AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

仙結節靱帯刺針の効果 Ver.1.1

2016-11-16 | 腰下肢症状

平成26年5月10日報告の<坐骨滑液包炎の針灸治験>ブログで、坐骨結節滑液包炎の鍼灸治療について説明した。今回は仙結節靱帯痛と思える症例を経験し、よい成果を収めることができたので報告する。

1.仙結節靱帯痛の概要と鍼灸治療方法

1)症状
下殿部~大腿後側痛、陰部神経症状(肛門や肛門奥の鈍痛)


2)病態
ランニングやストレッチ体操のような、繰り返される大腿の大きな動作により、仙結節靱帯のTPが活性し、下殿部~大腿後側痛出現。この靱帯深部には陰部神経が走行するため、陰部神経絞扼障害も出現することがある。


3)針灸治療
伏臥位で、仙結節靱帯に相当すると思える部に、3寸#10にて深刺し硬い組織に当てる。3~5本集中置針(30~60分間)。

 

 

4)コメント

仙結節靱帯が原因で症状をもたらすことがあることは、つい最近のMPS研究会の報告で知った。それ以前、そもそも靱帯が痛みを起こすとは考えていなかった。仙結節靱帯は、皮下組織の厚い部にあるため、触診や押圧によって圧痛等の異常を確認しづらく、刺針点を定める確証が得られにくい。そこで解剖図を参考にして、刺針して仙結節靱帯に命中しそうな部位を選択したが、やむを得ず、一直線となるように3~5本深刺し、またTP過敏性を鎮めるために、長時間(筆者は30~60分間)置針することを考えた。

 
2.症例

1)左下殿部内側から大腿内側上部の痛み、頻尿を訴える例(60才、女性)


当院来院1年間くらいから、思い当たる理由なく、左下殿部内側から大腿内側上部が痛む。頻尿もあり。椅子に座ると、坐骨あたりが圧迫されるので、長時間座っていられない。股関節X線正常、骨盤部MRIで左側梨状筋の肥大を確認。ペインクリニック科で硬膜外神経ブロックや殿部からの坐骨神経ブロックを行ったが、無効だった。坐骨結節部に圧痛なし。

     
当初は左側陰部神経障害を考え、左側陰部神経刺針を行い、また念のために左梨状筋刺針(=坐骨神経ブロック点刺針)も行い、10~30分置針パルスを実施した。
また仙骨神経叢と陰部神経に影響を与える目的で左中髎に直接灸実施。
   
何回か上記治療を繰り返すうちに、頻尿は改善したが、下殿部内側の痛みは、あまり変化なかった。このような治療を週1回ペースで1年3ヶ月継続した。針灸を継続していればいくらか座っていられるとのことだった。それ以上の治療を思いつかず難儀していたところ、仙結節靱帯もTPポイント活性になることを知り、前述した治療に変更してみると、治療直後から自覚的に明かに下殿部症状の軽減をみたということだった。

※後日、当人がこのブログをみて、発症した原因は不明と言ったが、膝をのばして両脚を開いた姿勢で、長時間何日も絵を描いたのが原因かもしれないと話してくれた。両脚を開いたというのは下の症例と類似点がある。


2)会陰部奥の痛み、左下殿部痛(53才、女性) 

     
数ヶ月前、ヨガで開脚姿勢をとろうとした際、足がすべって股が無理に開いた。その直後から、上記症状出現。会陰部は脱肛感や灼熱感があるが、外見上異常なく、 肛門周囲に圧痛はない。内科、婦人科では異常は見つからなかった。それ以外に、ふくらはぎと足底痛もあり。ヨガやランニングを好んで行っている。

   
坐骨結節部に圧痛なく、会陰部にも圧痛なし。上記症状の経験より、当初から仙結節靱帯TP活性化を考え、伏臥位にて左仙結節靱帯に相当する部から5本深刺で30分間置針実施した。
治療後数時間は残針感があったが、その後に肛門周囲がポカポカし気持ちよかく、翌日久しぶりにランニングする気になったとのこと。ただしランニング後に症状は元に戻ってしまった。
   
