ひろば 川崎高津公法研究室別室

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第17回 情報公開法制度・個人情報保護法制度

2017年03月23日 00時32分36秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 以下、法律については次のように略記する。

 行政機関の保有する情報の公開に関する法律⇒行政機関情報公開法

 独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律⇒独立行政法人情報公開法

 行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律⇒行政機関個人情報保護法

 独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律⇒独立行政法人個人情報保護法

 

1.情報公開制度総論

(1)情報公開の意義

 情報公開は、行政による情報管理の一態様であり、次の二つの意味を併せ持つ。

 ①行政機関が管理する情報を、私人の請求により開示すること。一般的に情報公開という場合は、こちらの意味を指す。

 ②行政機関が管理する情報を、行政機関の側で積極的に提供すること。これは、情報提供とも言われている。広報もその一種であろう。

 情報公開の出発点は、国民主権・民主主義の理念である(行政機関情報公開法第1条を参照)。この理念において、行政機関が収集し、管理する情報は、本来、国民の共有財産である。民主主義においては公開政治が原則であるから「国民主権から出発すれば、情報公開は当然である」※。

 ※山崎正『住民自治と行政改革』(2000年、勁草書房)56頁注(4)。拙稿「大分県における情報公開(1)―大分地方裁判所平成12年4月3日判決の評釈を中心に―」大分大学教育学部研究紀要第22巻第2号427頁も参照。

 行政機関情報公開法第1条は「行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにする」ことをあげている。行政運営の公開性、国民に対する政府の説明責任は、国民主権・民主主義の理念から当然に導き出されるものである。そうでなければ、行政機関情報公開法が掲げる「国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資すること」という最終目標は、全く無意味なものに帰する。

(2)行政手続との関係、行政手続との違い

 情報公開は、行政手続の整備と並び、適正な行政運営(国家運営)を担保するために欠かせないものである。恣意的な行政運営(国家運営)は、近現代史の教訓が示すように、行政ないし国家の堕落、さらには滅亡、破滅をもたらす。社会が複雑化し、行政に認められる裁量権が拡大する中において、裁量権に対する統制という意味も含めて、情報公開と行政手続の整備は、いずれも必要不可欠なものであると考えてよいであろう。

 但し、情報公開と行政手続は、考え方などに違いがある。行政手続(法)の整備は、第16回において述べたところから明らかであると思われるが、元々、私人の権利や利益を国家権力から保護するという考え方に由来する。これは自由主義的な発想に基づいているのである。

 それに対し、情報公開は、国民主権の原理に由来する。これは、行政への適切な参加、あるいは行政に対する監視という考え方である。

 また、行政手続には事件性の観念が必要であるのに対し、情報公開に事件性の観念は不要である。従って、情報公開の場合、自己の権利や利益などと関係のない情報(文書)であっても請求の対象となる※。言い換えれば、情報公開の場合、開示請求権が広く国民・住民などに認められている。

 ※横浜地判昭和59年7月25日行裁例集35巻12号2292頁、および東京高判昭和59年12月20日行裁例集35巻12号2288頁を参照。

 さらに、歴史的な面での違いもある。行政手続法制の整備は国が先行したが、情報公開法制の整備は地方が先行した。情報公開条例の第1号は、1982年に制定された山形県金山町の条例である。都道府県における情報公開条例の第1号は、やはり1982年に制定された神奈川県の条例である。ちなみに、国の情報公開法は1999年に制定され、2001年に施行された。

 (3)情報公開制度の憲法上の根拠

 情報公開制度も、それが国や地方公共団体の制度である以上、憲法の理念に即したものでなければならない。それでは、情報公開法制度の憲法上の根拠は何処に求められるのであろうか。これについては、いくつかの説が存在する。

 ①憲法第21条説

 国民の「知る権利」に求め、情報公開請求権が「知る権利」を具体化したものとする説である。

 この説の難点は「知る権利」に根拠を求める点にある。そもそも、この権利の根拠については、憲法学説において憲法第21条に求めるのが通説であるが、それ以外の条文に求める説も存在する。また、「知る権利」が表現の自由から導きうることは認められるとしても、直接的に結びつくのは知る自由であって「知る権利」ではない。換言すれば、「知る権利」は「知る自由」に留まらないものであり、意味や内容は広汎にわたる。とくに、情報開示請求権としての「知る権利」については、これを正面から認める最高裁判決が出ていない。そのこともあって、行政機関情報公開法などの法律には規定されていない。また、若干の条例が「知る権利」を明示しているが、実際の意味は条例の運用に左右されるような状態に置かれている。

 ②国民主権説

 特定の条文に求めるのではなく、国民主権原理から行政側のアカウンタビリティ(説明責任)があるものと考える説である。

 

2.行政機関情報公開法の構造

 (1)行政機関情報公開法の目的(第1条)

 昨今の実定法規と同様に、行政機関情報公開法第1条は法律の目的を示すものとなっている。この規定は、次のことを示している。

 ①国民主権の理念を明示する。

 ②政府(対象は行政機関に限定される)が保有する情報に対する国民の開示請求権を認める。

 通説は、この法律によって初めて具体的な情報開示請求権が認められると理解する。

 ③「政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにする」

 ④「国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資する」

 これは、国民参加、そして国民による行政への監視と同義である。なお、「知る権利」が明示されていないことについては根強い批判が存在するが、表面的な事柄ではないかとする見解もある。

 (2)対象となる機関(第2条第1項)

 国の全行政機関である。従って、会計検査院は対象となる機関であり※、外交、防衛、警察関係の行政機関も対象とされるが、国会や裁判所は除外されており、地方公共団体も除外される※※。

 ※但し、不服審査の機関は、行政機関情報公開法第18条および会計検査院法第19条の2により、会計検査院の中に置かれる会計検査院情報公開・個人情報保護審査会である。

 ※※但し、国会や裁判所が作成した文書、地方公共団体が作成した文書であっても、その文書または写しが国の行政機関にあれば、開示の対象となる。

 なお、独立行政法人などは、独立行政法人等情報公開法の対象である(同法別表第一を参照)。

 (3)対象となる文書(第2条第2項)

 行政機関情報公開法第3条は「行政文書」の開示を規定している。ここにいう「行政文書」は、第2条第2項柱書本文において「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。以下同じ。)であって、当該行政組織の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているもの」と定義されている。従って、「行政文書」には、文書は当然として、写真、フィルム、磁気テープ、パソコンで作成した文書データなども含まれる。

 また、先行した地方公共団体の情報公開条例では「公文書」として決裁や供覧という手続を経た文書のみが公開の対象とされていたが、行政機関情報公開法ではこのような手続を経ていない文書でも開示の対象となる。従って、職員個人の私的なメモは開示の対象にならないが、組織的に使われているメモ(薬害エイズ事件で問題とされたノートなど)は、保管されているだけであっても開示の対象となる。

 (4)開示に関する諸事項

 ①開示請求者

 行政機関情報公開法第3条は、「何人も、この法律の定めるところにより、行政機関の長(前条第一項第四号及び第五号)の政令で定める機関にあっては、その機関ごとに政令で定める者をいう。以下同じ。)に対し、当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができる」と定める。この規定における「何人」は文字通りの意味であって、日本国民に限定されていないし、日本国内の居住も要件になっていない。従って、日本に住む外国人、外国に住む日本人、外国に住む外国人のいずれも開示請求権を有する。

 ②開示請求の性質

 また、行政機関情報公開法第3条により、開示請求権は個人の権利であり、裁判上の救済を受けることが明らかにされている。従って、開示請求に対して不開示決定がなされた場合、対象となる文書の内容を問わず、裁判や不服審査で争いうる。

 ここで、開示請求は、行政手続法第2条第3号にいう「申請」に該当する。そのため、行政機関の長による開示決定・一部開示決定・不開示決定は、行政行為であり、行政手続法第2章にいう「申請に対する処分」に該当し、行政手続法第2章が適用される。

(とくに行政手続法第8条が重要である。不開示決定および部分開示決定(=一部不開示決定)については、不開示としたことについて行政機関の長が理由を示さなければならない。)

 

 

  一方、義務についての一般的な規定はないが、手続として第4条に規定がある(行政手続法よりも申請人の保護に厚い)。情報開示請求権者は、開示請求書という書面によって請求をするのであるが、その際、氏名、住所などの記載、行政文書の名称など、開示を請求しようとする行政文書を特定しうる事項の記載が求められる。法律上はこれらの記載のみで十分であり、その範囲を超える記載を行政機関から求められたとしても拒否できると理解すべきである。逆に言えば、行政機関は、第4条に定められていない事項を要件として記載することを情報開示請求権者に強要することは、情報開示請求権者に萎縮効果などを生じさせかねず、情報公開法の趣旨からして許されないと理解すべきである(ただ、実際には第4条の範囲を超える記載などを求める省庁が存在する)。

 

 開示請求権=個人の権利であり、裁判上の救済を受ける。

      

  開示請求の手続:行政機関情報公開法第4条(行政手続法よりも申請人の保護に厚い)

 ②行政機関の開示義務

 原則:行政機関の長は、請求された行政文書を開示する義務を負う(行政機関情報公開法第5条)。

例外:第5条各号に定められた情報は、開示してはならない(不開示情報)。この点について、原則として行政機関の長に裁量は認められないが、第7条により、公益上特に必要であるとして開示することが認められる場合がある。

 ③不開示情報とされるもの(第5条各号)

