遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

現存、唯一?!日本初の知能検査キット『學齡兒童智力檢査函』

2020年02月01日 | 納札・紙物

無手勝流で蒐集した故玩館の膨大な我楽多を整理しつつ、ブログを書いています。

だまっていても歳は積み重なります。が、資力、気力、体力は齢に反比例して低下の一途、もはやそれなりの品をゲットする力はありません。

しかし、長年に染み付いた習性は消えず、ぶらぶらとネットオークション上を散歩しています。そして、ごくまれに、誰も手を出さないような品をお遊びで入札。

今回の品も、競争入札者はおらず、開始価格で落札できました。しばらくほおっておいたのですが、少し調べてみるとかなりのレア物であることがわかりました。

 

ドクトル三田谷啓 撰『學齡兒童 智力檢査函』です。 大正4年3月13日、兒童書院、南江堂、定価60銭。

          17.0x21.2x2.3cm

 

中味は・・・

ボール紙カード(12x19.2cm) 18枚

小ボックス  5個

△、□形 各1枚

 

中味を広げると・・・・

 

これとほとんど同じ品が、心理学の学会誌に紹介されていました。『心理学ミュージアム「これはなに?」』(心理学ワールド  54巻、2 - 3 、  2011年07月)鈴木朋子・岡村宏美・木下利彦(2009)(写真は「三田谷啓によるビネ式知能検査の改訂」『心理学史・心理学論』第 10/11 巻合併号 1-10 頁より転載)

   

日本で初めて発売された知能検査キット(大正5年、南江堂、1円20銭)で、東京大学総合図書館の所蔵品、現在、数点しか残っていない、と書かれています。

一方、今回の品は、大正4年3月、兒童書院・南江堂から、定価60銭で発売されました。東京大学総合図書館の所蔵品より、1年前の発売です。

したがって、今回の品が日本で最初に発売された『學齡兒童 智力檢査函』ということになります。

これは、ひょっとすると現存する唯一の品かもしれません。

三田谷啓は、大正4年4月15日に、著書『學齡兒童智力檢査法』を、兒童書院・南江堂から発行しています。つまり、ほとんど同時期に、『學齡兒童 智力檢査函』と『學齡兒童智力檢査法』を世に出したのです。この二つはセットとみなすことができます。

『學齡兒童智力檢査法』は、国会図書館アーカイブで読むことができます。その序文です。

「今予はビネー、ジモンの智力檢査法を紹介するに方り、これを我邦の事情に照らし、多少の改訂を行ひたり。 本書に附属して発行せしむるところの「智力檢査函」も、檢査法の改訂に基き予が特別に製造せしめたものに係る。・・・・・・・・・・」

これを読むと、『學齡兒童 智力檢査函』と『學齡兒童智力檢査法』はやはりセットとして、同時に世に出されたものであり、大正4年に発売された今回の品が、日本初の知能検査用具であることがわかります。

いずれにしろ、稀少資料であり、通常では内容を知ることはほとんど不可能ですから、今回の品の全体像をブログにアップしました。使用説明書がついていません(元々の仕様か、紛失かは不明)が、『學齡兒童智力檢査法』を手がかりにして、使い方を考えてみました。

三田谷啓 撰『學齡兒童 智力檢査函』の特徴は、フランスのビネ式知能検査法を、日本児童向きにアレンジしたことであり、年齢に応じて、様々な方法で、児童の智力を検査しようとするものです。

まず、日常を描いたカラーの絵カード3枚です。

 

3歳児対象。絵を見て、描かれている内容を了解するかどうか?

いま私がやっても、結構難しいです。3歳児にわかるのでしょうか。

調べてみると、これらの絵は、年上の6歳児、9歳児、11、12歳児の検査でも使われることがわかりました。例えば、6歳児では、絵の中に各人は何をしているか?という問いになります。

 

二人の女性のカード、3枚・・・・

 

6歳児:2つの顔の美の比較。綺麗な方を選ぶ。

 

一人の女性が描かれたカード、4枚。

 

児童向けにしては、意味深な絵です!(^^;) 

7歳児対象:問いは、「どこが欠けている?」でした(^.^)

 

 

7歳児。問、顔の掛けている部分は?

 

文章が書かれたカード、4枚・・・・

 

10歳児:語句を並べ替えて正しい文章にする。

 

3歳児。6綴の語句を反復する。例「山が見える」

5歳児。10綴の語句を反復する。

6歳児。16綴の語句を反復する。

10歳児。26綴の語句を反復する。

3歳児。2列の数字を反復する。例、13、25、48。

4歳児。3列の数字を反復する。

5歳児。4列の数字を反復する。

7歳児。5列の数字を反復する。

10歳児。6列の数字を反復する。

 

8歳児:読んだ内容を記憶しているか。

 

11、12歳児:物語中の空所を考えさせ、言わせる。

 

2本の平行線が引かれたカード、4枚。これらのカードは、女の人の顔のカードの裏側を使っています。

ドイツ語で、それぞれの線の長さ(㎝)が書かれています(手書き)。

対象年齢不明。線の長さを推定させる?