3日後再診。今度も同様の刺針を行い、置針時間60分としてみた。また症状が安定して回復するまで運動中止を指示した。このやり方とは別に、四つばい位で仙結節靱帯に置針をし、徐々に正座位に体位変換を指示する運動鍼を行うと、さらに治療効果が増すことを発見した。正座位を行わせる際、大腿と下腿の間にマクラを挟んで、深い正座姿勢ができないようにすることで刺激程度をコントロールできる。

※本患者は足底痛や左脚第4趾DIP関節痛もあったが、仙結節靱帯刺針を行うことで消失または症状部位置が移動した。これらはTP活性化に起因した放散痛部位だったのかもしれない。

 

4.仙結節靱帯の触診(追補)

私は仙結節靱帯の触診に困難を感じてなかったが、韓国のLee先生は、上述した説明でうまく触知できず、以下に示す方法で触診できたと連絡を下さった。熱心さに頭が下がる。

 

 


変形性股関節症の針灸臨床 ver 1.5

2015-08-23 | 腰下肢症状

   これまでも何回か変形性股関節症の針灸について報告してきたが、その時々に興味をひく内容を書いたので、内容は断片的だった。今回は、とくに初学者を意識し、変股症の針灸治療というテーマで総括的に記すことにした。内容的には過去に報告したものと重複しているがご容赦願いたい。

1.変股症の症状

変股症の自覚痛は、股関節付近だけでなく、殿~下肢に広範に及んでいることが知れる。一見すると、坐骨神経痛+大腿神経痛のようである。

 

1)疼痛の進行
初期は運動後や長く歩いた後などに、股関節に限らず殿部や大腿部、膝上部などに鈍痛が出ることが多く、この痛みは数日すると治まる。
少し症状が進むと、動作開始時に股関節辺りに痛みを感じる「始動時痛」を感じるようになる。痛む箇所は次第に股関節周りに限定されてくる。
さらに進行すると歩行時に股関節の前後が痛む、途中休憩なしに歩けない、などの運動痛が出現。
最終的には安静にしていても痛むようになり、痛みの程度もだんだんと強くなる。

変股症治療の最終手段は、股関節を人工骨頭に置換することになる。患者としては、なるべく手術は避けたいのは当然なので、鍼灸や理学療法的処置を行うわけだが、この「安静時にも痛む」時期が到来して手術以外に痛みから逃れる方法がないことを患者自ら悟ることになる。


2)股関節の可動域制限
痛みが強くなるのにつれて、靴下が履きにくくなったり大きな段差が上りにくくなったりする。痛みから関節を動かさずにいると関節拘縮が起こり、深く屈げた足を開くなどが苦痛になる。
拘縮がひどくなると骨盤が傾いて悪い方の足が短くなったように感じられる。

3)跛行(片足をひきずって歩く)

痛い方の足をかばって歩こうとしたり、また痛みのために活動量が減って中殿筋などの筋力が衰えると悪い方の足をついたときに身体が傾くため、肩を揺らして足を引きずるような歩き方「跛行」になる。

 


2.股関節周辺の痛みとは

股関節に限らず、関節症では関節可動域は減少するが、関節そのものは痛まない。軟骨がすり減って、骨同士がぶつかるから痛むというのは間違い。変形性股関節症の痛みは、股関節周囲筋の筋膜痛によるものが中心である。
針灸は股関節周囲筋の痛みに対して有効であるが、変股症が進行すれば、筋に対する刺針効果も一過性に過ぎなくなる。これが針灸の守備範囲というものであろう。  
股関節を動かす筋の種類別に整理すると以下のようになろう。


3.股関節の外転筋の痛み


主動作筋は中殿筋、他に小殿筋が重要である。大腿骨大転子を中心軸として、腸骨の上前腸骨棘と上後腸骨棘を結ぶ扇型部分に中殿筋があり、中殿筋の深層に小殿筋がある。股関節病変の場合、中殿筋や小殿筋が緊張することで、股関節を保護する役割がある。

これら二つの筋の緊張度をみるには、被験者を側臥位にし、上記扇型部分を、力を深部に到達させるように、ゆっくりと、深々と母指で押圧する力加減が重要である。筋緊張を把握できたら、筋緊張部分に針先が達する深さまで刺入する。 
 

 

 