 情報公開法第5条各号は、不開示情報を定めている。各号ごとにみていくこととする。

 第1号:個人情報。個人が識別されうるものであれば、原則として不開示である。

     個人情報⇒定型的に不開示とする個人識別型を採用

 個人情報であるから不開示とするのではなく、プライバシーとして保護に値するならば不開示とするタイプ(プライバシー型)もある。

     個人情報でありながら不開示情報とされないものは、イ~ハに列挙される。

     ▲公務員の職および職務遂行に係る情報の扱い

      行政機関情報公開法:公務員の職および職務遂行の内容に係る情報を開示情報とする(氏名は含まない)。

 但し、慣行により、人事異動などの際に課長以上の職であれば氏名も開示される。

 地方公共団体の条例:職務遂行に関する情報である場合については、公務員の職はもとより、氏名も開示情報とする場合が多い。

 最三小判平成15年11月11日民集57巻10号1387頁(Ⅰ-41)、最三小判平成19年4月17日判時1971号109頁(Ⅰ-43)を参照。

 第2号:法人の情報および個人の事業に関する情報(イおよびロに掲げられた事由に限定される)。

     イの「正答な利益を害するおそれのあるもの」=実際に「おそれ」が実際に存在したか否かについては裁判所の審査に服する。

     ロ=いわゆる任意提供情報で公にしないという条件が付されたもの。

 第3号:国の安全等に関する情報。

     「おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」:この判断については行政機関の長の要件裁量が認められる。従って、裁判所は、行政機関の長が「おそれがある」と判断したことに「相当の理由」があるか否かについてのみ審査する。

 第4号:公共の安全と秩序の維持に関する情報(司法警察活動に関する情報)

     「おそれがある」か否かについての判断=行政機関の長の要件裁量が認められるので、裁判所は、行政機関の長が「おそれがある」と判断したことに「相当の理由」があるか否かについてのみ審査する。

 第5号:行政機関などの内部または相互間での審議、検討または協議に関する情報(意思形成過程情報)。裁判所の全面的な審査が及ぶ。

 第6号:事務事業情報。裁判所の全面的な審査が及ぶ。

 ■不開示情報については、審査基準を設定し、公表しなければならない(行政手続法第5条)。

 ④開示・不開示の判断

 原則:開示決定(行政機関情報公開法第5条)。

 例外:不開示決定。

 ・全部不開示決定=申請に対する拒否処分

 ・部分開示決定(行政機関情報公開法第6条第1項)=申請に対する一部拒否処分

 ・氏名など、個人識別情報を除外しての開示処分(第6条第2項)

 ・存否応答拒否処分(第8条。グローマー条項)=開示請求の対象となっている文書の存否そのものを回答するだけで、開示請求の目的が達成される場合に、行政機関の長は、文書の存否を明らかにすることなく、開示請求を拒否することができる。

 存否応答拒否処分は、アメリカの判例法で形成されたものである。CIAと国防総省が、当時のソ連の潜水艦グローマー・イクスプローラ号を合同で引き揚げようとした計画が存在した。この計画について開示請求がなされた際に、記録の存否に関する応答が拒否されたという事件が生じた。1981年、連邦最高裁判所判決は応答の拒否を妥当と解した。この事件がきっかけとなり、存否応答許否処分を定める規定をグローマー条項というようになった。

 ▲裁量的開示処分(第7条。例外の例外を認める)

 ⑤第三者に対する意見書提出の機会の付与

 第13条に定められる。開示請求の対象となった行政文書に第三者の情報が記録されている場合に、行政文書の開示によって不測の権利侵害などが生じる可能性も否定できないために、当該第三者の意見書の提出などの機会を定めている。

 第1項:行政機関の長の裁量事項

 第2項:行政機関の長の義務的事項

 ⑥その他、開示決定・一部開示決定・不開示決定のいずれも要式行為である(第9条)。また、期間は、開示請求があった日から原則として30日以内とされている(第10条第1項)。

 (5)一部開示決定・不開示決定に対する救済措置

 ①救済措置を申し立てることができる者

 開示請求者=開示請求権を有する☞不服申立適格(行政不服審査制度)、原告適格(行政事件訴訟制度)を有する。

 その他の個人や法人:情報公開法によって保護される利益がある限り、情報公開法第13条・第19条・第20条にいう「第三者」として、不服申立適格(行政不服審査制度)、原告適格(行政事件訴訟制度)を有する。

 ②救済制度その1  行政事件訴訟

 行政機関情報公開法に特別の規定が存在しないので、行政不服審査制度を利用することなく、直ちに、行政事件訴訟法に定められる抗告訴訟を提起することができる。

 a.取消訴訟  従来から認められている。これは、開示請求者にも「第三者」にも認められる。

 b.義務付け訴訟  行政事件訴訟法の改正によって明文で認められた(第3条第6項第2号)。

 c.差止訴訟  「第三者」が開示決定について提起することができる(第3条第7項、第37条の4)。

 ③救済制度その2 行政不服審査制度

 基本的には行政不服審査法の規定によるが、情報公開法には特別な手続が規定されている。

 a.不服申立てがなされた場合、第18条第1号・第2号に規定されている場合を除き、行政機関の長は「情報公開・個人情報保護審査会」に諮問する。

 b.諮問した旨を、不服申立人などに通知する(第19条)。

 c.諮問を受けた審査会は、審査の結果を答申として示すことになるが、答申の写しは不服申立人などに交付され、一般に公表される(情報公開・個人情報保護審査会設置法第16条)。

 d.答申を受けた行政機関の長が、最終的に不服申立に対して裁決または決定を行う。行政機関の長は、審査会の答申に法的に拘束されないが、尊重される必要がある。

 ④情報公開・個人情報保護審査会(内閣府に設置される機関)

 権限:行政機関情報公開法第18条、独立行政法人情報公開法第18条第3項、行政個人情報保護法第42条および独立行政法人等個人情報保護法第42条第3項による不服申立てについての調査・審議

 委員:15名。両議院の同意を得て内閣総理大臣によって任命され、原則として非常勤(但し、5名以内を常勤とすることも可能)。任期は3年で、再任可能である。また、守秘義務が課されている。

 ■情報公開・個人情報保護審査会の調査権限(情報公開・個人情報保護審査会設置法第9条)

 α.諮問庁(不服申立を受けた行政機関の長)に対し、行政文書または保有する個人情報の提供を求めることができる(諮問庁はこれを拒むことができない)。

 ☞インカメラ審理が認められる。これは、裁判官にも認められていない権限である。最一小決平成21年1月15日民集63巻1号46頁(Ⅰ-45)は、裁判所でのインカメラ審理が民事訴訟の原則に反するとして、明文の規定がない限りは訴訟における証拠調べとしてのインカメラ審理を裁判所が行うことは許されないと判示した。

 β.諮問庁に対し、行政文書等に記録されている情報、または保有する個人情報に含まれている情報の内容を、審査会の指定する方法によって分類または整理した資料を作成し、提出することを求めることができる(ヴォーンインデックスの作成の指示権)。

 γ.不服申立人などに対して資料の提出や意見の陳述を求めることもできる。なお、調査審理手続は非公開である(設置法第14条)。

 

3.情報公開に関する判例

  (情報公開法については判例がほとんど蓄積されていないので、以下は情報公開条例に関する判例を紹介しておく。なお、最近の公務員試験においては出題例がほとんど存在しない。)

 (1)最一小判平成6年1月27日民集48巻1号53頁(大阪府知事交際費公開請求訴訟、Ⅰ―40)

 事案 大阪府の住民等であるXらは、大阪府公文書公開条例に基づいて、昭和60年1月から3月までの大阪府知事の交際費に関係する文書の公開を請求した。これに対し、知事Yは一部を公開したが、債権者の請求書および領収書、歳出額現金出納簿、支出証明書について、同条例第8条第1号・第4号・第5号、第9条第1号に該当するとして非公開とした。大阪地判平成元年2月14日判時1309号3頁はXの請求を認めたのでYは控訴したが、大阪高判平成2年10月31日行集41巻10号1765頁は控訴を棄却したので、Yが上告した。最高裁判所第一小法廷は破棄差戻判決を下した。

 判旨:「知事の交際費は、都道府県における行政の円滑な運営を図るため、関係者との懇談や慶弔等の対外的な交際事務を行うのに要する経費である。このような知事の交際は、懇談については本件条例八条四号の企画調整等事務又は同条五号の交渉等事務に、その余の慶弔等については同号の交渉等事務にそれぞれ該当すると解されるから、これらの事務に関する情報を記録した文書を公開しないことができるか否かは、これらの情報を公にすることにより、当該若しくは同種の交渉等事務としての交際事務の目的が達成できなくなるおそれがあるか否か、又は当該若しくは同種の企画調整等事務や交渉等事務としての交際事務を公正かつ適正に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるか否かによって決定されることになる。」

 「知事の交際事務には、懇談、慶弔、見舞い、賛助、協賛、餞別などのように様々なものがあると考えられるが、いずれにしても、これらは、相手方との間の信頼関係ないし友好関係の維持増進を目的して行われるものである。そして、相手方の氏名等の公表、披露が当然予定されているような場合等は別として、相手方を識別し得るような前記文書の公開によって相手方の氏名等が明らかにされることになれば、懇談については、相手方に不快、不信の感情を抱かせ、今後府の行うこの種の会合への出席を避けるなどの事態が生ずることも考えられ、また、一般に、交際費の支出の要否、内容等は、府の相手方とのかかわり等をしん酌して個別に決定されるという性質を有するものであることから、不満や不快の念を抱く者が出ることが容易に予想される。そのような事態は、交際の相手方との間の信頼関係あるいは友好関係を損なうおそれがあり、交際それ自体の目的に反し、ひいては交際事務の目的が達成できなくなるおそれがあるというべきである。さらに、これらの交際費の支出の要否やその内容等は、支出権者である知事自身が、個別、具体的な事例ごとに、裁量によって決定すべきものであるところ、交際の相手方や内容等が逐一公開されることとなった場合には、知事においても前記のような事態が生ずることを懸念して、必要な交際費の支出を差し控え、あるいはその支出を画一的にすることを余儀なくされることも考えられ、知事の交際事務を適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるといわなければならない。したがって、本件文書のうち交際の相手方が識別され得るものは、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものなど、相手方の氏名等を公表することによって前記のようなおそれがあるとは認められないようなものを除き、懇談に係る文書については本件条例八条四号又は五号により、その余の慶弔等に係る文書については同条五号により、公開しないことができる文書に該当するというべきである。」

