分ですから――

 と、おっしゃって、源氏の(歌)

「篝火にたちそふ恋のけぶりこそ世には絶えせぬほのほなりけれ(……)」
――篝火とともに立ち昇る私の恋の煙こそは、いつまでも絶えない焔なのです(何時まで待てというのですか。ふすぶる蚊遣火でなくても苦しい胸の内ですよ。)――

 玉鬘は、確かに不思議な親子の間柄ではあるとお思いで、変な事態になりそうな様子に、(歌)

「行方なきそらに消ちてよかがり火のたよりにたぐふ烟とならば(……)」
――篝火の煙とおっしゃるなら、果てもない空にどうぞ消してくださいまし(人が怪しいと思うでしょう)――

とおっしゃって。お困りのご様子に、源氏は仕方なくお帰りになろうとなさるとき、東の対から風流な笛の音を筝に合わせて吹いているのが聞こえてきます。

ではまた。