犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

エビネの花に想う

2024-04-30 22:10:54 | 思い出

 今年も庭のエビネが可憐な花を咲かせました。

 この花をみるたびに、私が社会人になったそうそう、お世話になったTさんを思い出します。

 Tさんは、科学雑誌『Newton』の校正の責任者をしていました。私は20代前半、Tさんはそのとき定年(60歳)間近でした。

 私は駆け出しの編集者として、校正のイロハを教えていただくとともに、夜、酒を飲みながら、人生についてもたくさんのことを学びました(大袈裟ですが)。

 今は故人となったTさんについては、ずいぶん昔に書いたことがあります。

墓碑銘~Tさんのこと

 Tさんはもともと高校の生物の教科書編集者。昆虫、特にクモを専門にしていましたが、鳥や植物についてもくわしかった。

 ある休日、Tさんと編集部の若者数人で、狭山丘陵を散策しました。

 早稲田大学が管理している湿地です。

 そこは、自然保護地域として環境保全がなされ、トンボやチョウの希少種を見ることができるのです。

 都内では見かけなくなったオニヤンマやギンヤンマ、ムカシトンボなど、珍しいトンボが飛び交っていました。図鑑でしか見たことがないナナフシなどもいました。

 Tさんはクモについて、いろいろ説明してくれましたが、私はちんぷんかんぷん。

 カワセミも、私は初めて見ました。

 散策が終わった後、Tさんの自宅へお邪魔しました。そこで、エビネを株分けしていただいたのです。

「直射日光に当たると葉が焼けちゃうから、木漏れ日が当たる程度の日陰がいいよ。野生種だから、地植えにしてほったらかしておいても、毎年花が咲く」

 当時住んでいた大田区の実家の庭に植えると、確かに毎年、地味ながら涼しげな花を咲かせます。

 私はその後転職し、結婚して埼玉のマンションに引っ越しました。

 エビネはその後も実家の庭で息づいていましたが、私が飯能に一戸建てを構えたとき、それをさらに株分けして、自分の家の庭に植えたのです。

 実家のほうエビネは、その後、兄が庭を人工芝にしたために、失われてしまったようです。

 Tさんからエビネをいただいたのは、1980年代前半でしたから、かれこれ40年になります。今年はTさんの17回忌。

 多年草のエビネは、ほとんど手をかけていないのに、毎年、私の目を楽しませてくれます。そして私は在りし日のTさんを懐かしく思い出すのです。


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