 「本件における知事の交際は、それが知事の職務としてされるものであっても、私人である相手方にとっては、私的な出来事といわなければならない。本件条例九条一号は、私事に関する情報のうち性質上公開に親しまないような個人情報が記録されている文書を公開してはならないとしているものと解されるが、知事の交際の相手方となった私人としては、懇談の場合であると、慶弔等の場合であるとを問わず、その具体的な費用、金額等までは一般に他人に知られたくないと望むものであり、そのことは正当であると認められる。そうすると、このような交際に関する情報は、その交際の性質、内容等からして交際内容等が一般に公表、披露されることがもともと予定されているものを除いては、同号に該当するというべきである」。

 (2)最三小判平成6年2月8日民集48巻2号255頁(大阪府水道部文書公開請求訴訟または大阪府食糧費情報公開訴訟)

 事案 大阪府の住民であるXは、大阪府公文書公開条例に基づいて、昭和59年12月に行われた大阪府水道部の会議接待費および懇談会費についての公文書の公開を請求した。これに対し、Yは、この請求に対応する文書を支出伝票、債権者の請求書および経費支出伺と特定した上で、同条例第8条第1号・第4号・第5号に該当するとして非公開とした。Xは異議申立てを行ったがYは棄却の決定を行った。このため、Xが出訴した。大阪地裁平成元年4月11日判例タイムズ705号129頁はXの請求を認めたのでYは控訴したが、大阪高判平成2年5月17日判時1355号8頁は控訴を棄却したので、Yが上告した。最高裁判所第三小法廷は、Yの上告を棄却した。

 判旨 「本件文書には飲食店を経営する業者の営業上の秘密、ノウハウなど同業者との対抗関係上特に秘匿を要する情報が記録されているわけではなく、また、府水道部による利用の事実が公開されたとしても、特に右業者の社会的評価が低下するなどの不利益を被るとは認め難いので、本件文書の公開により当該業者の競争上の地位その他正当な利益を害するとは認められないと」。

 「本件文書に記録されている情報は、府水道部の懇談会等に関するものであるが、このような懇談会等の形式による事務は、前記のとおり、単なる儀礼的なものではなく、すべて府水道部の事務ないし事業の遂行のためにされたものであって、その内容いかんにより、四号の企画調整等事務ないし五号の交渉等事務に該当する可能性があることは十分考えられる。しかし、右情報は、前記のとおり、懇談会等の開催場所、開催日、人数等のいわば外形的事実に関するものであり、しかも、そこには懇談の相手方の氏名は含まれていないのがほとんどである。このような会合の外形的事実に関する情報からは、通常、当該懇談会等の個別、具体的な開催目的や、そこで話し合われた事項等の内容が明らかになるものではなく、この情報が公開されることにより、直ちに、当該若しくは同種の事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれがあるとは断じ難い」。本件懇談会等に関する文書を公開することにより、大阪府公文書公開等条例8条4号・5号にいう事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれがあるというためには、「上告人の側で、当該懇談会等が企画調整等事務又は交渉等事務に当たり、しかも、それが事業の施行のために必要な事項についての関係者との内密の協議を目的として行われたものであり、かつ、本件文書に記録された情報について、その記録内容自体から、あるいは他の関連情報と照合することにより、懇談会等の相手方等が了知される可能性があることを主張、立証する必要があるのであって、上告人において、右に示した各点についての判断を可能とする程度に具体的な事実を主張、立証しない限り、本件文書の公開による前記のようなおそれがあると断ずることはできない」。

 (3)最二小判平成6年3月25日判時1512号22頁(京都府鴨川ダムサイト情報公開訴訟、Ⅰ―42)

 事案 京都府知事Yは、鴨川の河川管理者であり、鴨川の改修計画について幅広く意見を聴くために鴨川河川協議会を設置した。この協議会においてダムサイト候補地点選定位置図(以下、本件文書)が提出された。そして、協議会が終了した後、ダム構想の存在と先の位置図が提出されたことが記者会見で発表された。これを知ったXは、京都府情報公開条例に基づいて本件文書の公開を請求したが、Yは、これが条例第5条第6号に規定される意思形成過程情報に該当するとして非公開の決定をした。なお、本件文書は初期の段階の資料であり、地質などの自然要件や用地確保の可能性などといった社会的条件については全く考慮されていなかった。

 京都地判平成3年3月27日判タ775号85頁は、Yの処分を違法とした。これに対し、大阪高判平成5年3月23日判タ828号179頁は、Yの処分が相当であるとしてXの請求を棄却した。この判決は、理由として、本件文書が「ダム構想が構想として成立し得るかどうかの検討資料とするため、京都府土木建築部河川課(協議会の庶務を処理する部課)が鴨川流域において貯水が可能な地形を二万五〇〇〇分の一の地形図から読み取り、それを流域図に示したものにすぎず、ダムサイト候補地選定の重要な要素となる地質・環境等の自然条件や用地確保の可能性等の社会的条件についての考慮を全く払うことなく、作られたものである」こと、前記記者会見の後に「後協議会委員に対し、ダム建設について、交渉を申入れる団体や面談を強要する者があり、また、協議会委員宅に無言電話があり、また、電話で種々強い調子で申し入れをする者が現れ、委員の中には、その職を辞任したい意向を示す者がいた」ことなどをあげ、本件文書を「いわば協議会の意思形成過程における未成熟な情報であり、公開することにより、府民に無用の誤解や混乱を招き、協議会の意思形成を公正かつ適切に行うことに著しい支障が生じるおそれのあるものといえる」と判断している。

 判旨 最高裁判所第二小法廷は、大阪高等裁判所の判断を正当として是認し、京都府情報公開条例第5条第6号が憲法第21条などに違反するというXの主張を退けた。

 

4.個人情報保護

 (1)個人情報保護制度

 ①個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)

  個人情報保護に関する基本法(第1章~第3章)

  民間部門の個人情報保護に関する一般法(第4章~第6章)

 ②行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(行政個人情報保護法)

 ③独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律(独立行政法人個人情報保護法)

 ④情報公開・個人情報保護審査会設置法

 ⑤行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律等の施行に伴う関係法律の整備等による法律

 (2)行政機関個人情報保護法の目的

 第1条:行政の適正かつ円滑な運営/個人の権利利益の保護

 (3)行政機関個人情報保護法の対象機関

 行政機関情報公開法の対象機関と同じである(第2条第1項を参照)。

 (4)個人情報などの意味

 ①個人情報

 「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう」(第2条第2項)。←行政機関情報公開法における個人情報と同様である。

 ②保有個人情報

 「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した個人情報であって、当該行政機関の職員が組織的に利用するものとして、当該行政機関が保有しているもの」(第2条第3項)=行政機関情報公開法にいう「行政文書」に記録されているもの。

  ③個人情報ファイル(第2条第4項、第10条、第11条)

 第2条第4項;保有個人情報を含む情報の集合物で、コンピュータなどによって検索が可能であるように体系的な構成がなされたものとされている。

 第10条;個人情報ファイルを保有しようとする際の、総務大臣への事前通知の義務(変更についても事前通知の義務が課される)

 第11条;保有している個人情報ファイルについて帳簿(個人情報ファイル簿)を作成し、公表する義務(第1項。第2項および第3項も参照)

 (5)取扱基準(第3条以下)

 個人情報の取り扱いについては、第3条以下に規定されている。

 ①保有の制限、特定(第3条)  利用目的の達成に必要な範囲を超えてはならない、など。

 ②利用目的の明示(第4条)

 ③正確性の確保(第5条)

 ④安全措置の確保(第6条)

 ⑤従事者の義務(第7条)

 ⑥利用および提供の制限(第8条)  但し、第2項により、一定の要件の下において利用目的外の利用を認める。

 (6)行政個人情報保護法と個人の権利

  ①開示請求権(第12条) 本人はもとより、未成年者または成年被後見人の法定代理人にも認められるが、開示すれば本人に不利益が及ぶおそれがある場合には不開示となる(第14条第1号)。

 原則は開示であるが、第14条各号により、不開示事由が定められる(限定列挙)。第1号以外は、ほぼ情報公開法と同様の事由が定められている。裁量開示も認められる(第16条)。

 なお、情報公開法と同様に、部分開示(行政個人情報保護法第15条)、そして存否応答拒否処分(同第16条)も定められている。

 ②訂正請求権(第27条、第29条)

 ・開示請求が行われることを前提とする。請求を受けて開示された自己の本人情報が事実でないと思料するときに、訂正(追加または削除を含む。以下同じ)を請求する権利である。行政機関の長は、請求に理由があると認めるときに訂正をしなければならない(第29条)。

 ・訂正を要求しうる本人情報は、次のものに限定される。

  第27条第1項第1号:「開示決定に基づき開示を受けた保有個人情報」

  同第2号:「第二十二条第一項の規定により事案が移送された場合において、独立行政法人等個人情報保護法第二十一条第三項に規定する開示決定に基づき開示を受けた保有個人情報」

  同第3号:「開示決定に係る保有個人情報であって、第二十五条第一項の他の法令の規定により開示を受けたもの」

 ・訂正請求は、「保有個人情報の開示を受けた日」から90日以内に行わなければならない(同第3項)。

 ③利用停止請求権(第36条)