1)中殿筋の緊張の痛み

トラベルによれば、中殿筋の放散痛は殿部に限定される。

なお 変形性股関節症の者は、骨盤前傾位になっていることが多い。この理由は、骨盤前傾斜位になると中殿筋の筋活動が弱まるので、歩きやすくなることによる。中殿筋を緩めると、関節症変化は著明に改善する。

 

2)小殿筋の緊張と痛み

トラベルによれば、小殿筋前部線維緊張では、大腿外側痛が生じ、小殿筋後部線維緊張では大腿後側痛が生ずるという。このような患者の訴えを聴取することは 問題筋の所在をつきとめる参考となり、それは刺針深度を決定するのに役立つ。

 

 
4.大腿内側の痛み

1)長内転筋の痛み


中殿筋や小殿筋が股関節外転筋だが、長内転筋は股関節内転筋であって、中・小殿筋とは拮抗筋の関係にあるので、中・小殿筋に圧痛があれば、長内転筋も圧痛が出現しやすい。
股関節の外転・外旋位(パトリックテストをするときの肢位)にすると内転筋群緊張していれば、とびだしてきて触知しやすくなる。とくに出てくるのが長内転筋である。股関節外転不十分な者に対して、陰廉や足五里から刺針して長内転筋に刺入すると、股関節外転の可動域が増す(たとえば、あぐらがかけるようになる)ことが多い。

 

 

2)腸骨筋の痛み

変股症患者の感じる疼痛部位は、外殿部とともに、鼠径部に見つかることが多い。鼠径部の圧痛部位を調べると、鼠径溝の外側1/3ぐらいの処(=外衝門)になる。位置的には腸腰筋でとくに腸骨筋にが問題となる。腸骨筋は腸骨稜内上縁を起始とし、股関節前部を縦走し、股関節前面を擦るように角度を変えて大腿骨小結節に付着する。したがって、変股症時には障害となりやすい。腸骨筋を弛める目的では、パトリックテストの肢位にて、この部に中国鍼針または2寸#4針で4~4㎝刺して骨(=股関節部)にぶつけ、その状態で、股関節屈伸の自動運動を行わせるとよい。

以下は参考までに記す。大腿基部内側で、縫工筋、長内転筋の内側縁、鼠径靱帯で囲まれた部を、スカルパ三角(=大腿三角)とよぶ。鼠径靱帯中央部(教科書の衝門位置。拍動触知する)を、大腿動・静脈が縦走し、その外方(外衝門:鼠径靱帯の外側1/3の処)を大腿神経が縦走する。スカルパ三角の深層にあるのが腸腰筋があり、さらに深部には大腿骨骨頭がある。
         

 

5.変形性股関節症の徒手整復的ストレッチ 
 
歩行時痛ではなく、股関節可動域が減少したり、歩行がギクシャクしたりしている場合、あるいはパトリックテストで可動  域低下が顕著な場合、筋に対する刺針は有効性が低いが、徒手矯正的なストレッチが有効となる場合がある。
   
この方法は、術者の首と膝窩下をサラシなどで巻いてつなげ、術者が牽引する。外傷性股関節脱臼時のように、瞬間的に力を加えて、関節を元の位置に戻すというものでなく、ゆっくりと数秒間ずつ数回、大腿をストレッチする感じに行うと、事故もなく行えると思う。本法により、股関節の可動性が増加し、これまでできなかったパトリック肢位ができるようになったりする。
幅30㎝善後サラシで輪をつくるのだが、大きすぎても小さすぎてもうまくいかない。試行錯誤した結果、内周96㎝が妥当であることがわかった。

6.変形性股関節症の徒手整復的ストレッチの改良型

上記方法は、変股症にかなり有効で、筆者にとって変股症患者に対して必ず行う方法となっていた。しかしある日。この手技を実行する段になったが、輪にしたサラシが探しても見つからない時があり、とっさに思いついたのが次の方法である。この新しい方法の方が、股関節に作用する牽引力が強く、サラシも要らない。サラシは間もなく見つかったが、以降は次の方法をとるようになった。

