2024年12月23日<鍼術秘要 上之巻>当ブログで現代文訳をしてみた。今回は、引き続き<中之巻>の現代文訳を試みた。
<針術秘要 上の巻>ブログ
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要点
①坂井豊作は、上巻の冒頭で、五臓六腑の中で肝が最も重要だと記しているが、実際の針灸臨床の話になると肝の話はまったく出てこなくなった。理論家ではなく根っからの臨床家なのだろう。経絡走行の話は出てくるが、経穴の話も少数しか出てこないのにも驚く。
②中巻では疾病ごとに治療法を示しているが、どれもやり方は共通している。症状に肝経する経絡を定め、凝って痛む処をつまみ、筋に沿って何本も横刺するという方法につきるようだ。経絡の走行といっても、並行に走行している経は何本もあるわけで、それらについても反応点には斜刺べきだと記しているのは、治療効果にこだわる臨床家のやり方だといえるだろう。横刺する方向は、経絡走行にこだわっていない。やりやすい方向に斜刺すればよいらしい。
③もっぱら症状に対する針灸治療法について記しているが、症状が起きている根本原因については、考えが及んでいない。これは江戸時代当時のものとしては、やむを得ないことだろう。下手に考えが及びすぎて、東洋医学理論につかりすぎても困ったことになる。
④図が非常に多いので、理解しやすいだろう。
⑤歯周病(歯槽膿漏)は、江戸時代には走馬牙疳ということは初耳であった。口臭が強い病という意味らしい。走馬牙疳との単語は中国語にもあった。
1.疝痛の針
疝痛(差し込むような腹痛)に針するには、まず耳の後ろで、胸鎖乳突筋を四指でつかみ、斜めに浅く刺す。また4~5分ばかり間隔を開けて、3~4針ばかりく浅く斜めに刺すようにする。これは手の少陽三焦経の流れである。刺すような痛みがある場合、腹に関連した首肩の経絡を刺してもよい。
背中には一行二行三行の線が併走しているが、これらには座位で刺す。臍から上に症状が強い場合、針は第2腰椎両側の上部に刺す。臍から下に症状が強い場合、第2腰椎両側の下部を刺すのが常である。
首の針は、深く直刺してはならない。首には禁穴はあるから、気を付けて針先を接触させることのないようにする。【図11】
腰部に刺す際、腸骨にぶつかって針先が曲がる恐れがあるような時は、図12のよう下から上方向に刺すのがよい。章門も下方に刺すことが普通だが、腸骨に針がぶつかる時は、下から上に向けて刺すべきである。【図12】
2.陰嚢腫痛の針
陰囊が腫れて痛む者には、首の両筋、両肩、背中の両側二行三行に定められたやり方で刺し、大腿内側上際の経絡を、臍の内面に向かって、その絡に沿って上より順番に刺すべし。(図15) 大腿内側では、足の太陰脾経だけでなく、足の少陰腎経と足の厥陰肝経も前後にあるから、それらの経にも沿うように刺すべきである。
股の根元より胆経に沿って膝蓋骨の少し後の方に向かい、またその経絡上にある足三里の筋溝を、上から下に足くるぶしの方に向かい、図のように刺すとよい。この足の少陽胆経の両傍に足の太陽経と足の陽明胃経とがある。陰嚢が疝痛・腫脹する者は、疝痛専門診療科で方剤を選んだ方がよい。
足の外側に、図14のように太陽膀胱経、少陽胆経、陽明胃経の3経あって、その少陽胆経を股の根元のところを、少し後ろの方へ斜めにして、膝の外側のところまで、その経に沿って、5~6針するのが普通だが、その前後の膀胱経も胃経もつかんでみて、凝った絡あれば、凝りのある絡に沿って刺すべきである。
股の外側にある少陽胆経を刺し終えて、次にその経を追って膝から外踝の上際まで刺すこと、たいてい4~5針ほど刺すようになる
下腿前面で膝から下に向かい、足外果の上際までを少し後方へ斜めに4~5本ばかり刺すのが普通だが、このところにもその前後の膀胱経や胃経にコリがあれば、その凝った経絡に沿って刺すべきである。【図16】
この図では針を左右交えて刺しているが、必ずこのように刺さねばならないということではない。上に述べたように、少陽胆経を少し後ろのほうへ斜めにして、下の法へ向かってさすことが通常である、前後の経絡にコリがある時は、その経絡に沿って刺そうとして、このように交差した図になる。(図15)