 保有個人情報の開示を受けた日から90日以内に請求しなければならないとされる。

 a.保有個人情報の利用の停止または消去:保有個人情報が行政機関によって適法に取得されたものではない場合、第3条第2項に違反して保有されているとき、または第8条第1項・第2項の規定に違反して利用されているとき

 b.保有個人情報の提供の停止:第8条第1項・第2項の規定に違反して提供されているとき

 (7)救済制度(第42条)

 情報公開法と同様の規定であり、行政不服申立てについても情報公開・個人情報保護審査会への諮問手続が明示されている。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第22回 行政事件訴訟制度とは

2015年11月11日 01時02分57秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 1.行政事件訴訟制度の歴史的変遷

 行政事件に関する裁判制度には、大別して二つのものがある。

 一つは、民事事件および刑事事件を扱う通常の裁判所が行政事件をも扱う制度であり、これは英米法系の国々を中心に見られる。

 もう一つは、行政事件のみを扱う裁判所を設ける制度であり、フランスやドイツなどにおいて存在する。この場合、行政裁判所が行政権として位置づけられる場合(フランス、第二次世界大戦以前のドイツ)と、司法権として位置づけられる場合(第二次世界大戦後のドイツ)とがある。ドイツの場合、通常裁判所の他、行政裁判所、労働裁判所、社会裁判所、財政裁判所が設けられている。

 歴史的な観点に立つと、行政事件訴訟制度は、大日本帝国憲法時代と日本国憲法制定以後とで大きく異なっており、日本国憲法制定以後も何度かの大きな変更を受けている。

 大日本帝国憲法第61条は「行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス」と規定し、行政行為などを大審院以下の通常裁判所の管轄から外した。これは当時のドイツの影響を受けたものであり、行政裁判所法を制定して通常裁判所とは全く別系統の裁判所、すなわち特別裁判所としての行政裁判所を設置した。しかも、行政裁判所は行政組織と位置づけられていた※。また、行政裁判所法は列記主義を採用していたため(訴願法も同様である)、同法に定められた行政行為(処分)についてのみ争うことができた。また、訴願前置主義を採用していたため、訴願を経ないで裁判を提起することは認められていなかった。

 ※第二次世界大戦以前のドイツにおいての行政裁判所も、司法権ではなく、行政権に属していた。なお、ドイツ連邦共和国における行政裁判所は、司法権に属する。

 日本国憲法は、行政事件訴訟制度をも大きく変えることとなった。まず、第32条により、行政事件訴訟についても裁判を受ける権利が保障されることとなった。そして、第76条により、司法権は最高裁判所およびその系列にある下級裁判所が担当することとなり、特別裁判所は禁止された。そのため、行政機関は、終審として裁判を行えないこととなった(但し、前審としてならばよい)。裁判所法第3条第1項は、裁判所が「法律上の争訟」を扱うこととしているので、行政事件訴訟について列記主義を採用し続けることはできなくなり、概括主義が採られることとなった。

 日本国憲法の下において、行政裁判所法を廃止しなければならなかったのは当然であるが、英米法の体系になじんでこなかった日本において、行政事件を完全に民事訴訟法の下にて扱うことには抵抗があったようである。そこで、1947(昭和22)年に日本国憲法の施行に伴う民事訴訟法の応急的措置に関する法律が制定された。これは出訴期間の限定以外に民事訴訟と異なる扱いを規定するものではなかった。この頃に平野事件※が発生したことにより、1948(昭和23)年に行政事件訴訟特例法が制定された。この法律も民事訴訟法に対する特別法としての意味を持っていたが、出訴期間を置いたこと、行政行為(処分)の執行不停止原則を定めている。この法律も不十分なままに制定されたため、1962(昭和37)年に、現在の行政事件訴訟法が制定されたのである。

 ※平野事件とは、当時、社会党右派に属していた平野力三議員が公職追放覚書該当処分を受けた事件のことである。平野氏は、この処分の無効確認を求め、あわせて地位の保全を求める仮処分を求める訴訟を東京地方裁判所に起こした。昭和23年2月2日、同地裁は平野氏の請求を認める効力停止仮処分決定を下した。しかし、これについて連合軍総司令部(GHQ)は不信感を抱き抗議した上で、最高裁判所長官に対して指示をした。その結果、東京地方裁判所の仮処分決定は取り消された。

 行政事件訴訟法の位置づけについては、立法論を含めて議論がありうるが、少なくとも、民事訴訟法に対する単なる特別法に留まるものではない。むしろ、行政事件訴訟に関する一般法と考えてよい(後述を参照)。もっとも、行政事件訴訟法第7条は、口頭弁論や証拠などに関して「民事訴訟の例による」と規定している。

 そして、長らく行政事件訴訟法は大きな改正を経ずに現行法として施行されてきたが、2004(平成16)年に大きく改正され、2005(平成17)年4月1日から施行された。

 

 2.「法律上の争訟」の意味

 行政事件訴訟法の内容に入る前に、裁判所法第3条第1項にいう「法律上の争訟」について概観しておかなければならない(憲法学の基本書も熟読のこと!)。これは、司法権の観念の構成要素であり、司法審査の対象の範囲を画定するものでもある。

 自律権、統治行為論や部分社会の法理も司法権の限界として論じられるが、これらは「法律上の争訟」の問題ではない。例えば、統治行為論の場合、事案が「法律上の争訟」に該当するにもかかわらず、司法審査の対象から外すのである。部分社会の法理についても同様である※。

 ※塩野宏『行政法Ⅱ』〔第五版補訂版〕(2013年、有斐閣)280頁も参照。

 「法律上の争訟」の意味については諸説が存在するが、最三小判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁(「板まんだら」事件)は、「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の通用によって終局的に解決できるもの」と述べている。これを細分化すると、事件性の要件として二つに分割される。

 まず、事件性の要件Ⅰである。これは、問題の事案が「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争」でなければならない、という要件である。さらに詳しく述べるならば、次のようになる。

 第一に、紛争が現実的でなければならない。現実に紛争が起こっていないが抽象的に法令の効力を争うことは、この要件を満たさない〔最大判昭和27年10月8日民集6巻9号783頁(警察予備隊訴訟、Ⅱ―149)、最二小判平成3年4月19日民集45巻4号518頁(最高裁判所規則訴訟)〕。

 第二に、訴訟当事者間の関係が対立的でなければならない。すなわち、当事者間に権利や法的利益に関する紛争がなければならない。民衆訴訟や機関訴訟は、当事者間に権利や法的利益に関する紛争がある場合の訴訟ではないため、法律に特別の定めがある場合にのみ認められるのである。この点について問題となったのが、第19回において扱った最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁(Ⅰ―115)である。

 裁判所において争われる多くの事件は、要件Ⅰを充足すれば「法律上の争訟」に該当することとなる。しかし、常にそうである訳ではない。少数ではあるが「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争」であっても「法律上の争訟」にあたらない場合がありうる。そのために、事件性の要件Ⅱが必要なのである。これは、要件Ⅰを充足した上で、問題の事案が「法令の通用によって終局的に解決できるもの」でなければならない、というものである。たとえば、最三小判昭和41年2月8日民集20巻2号196頁(Ⅱ―151)によれば、技術士国家試験の解答および合格判定に関する争いは、法令の適用によって最終的に解決できるものではない。

 但し、合格判定の手続など、法令の適用による解決が可能な場合もある(その限りにおいて事件性の要件Ⅱも充足することになる)。

 

 3.行政事件訴訟法の一般的内容(類別など)

 (1)行政事件訴訟法の位置づけ

 行政事件訴訟法は、行政事件訴訟に関する一般法としての位置づけが与えられている(第1条)。このことは、行政事件訴訟法が民事訴訟法の特例法ではないことを意味する。但し、第7条に「民事訴訟の例による」という文言があるように、自己完結的な法律ではなく、口頭弁論や証拠などの手続については民事訴訟法に従っているのが実情である。

 また、行政事件という概念を置くことは、民事訴訟との対比という意味を持つものであり、公法と私法との区別を前提とするものである。この点は、当事者訴訟の存在に現われている。

 (2)訴訟類型

 行政事件訴訟法第2条は、抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟、機関訴訟の四種を規定するが、中心は抗告訴訟に置かれている。行政事件訴訟法第3条第1項は、「抗告訴訟」を「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」と定義する。この規定の意味するところ(ないしその性格)は不明確さを残すが、同第2項より第7項まであげられた、大別して6つの類型(法定抗告訴訟と呼び、実務上も認知される)以外にも「無名抗告訴訟」の余地を残した例示規定ともみられる。

 2004(平成16)年に改正されるまで、法定抗告訴訟は第2項から第5項まであげられた4つの類型のみであり、義務付け訴訟と差止訴訟は規定されていなかった。このため、義務付け訴訟と差止訴訟は無名抗告訴訟として扱われていた(行政事件訴訟法に規定されていなかったので無名抗告訴訟というのである)。立法関係者は、無名抗告訴訟の余地を認めていたのであるが、判例は無名抗告訴訟をあまり積極的に認めない傾向にあった※。

 ※その代表的な例として、行政事件訴訟法制定前のものではあるが、最二小判昭和30年10月28日民集9巻11号1727頁を参照。

 行政事件訴訟法は、次のように訴訟類型を整備している。

 a.主観訴訟:自己の権利や法的利益の保護を目的とする訴訟をいう。「法律上の争訟」に該当し、事件性の要件Ⅰを充足する。抗告訴訟および当事者訴訟が主観訴訟に該当する他、一般的に民事訴訟や刑事訴訟も主観訴訟である。

 a-1.「処分取消しの訴え」:「処分」、すなわち「行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為」から「裁決」を除いたものの取消を求める訴訟である。

 a-2.「裁決取消しの訴え」:審査請求その他の不服申立てに対する行政庁の裁決その他の行為の取消を求める訴訟である。

 一般的には、「処分の取消しの訴え」と「裁決の取消しの訴え」を合わせて取消訴訟という。「処分」の中心となるのは行政行為であり、行政不服審査法による行政機関の裁決も行政行為である。そのため、いずれにしても行政行為の取消しを求める訴訟が中心となる。