①患者は左変形性股関節症。変股症側を術者側に向けての仰臥位とする。
②術者は患者の顔方向に立ち、術者の左脚をベッド上に乗せ、術者の大腿上面に患者の下腿(なるべく膝関節に近い側)を乗せる。
③術者の右手を患者の左上前腸骨棘部に置き、術者の左手を患者の下腿に置く。
④ベッドに載っている術者の左脚の足関節を伸展させる。さらに患者の下腿に乗っている左手に下向きの力を加える。この動作で、患者の左側骨盤は少々浮き上がる。
⑤上前腸骨棘を押さえている術者の右手は、この浮き上がるのを妨げるように、ベッドに向けて押しつけるように力を加える。
⑤この要領で、ゆっくりとした間欠的牽引を10回実施。

 


坐骨結節滑液包炎の針灸治験

2014-05-10 | 腰下肢症状

1.症例報告(19歳、男性) 

1)主訴:左殿部痛

2)現病歴
当院初診2ヶ月前から両の殿痛~下肢痛が出現。歩行時は、左大腿が前に出にくくなった。1ヶ月前からは整形受診し投薬治療を受けたが、あまり改善しなかったといいう。
本患者は1年前(高校2年)まで、野球のピッチャーをやっていたが、現在はスポーツはしていない。ピッチャー時代、左上殿部痛や左下腰痛のため、たびたび当院の治療を受け、その度に寛解していた。

3)針灸治療と経過
当初、殿下肢痛は、梨状筋症候群由来と考えて、坐骨神経ブロック点刺針を実施。また左大腿前面が前に出しにくいというのは、鼠径部の圧痛顕著であることから、大腿神経の神経絞扼障害と考え、鼠径部から大腿神経を狙って衝門外方から刺針したところ、症状は大幅に軽減した。 
 
1週間後再来。前回症状は改善したが、椅子に座ると左下殿部が痛んで座り続けることができない。仰向けに寝られないとうった新たな訴えを述べた。坐骨結節を押圧すると跳び上がるほどの圧痛点を発見した。

4)診断
大腿二頭筋起始部腱炎を考え、伏臥位で圧痛の強い坐骨結節のハムストリング筋起始部、すなわち承扶の上方約2横指を取穴。この刺針同筋を伸張状態にさせて刺針して雀啄実施。これで仰臥位での就寝が可能となり、硬い椅子に長時間座ると痛む症状は軽減したとのことだった。しかしそれ以降、数回来院し、同様の治療を実施しても、治療直後改善するのみで、長期的に症状鎮静化させることは困難だった。 
※承扶穴は、教科書的には殿溝中央を取穴する。大殿筋・半腱様筋・大腿二頭筋長頭の交点である。これは坐骨神経痛の治療に使うことはあっても、今回症例には使えない。坐骨結節に対する刺激は、承扶の上方2寸くらいから触知し、刺針する必要がある。 

5)文献検索と治療の再検討
病態把握が甘いかもしれなので、<坐骨結節、疼痛>との複合ワードでネット検索してみると、どうやら坐骨結節の滑液包炎らしいことが判明した。単なる坐骨結節の筋腱付着部症ではなかったらしい。筆者は以前、アキレス腱滑液包炎になったことがあり、アキレス腱部がチクチクと痛んだことを思いだした。いわゆる筋痛とは異なる感覚だった。

坐骨結節滑液包炎は、サッカー選手がかかりやすく、ボールを蹴る際、その軸足となる坐骨結節部に痛みが走るとの記載もあった。痛みがしつこく難治であって、スポーツを辞めることや、手術に至るケースもあるという。
このような知識を得た上で、さらに問診してみると、本患者は高校時代ピッチャーだったが、現在投球動作で、左脚を挙げてふりかぶる際に一瞬、足の右小指側に全体重をかけるが、この時、左坐骨結部がチクンと痛むという点も坐骨結節滑液包炎を伺わせるものだった。

 

2.坐骨結節滑液包炎の針灸治療法

これまでの坐骨結節部の圧痛点治療は、やや有効という程度だったので、今回は同一治療点に運動針をすることを思い立った。単に坐骨結節に刺針するには、伏臥位で構わないが、ハムストリング筋屈伸の運動針をするとなれば、仰臥位で、患側下肢を持ち上げるようにして股関節を屈曲させ、術者は患者の膝窩あたりに首をもぐり込ませて、この肢位を保持しておく。この状態で刺針する。その後針を置針した状態のまま、股関節の伸展と前屈の自動運動5~10回を行わせる。以上のような手技を行ってみた。

