現実の地域周産期医療の現場では、低リスク妊娠・分娩を扱う産科一次施設(診療所、助産所)がどんどん閉鎖されるのと同時進行で、高リスク妊娠・分娩を扱う地域基幹病院もどんどん閉鎖されて、地域内の産科施設がすべて消滅する現象が日本各地で起こっています。
もしもバックアップする基幹病院が地域内に存在しなければ、いくら「院内助産院」や「バースセンター」「産院」などを作ったとしても、いざという時には母児の命が失われる大惨事をどうすることもできません。いざという時に命の危機に全く対応できないようなシステムを作り上げても、それが地域のためになるとは思えません。
また、ここ2~3年しかもたないようなシステムでも困ります。十年後も二十年後も、未来永劫にわたって維持できるような地域の周産期医療システムを構築していく必要があります。
地域の周産期医療が崩壊する危機にある今、医療崩壊を何とか回避するために、今は何を最優先すべきなのか?今は何を実行しなければならないのか?を地域のみんなでよく考えてみる必要があります。
それぞれの地域で事情が全く違うので、最優先すべき対応も地域ごとに全く異なると思われます。
十分に人員、施設に余裕があって、現時点で特に問題のない地域では、現状維持でもよいですが、基幹病院の医師が著減して2次病院としての機能を維持できなくなっているような地域では、地域の医療関係者が連携して基幹病院の機能を何とか維持させることを最優先するべきと思われます。
地域で連携しても、基幹病院の機能をどうしても維持できないようであれば、基幹病院の医師達が逃げ出してしまう前に、いくつかの2次病院を集約化し、いくつかの医療圏を合体した広域の医療圏で、維持可能な基幹病院を作ることを目指してゆくしかないのかもしれません。
****** 中日新聞、2006年10月31日
産科医不足問題 医療現場の環境整備を
松川町で母の会 医師ら提言、勉強会
松川町の下伊那赤十字病院が産科医師不足でお産の取り扱いを休止している問題で、同町の母親などでつくる「心あるお産を求める会」(松村道子代表)は29日、同町社会福祉センターで産科医不足問題を考える勉強会を開いた。(中山岳)
飯田下伊那地域の産科医師や助産師など約40人が参加。飯伊地区で昨年からお産を取り扱う施設が三施設に半減した影響や対策を話し合った。
飯田市立病院産婦人科科長の山崎輝行医師は、同病院の今年の3~8月の総分娩件数が513件で昨年と比べ2.15倍になったと報告。産科医師を1人増やし助産師外来を充実させ対応していると説明し「産科医問題は一病院や一自治体だけでは解決しない。産科医や助産師を希望する若者が増えるよう職場環境を整えることが必要」と話した。
(以下略)
(中日新聞、2006年10月31日)
****** 講演の抄録
飯田下伊那地区における産科地域協力システムの運用状況
当医療圏では、帰省分娩を含めて年間1800~2000件の分娩があり、最近は計6施設で地域の分娩を担ってきましたが、2005年8月に、そのうちの3施設がほぼ同時に分娩の取り扱いを中止することを表明しました。その3施設の合計年間分娩受け入れ件数は約800~900件程度でした。
このまま放置すれば、当医療圏の産科医療が崩壊することは明らかでしたので、何らかの対策が必要でした。そこで、地域内で協議を重ね、2006年1月より、産科地域協力システムを導入しました。
すなわち、飯田市立病院で分娩を予定している妊婦の検診の一部を地域の他の医療施設で分担すること、地域内での産科共通カルテを使用し患者情報を共有すること、飯田市立病院の婦人科外来は他の医療施設からの紹介状を持参した患者のみに限定して受け付けること、などの地域協力体制のルールを取り決めました。
今回、本システムを地域に導入する前後の産科の診療状況の変化を調査しましたので、本システムの運用状況を報告します。調査方法は、当医療圏の産科6施設における経腟分娩件数、帝王切開件数、入院延べ患者数、外来延べ患者数などを、2005年3月~8月と2006年3月~8月とで比較し、本システム導入前後における当医療圏の産科の診療状況の変化を検討しました。
飯田市立病院の2006年3月~8月の総分娩件数は513件で、2005年同時期の総分娩件数239件の2.15倍でした。飯田市立病院の分娩件数が地域の総分娩件数に占める割合は、2006年3月~8月では61.5%(2005年同時期:25.8%)でした。飯田市立病院の2006年3月~8月の帝王切開率は22.0%(2005年同時期:36.0%)でした。当科の2006年3月~8月の入院延べ患者数は6585人で前年同時期と比べて40.9%増え、外来延べ患者数は7665人で前年同時期と比べて16.9%減りました。
当医療圏で分娩取り扱い施設が6施設から3施設に半減しましたが、産科地域協力システムを導入して地域内で連携することによって、当医療圏内のすべての分娩に特に支障なく対応することができ、当地域の産科医療の崩壊を阻止することができました。
この問題は、一つの医療機関、一つの自治体だけの努力では決して解決できません。それぞれの立場の違いを乗り越えて、地域で一丸となって、将来にわたって持続可能な地域周産期医療システムをつくり上げてゆく必要があります。