今日読んだ本。
タイトルは、
「もしも世界が明日終わるとしたら」
《 原題「If Only I Knew」》
「わかってさえいれば・・・」
【ランス・ワベルズ=編】
【牧野・M・美枝=訳 】
先日、妹から送ってきて、
興味深く読んだ。
私たちは、
何時、何が起きるかわからない世界で生きている。
事故や事件に巻き込まれ、
朝、見送った人が、必ず帰ってくると限らない。
そんなニュースを見るたびに、
人間の命はなんてはかないのだのだろうと思う。
昨年はタイとインドの津波で多くの人が被害にあい、
今冬の豪雪でも多くの方が亡くなられた。
その人たちもきっと、
「ちょっと雪かきしてくるね」と、
自宅の屋根に上がられたはずなのに。
私も、4年前にそれを実感した。
「食欲がない」という日々が続き、
近くのクリニックには毎日のように点滴に通院していた。
乳癌、肺癌の定期検診(総合病院)の時も
必ず食欲がないことを伝えていた。
どのクリニックも、どのDr.も、
「ACTH単独欠損症」と診断できなかった。
簡単に、抗癌剤の副作用とか、
肺癌の術後の関係とか、
気分の問題だとか・・・そういう答えばかり。
私はどんどん衰えていった。
以前も書いたように、
歩行困難、ろれつがまわらない。
体重・・・31kg。 体脂肪・・・5。
入院してから、意識が朦朧としてきた。
「ACTH単独欠損症」という病名が診断できないままに、
あのまま命を落していたかもしれない。
死亡診断書には、
「栄養失調症」とか
「自立神経失調症」とか適当に書かれて・・・。
本人の私は、
食欲がなくて入院したのだから、
今の医学で治らないわけがないと信じていた。
でも一方で、
私の身体は日に日に悪くなり、意識が朦朧とし、
何もわからなくなっていった。
家族が病室に来ていても、
それさえ見えなくなった。
会話もできない。
もしもあの時、命を落していたら・・・。
あのまま、
二度と自宅に帰れなかったら・・・。
そう考えるとこわい。
そのつもりで入院をしていないから、
身辺整理は何もできていない。
鍵をかけている私の引き出しは
誰がどうやってあけただろう?
夫はあとの整理が大変だっただろう。
私は5月で乳癌から9年、
肺癌から5年をむかえる。
自分の「死」を深刻に考える時もあれば、
自分に「そんな日はこない」と
他人事のように感じている時もある。
今は、Blogがあるから気が紛れている。
多くの方に支えていただいて幸せ・・・
これからの日々も、
自分を大切に、
支えてくれている人との絆を大切に、
生きていきたい。
その瞬間まで、
後悔のない時間を過ごせますように…
「もしも世界が明日終わるとしたら」を
プレゼントしてくれた妹へ
「 ありがとう!
」
本書より
「わかっていたら・・・・」
あの電話が
最後の電話だと
もし、わかっていたら
君がうれしくなるような
ぼくの愛が伝わる言葉だけを
言ってあげたかったのに
君の笑顔を
もうすぐ見れなくなるとしたら
君がくれた
幸せな気持ちのすべてに
心から感謝します