勝連城は阿麻和利(あまわり)の居城として
沖縄全島に知れ渡る勝連城と阿麻和利は有名である
築城された年代、代々の城主、城主の生い立ちなど
示す歴史的資料などは皆無に等しい
伝承では勝連城は14世紀初頭に
英祖王統第二代大成王(1300~1309年)の
五男勝連按司によって築城されたと伝えられている
この勝連按司系統は五大続いたが
六代目伊覇按司によって滅ぼされ
六代目は浜川按司よって滅ぼされ七代、八代は浜川按司
九代目は茂知附按司
茂知附按司は、色欲と酒に溺れ政治を顧ことなく
人々の信頼を失い家臣である阿麻和利に城主座を奪い取られた
勝連城主は、初代から八代まで名前も
生い立ち、出身地などほとんど分かっていない
資料に僅かれあるが九代目茂知附按司から記されている
最後の城主となった十代目阿麻和利はその才能と能力を生かし
尚泰球王の娘百十踏揚(ももとふみあがり)を
妻に迎えるほど 勢力を付けた