二日目の夜、会社主催の送別会がありました。
日本の駐在員の一人が、4月末に帰国することになったのです。
私が駐在していたときに赴任してきましたから、ずいぶん長く駐在したことになります。私は1996年から2007年まで、11年4か月駐在し、帰任するとき、この記録は決して破られないだろう、と思いましたが、後任者は2003年から2015年まで、なんと12年1か月で、あっさり私の記録を塗りかえました。
彼はお酒を飲まず、また食に対してもあまりこだわりがないので、おいしいもの、変わったものを求めて、はるばる電車やタクシーに乗って繰り出すということを好みませんでした。私とは対照的な面が多かったので、必ずしも親しくおつきあいしたという間柄ではありませんでしたが、4年間、同じ事務所に勤務し、その後も出張に行くたびにお世話になったので、感慨はひとしおです。
すでに、定年の年齢を過ぎていましたので、帰国とともに会社を退職するとのこと。規定では、最長65歳まで働けるのですが、辞めることにしたそうです。
二人の子どもはともにインターナショナルスクールを出て、アメリカの大学を卒業し、下の娘さんがこの春に就職するとのことで、莫大な教育費の支払いから解放されたのが、退職の決断をした理由の一つでしょう。高齢のご母堂の介護ももう一つの理由だそうです。
送別会は、事務所近くのビュッフェスタイルのレストランで宴会場を貸し切りにして行われました。食事は、韓、洋、日、中何でもあり。とても小綺麗に陳列してありながら、味はいまいちという、懐かしい韓国のビュッフェでした。
12年韓国にいた上司を送り出そうと、社員たちはいろいろな趣向の演し物を用意し、主人公は感涙にむせんでいました。
二次会は、帰任する駐在員、引き続き韓国にいる駐在員、男性秘書そして私の4人で鍾路タワー最上階でカクテルを飲みました。
あまり酒の飲めない主人公はそこで帰り、残った3人で、明洞をしばらく歩きましたが、明洞の街の夜は意外に早く寂しくなる。
「新しい店、発掘してないんですか」
「なかなかね。いっしょに行く人がいないから。それに、まだ韓国語がうまく通じないしね」
通り掛かりにまだ開いているバーを見つけ、入りました。
この駐在員は、韓国に来てかれこれ半年以上。バツイチで新しい伴侶を探しているのですが、うまくいっていないようです。
二日目の夜も、ホテルに帰ったのは12時を回っていました。
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