永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(466)

2009年08月04日 | Weblog
09.8/4   466回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(20)

源氏はお話になります。

「然かし。手をとるとる、おぼつかなからむ物の師なりかし。……院にも内裏にも、琴はさりともならはし聞こゆらむ、と宣ふと聞くがいとほしく、さりともさばかりの事をだに、かく取りわきて御後見にとあづけ給へるしるしには、と、思ひ起こしてなむ」
――そうですとも、手を取り取りして随分しっかりした先生でしたよ。……朱雀院も今帝も、琴だけは女三宮にお教え申すだろうとおっしゃっておいでのようなので、いくらなんでも、琴のご教授くらいは特にお世話をして、お預けになったしるしにして差し上げねばと気をいれましてね――

 こうおっしゃるついでに、

「昔世づかぬ程をあつかひ思ひしさま、(……)聞きあつかはぬ御琴の音の、出栄したりしも、面目ありて、大将のいたくかたぶきおどろきたりし気色も、思ふやうにうれしくこそありしか」
――昔、あなたが幼少の頃お世話したことを思い出しますと、(あの頃は暇もなく、ただのんびりとお教えしていましたが)あなたの今宵の和琴の出来栄えが素晴らしくて、私には名誉でしたよ。夕霧がひどく心に沁みて驚いている様子も、私には思い通りで嬉しく思いましたよ――

 紫の上は、このように音楽の道でも、お孫の皇子方のお世話を取り仕切ってなさる点でも、人が非難なさるような至らぬことはなく、何事にも完全なありように、源氏は、

「いとかく具しぬる人は、世に久しからむ例もある」
――こう完全な人は長生きしないという例もある――

 と、不吉な思いがよぎるのでした。紫の上の御歳は三十七歳でいらっしゃいます。

◆出栄し(いでばえ)し=出来栄え

◆三十七歳=女の最大の厄年といわれる。紫式部はこの物語の中で、三十七歳厄をさまざまに書いている。

ではまた。

源氏物語を読んできて(465)

2009年08月03日 | Weblog
09.8/3   465回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(19)

 女方の合奏が終わるころには、夜気がやや冷やかになって、寝待ちの月がようやく仄見えてまいりました。源氏は夕霧や髭黒のご子息たちに、それぞれご褒美をお渡しになる。夕霧は、君達を車に乗せて月の澄んだ夜空のもとを退出していかれました。

その道々も夕霧の御心は、

「筝の琴のかはりていみじかりつる音も、耳につきて恋しく覚え給ふ。」
――紫の上の、筝の音色が普通と違ってご立派でしたのが、耳について恋しく、心に沁み入るのでした――

それにしても我が妻の雲井の雁は……

「故大宮の教へ聞こえ給ひしかど、心にも、しめ給はざりし程に、別れ奉り給ひにしかば、ゆるるかにも弾き取り給はで、男君の御前にては、はぢてさらに弾き給はず」
――故大宮の御祖母に教えられましたが、熱心にお習いする前に亡くなられましたので、充分に習得しなかったのでしょう、夫の前では恥ずかしがって決して弾かれません――

「何事もただおいらかに、うちおほどきたるさまして、子供あつかひを、暇なくつぎつぎし給へば、をかしき所もなく覚ゆ」
――(雲井の雁は)何事もただおっとりと、ゆるやかにうち解けておいでで、お子達の世話を、暇もないほど次々(子沢山)となさっておられますので、趣きある風情などないようなこの頃です――

 女方の合奏の翌日、源氏は紫の上のお部屋においでになって、

「宮の御琴の音は、いとうるさくなりにけりな。いかが聞き給ひし」
――女三宮の御琴は、とても上手になったな。どう聞かれましたか――

とお尋ねになります。紫の上は、

「初つ方、あなたにてほの聞きしは、いかにぞやありしを、いとこよなくなりにけり。いかでかは、かく他事なく教へ聞こえ給はむには」
――初め、お部屋でちょっとお伺いしました時は、どうかと思いましたが、たいそうご立派に弾かれました。そのはずでしょう、あなたが、こんなにこのことばかりに打ち込んでいらしたんですから――

 とお応えになります。

◆うるさく=煩わしい、うるさいのほかに、立派である、巧みという意味もある。

◆写真:源氏

源氏物語を読んできて(464)

2009年08月02日 | Weblog
09.8/2   464回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(18)

 どなたも緊張なさって弾いていらっしゃる気配に、夕霧は御簾の内を覗いてみたくてなりません。

「対の上の、見し折りよりも、ねびまさり給へらむ有様ゆかしきに、静心もなし。」
――紫の上を、かつて野分きの折にふと垣間みてしまったあの頃より、きっと歳を加えられてお美しくなられたに違いないと、心が落ち着かない――

 女三宮には、

「今すこしの宿世及ばましかば、わが物にても見奉りてまし、心のいとぬるきぞ悔しきや、院は度々さやうにおもむけて、しりうごとにも宣はせけるを、と、ねたく思へど、すこし心安き方に見え給ふけはひに、あなづり聞こゆとはなけれど、いとしも心は動かざりけり」
――もう少し縁が深かったならば、自分の妻としてお見上げしましたのに、私の鈍感なところが残念だった。朱雀院が何度も私に御意を示されましたのに、また噂にもなりましたのにと、残念に思いますが、女三宮はあの猫の事件のように、少しご注意が足りなくて、軽く見るというほどではありませんが、ひどく心惹かれるという気持ちにはなれません――

