遠州の遺跡・寺社 88 東区上西町の赤宮(じゃぐう)神社、祭神はサルタヒコ命
浜松市東区役所去年11月に発行した『東区の文化誌 東方見聞録』にでていましたので、行って見ました。
第一に、神社名が「赤宮」と書いて「じゃぐう」神社です。普通なら「あかみや」神社と読むでしょうけど、なんで「じゃぐう」でしょうか?もしかして「蛇宮」?
もっと可能性が高いのは、長野県の考古学者、故・藤森栄一さんが『銅鐸』(学生社)の「七 ミシャグチ神の不思議な宝印」で追求した「ミシャグジ」神との関連です。
それと南北朝内乱の時代の「長慶天皇」が関連あるそうなので、ますます長野県との関連が確実になってきます。
長慶天皇の実在性は、別途考察したいと思いますが、そういう伝説を住民が信じていたということのほうが大事では、と思います。
『東方見聞録』のp110「第32話 長慶天皇にまつわる伝説」によれば、長慶天皇は、負け戦さばかりで(失礼!)、関東から信濃の上郷(現在の長野県下伊那郡上郷村)に移りましたが、北朝軍に攻められて、天竜川を下り、宮口郷に到着、そこから、徒歩で、この赤宮神社に到着して、地元民の「小豆かゆ」の接待を受けたというのです。
こうなると、現在の浜北区宮口も「宮口=みしゃぐち」の可能性も出てきますね。
祭神は「猿田彦命」です。つまり、太陽神のアマテラスと高木神の命令で「高天原」から、たぶん九州に「天下った」ニニギを途中でストップした鼻の大きい神さまがいて、それが「猿田彦命」でした。
手塚治虫さんのマンガでは子孫に「お茶の水博士」がいます。さらに連作コミック「火の鳥」では、鼻のでっかい主人公が主人公たちのひとりになっています。
ニニギ一行についていた美女の「うずめ」が女性の魅力で懐柔して、夫にして、九州の地元神である猿田彦に道案内をさせました。
現地に行って、おもしろかったのは、神社の方向が、猿田彦神は神社の中で、南西222度、つまり夏至の日の日没の方向を向いていることです。
これは「天孫降臨」が、いつの季節に行われたかを考えれば、意味深な方向ですね。つまり、アマテラスの命令で、日本列島を支配しに行くニニギとその従者になった猿田彦の向いている方向は。当然、太陽神の目線の方向、つまり夏至の日だったら、南西を向いているわけです。
猿田彦命のことも含む、日本列島の太陽信仰とレイラインについても、別途考察します。