無手勝流で蒐集した故玩館の膨大な我楽多を整理しつつ、ブログを書いています。
だまっていても歳は積み重なります。が、資力、気力、体力は齢に反比例して低下の一途、もはやそれなりの品をゲットする力はありません。
しかし、長年に染み付いた習性は消えず、ぶらぶらとネットオークション上を散歩しています。そして、ごくまれに、誰も手を出さないような品をお遊びで入札。
今回の品も、競争入札者はおらず、開始価格で落札できました。しばらくほおっておいたのですが、少し調べてみるとかなりのレア物であることがわかりました。
ドクトル三田谷啓 撰『學齡兒童 智力檢査函』です。 大正4年3月13日、兒童書院、南江堂、定価60銭。
17.0x21.2x2.3cm
中味は・・・
ボール紙カード(12x19.2cm) 18枚
小ボックス 5個
△、□形 各1枚
中味を広げると・・・・
これとほとんど同じ品が、心理学の学会誌に紹介されていました。『心理学ミュージアム「これはなに?」』(心理学ワールド 54巻、2 - 3 、 2011年07月)鈴木朋子・岡村宏美・木下利彦(2009)(写真は「三田谷啓によるビネ式知能検査の改訂」『心理学史・心理学論』第 10/11 巻合併号 1-10 頁より転載)
日本で初めて発売された知能検査キット(大正5年、南江堂、1円20銭)で、東京大学総合図書館の所蔵品、現在、数点しか残っていない、と書かれています。
一方、今回の品は、大正4年3月、兒童書院・南江堂から、定価60銭で発売されました。東京大学総合図書館の所蔵品より、1年前の発売です。
したがって、今回の品が日本で最初に発売された『學齡兒童 智力檢査函』ということになります。
これは、ひょっとすると現存する唯一の品かもしれません。
三田谷啓は、大正4年4月15日に、著書『學齡兒童智力檢査法』を、兒童書院・南江堂から発行しています。つまり、ほとんど同時期に、『學齡兒童 智力檢査函』と『學齡兒童智力檢査法』を世に出したのです。この二つはセットとみなすことができます。
『學齡兒童智力檢査法』は、国会図書館アーカイブで読むことができます。その序文です。
「今予はビネー、ジモンの智力檢査法を紹介するに方り、これを我邦の事情に照らし、多少の改訂を行ひたり。 本書に附属して発行せしむるところの「智力檢査函」も、檢査法の改訂に基き予が特別に製造せしめたものに係る。・・・・・・・・・・」
これを読むと、『學齡兒童 智力檢査函』と『學齡兒童智力檢査法』はやはりセットとして、同時に世に出されたものであり、大正4年に発売された今回の品が、日本初の知能検査用具であることがわかります。
いずれにしろ、稀少資料であり、通常では内容を知ることはほとんど不可能ですから、今回の品の全体像をブログにアップしました。使用説明書がついていません(元々の仕様か、紛失かは不明)が、『學齡兒童智力檢査法』を手がかりにして、使い方を考えてみました。
三田谷啓 撰『學齡兒童 智力檢査函』の特徴は、フランスのビネ式知能検査法を、日本児童向きにアレンジしたことであり、年齢に応じて、様々な方法で、児童の智力を検査しようとするものです。
まず、日常を描いたカラーの絵カード3枚です。
3歳児対象。絵を見て、描かれている内容を了解するかどうか?
いま私がやっても、結構難しいです。3歳児にわかるのでしょうか。
調べてみると、これらの絵は、年上の6歳児、9歳児、11、12歳児の検査でも使われることがわかりました。例えば、6歳児では、絵の中に各人は何をしているか?という問いになります。
二人の女性のカード、3枚・・・・
6歳児:2つの顔の美の比較。綺麗な方を選ぶ。
一人の女性が描かれたカード、4枚。
児童向けにしては、意味深な絵です!(^^;)
7歳児対象:問いは、「どこが欠けている?」でした(^.^)
7歳児。問、顔の掛けている部分は?
文章が書かれたカード、4枚・・・・
10歳児:語句を並べ替えて正しい文章にする。
3歳児。6綴の語句を反復する。例「山が見える」
5歳児。10綴の語句を反復する。
6歳児。16綴の語句を反復する。
10歳児。26綴の語句を反復する。
3歳児。2列の数字を反復する。例、13、25、48。
4歳児。3列の数字を反復する。
5歳児。4列の数字を反復する。
7歳児。5列の数字を反復する。
10歳児。6列の数字を反復する。
8歳児:読んだ内容を記憶しているか。
11、12歳児:物語中の空所を考えさせ、言わせる。
2本の平行線が引かれたカード、4枚。これらのカードは、女の人の顔のカードの裏側を使っています。
ドイツ語で、それぞれの線の長さ(㎝)が書かれています(手書き)。
対象年齢不明。線の長さを推定させる?