すると単に置針や手技針をした時に比べ、坐骨結節部の痛みは軽減し、ピッチング動作時も痛みは大幅に減少する結果となった。
針灸の刺激の与え方によっては、坐骨結節滑液包炎も、針灸適応となることを確認した次第である。  

 

 


 


中殿筋痛による歩行困難に対するリフォーマーベルトの適用

2012-03-24 | 腰下肢症状

1.症例提示

1)症例1 86才、女性

往療患者。かなりの肥満体。家の中を移動していてつまづき、転倒して左殿部を床に強打。以来、3週間歩行不能の状態。日常生活はほとんどベッド上で過ごし、大小便は、ベッド横のポータプルトイレでやっと用を足している。立位不能。3週間前以前は、どうにか50m程度の散歩はできたという。

診断:中殿筋痙縮 


治療:中殿筋の過収縮であることは、圧痛より明瞭だった。坐骨神経の異常興奮ないことから、側臥位にて、大転子の上方2㎝の部の中殿筋にむけ、10番針にで2寸深刺し、5分置針。他に圧痛点に円皮針して治療終了。数秒間の立位姿勢保持が可能となった。



経過:
上記治療を2回行い、殿痛は半減し、立位は可能となるが、歩行は不能状態。要するに上記治療は有効であるが、歩行という負荷までは耐えられない状態である。そこで、ふとリフォーマーベルト(商品名)の使用を思いつき、次回往療時から試みることにした。中殿筋を圧迫することで中殿筋可動性を減らし、股関節の不安定性を減らすとする考えからである。これまでと同様の鍼治療を行い、立位の状態で、リフォーマーベルトを骨盤に巻いた。すると、数歩のができるようになった。
リフォーマーベルトを装着して自宅にて歩行訓練を一日3回5~10分間ほど行うと、リハビリ効果が得られ、その2週間後には、50m程度の歩行ができるまでに回復した。

2)症例 96才、女性
2ヶ月前にL3を圧迫骨折、以来腰殿部が痛く、杖歩行でどうにか10歩前後歩ける程度だとのことで、家人に連れられ当院受診。診ると、腰椎上に圧痛はなく、L3圧迫骨折はすでに癒合しているようだ。圧痛は左殿部の、中殿筋部に強く限局してみられた。

診断:左殿筋痙縮


治療:左側臥位にて、上記の要領で中殿筋に深刺し、5分間置針。立位にして歩行を指示するも、足が前に出にくい状態だったので、リフォーマーベルトを骨盤に巻くと、ただちに数十歩の歩行かできるようになった。

3)症例 92才、女性
6時間正座し続けた後、立とうしたら、左臀部~大腿外側が痛み、また膝蓋骨上方が割れるように痛むようになった。歩くことも、立ち上がることもできない。整形外科で腰にブロック注射3カ所実施するも改善なし。

診断:左中殿筋痙縮

治療:上記2例と同様に、2寸4番針にて、側臥位にて中殿筋へ置針した。すると治療直後は、立つことはできても、始めの一歩が踏み出せず歩行困難。また治療後半日もすると再び歩けなくなるという状態を何回か繰り返した。そこで上記と同じくサポーターを装着すると、一瞬は杖歩行可能となった。しかし痛みが強くてやはり歩行困難。その間、時々神経ブロック注射受けてはいるが、ほとんど効いていない。
なぜ効果的な治療ができないのか悩んだが、ある日整形で股関節のX線撮影をすると、大腿骨頸部骨折があることを発見された。その数日後手術し、2ヶ月後無事退院。以来、臀部痛は消失している。


2.症例解説


1)中殿筋の機能と障害

中殿筋と小殿筋は、腸骨外縁と大転子を結び、股関節外転作用がある。上殿神経(仙骨神経叢の枝)支配。ちなみに大殿筋は、腸骨仙骨外縁と大腿骨を結び、股関節伸展作用である。下殿神経(仙骨神経叢の枝)支配。 
下肢症状を伴う殿部痛では、まず坐骨神経痛を考える。しかし下肢痛がなく、殿部痛単独の場合には、上殿神経または下殿神経の興奮を疑う。上殿神経や下殿神経は運動性の神経であり、支配筋の緊張状態、そしてトリガーポイントを形成することがある。
なお中殿筋麻痺ではトレンデレンブルグ徴候陽性、つまり患肢のみで立位を保持しようと思うと、健側骨盤が降下する現象が認められることはよく知られる。本症例の場合、麻痺ではなく、筋のコリ(=短縮)である。

