エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

「ねばならない」ことと、神の恵み の間 悦びを忘れない!

2015-12-05 12:00:41 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 
幼稚な道徳と、青年の価値意識と、大人の倫理
  どんな技術でも、その目的を忘れて使う人間は、最も人間らしいものを失っています。それは、大川小学校の「事件」で明らかなように、どんな組織でも、その目的を忘れてし...
 

 

 本物は受け上手。攻められることが、最大の攻撃になる不思議。

 Young Man Luther 『青年ルター』p.244の、第2パラグラフから。

 

 

 

 

 

ルターがその声にいくら口答えをしたって、ダメでした。「僕は『医者』だぞ」、「知るように叙階されてるんだ」、「スタウピッツから、説教者になれ、と言われてんだから」…。それはみーんな、自分の社会的地位や仕事でしなくちゃならないことに基づいてたんです(これは、中年の男たちがよくやる手でしたね)。仕事は、上から命じられたものです。ここでも、この世で「ねばならないこと」と、神の恵みとを、区別することが出来ません。モーセ(の律法)を、キリスト(の恵み)とを、区別出来ません。

 

 

 

 

 「ねばならない」ことと、神の恵み。永遠のテーマです。

 人ははじめは、神様との関係で感じた、圧倒的で、しかも、静かな悦びを感じると、それは、畏れ多くも、比べようもない悦びを忘れことが出来ません。そして、何度でもその悦びを味わいたい。そこに特定の形もなければ、決まりもありません。しかし、その悦びを味わおうとして、今度は同じことをするようになりますでしょ。それがいつの間にやら、特定の形になり、決まりになってしまいます。神の恵みの悦びだったことが、割合と簡単に、特定の形となり、決まりとなってしまいます。

 「ねばならない」と思ってやる日曜礼拝やおミサも、もともとは、このようにしてできました。それは悦びを再体験、追体験するためのものでしたけれども、その体験がなくなった後でも、「ねばならない」ことだけが残る…ということが起きる所以です。

 悦び、それがいつでも肝心です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ウソとゴマカシだらけニッポン」も、親譲り?

2015-12-05 10:30:00 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 
フロイト理論の時代性
  人を大事にすること自体が、フロイトにとってはあり得ないことだった、と言います。 p84第2パラグラフ。   ...
 

 技術偏重のあまり、命を損なうことになっては、本末転倒も甚だしい。

 The lie cycle completed 『人生の巡り合わせ、完成版』の第4章、「自我と人品 : 結びの覚書」p96の、第2パラグラフから。

 

 

 

 

 

 相対性と言う、この考え方そのものについて言えば、自然科学において革命的な進歩は、すべて、知的な意味ばかりではなくて、倫理的な意味もあるのは、当然だ、ということですね。このように革命的な意味は、知的なものであっても、倫理的なものであっても、世界に対する既存のイメージを打つ壊しにするように見えますし、それに伴って、「≪私≫という感じ」の根源的な次元にある、非常に秩序付けられた確かさまでもが、台無しになるように見えます。1つ例を挙げれば、コペルニクスが、人が(したがって、地球が)宇宙の中心である見方をひっくり返したことは、その見方は、ひとりびとりの≪私≫が自然の中で中心にいることによって支えられた見方であると同時に、ひとりびとりの≪私≫を支えもしたことに間違いありません。

 

 

 

 

 

 面白いですね。外のある世界をどう見るのか、ということと、心の中のある≪私≫をどう見るのか、ということとは、コインの裏表の関係にあるのですからね。ですから、外の世界の時間と空間をどう見るのか? ということと、≪私≫が心の中で時間と空間をどう見るのか? ということとも同じことなんですね。

 加藤周一さんが、手を取り足を取って、教えて下すっているように、日本人の世界の時間と空間の見方は、初めもなければ、終わりもない。日々は同じことの繰り返しであることが普通です。眼の前の≪いまここ≫がいつでも、一番大事ですが、その≪いまここ≫は、過去とも未来とも関係なければ、自分の所属集団以外の「外」とも無関係です。すると、眼の前の≪いまここ≫さえ良ければいい、儲けが出ればいい、過去も未来も、「そんなの関係ねー」(ちょっと古くでゴメンナサイ)、「外」の市民もお客も、「そんなの関係ねー」、ということになりがち。

 ですから、「自分の利益のためには、市民やお客を騙しても仕方がねー」という、今どきのニッポンで流行る「ウソとゴマカシ」病は、「流行り病」と言うよりも、遺伝病、ないしは、「世代間伝達する心の病」、「親譲りの病」、といった方が真実でしょう。

 

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人間としての繋がり

2015-12-05 07:32:24 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

 

 
幼稚な道徳と、青年の価値意識と、大人の倫理
  どんな技術でも、その目的を忘れて使う人間は、最も人間らしいものを失っています。それは、大川小学校の「事件」で明らかなように、どんな組織でも、その目的を忘れてし...
 

