エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

「人類を上下2つに分けるウソ」に傾く心の構え

2014-07-19 13:50:34 | エリクソンの発達臨床心理

 

 
自由と束縛の別れ道 :「人類を2つに分けるウソ」の取り扱い次第
  第二章第1節「やり取りのいろんな舞台」は、いかがでしたでしょうか?子どもがおもちゃで遊ぶところから、大人になってからの政治(家庭生活から国際政治・戦争まで...
 

 エリクソンが教えてくださるように、「人類を上下2つに分けるウソ」がどんなに危険で、日常生活から、大きな政治までを支配する場合は、最悪の事態をすぐにでも招くものであることは、このブログでも、再三再四強調してきたところです。

 今日のところも、エリクソンがその点を強調しています。1ついつもと異なることがあるとしたら、それは、「人類を上下2つに分けるウソ」には、それに傾きやすい心の構えがある、という点です。それは何なのでしょうか?

 それは、幼少期の、最初は寂しい経験であることが非常に多い。寂しい経験は、同時に、悲しい経験であり、残念な経験でしょう。しかし、毎日そんな経験が10回あれば、1年で4,000回。小学校に入るまでには、25,000回の悲しい経験をすることになりますね。

 こうなると、その経験には、単に「悲しみ」がくっついているのじゃない。想像してみてください。悲しいことを何度も経験したら、どんな気持ちになるのか?ということを。腹が立ってくるし、憎たらしく思いませんでしょうか?しかも、それが何万回にもなったならば…。

 その経験にくっついてくるのは、「激しい怒り」だとか、「殺してしまいたいくらいの憎しみ」なんですね。この「激しい怒り」や「殺してしまいたいくらいの憎しみ」の経験が、無意識の中にガッチリ埋まっていて、ふいに意識に上ってくる。これこそが、「人類を上下2つに分けるウソ」に傾く心の構えなんですね。

 そして、今の日本の社会病理、殺人までにもいたるストーカー、秋葉原事件のような無差別殺傷事件、子どもや高齢者に対する虐待、ドメスティック・ヴァイオレンス…の背後にあるのも、同じものなんですね。

 ですから、こういう激しい情動がくっついてしまった体験、そのPTSDを、組織的に、治療していくことが、日本では緊急に必要なことなのです。その体制には、残念ながら、はるかに及ばないのが、今の日本の偽らざる状況認識でしょうね。

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意思の行為

2014-07-19 10:28:33 | エーリッヒ・フロムの真まこと(の行い)

 

 

 セックスの相手を大事にする気持ちでも、その気持ちを永久のものにするためには、決断と価値判断と約束が必要です。

 p52の第2パラグラフ。

 

 

 

 

 

 こういった見方を考慮に入れると、≪真の関係≫とは、意思と献身の行為であるから、根本的に、その2人が誰かということとは関係ない、という所に至ります。他の人が取り持っているのか、あるいは、個人の選択かに関わらず、いったん結婚すれば、意思の行為こそが、≪真の関係≫が続くことを保証するのでしょう。この見方は、人間の本姓とセックスの相手を大事にする気持ちとの二律背反を無視して居るように見えます。私どもはみーんな一つの人類なんであって、私どもひとりびとりは、特別で、かけがえのない存在です。私どもが他者と関係を持つ際には、同様な二律背反が繰り返されます。私どもが一つになっていればいるほど、私どもはすべての人を、兄弟のように親身になって、分け隔てせずに、大事にすることができます。しかし、私どもがバラバラであればあるほどに、セックスの相手を大事にする気持ちは、ある特殊な、非常に個人的な要素を求めるようになります。その特殊で、非常に個人的な要素は、ある人々の間のものであって、全人類の間のものではないのです。

 

 

 

 

 この辺の議論は、フロムとエリクソンは似ていますね。人を大事にする思いは、突き詰めれば、常に全人類に開かれているわけですね。それを阻んでいるのが、「人類を上下2つに分けるウソ」であり、さらにそのウソを内的に支えている、無意識裏の投影です。

 私どもの目標は、あくまでも「一つの人類」という点に、常に回帰したいものですね。

 

 

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ガリラヤを生きる道

2014-07-19 05:12:56 | アイデンティティの根源

 私の根源、アイデンティティの根源である「≪私≫という感じ」が、神様のお名前である「私は今存在するものです」と、イエスの語り始めの常套句「本気で話をします」と関係する、ということは、興味深いものです。

 でも、これだと西洋中心主義で、アジアや、仏教などの視点に欠けていのかもしれません。

 p324の10行目から。

 

 

 

 

 

 四つの福音書の中で、イエスの伝道が始まるのは、ガリラヤの片田舎の出来事としてでしたね。イエスが、どのように、誰に対して、どんなところで話をしたのかは、記録されいますが、すべてはガリラヤの風景を示しています。このいくつかのたとえ話は、実際、一番本物の芸術作品と一般にみなされているものですが、それがハッキリと示しているのは、豊かな農村の片田舎ですし、ガリラヤ湖の豊かな漁業でした。イエスが最初の弟子を集めたのも、まさに、このガリラヤ湖畔から、でした。その男たちは、お腹が空いていたり、わがままだったりすれば、決してイエスの仲間にはならなかっただろうに、と分かるのですが、ガリラヤ湖畔で賢明にも弟子を集めた時に、直ちにイエスの旅に付き従ったのも、「ガリラヤを通して」でした。イエスの言い伝えは、はるか彼方まで、素早く広まったことは、ガリラヤがパレスチナ北部にある地方だった、という事実によって、実現の可能性が高まります。イエスの時代、商人のキャラバン隊や巡礼者の流れが南に向かう、交通量の多い幹線道路が、ガリラヤを通っていました。その道は、地中海沿岸を通るか、ヨルダン川からエルサレムに沿った、旅ができる細長い地域を南下するかのどちらかです。そして、帰りは同じ道を北へ、ダマスコの方向に最北端へと戻ります。したがって(マタイによる福音書によれば)、イエスの癒しと教えすべてが描かれたのは、イエスがその道に沿って、その道を通って、歩いていた時でした。立ち止まるのは、ときどき一人でいたいと願ったり、弟子たちとだけ居たいと願ったりする時だけでしたね。

 

 

 

 

 

イエスの伝道の始まりはガリラヤでした。そして、イエスが癒しと教えを為したのも、ガリラヤの道に沿って、ガリラヤの道によって、歩いて(生きて)居た時でした。立ち止まるのは、一人になったり、弟子とだけ居たい時だけでした。それは、自分と神様とのつながりを確認するときでしたでしょう。ガリラヤの道は、神様との繋がりでいただいた温もりを、人々と分かち合う道なんですね。

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