2)症例3の診断ミスについて
症例3は、私は当初は左中殿筋痙縮として、この病態に対する針治療を行った。しかし経過は予想を下回り、症状不変。結局、大腿骨頸部骨折が真因だったのだ。突然発症したとはいえ、めだった外傷はなく、整形で神経ブロック注射もしていたので、予想外の事態となった。
率直にいって、このあたりが開業針灸の限界だと思う。針灸治療に原因があるのではなく、医療機関外で働く針灸師の環境問題、主として法規の問題となる。PT、ATなみの待遇で、病院で実際に鍼灸治療ができる環境が必要であろう。

3)リフォーマーベルトについて
リフォーマーベルトとは、生ゴム性で伸縮に富む骨盤矯正の補助運動器具である。しかしそれだけでなく、中殿筋緊張コリ(=短縮)に伴う歩行困難にも効果的に作用する例があることを発見した。何とかでも自力での歩行ができるきっかけをつかめれば、歩行訓練により、歩行の安定性の改善や歩行距離の延長が得られるようになる。
※筆者のリフォーマーベルトは、「からだはうす」で購入。各サイズある。6本6000円前後。


 


坐骨神経痛における下腿部治療点の検討 その2

2011-08-03 | 腰下肢症状

5.長腓骨筋への刺針--陽陵泉
総腓骨神経は膝窩尺側に下降(浮ゲキ・委陽)し、腓骨頭直下(陽陵泉)に回る。次に長腓骨筋を貫いた後、すぐに浅腓骨神経と深腓骨神経に分かれる。腓骨頭前下際で、この長腓骨筋部に陽陵泉をとる。陽陵泉刺針では総腓骨神経を刺激できるが、やや下方に陽陵泉をとるのであれば浅腓骨神経刺激になる。
陽陵泉刺針を長腓骨筋TPsに対する刺針と捉えることもでき、こちらの方が本命かもしれない。

6.短腓骨筋への刺針--懸鍾
外果の上方3寸で長・短腓骨筋前縁に懸鍾(=絶骨)をとる。長短腓骨筋のすぐ前には長指筋があり、これらの筋溝には浅腓骨神経が走行している。浅腓骨神経痛時には、陽陵泉とともに懸鍾に圧痛が好発するが、これは短腓骨筋のTPsと一致した位置になる。

7.丘墟
外果の前下方の陥凹部に丘墟をとることになるが、正確な位置は明瞭ではない。しかし丘墟の「墟」という漢字は、くぼみのことなので、すなわち丘墟とは丘のくぼみの意味をすることから、筆者は、距骨と踵骨の間にある足根洞部に取穴している。この部に筋構造はないが、骨間距踵靱帯がある。
古東整形外科・内科のHPによれば、水色で示した部分に神経終末が集合しており、
「足の目」ともいわれるぐらい、地面から足に伝わる微妙な感覚をキャッチし、脳に伝えているということである。一般的には陳久性の足関節捻挫で痛みを生じやすい部である。
ただしその直下には浅腓骨神経が走行しているためか、浅腓骨神経痛時には圧痛が出現しやすい。

8.前脛骨筋への刺針 足三里~下巨虚
下腿前面の前脛骨筋上には胃経の、足三里・上巨虚・条口・豊隆・下巨虚といったツボが並んでいる。前脛骨筋は深腓骨神経が運動支配支配するが、深腓骨神経が前脛骨筋中に送る分枝は多数あって、上記経穴はどれもモーターポイントとして作用している。鍼灸臨床にあたっては、上記経穴を順に調べ、最大圧痛硬結点に刺針するようにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


股関節部痛に対する小殿筋深刺と、大腿直筋刺針の工夫 Ver.1.2

2010-12-28 | 腰下肢症状

1.股関節症に対する私の従来の治療法

股関節症は、股関節変形を基盤とした、股関節周囲筋の緊張による痛みである。いや痛みというよりは、股関節がギクシャクし、時に外殿部側面の深部に強いコリを自覚することが多い。
これまで私は、このたぐいの患者に対して次の施術を行い、良好な結果を得ていた。