 タッチ、それは、発達トラウマを抱えた愛着障害の子どもの癒しに、なくてはならないものです。 

 ヴァン・デ・コーク教授のThe body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』の第13章 Healing from trauma : Owing your self 「トラウマから癒されること :本当の自分を生きること」p.218の、第2パラグラフから。

 

 

 

 

 

 私は、大好きなボデーワークのトレイナー、リシア・スカイさんにお尋ねしたのは、発達トラウマを抱えた愛着障害の人に対して、リシアさんがどのようにボディ・ワークをするのかなぁ?ということです。彼女が答えた言葉をいくつか挙げてみますね。「私は、人間としての繋がりが出来ない内は、ボディーワークはしません。履歴も取りません。発達トラウマをどうして負うことになったのか?だとか、何があったのか?とか、聴きません。私が確かめるのは、その人の身体の何処に、その人がいるのか? ということなんですね。私がお尋ねするのは、『身体の何処を診てほしいの?』ということです。その間ずっと私が看ているのは、相手の人の心の姿勢です。その相手が私を見ているかどうか? 緊張している感じか? それとも、リラックスしている感じなのか? その人が私に人間としての繋がりを感じているのかどうか? ということを確かめてんですね」。

 

 

 

 

 

 このボディーワークのトレイナーのリシアさん、臨床心理士みたい、ですね。ボディーワークなのに、見ようとしているのは、内面、心の姿勢、自分と繋がっているのか?という点だからです。

 発達トラウマ、愛着障害の傷が深いほど、この「人間として繋がる」感じが弱いし、繋がることへの抵抗が強い。それは、関わりづらさになる場合もありますし、気持ちを出すことへの「強い恥」と、それから、その「強い恥」を感じることに対して、自分がいけないのか、その場にいる大人が悪いのか、判然とすることが出来ずに、「強い怒り」を感じている場合もあります。繋がることへの抵抗も厄介ですが、後者の「強い恥」と「強い怒り」のケースも、非常に厄介ですね。

 

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伊藤一隆を葬るの辭 札幌バンド 会員番号1番

2015-12-05 02:58:30 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

 

 
日本の公教育の病理 その4 「共の見通す」ことの大事さと一人の大人
  今の日本の学校は、東電や例の「一流デパート」「一流レストラン」に優るとも劣らないくらいウソとゴマカシの組織になっちゃってるんですね。それだからヤクザナ教員が幅...
 

 昨日の夜、中川翔子さんの家族の歴史を振り返る番組「ファミリーヒストリー」がありました。私も録画でさっき見たんです。ご先祖様に、札幌農学校の1期生がいるという話でしたからね。私も無教会の一員として、札幌バンドの流れにありますし、内村鑑三の文書もだいぶ読んできましたから、札幌農学校の1期生と2期生には、強い関心があります。

 でも、1期生に「中川」と言う苗字の人はいなかったなぁ、高祖父って誰なんだろうか?と思いながら、番組を拝見しましたら、それがなんと、伊藤一隆だと分かって、私も驚きました。内村鑑三は、2期生では、5000円札だった(?)新渡戸稲造と、北海道大学教授で、植物学の宮部金吾と親友ですが、1期生でしたら、大島正健、そして、中川翔子さんの高祖父、伊藤一隆と仲がいい。実際、札幌農学校を卒業して内村が務めたのは、北海道開拓使で水産担当です。これは伊藤一隆と全く同じコースです。また、受洗50周年を東京の青山墓地でした時、集まったメンバーの中に、内村と伊藤一隆がいるくらいです。今日の題字にある、内村鑑三がおこなった、伊藤一隆の弔辞(『旧内村全集』第19巻pp.304-311)の中に、内村がいろんな相談を伊藤一隆にしていたことや、伊藤がずっと内村に対して、献金などの協力をしてきたことも語られています。この伊藤一隆が、札幌バンドで最初に洗礼を受けた人となりました。「札幌バンド会員1番」(こういう番号は、実際にはありません)は、伊藤一隆です。

 この弔辞の中で、内村鑑三は、伊藤一隆のことを、「エニグマ、謎」と繰り返します。水産業でも石油事業でも、成功して、多額の利益を得ていたのに、自らは終生、貧しいままだった、それをエニグマに数えます。東京の芝神明前の生まれた生粋の江戸っ子なのに、粗野ではなく、また事業に悉く成功して富を作ったのに、それを私しなかったことです。それを内村は「無視無欲の志」と呼びます。

 

 

 今どきのウソとゴマカシだらけニッポンには、中川翔子さんの高祖父、伊藤一隆の「無視無欲の志」くらい、大事なものはない

 と、この番組を見て、そう私は思いましたね。

 

 

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