 基本となるのは「処分の取消しの訴え」である。これを原処分主義ともいう。これに対し、裁決主義として、法令により、原処分の違法についても、裁決があった場合には「裁決の取消の訴え」によって争うこととする場合がある(電波法第96条の2、労働組合法第27条の19)。

 行政事件訴訟法は、まず取消訴訟について様々な規定を置き、その他の抗告訴訟については、原告適格などを除いて取消訴訟に関する規定の準用としている(これには歴史的経緯もある)。

 a-3.無効等確認訴訟:「処分」の存否またはその効力の有無の確認を求める訴訟である。

 a-4.不作為違法確認訴訟:行政庁が申請に対して相当の期間内に何らかの「処分」をすべきであるにもかかわらず、これを行わないことについての違法の確認を求める訴訟をいう。

 a-5.義務付け訴訟:作為的義務付け訴訟とも言われる。行政庁が何らかの処分(または裁決)をすべきであるにもかかわらず、これがなされない場合に、行政庁に義務付けを求める訴訟である。判決により、行政庁にその処分(または裁決)をすることを義務付けることになる。

 a-6.差止訴訟:不作為的義務付け訴訟ともいい、かつては予防訴訟、予防的差止訴訟といわれていた。行政庁が何らかの処分(または裁決)をすべきでないにもかかわらず、これがなされようとしている場合に、行政庁にその処分(または裁決)をしてはならない旨を命ずることを裁判所に求める訴訟である。

 a-7.法定外抗告訴訟(無名抗告訴訟):行政事件訴訟法に規定されていない類型の抗告訴訟をいう。2004年改正までは義務付け訴訟および差止訴訟が規定されていなかったので法定外抗告訴訟であった。改正後も法定外抗告訴訟がありうると考えられる。

 a-8.当事者訴訟:これは抗告訴訟ではないので、行政事件訴訟法においても独立の類型として定められている(第4条)。詳細は、別の機会に説明することとする。

 b.客観訴訟:自己の権利や法的利益の保護を目的とせず、国または公共団体の違法な行為を排除または是正し、行政法規の正しい適用を確保するための訴訟をいう。法律が特別に認める場合に、特別に定められた要件に適合する者が出訴しうる(行政事件訴訟法第42条)。

 b-1.民衆訴訟:客観訴訟の一つで、行政事件訴訟法第5条に定義される。住民訴訟(地方自治法第242条の2)、選挙または当選の効力に関する訴訟(公職選挙法第203条・第204条・第207条・第211条)が代表例である。

 b-2.機関訴訟:客観訴訟の一つで、行政事件訴訟法第6条に定義される。議会の議決または選挙に関する長の訴訟(地方自治法第176条第7項)、国の関与に対する訴訟(同第251条の5)、都道府県の関与に対する訴訟(同第252条)が代表例である。

 (3)弁論主義

 民事訴訟(法)の基本原則である弁論主義が基本であり、行政事件訴訟法第24条による職権証拠調べが多少の修正となっている。ちなみに、大日本帝国憲法時代は職権探知主義が原則とされていた。

 (4)抗告訴訟、とくに取消訴訟と行政不服審査制度との関係

 行政事件訴訟法第8条第1項は、取消訴訟と行政不服申立てとを自由選択主義の関係とする。これが原則である。しかし、課税処分や社会保障に関する処分について不服申立て前置主義をとる(同但書、地方自治法第229条第6項・第231条第9項)。処分が大量かつ回帰的で、当初の処分が必ずしも十分な調査に基づいてできない場合もあり、他方で審査庁の負担を軽減することを考える必要があるからである。この場合でも、正当な理由(裁決の遅延、緊急の必要など)があれば、裁決を経ずに、取消訴訟を提起できる(同第2項)。

 (5)取消訴訟の機能と性質  取消訴訟については、幾つかの機能を考えることが可能である。ここでは、原状回復機能、適法性維持機能、合一確定機能、一種の差止機能をあげておくこととする。

 原状回復機能とは、取消訴訟の結果、「処分」を取り消す判決が出されると、その「処分」は成立時に遡って効力がなかったことになる、言い換えれば、元々「処分」がなかった状態に戻ることになることを指す。

 適法性維持機能とは、「処分」が違法と認定され、「処分」が取り消されると、違法状態が排除されることを指す。

 合一確定機能とは、第三者へ取消訴訟の判決の効力を及ぼすことを指す。

 一種の差止機能とは、「処分」を取り消す判決により、「処分」の執行ができなくなると、その後の「処分」などに続くことができなくなることを指す。

 次に取消訴訟の性質であるが、これについては見解が分かれている。民事訴訟は、確認訴訟、給付訴訟、形成訴訟の3類型に分別されるが、取消訴訟はどれに対応するかが争われているのである。

 通説は形成訴訟説である。この考え方によると、「処分」により、何らかの法的効果が一度発生し、権利関係(法律関係)が変動したことになるので、取消訴訟の取消判決により、その法的効果が消滅することになる、とみる。私人に対して拘束力を有する行政庁の有権的行政行為が既になされ、私人側はこれに不服であるが、上記行政行為の取消について実体法上の形成権を有しないため、上記行政行為の違法を確定してこれを取り消すことを裁判所に求める。裁判所が下す判決は形成判決になる。行政行為の違法の主張に理由が見出されるならば、行政行為の司法審査権を発動して、行政行為の効力を遡及的に消滅させるのである(民事訴訟でいう形成訴訟と多少異なる)。

 これに対する説として、行政行為の公定力に注目する確認訴訟説がある。この説によると、公定力は行政行為の成立時において適法要件の存否の判断に与えられている暫定的な効力であり、後に適法要件の存否を確定する訴訟手続が留保されていることとなる。そのため、取消訴訟は適法要件の存否を確定(確認)する訴訟であるということになるのである。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第15回 行政指導

2015年10月15日 21時31分39秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 1.行政指導の性質および定義

 いつのことからか、日本の行政は不透明であると諸外国 (とくにアメリカ)から批判されるようになった。その大きな原因の一つが行政指導である。

 まず、行政指導は、行政組織法の根拠を必要とする。しかし、行政作用法の根拠を必要としない。と言うよりも、法律の根拠がないという事態に臨機応変に対応するための方法であり、法的効果もない事実行為であり、権限の所在や指揮系統・行政責任の不明確性もあって(意図的に不明確にしている場合もある)、当事者以外からは見えにくいものとなっている。とくに、国による行政指導は、官庁の監督権限と結びついて行政の不透明性・密室性を拡大させ、また官民の癒着をも進行させた。日本の行政手続法が制定されたのは、行政指導に関する諸外国からの批判に答える(あるいはかわす?)という意味もあったのである。

 しかし、行政指導が全て悪であるという訳ではない。地方公共団体、とくに市町村において、国の法律の不備、しかも、条例を制定できるかどうかも疑わしい場合などを補う形で、例えば無秩序な宅地開発を防止するために、行政指導が用いられた。

 行政指導には定型がないので、これに対する定義も様々であり、法律においても様々な用語が用いられる(指導、勧告など)。行政手続法第2条第6号は、行政指導を「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないもの」と定義している。この定義にも現われているように、行政指導は、相手方に法的な義務を課するものではなく、任意的な協力を求めるものである。たとえ要綱などにおいて行政指導の基準を定め、相手方がそれに従わない場合の対応措置を定めたとしても、それによって法的な行為にはならない。要綱は内部的な基準にすぎないからである。

 そして、行政指導は、何らかの具体的な行政目的を実現するための手段である。行政指導に従わない私人は、事実の公表や給付の打ち切りなどの制裁を受けることもあるが、刑罰を科される訳ではない。その意味においては、行政指導は非権力的手段である。もっとも、前記の制裁も、刑罰よりはソフトであるとはいえ、場合によっては問題を残すであろう。

 

 2.行政指導の分類

 前述のように、行政指導には定型がない。この点が行政行為などと異なるのであり、行政手続法第2条第6号も一応の定義であるにすぎない。そのため、行政指導の種類と言っても、実態からの帰納的分類であり、実際に果たす機能をみた上での便宜的な分類に過ぎない。実際の行政指導には、社会保障行政などで見られる助成的な指導、規制的な指導、調整的な指導があると言えるが、実際にはいくつかの性格を兼ね備えていることも多く、いずれも、何らかの意味において規制的な機能を帯びる点において共通している。

 ①規制的な行政指導

 行政指導において典型的なものであり、多くの行政指導が、何らかの形で行政の相手方である私人(個人、私企業など)の活動を規制する目的のためになされるものであると言いうる。例として、次のようなものがある。

消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法第6条第1項に基づく、公正取引委員会による勧告

 経済産業省によって行われる、不況時における操業短縮勧告(積極的な規制目的)

 建築確認の留保とセットで行われる行政指導

 料金の値上げをめぐる行政指導

 ②助成的な行政指導

 情報提供による助成であり、単なる情報提供とは異なり、何らかの政策目的を実現するための手段として位置づけられる。

 ③調整的な行政指導

 私人間の紛争を解決するための手段としてなされる行政指導である。例として、マンションの建築主と周辺住民との間での紛争を解決するために行われる行政指導があげられる。ただ、この場合は、実質的にマンションの建築主などに対する一種の規制として働くことが少なくない。その意味においては規制的な行政指導の変種と言えなくもない。帰納的な分類であるため、一つの、あるいは一連の行政指導が複数の性格を有しうることは、むしろ当然のことである。