下肢の内側には足の厥陰肝経、太陰脾経、少陰腎経などがあって。前図のように、つまんで、太陰脾経をとり、また上から少し後の法へ斜に刺すことが常套法であるが、その前後の肝経、腎経などの経絡にコリがあれば、そのコリのある経絡に沿って大腿の根元から内くるぶしあたりまで刺すべきである。針数も前に述べたやり方通りにするのがよい。
3.腰痛の針と方剤
腰痛は多い疾患で、差し込むような痛みで発症する。他の症から腰痛となる者もいるが、針術は異なるものではない。
その針は、首の両傍の筋、両肩、背中の二行三行などに刺すことになるが、下部の病だから臍の後に当たる第2腰椎より上を少なく刺し、第2腰椎より下を多く刺す。
腰臀部筋の痛む者があるが、臀の肉は厚いから針を刺すといっても、他の経には効果を得ることはできない。そうしたわけでこの部には針数を少なくし、やはり第2腰椎より臀部の上際までの経絡に多数刺すべきである。
それより両脚の股の内外ともにすでに記したように、上から膝までを刺した図をすでに示した。
その内外経を刺すにも、前述したように四指でつまんで、凝りの甚だしい経絡に多く刺し、凝りのない経絡には少なく刺すのがよい。これより膝以下の経絡を、内外ともに指定したように刺すべきである。
4.頭痛針及方剤 附梅毒頭痛
頭瘟(頭のボーッとした感じ)の針は頭痛の針の方法に準ずる。
頭痛症で、桂枝湯、麻黄湯、葛根湯などの外感から発するような場合は、もっぱら湯薬で治療すべきなのだが、針術を併用してもよい。その他の頭痛も、湯薬と併用すべきである。
その方法は、頚の髪際の辺りから大椎のところまでを、椎骨の際より、左右へ斜めに図のように刺すこと、各3針ばかりすることが常套法であるが、症状によっては、脊椎の両傍のコリのスジを耳の方から図18のように脊椎に向け、少し斜めに刺すべきである。それより両耳の後へ絡をすでに示した方法で刺し、次に両肩と左右の背中の二行を、第2腰椎あたりまで刺すようにする(図18)
頭部の丹毒の針と方剤
頭部の丹毒の針術は、頭痛の針の方法に準ずる。
5.かすみ目の針術
眼がかすんで、雲霧の中にいるような状態では、まず風池と風府の二穴を刺す(図19)。この2穴を刺すには、上から下へ刺し、あるいは上の右、または左の方からこの穴に向かって、少し斜めに刺し、あるいは右または左の傍からこの穴に向かって、横に刺すこともある。
どこから刺す場合であっても、随分浅くして、針先の頭骨に命中しないように刺すべきである。
それより上腕の外側を肩の曲がりのところまで、背の方から1~2寸ばかり下をつかんでみると、筋溝があって、ゴリゴリとて指頭に反応を捉えることができる。これは手の少陽三焦経である。
この一二寸ばかりのところから、少し前方へ斜めにして下に向かい刺すこと3~4針ばかり施す。その三四針ばかりの間は大抵3~4寸ほどの間になる。それよりこの経に沿って、肘から先の1~2寸ばかりのところにから手首に向かい、三四寸ばかりの間を、下に向けて三四針ほどする。
督脈で額の髪際より項の髪際までを一尺二寸として、項の髪際から上1寸のところに風府の穴がある。
風池の穴をとるには、風府の穴の通りの横に、耳の下の脳空穴の後にあって、指で押せば耳へ響くところである。
6.歯痛の針 附走馬牙疳(=歯周病)
歯の痛みに針するには、首の両傍の胸鎖乳突筋を刺し、それから肩を刺し、上腕外側の経を刺すこと。もし左側の歯痛がある者は、左の経を多く刺し、右側の歯痛がある者は、右の経を多く刺すべきである。あるいは背部の二行を刺してもよい。
走馬牙疳(そうまげかん。歯がくさくなる病。現代でいう歯周病)の針は、上述したような針を施し、かつ背部二行の通りを肩から腰までと三行とを刺し、次に股の外経(図もすでに上述した)を刺すことはすでに説明した。
馬牙疳(=歯周病)に針して、その刺した経、あるいは一身に痛みが出ることが時々ある。これは驚くことではない。まさに治そうちして眩暈が出ている状態である。
