日秀上人 <1>
日秀上人は、沖縄の歴史書、中山世譜・球陽
琉球国由来記・琉球国旧記・地誌などに
沖縄における仏教の布教、寺院の創建や仏像彫刻
仏師としての多面的に事績が記述されている
日秀上人は、1503年加賀国(石川県)(上野国の説もある)に
生まれ、十代の後半頃、修業のため高野山に入寺する
二十五歳頃、密教僧が行う、捨て身修行と言う
補陀落渡海(ふだらくとかい)を行ったと言われている
小舟に、一ヶ月分の食料と飲み物と共に乗り込み
外から釘で出入り口を塞ぎ
南海にあるとされる極楽浄土を目指と云う
宗教的自殺行為である
この捨身修行は大多数の修行僧は帰ることはなかったと言われ
日本の歴史上二十数人以上の修行僧が実行したと言われている
その中で日秀上人は奇跡的に
沖縄金武の富花津(ふなや)に漂着した
富花津は薪を搬出する津(港)で、地元の若者に救助されたと言う
この若者に、日秀上人は救助のお礼に「比嘉(ひが)」姓を
与えたと言う伝承が語り継がれている