 

 3.行政指導の問題点

 事実行為であるはずの行政指導は、様々な場面において行政目的を実現するための手段として多用されている。それだけに、様々な問題が存在する。

 ①法律の根拠

 既に述べたように、行政組織法の根拠は必要である。それは、所掌事務の範囲内であることが求められるためである(行政手続法第32条も参照)。

 これに対し、行政作用法の根拠が必要であるか否かは問題とされる。既に述べたように、事実行為であることからすれば、行政作用法の根拠は不要であると言いうる。実際的な側面においても、法律の根拠がないという事態に臨機応変に対応するための方法なのであるから、行政作用法の根拠は不要であるとも言えるであろう。判例も、おそらくは行政指導の実態に即して考察したのであろうか、侵害留保の原則から行政作用法の根拠を不要と解する。しかし、学説は様々で、判例と同旨の説、(行政指導の実態に鑑みて、であると思われるが)法律の根拠を必要とすると解する説などがある。

 ②制定法の趣旨・目的との関係

 行政指導について行政作用法の根拠が不要であるとしても、このことから直ちに、行政指導がいかなる内容のものであってもよいということにはならない。行政作用法の趣旨や目的にそぐわない行政指導は違法または不当の評価を受けうることとなる。また、かような行政指導に従ったことによって自らの行動の正当性を主張することも許されないと解さざるをえないであろう(但し、この場合は一定の配慮が必要となる場合も考えられる)。

 ●最三小判昭和57年3月9日民集36巻3号265頁

 事案:事業者団体である石油連盟は、第一次オイルショック後に石油製品の価格を引き上げる決定を行い、加盟各社に通知した。これに基づいて加盟各社が製品の価格を引き上げたところ、公正取引委員会は、このような行為が独占禁止法第8条第1項第1号に違反するという審決を行った。これに対し、石油連盟は、前記決定の後に当時の通商産業省から価格引き上げの幅を縮小すべしという行政指導を受け、石油元売業者もこの行政指導に従ったことを理由として、石油連盟による前記決定の違法性は消滅したと主張したが、公正取引委員会はこれを認めなかった。 判旨 最高裁判所第三小法廷は、独占禁止法第8条第1項第1号にいう「競争の実質的制限」の解釈を示した上で、「事業者団体がその構成員である事業者の発意に基づき各自業者の従うべき基準価格を団体の意思として協議決定した場合においては、たとえ、その後これに関する行政指導があったとしても、当該事業団体がその行った基準価格の決定を明瞭に破棄したと認められるような特段の事情がない限り、右行政指導により当然に前記独占禁止法八条一項一号にいう競争の実質的制限が消滅したものとみることは許されない」として、石油連盟の上告を棄却した。

 この判決は、行政指導に従ったからといって、行為の違法が阻却される訳ではないということを示している。但し、行政事件訴訟と刑事事件とでは違法性に関する判断が異なるということもありうる。

 ●最二小判昭和59年2月24日刑集38巻4号1287頁(Ⅰ-101)

 事案:基本的な部分は前掲最三小判昭和57年3月9日と同じである。石油連盟およびこれに加盟する各社の行為が独占禁止法第2条第6号にいう「不当な取引制限」であって同第3条に違反するとして、石油元売会社などの刑事責任が問われた。これに対して、被告人らは当時の通商産業省による行政指導に従ったことを理由として無罪を主張した。東京高判昭和55年9月26日高刑集33巻5号511頁は被告人らの主張を全て退け、懲役刑または罰金刑を言い渡した。最高裁判所第二小法廷は、被告人らの一部について無罪の判決を言い渡した。

 判旨:「物の価格が市場における自由な競争によつて決定されるべきことは、独禁法の最大の眼目とするところであつて、価格形成に行政がみだりに介入すべきでないことは、同法の趣旨・目的に照らして明らかなところである。しかし、通産省設置法三条二号は、鉱産物及び工業品の生産、流通及び消費の増進、改善及び調整等に関する国の行政事務を一体的に遂行することを通産省の任務としており、これを受けて石油業法は、石油製品の第一次エネルギーとしての重要性等にかんがみ、『石油の安定的かつ低廉な供給を図り、もつて国民経済の発展と国民生活の向上に資する』という目的(同法一条)のもとに、標準価格制度(同法一五条)という直接的な方法のほか、石油精製業及び設備の新設等に関する許可制(同法四条、七条)さらには通産大臣をして石油供給計画を定めさせること(同法三条)などの間接的な方法によつて、行政が石油製品価格の形成に介入することを認めている。そして、流動する事態に対する円滑・柔軟な行政の対応の必要性にかんがみると、石油業法に直接の根拠を持たない価格に関する行政指導であつても、これを必要とする事情がある場合に、これに対処するため社会通念上相当と認められる方法によつて行われ、『一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する』という独禁法の究極の目的に実質的に抵触しないものである限り、これを違法とすべき理由はない。そして、価格に関する事業者間の合意が形式的に独禁法に違反するようにみえる場合であつても、それが適法な行政指導に従い、これに協力して行われたものであるときは、その違法性が阻却されると解するのが相当である」。

 ③比例原則、平等原則など

 当然に妥当するものと解される。そのため、度を越した公務員の退職勧奨は不法行為とみなされる場合がある(最一小判昭和55年7月10日判タ434号172頁)。また、信義誠実の原則が妥当することがある〔最三小判昭和56年1月27日民集35巻1号35頁(Ⅰ―29)など〕。

 ④相手方の任意性

 行政指導は、一応、非権力的手段と位置づけられているが、実際には相手方の任意性を失わせ、何らかの行為を強要する結果につながることが多い。 地方公共団体の要綱(行政規則の一種)には、行政指導の基準を定めるとともに、指導に従わない者の氏名の公表(当然、経済的あるいは社会的な損失を招く)、許認可などの留保を定めるものが多い。

 ●最三小判昭和60年7月16日民集39巻5号989頁(Ⅰ―132)

 事案:東京都の某所にマンションを建設する計画があり、業者Xは東京都に建築確認の申請を行った。しかし、住民の反対が強かったことから、東京都はXに住民との話し合いを指導した。Xはこの指導に従って話し合いをしたが、解決をみなかった。一方、東京都は新高度地区案を発表して建築確認の留保を明示し、Xにさらに話し合いを進めることを指導した。結局、Xはこれ以上指導に従わないこととし、金銭補償によって住民との紛争を解決し、ようやく建築確認を得た。Xは、その間に建築確認が留保されたことを不服として出訴した。東京地判昭和53年7月31日判時928号79頁はXの請求を棄却したが、東京高判昭和54年12月24日判時955号73頁はXの請求を一部認容したため、東京都が上告し、Xも附帯上告した。最高裁判所第三小法廷は、東京都の上告を棄却し、Xの附帯上告も棄却した。

 判旨:「関係地方公共団体において、当該建築確認申請に係る建築物が建築計画どおりに建築されると付近住民に対し少なからぬ日照阻害、風害等の被害を及ぼし、良好な居住環境あるいは市街環境を損なうことになるものと考えて、当該地域の生活環境の維持、向上を図るために、建築主に対し、当該建築物の建築計画につき一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合においては、社会通念上合理的と認められる期間建築主事が申請に係る建築計画に対する確認処分を留保し、行政指導の結果に期待することがあつたとしても、これをもつて直ちに違法な措置であるとまではいえない」。しかし、「右のような確認処分の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確にしている場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない筋合のものであるといわなければならず、建築主が右のような行政指導に不協力・不服従の意思を表明している場合には、当該建築主が受ける不利益と右行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは、違法であると解するのが相当である」。そのため、「いつたん行政指導に応じて建築主と付近住民との間に話合いによる紛争解決をめざして協議が始められた場合でも、右協議の進行状況及び四囲の客観的状況により、建築主において建築主事に対し、確認処分を留保されたままでの行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められるときには、他に前記特段の事情が存在するものと認められない限り、当該行政指導を理由に建築主に対し確認処分の留保の措置を受忍せしめることの許されないことは前述のとおりであるから、それ以後の右行政指導を理由とする確認処分の留保は、違法となるものといわなければならない」。

 ●最二小決平成元年11月8日判時1328号16頁(Ⅰ-97)

 事案:武蔵野市は宅地開発指導要綱を定めた。これは、中高層建築物について住民の同意を得ること、教育施設負担金を同市に寄付することを事業主に求め、従わない場合には上下水道などについての協力を行わないというものである。A建設は、同市内にマンションを建設しようとして住民の同意を得る努力をしたが得られなかったので、市長の承認を得ずに東京都に建築確認申請をして確認を得た。同市はA建設からの給水契約の申し込みを拒否したが、A建設は建設を強行した。A建設は何度も給水契約の申し込みをしたが同市は書類を受理しなかった。こうした同市の対応が水道法第15条第1項に違反するとして、同市長が起訴された。東京地八王子支判昭和59年2月24日判時1114号10頁は同市長を罰金10万円に処し、東京高判昭和60年8月30日判時1166号41頁は同市長の控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、市長の上告を棄却した。

 決定要旨:同市長がA建設などから提出された給水契約の申込書の受領を拒絶した時期には、既にA建設が「武蔵野市の宅地開発に関する指導要綱に基づく行政指導には従わない意思を明確に表明し、マンションの購入者も、入居に当たり給水を現実に必要としていた」から「このような時期に至ったときは、水道法上給水契約の締結を義務づけられている水道事業者としては、たとえ右の指導要綱を事業主に順守させるため行政指導を継続する必要があったとしても、これを理由として事業主らとの給水契約の締結を留保することは許されないというべきであるから、これを留保した被告人らの行為は、給水契約の締約を拒んだ行為に当たる」。水道事業者である武蔵野市は、「たとえ指導要綱に従わない事業主らからの給水契約の申込であっても、その締結を拒むことは許されないというべきであ」り、同市長に「本件給水契約の締結を拒む正当の理由がなかった」。