歯痛に針術を施すことは、大抵一度刺して、急激にその痛みが治する者が多いが、十人に1~2人は2~3日刺さなければ、治らないこともある。一度針して治る者といっても、服薬しないと再び痛みが出る者も、また十人に1~2人はある。
しかしながら2~3日刺してもも、治せない者においては、服薬させるのがよい。
7.口中腫痛と舌病の針
口中が腫れて痛む、あるは舌がはれてただれる者に針することは、軽症では歯痛と同様に扱う。重症の場合、走馬牙疳のように治療する。
耳痛の針そして梅毒聾
※梅毒の自覚症状は粘膜のただれ、脱毛など皮膚症状が有名だが、眼や耳(内耳)に病変が出現することもある。これを「眼梅毒」「耳(内耳)梅毒」とよぶ。感染の早期から、潜伏期間を経た晩期いずれも起こりうる。
上気しての耳鳴、耳腫れ、耳痛、あるいは梅毒により、耳が聞こえない者は、耳下の胸鎖乳突筋と両肩とを刺し、右が痛む者は右の方に多く刺し、左が痛む者は左の方に多く刺す。これより背中の二行の通りを肩から腰までを、みな指示通りに刺すべきである。
もし股の内または外の経にコリがあれば、ことごとく刺すべきである。
8.怔忡そして胸悸の針(附頭眩驚悸)
※怔仲(せいちゅう)とは体を動かすことでひどくなる動悸のこと胸悸とは、、胸がキュッとしめつけられること。頭眩とは頭に感ずるめまい、驚悸とは、驚いて動悸すること。
驚悸(驚いて胸がドキドキする)の針は、ともに両耳下の胸鎖乳突筋と両肩と両上腕の肩の曲がりの所から、手首までを規程のように刺し、この上腕の両側に手の陽明大腸軽と手の太陽小腸軽がある。いずれの経でっも凝った絡あれば、みな指示したように刺すべきである。
次に両上腕の前のほうの脇で、手の厥陰心包経を、(後に示す図あり)また手首まで8~9針から12~13針ばかり刺す。また手首まで8~9針から12~13針ほど刺す。この経の両傍に手の少陰心経と手の太陰肺経とがある。いずれも凝った絡があれば、ことごとく刺すべきである。(図後に示した。)次に背の両二行を、肩から腰までと両三行とを皆指定通りにさすべし。
9.癆瘵の針
勞瘵(ろうさい)は労咳ともいう。現代でいう肺結核のこと。癆瘵は非常に難病で、治するものは十人に一人のみである。そうであっても病因を究明し、脈の虚実を診察し、方剤がこの疾病に適し、保護を慎重に行い、その上で針術を併用する時は、たいてい12人中、5~6人を治せるだろう。その針術を施す方法は、両耳下の筋ン、首の両筋、両肩、両手の内外経、背中の左右二行、三行、両足の内外経などを、ことごと規定したように 刺すのがよい。
軽症であれば2~3ヶ月間針すれば、必ず好転のきざしがみられるものである。重症の場合、半年あるいは一年の間針すれば、大いに効果あるものである。
10.婦人血塊の針
婦人の血塊症(子宮から血の塊が出る)は、腕のよい針医だとしても、強い薬を与えるのを躊躇する。または薬を与えた場合でも、ただちに効かせるのが難しい場合には、針を併用して大いに効果がある。
その針法は、両耳下の胸鎖乳突筋、両肩、左右の背中の二行を、肩から腰までの諸経を刺すべきである。もし足が痙攣して痛む者は、大腿内側の太陰脾経と、外またの少陽胆経とを刺す。ここに経を刺すが、しっかりと筋をつかんで、凝った絡に刺すべきである。
もし手が痙攣した痛む者は、上腕の少陽三焦経と、脇下の前方の経、あるいは腋下の後方の経、腋下の前後の経を(取る図を後に示す)上から手首まで刺すこと、指示のに従って実施する。
また、婦人の少腹の右または左に塊があって、時々上下にあるいは左右に動く場合、
気分が悪く、腹痛・上気・頭痛など、一般には血の道と称する症状のようで、月経期に発症する症状のある者は、前に記した血塊の針のように刺すのがよい。
11.婦人血欝の針
婦人の血欝(=血行不良)の針は、両耳下の胸鎖乳突筋、両肩、両上内外の経、背の左右二行三行を肩から腰に施術する。両足の内外の経などをことごとく定められたやり方で刺すのがよい。
しかしながらこの症状では、針による瞑眩が出現して、人によっては一升もしくは二升の吐血や下血することもある。これは病に効ある兆候だから、驚くべきことではない。その術を施すには、軽症であれ一ヶ月ばかり刺すが、重症であれば2~3ヶ月刺さないと治らない。