1)側殿部の圧痛:側臥位にての中殿筋深刺や股関節裂隙深刺、5分間置針。
2)鼠径溝部の圧痛:大腿外旋、外転位(パトリックテスト時の肢位)にて、鼠径溝から大腿内旋筋群刺。5分間置針。

2.小殿筋深刺時の体位工夫大

多数の症例では上記施術で間に合うが、ときに小殿筋刺が必要な場合があることが分かってきた。
小殿筋の過緊張は、患者本人は体質的な一部と認識し、「股関節が硬い体質」と思い込んでいる者がいる。自分の足の爪が切れないという者がおり、確かに上体前屈動作が十分にできない。側殿部が非常に凝ってつらいと訴える者もいる。

解剖学的には中殿筋の深部にほぼ一致して小殿筋があるわけだが、側臥位にての中殿筋刺の深度をさらに深く刺針しても、独特の得られにくい。

そこで刺針体位の工夫だが、ベッドに後向き座らせ、次いで横座りにさせて、側殿部の圧痛を探ることが重要になる(横座りできない者は、正座でもよいが治療効果は劣る)。横座りの体位は、股関節に対して大腿骨が、外転・屈曲・外旋していると思う。この場合、中殿筋や小殿筋は、本来弛緩している筈だが、大腿骨頭が多少ずれるためか、あるいは上体を支えているためか、この姿勢にて上前腸骨棘から1~2横指仙骨に寄った部の圧痛をめがけて、やや下方(ベッド面方向)に直刺すると、深い処で強い筋緊張を感じ、患者は「つつらい処に当たった」といって喜ぶ。

変形性股関節症の者に対する、こうした施術は、しょせんは対症療法だが、治療効果は1週間~1ヶ月程度は持続するので、十分価値があると思う。

3.大腿直筋刺針の工夫

鼠径部が痛むという患者においては、鼠径部圧痛点の所在により、大腿内転筋群の痛みか、大腿直筋の痛みかを判断する。大腿内転筋群の圧痛に対しては、いわゆるパトリック肢位にして鼠径部の圧痛点に刺針する。

大腿直筋の痛みの場合、立位で大腿を持ち上げる際に痛むと訴えることが多いようだ。この場合には、踏み台を用意し、下図のように患側の脚を踏み台にのせ、鼠径部圧痛点に手技針すると効果的になる。


殿部~下肢外側痛の病態と針灸治療(とくに小殿筋筋痛症)

2006-07-11 | 腰下肢症状

大腿外側から下腿外側痛を訴える患者は案外多いものであるが、この症状は教科書に説明されていない。
 腰下肢症状を訴える代表疾患に座骨神経痛があるが、座骨神経痛であるなら神経走行上の痛みということから大腿後側痛は訴えることはあっても、大腿外側痛は訴えない。腰殿部痛に加え、大腿外側痛時を同時に訴える場合、次のような疾患を考える。

1.小殿筋の筋痛症
1)座骨神経痛との鑑別
 殿部浅層筋には大殿筋(股関節伸展作用)と中・小殿筋(股関節外転作用)がある。このなかで中・小殿筋の筋痛症は、下肢に放散痛を起こすことが知られる。 とくに小殿筋の筋痛症の放散痛は、大腿後側ないし大腿外側であり下腿症状も伴うことから座骨神経痛と紛らわしい。しかし座骨神経痛であれば症状は神経痛様(電気が走る)であり、ワレーの圧痛点をみる。小殿筋の筋痛症では筋痛様であり、下肢症状部に明瞭な圧痛点はみられないという違いがある。
 本病態はあまり知られていないが、実際には相当多いと思われる。私のかつての師匠である土肥豊丸先生は、殿下肢症状を訴える患者には、第一選択として小殿筋刺針を使っていた。


2)針灸治療
 小殿筋は中殿筋にすっぽりと覆われているので、圧痛点に深刺することを考えるならば、トリガーポイントがどちらの筋によるものかは重要な問題とはならない。トラベルの図によれば、トリガーは2カ所記されている。患側上の側腹位にして、大転子と上後腸骨棘を結んだ線を引き、大転子側から腸骨稜方向に1/4あたりの圧痛を探り、圧痛点から3寸中国針で深刺し、症状部位に針響を与えるようにするとよいだろう。

