ある韓国人と飲んでいたときのことです。
「犬鍋さんの夢って何ですか?」
(そんな,唐突に聞かれても…)
「そうね,どっかタイのチェンマイあたりに移住して,夫婦でのんびり過ごすことかなあ。あんまりお金もかからないそうだし」
「ほんとうですか?」 (疑いの目)
「えっ? なんで?」
「お金持ちになりたくないんですか?」
「うーん,お金ねえ。そりゃあるにこしたことはないけど…」
「韓国人の夢は お金持ちになることです」
「そりゃ,人によるでしょう?」
「いいえ,全員そうです」(キッパリ)
「…。で,お金もうけてどうするの?」
「土地を買います。そして,もっとお金を殖やすんです。ぼくも去年不動産を始めて,けっこう儲けました。でも,ノ・ムヒョンのやつ,税金をあげちゃったんで,ちょっと難しくなりましたね」
「……」
この会話をしたのは,かれこれ2カ月ほど前でしょうか。
最近のニュースでは,江南の地価が初めて値下がりに転じたとか,いよいよバブル崩壊か,などと言われています。この友人にしろ,のり屋の社長にしろ,大火傷をしないことを祈るのみです。
ところで,先週,日本に行ったとき,かねてよりネットで注文しておいた本が実家に届いていたので読みました。
そのうちの一冊が,奥本大三郎『世界にたったひとつ 君の命のこと』 (世界文化社,2007年)。
著者はフランス文学者にして日本昆虫協会会長,昆虫コレクター,名エッセイスト。私の愛読している著者の一人です。
国立大学でフランス文学を講じていましたが,『ファーブル昆虫記』の全訳を思い立ち,教授職を辞して翻訳に専念。大人用の完訳と子ども用の翻訳を完成させた。
昆虫の蒐集家としても有名で,それが高じて昨年,自宅を「ファーブル昆虫館」という名の博物館にしてしまった。行こう行こうと思いつつ,開館日が少ないので行けずじまい。
彼は,読売文学賞を受賞した「虫の宇宙誌」をはじめ,文学の薫り高い昆虫エッセイを数多くものしています。
『君の命のこと』は最新刊。子どもの自殺が相次いだことに危機感をもち,子どもたちに命の尊さを訴える内容です。虫をはじめ命あるものたちが,どのように必死に生き続けているか,科学がどんなに発達しても,この複雑精妙な生命を合成することはできないこと…。
最後に次のような一節があります。
「ところで,私には大きな夢があります。お金持ちになりたいのです――。私はそのお金で山と川を買いたいのです」
大三郎,お前もか?!
でも,その先を読んでいくと,不動産売買で巨利を得ようという話ではありませんでした。
要約すれば…
山をひとつ,そしてその山から流れだす川を買う。渓流がやがて大きな川となり海に注ぐまでの両岸の土地をすべて買い取る。
「オーストラリアかどこかなら安いでしょうが,私は日本の山と川が欲しいのです。」
山を買って,戦後の植林政策で植えられた針葉樹を間伐すれば,そこに太陽の光がさし,さまざまな植物,もともとそこに生えていた草木が戻ってくる。おいしい広葉樹の葉や実を食べて虫が育ち,その虫を食べに鳥がやってくる。鳥の糞は山の肥料になり,虫はときどき川に落ち,それを魚が食べる。枯葉が川に沈むと,それを水生昆虫がかじり,それをまた魚が食べる。川にはプランクトンが増え,海を豊かにする。麓には,昔の,農業と自然とがうまく調和していた,いわゆる里山を復元するのです。水田や畑の畦道に小動物がいっぱいすみつき,小川や水路も生き物であふれている。水田でギンヤンマが,雑木林でカブトムシやクワガタムシがいくらでも捕れる。山に復元した広葉樹の林は大量に降った雨を吸収し,ゆっくり時間をかけて川に流してくれる。
…
「実現するのに必要なのは,初めに言ったようにお金なのですが,それには,昔の自然を開発して(壊して)一部の人たちが儲けた金額とほぼ同じくらいのお金が要るでしょう。
そんなお金を一人や二人で手にすることはできません。だから,皆のお金を費やさなければなりませんが,それにはできるだけ多くの人が私と同じような夢を持つ必要があるというわけなのです。」
「お金持ちになりたい」という同じ夢の向かう先の,あまりの懸隔に目眩がしそうです。
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