09.7/26 457回
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(11)
紫の上は、きっといずれこうなる事は道理だとお思いになりながらも、
「さればよ、とのみ安からず思されけれど、なほつれなく同じさまにて過ぐし給ふ」
――やはり、思った通りであったと穏やかならぬお気持ちがわき上がってくるのでしたが、うわべは何事もないように常のとおりお過ごしになっていらっしゃる――
「東宮の御さしつぎの女一の宮を、こなたに取り分きてかしづき奉り給ふ。その御あつかひになむ、つれづれなる御夜がれの程もなぐさめ給ひける。いづれもわかず、うつくしかなし、と思ひ聞こえ給へり」
――(紫の上は)東宮の御妹の女一宮(明石の女御がお産みになったご第一の姫宮)を、こちらにお預かりして格別大切にご養育申し上げています。そのお世話でつれづれな独り寝の時をなぐさめておいでになります。どの宮たちもみな可愛らしい、愛しいと思っていらっしゃる――
夏の御方(花散里)は、紫の上がこのように多くの御孫のお世話をしておられますのを羨ましく思われて、
「大将の君の典侍腹の君を、切に迎へてぞかしづき給ふ。いとをかしげにて、心ばへも、程よりはざれおよずけたれば、大臣の君もらうたがり給ふ。」
――夕霧の外妻である典侍腹(惟光の娘で藤典侍・五節の舞姫であった人)の次郎君を切に望まれて、大切に育てていらっしゃる。この君は、たいそうお綺麗で、年よりも大人びていますので、源氏も大そう可愛がっていらっしゃる――
源氏ご自身にはお子様が少ないのですが、このように末広がりで女御にも夕霧にも御子が大勢いらっしゃる。
さて、出家された朱雀院から、
「今は無下に世近くなりぬる心地して、もの心細きを、さらにこの世のこと顧みじと思ひ棄つれど、対面なむ今一度あらまほしきを、もしうらみ残りもこそすれ、ことごとしきさまならで渡り給ふべく」
――今ではもう死期が近づいたと思われて、何となく心細いので、この世の事はすでに諦めておりますが、あなた(女三宮)にもう一度会いたいと思います。そうでないと、この世に恨みを残すことがあるかも知れない。大げさな風ではなく来てくださらないか――
と、女三宮に申し出られましたので、源氏は、「まことにごもっとものことだ。そういうご内意がなくても進んで参上すべきでしたのに。…何かのきっかけをご用意して……」
と思いめぐらしていらっしゃいます。
◆さしつぎの(女一宮)=差し次ぎの=すぐ次の(女一宮)
◆夜がれ=夜離れ=男性が女性の許へ通うことが途絶えること。
ではまた。