雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

雨宮日記 7月1日(水) 浜松市創立何十年記念日、合併10周年記念日

2015年07月01日 20時24分26秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 7月1日(水) 浜松市創立何十年記念日、合併10周年記念日

 則子さんは早番で、午前6時版ごろ、出勤していったはず。ぼくは、その時間まだ寝ていました。

 今日は雨。時々、風雨が強まります。

 午後、市役所の共産党市議団控え室へ、小黒さんのブログ記事の取材にいきました。新聞記者が持っているような、細長いレコーダーを持って。便利な時代ですね。何百時間でも録音できました。昔は、60分・90分・120分テープでした。

 いま、NHKFMで、ベートーベン・ピアノソナタ「月光」を聞いています。いいですね。出だしの、月光が降り注ぐかと感じる部分。

  ☆
 
 ここ数日、集中して読書しているのは、宮城谷昌光さんの『風は山河より』新潮文庫版、全6巻、と『古城の風景』同じく新潮文庫版、全3巻。

 人間の質を少しづつ向上させる、それが平和を創る、基礎だという話を30日にしたんですが、この宮城谷さんの小説で学んだんですね。もちろん。宮城谷さんのだけではなくて、夏目漱石。宮本百合子、アラゴン、則子さんの俳句、ゲルニカ、ちひろさんの得、あらゆるところで学んだのです。

 学んだ目録は、もちろん膨大です。師匠の谷中敦さんや、友達から学んだこと、もちろん、妻の則子さんはボクの最大の恩人です。

 それを、自伝「青い地球とオレンジの花」で未来に書き残していこうと思って、書き始めています。完成できるのは、いつのことか。完成したら、もうこの世とも、最愛の則子さんとも別れを告げていいですね。と言うより、その日に完成するということですか。

 ぼくの葬儀の日に、則子さんに参列者に『青い地球とオレンジの花』を配ってもらうことに、たぶん、なるでしょうね。いや、ボクがそのように則子さんに手配してもらうということです。

  ☆

 浜松市平和委員会総会の準備と平行して、原水爆禁止世界大会への参加準備を進めています。則子さんといっしょに、浜松から行きたい人と話をして、参加者を少しづつ広げています。

 暑い夏、がんばるぞ。

 

雨宮日記 6月30日(火) 戦争と平和について2度目の講演しました

2015年07月01日 19時45分16秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 6月30日(火) 戦争と平和について2度目の講演しました

 浜松市平和委員会の第2回例会で、緊急学習会として、事務局長代行のボクが講師になって、ぼくとしては2回目の「戦争立法」の話をしました。

 といっても「戦争立法の問題点」みたいな話ではなく、戦争と平和の問題、戦後史と自衛隊、未来に何が来るか、立体的に、現在・過去・未来を自由に往来して「考える」お話しです。

 ぼくとしては「正解はこうです」「解決策はこうです」という「回答」を語るのではなく、「問題点はこうです」という「問題」を提出するお話しです。

 回答は、解決策はみんなで考えるほかないんですね。「私が解決しました」「こうすればいいんです」というのは偽予言者だと確信します。

 「この道しかない」では安倍さんに限りなく近付いてしまいます。

 妻の則子さんが司会でした。帰り。車中で「どうだった?」と聞くと、「なかなかよかったけど、どうして途中であんなにつっかえるの?」と言いました。いままで、「よかった」などとは言わなかったので、ぼくは則子さんが珍しく褒めてくれて、嬉しかったです。「立て板に水の講談調ではウソっぽい。自分の実体験も踏まえて、考え、考えながらやるお話しですから」と答えておきました。

 参加者10人で、平和委員は5人。平和委員の参加率が悪かったしても、再建途上ですから。市民の参加者が5人もいたということに、ボクは満足しています。

 「知らせる」ためにブログ「ピース浜松」を再開しようと思います。