幾何学模様、4枚・・・・
5歳児。正方形、平行線の模写。
8歳児。これは何色?(左から色の識別)
三角形、長方形の紙片・・・・・
6歳児。三角形2個を組み合わせて長方形をつくる。
錘が入った小箱、5個(3,6,9,12,15g)・・・・・
4歳児。2つの重さの比較をし、軽重を答える。
9歳児。5個の箱を重さの順にならべる。
注意書きも入っていました。
「小箱の錘は、5種類の重さを厳密に作ったつもりだが、一時に数千個も作ったため、念のためチェックして過不足があるなら、規定の重さに調整してほしい」と書かれています。
この文面に従うなら、日本初の知能検査キット『學齡兒童 智力檢査函』は、数千セット作られたことになります。翌年の南江堂版を加えると、相当数の検査キットが世に出ました。しかし、100年以上たった現在、数点が残るのみとなったのです。
『學齡兒童 智力檢査函』を世に出した三田谷啓とはどんな人物なのでしょうか。
明治14(1881)年兵庫県に生まれ、苦学して大阪府高等医学校(現、大阪大学医学部)を卒業して内科医となり、精神病理学、治療教育学などを修得しました。その後、ドイツへ3年間留学し、ビゲ式知能検査法に出会い、帰国後、日本の実情に合わせた改訂版を出しました。それが、大正4(1915)年発行の『學齡兒童 智力檢査函』、『學齡兒童智力檢査法』セットです。大正8(1919)年には、日本初の公立児童相談所、大阪市立児童相談所の設立に参加します。昭和2(1927)年、三田谷治療教育院を開設し、以後、障害児の治療教育に専念したのです。昭和37(1962)年没。
このように、三田谷治は、児童福祉、障害児教育の草分け的存在であり、74冊の著書を著しながらも、あまり知られてはいません。かくいう私も、全く知りませんでした。まだ、障害児の治療、教育に光が当たっていなかった時代に、科学的方法で治療教育に挑んだ在野の実践者なのです。
やはり明治の人は、志しとスケールが違う。
いや~珍しいものを見せて頂きました。
これを見て3歳児はどうかなぁ…
今なら私用の認知テストにもなるかしら~と拝見しました(笑)
しっかりみましたよ。
初期の知能テストはずいぶん丁寧で、まさにレア物。カラー刷りが意外に美しいのですビックリしました。
教育国日本のさきがけ、ですね。
オークションってこんなものもでるのですね!
スマホなので、あとでパソコンで見直します。面白そう!
これの値段が、大正4年の時は60銭だったのに、1年後の大正5年には倍の1円20銭になっているんですね。
発売当初は、注目され、需要も増し、値段も上がったんでしょうか、、、?
また、当時の、60銭とか、1円20銭という価値は相当なものだったんでしょうね(^^;
値段のことばかりに目が行って恐縮です、、、(-_-;)
珍しいものを、しかも、全体を紹介してくださりありがとうございます。
また、その紹介作業も大変なことだったと思います。お疲れ様でした。
大正だからと馬鹿にしたものではありませんね!
近代が優れているとどこかで思っていましたが、やはり先人は凄いです!
それにしても、遅生さんは、かなりの蒐集家ですね^^
やっぱり三歳児には難しいと思います。こういうのをやってみると、こちらが試されているような気になります。ほんと、認知のテストですよね(^^;)
それにしても、知能って何か?考えさせられました。
オークションは玉石混交で、ほとんどが石です(笑)でも、ごくまれに、磨いてやると輝き出す石もあります(^.^)
この検査用具、1円20銭は、当時の米10㎏の値段だそうですから、けっこう高価ですね。数千も売れたかどうか、疑問です(^^;)
学会誌の記述も少し訂正してもらわねばなりませんね。何よりも、全体を分析しないと全体像が浮かびませんから。高札の場合でもそうでしたが、文科系のセンセー方、物に即した考察を実証的にやってもらいたいです(^.^)
陶磁器でもそうですが、創成期のものは、一種独特のエネルギーにあふれていて、何とも言えない魅力があります。
時代の息吹が感じられます。