1995年7月20日発行のART&CRAFT FORUM 創刊号に掲載した記事を改めて下記します。
ふと、ひかるものを感じ、足もとの小石を拾い上げた。ひやりと冷たいそれは、薄白い透明な硝石色をした3cmにも満たない卵形の小石であった。小石の片面には縫い寄せたかのような襞状の層のふくらみがあり、その周りを縁どる銀色の点々が帯状に付着している。いや、付着というよりも、襞状の層も、銀色の点々も、石に溶けこんでいる。襞状の層は貝を想像させる。かっては、深い海を棲家としていたであろう石と貝は互いに付着しあったまま、地中海の波に洗われ、育まれ、光に磨かれ、いつしか石と貝は、溶けあい一体化したのだろうか。
そうみれば、この小さきものは石とも貝とも識別のつかない、ひとつぶの美しい自然そのものともいえる。陽に透かしてみれば、かすかな薄桃いろの色彩が表れ、とろりとした、やわらかな原始の液体が密閉されている気配さえ感じさせる。更にいえば生命の宿りを感じる。無数に広がる小石のなかのひとつぶが陽に輝いて、キラリとひかった瞬間、ヨーロッパの南端の小さな浜でその現場に立ち会い、ひとつぶの美しきものを手のひらに包み、海を眺めている自分がいる。
地中海は明るい。おだやかな海の、寄せては返すゆるやかな波頭の層は、キラキラと輝き、海は光の海であった。光の海の言葉の出現と共に、あの襞状の層は波に見えはじめ、キラキラと輝く銀色の縁どりは、光る波頭ではないのかという想像がふくらんだ。
もう、そうとしか思えない。海がこの美しきひとつぶに凝縮されている。それはまた、私の内部に宿る海でもあり、その美しきひとつぶと結び合っている。小石は浜いっぱいに広がっていた。そのひとつぶひとつぶが海に育まれ、どれもが薄白く、あるいは乳白色の透明な硝石色であり、角の溶けたやわらかな曲線に包まれて、様々な形態に磨かれて在った。私は、あの美しきひとつぶをハンカチにくるみ、ポケットに忍ばせた。美しきひとつぶに物語を感じ、ゆっくりと対話してみたいと思った。
この浜にやってくる道中、名だたる、巨大で偉大な石の建造物を首筋が痛くなるほど眺め、見上げてきた。そのどれもが写真や書物で見知っていたとはいえ、衝撃であった。しかしそれらが発する言葉に耳を傾ける間もなく、人波に疲れはて路地裏に駆け込んでいた。路地裏の雑貨屋でみっけたひとめで手仕事とわかる真鍮線で縁どられた小さなガラス箱を買い求めた。それはまるでその後に出会う、あの美しきひとつぶのために、私を引きよせたのではないかという想いにかられる。
今、目の前の小さなガラス箱の内にあの美しきものがいる。小さくて大きい光の海が、遠くて近いここにいる。蓋を開け、物語の続きに耳を傾けよう。多分、巨大で偉大な建造物の声も聞こえてくるような気がしている。
ふと、ひかるものを感じ、足もとの小石を拾い上げた。ひやりと冷たいそれは、薄白い透明な硝石色をした3cmにも満たない卵形の小石であった。小石の片面には縫い寄せたかのような襞状の層のふくらみがあり、その周りを縁どる銀色の点々が帯状に付着している。いや、付着というよりも、襞状の層も、銀色の点々も、石に溶けこんでいる。襞状の層は貝を想像させる。かっては、深い海を棲家としていたであろう石と貝は互いに付着しあったまま、地中海の波に洗われ、育まれ、光に磨かれ、いつしか石と貝は、溶けあい一体化したのだろうか。
そうみれば、この小さきものは石とも貝とも識別のつかない、ひとつぶの美しい自然そのものともいえる。陽に透かしてみれば、かすかな薄桃いろの色彩が表れ、とろりとした、やわらかな原始の液体が密閉されている気配さえ感じさせる。更にいえば生命の宿りを感じる。無数に広がる小石のなかのひとつぶが陽に輝いて、キラリとひかった瞬間、ヨーロッパの南端の小さな浜でその現場に立ち会い、ひとつぶの美しきものを手のひらに包み、海を眺めている自分がいる。
地中海は明るい。おだやかな海の、寄せては返すゆるやかな波頭の層は、キラキラと輝き、海は光の海であった。光の海の言葉の出現と共に、あの襞状の層は波に見えはじめ、キラキラと輝く銀色の縁どりは、光る波頭ではないのかという想像がふくらんだ。
もう、そうとしか思えない。海がこの美しきひとつぶに凝縮されている。それはまた、私の内部に宿る海でもあり、その美しきひとつぶと結び合っている。小石は浜いっぱいに広がっていた。そのひとつぶひとつぶが海に育まれ、どれもが薄白く、あるいは乳白色の透明な硝石色であり、角の溶けたやわらかな曲線に包まれて、様々な形態に磨かれて在った。私は、あの美しきひとつぶをハンカチにくるみ、ポケットに忍ばせた。美しきひとつぶに物語を感じ、ゆっくりと対話してみたいと思った。
この浜にやってくる道中、名だたる、巨大で偉大な石の建造物を首筋が痛くなるほど眺め、見上げてきた。そのどれもが写真や書物で見知っていたとはいえ、衝撃であった。しかしそれらが発する言葉に耳を傾ける間もなく、人波に疲れはて路地裏に駆け込んでいた。路地裏の雑貨屋でみっけたひとめで手仕事とわかる真鍮線で縁どられた小さなガラス箱を買い求めた。それはまるでその後に出会う、あの美しきひとつぶのために、私を引きよせたのではないかという想いにかられる。
今、目の前の小さなガラス箱の内にあの美しきものがいる。小さくて大きい光の海が、遠くて近いここにいる。蓋を開け、物語の続きに耳を傾けよう。多分、巨大で偉大な建造物の声も聞こえてくるような気がしている。