 

幾何学模様、4枚・・・・

5歳児。正方形、平行線の模写。

8歳児。これは何色?(左から色の識別)

 

三角形、長方形の紙片・・・・・

6歳児。三角形2個を組み合わせて長方形をつくる。

 

錘が入った小箱、5個(3,6,9,12,15g)・・・・・

4歳児。2つの重さの比較をし、軽重を答える。

9歳児。5個の箱を重さの順にならべる。

 

注意書きも入っていました。

「小箱の錘は、5種類の重さを厳密に作ったつもりだが、一時に数千個も作ったため、念のためチェックして過不足があるなら、規定の重さに調整してほしい」と書かれています。

この文面に従うなら、日本初の知能検査キット『學齡兒童 智力檢査函』は、数千セット作られたことになります。翌年の南江堂版を加えると、相当数の検査キットが世に出ました。しかし、100年以上たった現在、数点が残るのみとなったのです。

『學齡兒童 智力檢査函』を世に出した三田谷啓とはどんな人物なのでしょうか。

明治14(1881)年兵庫県に生まれ、苦学して大阪府高等医学校(現、大阪大学医学部)を卒業して内科医となり、精神病理学、治療教育学などを修得しました。その後、ドイツへ3年間留学し、ビゲ式知能検査法に出会い、帰国後、日本の実情に合わせた改訂版を出しました。それが、大正4(1915)年発行の『學齡兒童 智力檢査函』、『學齡兒童智力檢査法』セットです。大正8(1919)年には、日本初の公立児童相談所、大阪市立児童相談所の設立に参加します。昭和2(1927)年、三田谷治療教育院を開設し、以後、障害児の治療教育に専念したのです。昭和37(1962)年没。

このように、三田谷治は、児童福祉、障害児教育の草分け的存在であり、74冊の著書を著しながらも、あまり知られてはいません。かくいう私も、全く知りませんでした。まだ、障害児の治療、教育に光が当たっていなかった時代に、科学的方法で治療教育に挑んだ在野の実践者なのです。

やはり明治の人は、志しとスケールが違う。

 

 


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17 コメント

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@@お宝? (ミルク)
2020-02-01 07:42:16
おはようございます。
いや~珍しいものを見せて頂きました。
これを見て3歳児はどうかなぁ…
今なら私用の認知テストにもなるかしら~と拝見しました(笑)
しっかりみましたよ。
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Unknown (tkgmzt2902)
2020-02-01 08:00:51
知能テスト、小、中学校でやりましたね。時間内にどれだけできるかを試されました。知能指数は?でしたね。今では聞いたことがありません。
初期の知能テストはずいぶん丁寧で、まさにレア物。カラー刷りが意外に美しいのですビックリしました。
教育国日本のさきがけ、ですね。
オークションってこんなものもでるのですね!
スマホなので、あとでパソコンで見直します。面白そう!
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遅生さんへ (Dr.K)
2020-02-01 09:26:10
これまた、珍しいものを入手しましたね。

これの値段が、大正4年の時は60銭だったのに、1年後の大正5年には倍の1円20銭になっているんですね。
発売当初は、注目され、需要も増し、値段も上がったんでしょうか、、、?
また、当時の、60銭とか、1円20銭という価値は相当なものだったんでしょうね(^^;
値段のことばかりに目が行って恐縮です、、、(-_-;)

珍しいものを、しかも、全体を紹介してくださりありがとうございます。
また、その紹介作業も大変なことだったと思います。お疲れ様でした。
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Unknown (つばめ)
2020-02-01 10:17:45
三田谷啓は医者ながらにして、智力検査法などを発表し、障害などの児童教育の基礎へも尽力した人という認識でした。検査法の具体的なものを見たことがなく、いや〜吃驚です〜
大正だからと馬鹿にしたものではありませんね!
近代が優れているとどこかで思っていましたが、やはり先人は凄いです!
それにしても、遅生さんは、かなりの蒐集家ですね^^

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ミルクさんへ (遅生)
2020-02-01 10:32:29
コメント、ありがとうございます。

やっぱり三歳児には難しいと思います。こういうのをやってみると、こちらが試されているような気になります。ほんと、認知のテストですよね(^^;)
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tkgmzt2902さんへ (遅生)
2020-02-01 10:40:31
知能テスト、懐かしいですね。あまり覚えてないですが、こんなのでIQが出るのだろうかと子供心に感じたのが昨日のようです。それを思えば、初期の知能テストは調べていることが広範囲で、こちらの方が良いように思います(^^;)
それにしても、知能って何か?考えさせられました。
オークションは玉石混交で、ほとんどが石です(笑)でも、ごくまれに、磨いてやると輝き出す石もあります(^.^)
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Dr.Kさんへ (遅生)
2020-02-01 11:26:59
今回はにこにこ顔で書きましたが、デジタル以外の資料も、国会図書館から取り寄せたりして、結構手間と経費がかかりました(^^;)
この検査用具、1円20銭は、当時の米10㎏の値段だそうですから、けっこう高価ですね。数千も売れたかどうか、疑問です(^^;)

学会誌の記述も少し訂正してもらわねばなりませんね。何よりも、全体を分析しないと全体像が浮かびませんから。高札の場合でもそうでしたが、文科系のセンセー方、物に即した考察を実証的にやってもらいたいです(^.^)
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つばめさんへ (遅生)
2020-02-01 11:55:56
この品を見ていると、100年前、希望と使命感にあふれた青年医師が、当時の最先端の検査法を日本で広めたいとした、その心意気がひしひしと伝わってきます。カードに書かれたドイツ語も、彼の筆致かもしれません。
陶磁器でもそうですが、創成期のものは、一種独特のエネルギーにあふれていて、何とも言えない魅力があります。
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こんにちは(^^♪ (のり)
2020-02-01 13:50:56
絵入りのカードにやはり先に目が行きました~~ 進取の気性に溢れた若者の熱意も垣間見られますね!
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のりさんへ (遅生)
2020-02-01 14:47:17
100年前の印刷ですが、きれいに残っていますね。それに場面がけっこうひねって描かれているので、よけい目に入ります。
時代の息吹が感じられます。
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