 ●最一小判平成5年2月18日民集47巻2号574頁(Ⅰ-103)

 事案:Xは武蔵野市に3階建て賃貸マンションの建設を計画した。武蔵野市は、前掲最二小決平成元年11月8日に登場する要綱に基づいて教育施設負担金の寄付を要請した。Xは不満を抱いたが制裁などを恐れたため、市に教育施設負担金を納付した。Xは、この寄付が武蔵野市の強迫によるものであるとして意思表示の取消しを主張した上で、教育施設負担金相当額の返還を求めて出訴した。東京地方八王子支判昭和58年2月9日民集47巻2号603頁はXの請求を棄却し、東京高判昭和63年3月29日民集47巻2号610頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて、Xの主張のうち、強迫の主張を退けたが、国家賠償の請求について破棄差戻判決を出した。

 判旨:「行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に対して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損うことがない限り、違法ということはできない」が、「指導要綱は、法令の根拠に基づくものではなく、被上告人において、事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、また、これを遵守させるため、一定の手続が設けられている。そして、教育施設負担金についても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定められており、事業主の義務の一部として寄付金を割り当て、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、事業主が指導要綱に基づく行政指導に従わなかった場合に採ることがあるとされる給水契約の締結の拒否という制裁措置は、水道法上許されないものであ」る(水道法第15条第1項、前掲最二小決平成元年11月7日参照)。本件において、武蔵野市の担当者の対応からは「本件教育施設負担金の納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上で行政指導をするという姿勢は、到底うかがうことができ」ず、「右のような指導要綱の文言及び運用の実態からすると、本件当時、被上告人は、事業主に対し、法が認めておらずしかもそれが実施された場合にはマンション建築の目的の達成が事実上不可能となる水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、指導要綱を遵守させようとしていたというべきであ」り、Xに対して「指導要綱所定の教育施設負担金を納付しなければ、水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶されると考えさせるに十分なものであって、マンションを建築しようとする以上右行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、米久に教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる」から、「右行為は、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない」。

 

 3.行政指導に関する行政手続法第32条以下の規定

 ①第32条

 この規定は、行政指導の一般原則を示すものである。

 まず、第1項は、行政指導が行政機関の任務や所掌事務を逸脱するものであってはならない旨を、そして、相手方の任意の協力によってのみ、行政指導の目的が実現されるという旨を規定する。

 次に、第2項は、行政指導に従わなかったことを理由とする不利益な取り扱いの禁止を規定する。但し、法律によって、行政指導としての勧告に従わない者について改善命令や許可の取消処分(実際には撤回処分の場合が多い)をなすという構成がとられている場合には、ここにいう不利益な取り扱いに該当しない。

 この規定に関係する一つの問題として、行政指導に従わなかったものの氏名の公表がある。これについては、第19回を参照していただい。

 ②第33条

 この規定は、申請の取り下げ、または申請内容の変更を求める行政指導に関するものであり、 申請者が行政指導に従わない意思を表明した場合には、なおも行政指導を継続することなどによって申請者の権利行使を妨げるようなことをしてはならない旨が示されている。これは、申請者が一度行政指導に従うと、自分の意思で、すなわち任意に協力したものとみなされるため、大きな不利益を被っても事後的に争えなくなってしまうためである。

 ③第34条

 この規定は、許認可等の権限に関連する行政指導に関するものである。行政機関がこうした権限を行使できない場合(例、処分基準に達していない、実は処分基準として定められていない、など)、または行使する意思がない場合に、こうした権限を行使しうるという趣旨を殊更に強調することは許されない。

 ④第35条

 この規定は、行政指導の方式に関するものである。第1項は、行政指導の趣旨、内容、責任者の明確性を定める。第2項(平成26年改正により追加)は、「行政指導に携わる者」が行政機関の許認可権限等を示す場合に、私人に対して示すべき事項(権限行使の根拠となる法令の条項、要件、権限の行使が要件に適合する理由)を示さなければならない旨を定める。また、第3項は、書面交付請求に対する交付の義務を定める。さらに、第4項は適用除外に関する規定である。

 ⑤第36条

 この規定は、複数の者を対象とする行政指導についての原則を示すものである。

 ⑥第36条の2

 この規定は、平成26年改正により追加されたものであり、行政指導が法律の定める要件に適合しないと私人が思料した場合に、行政機関に対してその行政指導の中止等を求めることができる旨を規定する。行政機関は、この求めを受けて調査を行い、行政指導が法律の定める要件に適合しないと認めたときには中止等の措置をしなければならない。但し、本条が適用されるのは「法令に違反する行為の是正を求める行政指導」に限られる。

 注意:行政手続法は国の行政手続に適用されるものである。地方公共団体の行政手続については各地方公共団体の行政手続条例が適用される。

 

 4.行政指導と訴訟

 ①行政指導は事実行為である→それが違法であるとしても、一般的には処分性が認められず、取消訴訟によって争うことはできない(通説・判例)。

 但し、次の判決に注意を要する。

 ●最一小判平成16年4月26日民集58巻4号989頁

 事案:Xは食品輸入業者であり、「フローズン・スモークド・ツナ・フィレ」(冷凍スモークマグロ切り身)100kgを輸入しようとしたが、Y(成田空港検疫所長)から食品衛生法第6条に違反する旨の通知を受けた。そこで、Xはこの通知の取消を求めて出訴した。千葉地判平成14年8月9日民集58巻4号1017頁はXの請求を却下し、東京高判平成15年4月23日民集58巻4号1023頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて事件を千葉地方裁判所に差し戻した。

 判旨:食品衛生法第16条は「厚生労働大臣が、輸入届出をした者に対し、その認定判断の結果を告知し、これに応答すべきことを定めて」おり、食品衛生法違反通知書による通知は同条に根拠を置く。従って、厚生労働大臣の委任を受けたYは、Xに対して「本件食品について、法6条の規定に違反すると認定し、したがって輸入届出の手続が完了したことを証する食品等輸入届出済証を交付しないと決定したことを通知する趣旨のものということができる。そして、本件通知により」Xは「本件食品について、関税法70条2項の『検査の完了又は条件の具備』を税関に証明し、その確認を受けることができなくなり、その結果、同条3項により輸入の許可も受けられなくなるのであり、上記関税法基本通達に基づく通関実務の下で、輸入申告書を提出しても受理されずに返却されることとなる」から「本件通知は、上記のような法的効力を有するものであって、取消訴訟の対象となる」。

 ●最二小判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁(Ⅱ-167)

 事案:医師であるXは、富山県高岡市内において病院の開設を計画し、Y(富山県知事)に対し、病床数を400床として病院開設に係る医療法第7条第1項の許可の申請をした。これに対し、Yは、医療法第30条の7の規定に基づいて「高岡医療圏における病院の病床数が、富山県地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達しているため」という理由で、Xに対し、病院の開設を中止するよう勧告した。Xはこの勧告を拒否し、速やかに許可をするように求めたので、Yは病院開設の許可を出したが、同日に、富山県厚生部長名により、中止勧告にもかかわらず病院を開設した場合には昭和62年9月21日付厚生省保健局長通知において保健医療機関の指定の拒否をすることとされている旨の通知も行った。Xは、病院開設中止の勧告が医療法第30条の7に反するから違法であるなどとして、勧告の取消および保健医療機関指定拒否の旨の通知の取消を求めて出訴した。富山地判平成13年10月31日訟月50巻7号2028頁はXの請求を却下し、名古屋高金沢支判平成14年5月20日訟月50巻7号2014頁も控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、以下のように述べて病院開設中止勧告が行政事件訴訟法第3条第2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると判断し、本件を富山地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「医療法は、病院を開設しようとするときは、開設地の都道府県知事の許可を受けなければならない旨を定めているところ(7条1項)、都道府県知事は、一定の要件に適合する限り、病院開設の許可を与えなければならないが(同条3項)、医療計画の達成の推進のために特に必要がある場合には、都道府県医療審議会の意見を聴いて、病院開設申請者等に対し、病院の開設、病床数の増加等に関し勧告することができる(30条の7)。そして、医療法上は、上記の勧告に従わない場合にも、そのことを理由に病院開設の不許可等の不利益処分がされることはない。

 他方、健康保険法(平成10年法律第109号による改正前のもの)43条ノ3第2項は、都道府県知事は、保険医療機関等の指定の申請があった場合に、一定の事由があるときは、その指定を拒むことができると規定しているが、この拒否事由の定めの中には、『保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ』との定めがあり、昭和62年保険局長通知において、『医療法第三十条の七の規定に基づき、都道府県知事が医療計画達成の推進のため特に必要があるものとして勧告を行ったにもかかわらず、病院開設が行われ、当該病院から保険医療機関の指定申請があった場合にあっては、健康保険法四十三条ノ三第二項に規定する「著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」に該当するものとして、地方社会保険医療協議会に対し、指定拒否の諮問を行うこと』とされていた(なお、平成10年法律第109号による改正後の健康保険法(平成11年法律第87号による改正前のもの)43条ノ3第4項2号は、医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けてこれに従わない場合には、その申請に係る病床の全部又は一部を除いて保険医療機関の指定を行うことができる旨を規定するに至った。)」。

 「上記の医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと、医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども、当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。そして、いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく、保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから、保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たると解するのが相当である。後に保険医療機関の指定拒否処分の効力を抗告訴訟によって争うことができるとしても、そのことは上記の結論を左右するものではない」。

 いずれの判決も、事実行為としての通知や勧告が、後の行政行為(など法的な行為)につながるという制度に関するものである。従って、両判決によって行政指導が一般的に処分として取消訴訟によって争いうるようになった、と考えるべきではない。