「この御方をば、何ごとも思ひ及ぶべき方なく、気遠くて、年ごろ過ぎぬれば、いかでかただ大方に、心よせあるさまをも見え奉らむとばかりの、口惜しく歎かしきなりけり」
――(夕霧は)ただ、継母の紫の上に対しては、遠く隔てられたまま年月が重なってゆくばかりで、何とも近づこう手だてもなく過ぎてしてしまった。どうにかして通り一片でも、自分が好意をお寄せしていることを知っていただけたらと、それだけが残念で嘆かわしいことなのでした――

「あながちに、あるまじくおほけなき心などは、さらにものし給はず、いとよくもてをさめ給へり」
――無理に継母を恋するなどの、大それたお気持ちなどはなく、実にしっかりと、ご自分のお心を抑えておられました――

◆しりうごと=後う言=蔭口、ここでは噂程度の意味に。

ではまた。

源氏物語を読んできて(紫の上の和琴)

2009年08月02日 | Weblog
◆和琴を弾く紫の上 

 樺桜の表着、蘇芳襲の細長

「御髪のたまれるほど、こちたくゆるるかに、おほきさなどよき程に、様体あらまほしく、あたりにほひ満ちたる心地して、花といはば桜にたとへても、なほ物よりすぐれたるけはひことにものし給ふ」
――ご衣裳の上に御髪がゆったりとかかっていて、あたりも輝くような感じで、花ならば桜に例えられましょうが、それでも桜よりもご立派でお美しい――

風俗博物館

源氏物語を読んできて(明石御方)

2009年08月02日 | Weblog
◆琵琶を弾く明石の御方  
 
柳襲の表着と細長、羅の裳

「かかる御あたりに、明石は気圧さるべきを、いとさしもあらず、もてなしなど気色ばみはづかしく、心の底ゆかしきさまして、そこはかとなくあてになまめかしく見ゆ」
――ご立派な方のなかで、引けを取りそうなものながら、決してそうではなく、態度など才気があって謙遜で、心の奥のゆかしさも偲ばれて、何となく上品で優雅でいらっしゃる――

風俗博物館

源氏物語を読んできて(463)

2009年08月01日 | Weblog
09.8/1   463回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(17)


 御琴の音合わせも全部整って、いよいよ合奏してご覧になりますいづれも、優れていらっしゃる中で、

「琵琶はすぐれて上手めき、かみさびたる手づかひ、澄みはてて面白く聞こゆ」
――明石の御方の琵琶は実に堂に入っていて、神の技かと思えるほど、音も澄みきって趣深い――

夕霧は和琴を弾いていらっしゃる紫の上に特に耳を澄ませて聴いていらっしゃる。

「なつかしく愛嬌づきたる御つま音に、かき返したる音のめづらしく今めきて、(……)大和琴にもかかる手ありけり、と、聞きおどろかる」
――やさしく愛嬌のこごれるような御爪音に、爪返しの音がまためづらしく華やかで、(専門の名手達が鳴らすに劣らず)和琴にもこのような弾き方があったのかと、お聞きになって驚いていらっしゃる――

 明石の女御の弾かれる筝の琴は、もともと他の楽器の合間合間に洩れて聞こえるものですので、愛らしくなまめいて聞こえます。女三宮の琴(きん)は、まだ習い立ての最中ですので、それなりに危なげなく他の楽器と響き合っていて「見事に上達なさったものだ」と夕霧はお聞きになっていらっしゃる。

「拍子とりて唱歌し給ふ。院も時々扇うち鳴らして、加へ給ふ御声、昔よりいみじく面白く、すこしふつつかに、ものものしき気添ひて聞ゆ。大将も、声いとすぐれ給へる人にて、夜の静かになりゆくままに、いふ限りなくなつかしき夜の御遊びなり」
――(夕霧は)手拍子で歌を歌われ、源氏も時々扇を鳴らしてご一緒にお歌いになるお声は、昔より一段と味わい深く、少し太くさびがあって重みが加わったようです。夕霧もお声がたいそう良くて、夜の更けて静かになってゆくにつけて、何ともいえない面白い合奏の宴となったのでした――

◆写真:女楽 全景
    左から明石の御方、明石の女御、源氏、女三宮、紫の上
    本来は御簾の中なので、このように開け放されてはいない。

ではまた。


源氏物語を読んできて(女三宮の琴)

2009年08月01日 | Weblog
◆琴(キン)の琴を弾く女三の宮 

 紅梅の匂の表着、桜襲の細長このように、膝に乗せて弾くのだそうです。

「人よりけにちひさくうつくしげにて、ただ御衣のみある心地す。にほひやかなる方は後れて、ただいとあてやかにをかしく、二月の中の十日ばかりの青柳の、わづかにしだりはじめたらむ心地して、鶯の羽風にも乱れぬべく、あえかに見え給ふ」
――普通の方より小さくて、可愛らしく、ご衣裳に埋もれていらっしゃるように見えます。匂いこぼれるような艶やかさはお見えにならず、ただまことに優雅でお美しい。ちょうど二月二十日ごろの青柳の糸のようやく枝垂れ初めたような心地がして、鶯の飛び交う羽風にも乱れてしまいそうな華奢にお見えになる――

 風俗博物館

源氏物語を読んできて(明石の女御の筝)

2009年08月01日 | Weblog
◆筝の琴を弾く明石の女御 

 梅襲の袿  夕霧に絃を調節してもらった箏の琴を担当したのは明石の女御でした。
「よく咲きこぼれたる藤の花の、夏にかかりて、傍らに並ぶ花なき朝ぼらけの、ここちぞ
たまえる」

 風俗博物館