2.L5椎間関節症
1)病態診察
 症状部に撮痛を認め、撮痛部から斜め内上方60度の角度で脊柱方向に線を延長し、その背部一行との交点部の圧痛をみる。強い圧痛があれば本症の疑いが強い。
2)針灸治療
 該当する夾脊穴から直刺する。治療直後から症状の大幅な改善をみることが多い。


.変形性股関節症
1)病態
 股関節自体は知覚に鈍感なので痛みは股関節周囲組織の興奮した結果として生ずる。この場合大腿前面痛や大腿外側痛を訴えることが多い。なお変形性股関節症であれば股関節ROMが制限を受けていることが多く、これは診断に有意義である。

2)針灸治療
 股関節外側裂隙周囲から刺針することで症状部に一致した針響を得て、直後から大幅な痛みの改善をみることが多い。(腰下肢痛「変形性股関節症の鍼灸治療」記事参照)

4.仙腸関節微小脱臼
1)病態
 仙腸関節部のわずかな脱臼状態が持続すると周囲の筋や神経が興奮し、同じ姿勢を保持すると、症状は次第に増悪する。関連痛は下肢の色々な部位に出現する(動かす瞬間に痛むのではない)。仙腸関節部の強い圧痛をみる。

2)針灸治療
仙腸関節刺針を行うと症状軽減するが、数日後に再び同症状を訴えるようになることが多い。骨盤バンドを装着しながらのフラフープ運動などを行い、仙腸関節のズレが元に戻ることを期待する。本疾患はAKA療法の最適応だろう。(腰下肢痛「仙腸関節運動針法」記事参照)



腰下肢症状の診断

2006-03-10 | 腰下肢症状
1.痛みが坐骨神経走行に従う場合 
 腰下肢症状をもたらす疾患で最多は、坐骨神経痛であろう。臀部~大腿後側~下腿(前、外側、後側)という坐骨神経走行に沿った痛みが出現し、坐骨神経ブロック点(=中国流環跳)押圧で痛みが下肢に放散する。

 坐骨神経痛は、梨状筋症候群と神経根症に大別できる。腰痛があれば神経根症の確率が高く、SLRテスト陽性、下肢症状がデルマトーム分布に一致すれば、ほぼこの診断が確定的になる。

 梨状筋症候群の場合、腰痛(-)で下肢症状は殿部梨状筋緊張による坐骨神経の絞扼障害という形になり、下肢症状はビリビリ、ピリピリする痛みであって知覚麻痺や運動麻痺は伴わない。国家試験用の知識としてKボンネットテスト(+)がある。治療法については別項参照。

2.大腿外側の痛み
 大腿外側痛を訴える患者は案外多い。鍼灸初心者は、つい大腿外側皮神経痛として一件落着としがちであるが、本症であることは少なく、むしろ変形性股関節症の放散痛もしくは仙腸関節のズレによる関連痛の場合が多いだろう。
 もし大腿外側皮神経痛であるならば、その神経絞扼障害の好発部位である上前腸骨棘の内端(教科書の環跳の部位)の圧痛の有無を調べなくてはならない。

3.鼡径部の痛み
 鼡径靱帯下を大腿神経や大腿外側皮神経(いずれも腰神経叢L1~L3前枝)からの分枝)が縦走しているので、この部の神経絞扼障害が疑われる。あるいは腰神経叢の分枝である腸骨鼡径神経や腸骨下腹神経の神経痛であることも多い。
 いずれにせよ、腰神経叢に対する刺針(=外志室刺針)が重要で、必要に応じて鼡径部局所反応点にも刺針する。

4.足が前へ出にくくなる
 間欠性跛行症である。この原因として馬尾性脊柱管狭窄症と末梢動脈閉塞症がある。歩行困難になった際、腰掛けて上体をかがめるようにすると、間もなく再歩行可能になれば馬尾性脊柱管狭窄症であり、いつまでも歩行できなければ動脈閉塞性間欠性跛行症である。前者には鍼灸治療法がある(別項参照)が、後者に対する鍼灸はあまり期待できない。