 前掲最二小判平成17年7月15日を例にとると、この判決において勧告に処分性が認められたのは、医療法第30条の7ではなく、健康保険法第43条の3(1998年改正前)の存在であろう。医療法第30条の7による勧告そのものは、開設許可に何らの影響も与えない。しかし、健康保険法第43条の3により、保険医療機関の指定が拒否されるとすれば、病院を開設してもほとんど意味がなくなってしまう。このような構造(当時は機関委任事務の制度が存在していた)では、勧告が次の保険医療機関指定許否処分につながりうることとなる。そのため、勧告は、いわば先行処分のような機能を実質的に有することとなるのである。

 ②行政指導に従った結果として損害を受けた場合には、国家賠償法第1条に基づいて損害賠償を請求できる場合がある。前掲最一小判平成5年2月18日がその代表例である。

 ③行政指導継続中の建築確認の留保は、直接的には行政行為の不作為の違法性が問題となっているので、その不作為の違法性を理由にする不作為の違法確認訴訟または損害賠償請求によって争う。 また、行政事件訴訟法第37条の2に定められる義務づけ訴訟により争うこともできるであろう。 ④行政指導不服従の結果としての給水拒否の場合には、給水拒否の違法を争う損害賠償請求、または給水契約締結を求める訴訟によって争うことになる。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第20回 行政罰、即時強制

2015年10月12日 08時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

〔はじめにお断り〕 今回はあくまでも暫定版です。私のサイトへ正式にアップする際には「行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第19回 行政上の義務履行確保制度」と統合する可能性もあります。

 

 1.行政罰

 (1)行政罰の定義

 行政罰とは、行政法上の義務違反に対して、過去の行為に対する制裁として科せられる罰の総称である。 ここにいう義務は、法令によって科せられる場合と、法令に基づく行政行為によって科せられる場合とがある。

 行政上の強制執行は、現に存在している義務違反に対して将来的に行われるものであり、または、将来の或る時点において存在しうる義務違反に対して、さらにその先の時点において行われるものである。強制執行は、義務違反に対する制裁としての性格を持たない(仮に持つとしても、行政罰ほど濃厚ではない)。むしろ、義務違反者に義務を履行させること、それが実現されなかった場合には行政主体が自ら義務の内容を実現するか第三者に実現させることを主眼としている。

 これに対し、行政罰は、過去の行為に対する制裁であり、義務違反の状態を是正させる、あるいは自ら是正するという性格はない。仮にあるとしても、強制執行より薄い。

 行政罰は、性質によって行政刑罰と秩序罰とに分けられる。

 (2)行政刑罰

 行政刑罰とは、刑法に刑名のある罰のことである。すなわち、刑法第9条に規定される刑罰が適用されることとなる(多くの場合、懲役と罰金である)。

 行政法学や刑法学においては、行政犯(法定犯)と刑事犯(自然犯)との区別が語られる。行政犯は、行政処罰を科せられる義務違反(非行)のことであり、通説的見解によると、行政犯の行為それ自体は反道義性や反社会性を有しないが、その行為が行政目的のためになす命令・禁止に反することによって反道義性や反社会性を有するに至るということになる。

 もっとも、このような区別は絶対的なものではない。例えば道路交通法に定められる右側通行・左側通行の別のように、当初は行政犯だったものが刑事犯として扱われるようになっているというものもある。

 行政刑罰については、以前、刑法総則の適用の有無が争われていた。これは、行政刑罰と刑法第8条との関係 として議論されていたのである。有力説は、刑法第8条但し書きなどの明文で定められる場合以外に、刑法総則の適用について特別の扱いをすべきであると主張する。この立場は、過失犯などについて、行政刑罰の特殊性を強調する。しかし、刑事罰と行政刑罰との区別が相対的であることからして、行政刑罰に特殊性を強く認めなければならないということの根拠はない。また、明文の規定があれば別として、存在しない場合に、刑法総則の規定と異なる扱いをするならば、刑法の明確性の原則に抵触するおそれがある。従って、行政刑罰についても、刑法第8条に定められた原則に従うべきであると考えるのが妥当である(通説・判例)。

 刑法総則の適用の有無に関する争いは、過失犯の扱いにも関係する。上記有力説は、明文の規定がない場合であっても過失犯を罰しうるとする立場をとるのであるが、刑法第38条第1項の規定に反する。罪刑法定主義の原則からすれば、行政犯であっても、原則として故意犯のみが罰せられ、過失犯は明文の規定がなければ罰せられない、と理解すべきである〔最一小判昭和48年4月19日刑集27巻3号399頁(Ⅰ―117)も参照〕。

 但し、行政刑罰に全く特殊性がないという訳ではない。

 第一に、両罰規定がある。これは、法人の代表者、法人または本人の代理人、使用人その他従業者の違反行為について、行為者の他に、その法人または本人をも罰する規定のことである。業務主の監督上の過失を推定することもある。このような規定は刑法典に存在しない。

 そもそも、刑法典には法人を処罰する旨の規定が存在しない。

 第二に、白地刑罰法規(空白刑法) がある。これは、法律自体において、法定刑だけは明確に定められているが、刑罰を科せられる行為(すなわち、犯罪の構成要件)の具体的内容の全部または一部が、他の法律、命令などに委任されているもの をいう。

 広義では補充規範が同一法律中あるいは他の法律によって規定されている場合も含むが、狭義では、狭義の法律以外の命令または行政処分に基づく場合をいう。

 刑法典中には第94条(中立命令違背罪)のみが存在するが、行政刑罰には非常に多い。

 白地刑罰法規は、犯罪の構成要件の具体的な内容を他の規定に委任するものであるため、憲法第73条第6号但書との関連で問題となる。白地刑罰法規が合憲たるためには、いかなる基準で具体的な違反事実を定めるかの大枠を法律自体で示すことが必要となる(例.政令325号事件に関する最大判昭和28年7月22日刑集7巻7号1562頁)。また、最大判昭和49年11月6日刑集28巻9号392頁(猿払事件)は、国家公務員法第102条第1項・第110条第1項第19号・第102条の委任による人事院規則14-7を違憲でないと判断した。これに対し、少数意見は、刑事罰の対象となる行為と懲戒罰の対象となる行為を何ら区別せずに包括的委任をなすことを違憲としている。

 行政刑罰の手続は、原則として刑事訴訟法による。 しかし、例外として簡易手続が定められることがある。例として、簡易裁判所にて行われる交通事件即決裁判手続(交通事件即決裁判手続法)、国税局長・税務署長による通告処分 〔国税犯則取締法第14条~第17条、関税法第138条第1項〕、および警察本部長による交通事件犯則行為処理手続〔反則金制度。道路交通法第125条以下〕がある。このうち、通告処分および交通事件犯則行為処理手続は、犯罪の非刑罰的処理として論じられることがある。但し、通告を受けた者がこれに従わないときや、反則金納付の通告を受けた者が一定の期間の経過後も反則金を納付しなかった場合には、正規の刑事訴訟手続がとられることになる。

 (3)秩序罰

 秩序罰は、行政刑罰とは異なり、純粋な行政処罰であって、過料を科する行政処罰のことをいう。

 なお、道路交通法第125条~第132条に規定される「反則金」も行政処罰であるといえる。

 「通常の行政上の秩序罰」は、非訟事件訴訟手続法に従って地方裁判所が課すものである。但し、他の法令に別段の定めがある場合(例、住民基本台帳法第44条第2条)は簡易裁判所により課せられる。

 「地方公共団体の条例・規則違反に対する科罰」は、地方自治法第231条の3(など)に従って、地方公共団体の長が科す。期間内に納めない者については強制徴収を行うことができる。

 行政刑罰と秩序罰は、一応、別個の性質を有するものである。しかし、実際には、行政刑罰と秩序罰とを併科しうる旨を定める法律の規定が多い。そこで、刑法第39条に違反するか否かが問題となる。

 ●最二小判昭和39年6月5日刑集18巻5号189頁

 事案:この事件の被告人らは、別の裁判で住居侵入等被告事件の証人として出廷し、宣誓を行ったが、裁判官からの尋問に対し、正当な理由がないのに証言を拒んだ。そのため、被告人らは刑事訴訟法第160条による過料に処された。その後、同第161条違反として起訴された。第一審は被告人らに免訴を言い渡したが、第二審は第一審判決を破棄し、事件を差し戻す判決を下した。そのため、被告人らが上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。

 判旨:刑事訴訟法第160条は「訴訟手続上の秩序を維持するために秩序違反行為に対して(中略)科せられる秩序罰としての過料を規定したものであり」、同第161条は「刑事司法に協力しない行為に対して通常の刑事訴訟手続により科せられる刑罰としての罰金、拘留を規定したものであって、両者は目的、要件及び実現の手続を異にし、必ずしも二者択一の関係にあるものではなく併科を妨げないと解すべきであ」る。これらの規定は憲法第31条および第39条後段に違反しない。

 

 2.即時強制

 (1)即時強制と即時執行

 即時強制とは、義務の履行を強制するためにではなく、目前急迫の行政法規違反の状態を排除する必要上、義務を命ずる余裕のない場合、または、性質上義務を命じることによっては目的を達成しがたい場合に、直接、私人の身体または財産に実力を加え、これによって行政上の目的を実現することをいう。

 但し、上記の定義の中には行政機関による情報・資料収集活動も含まれている。塩野宏教授が指摘するように、即時強制の定義には「強制隔離・交通遮断のように、それ自体行政目的の実現にかかる制度」と「臨検検査、立入りの観念にみられるような行政調査の手段」とが含まれているのである※。

 ※塩野宏『行政法』〔第六版〕(2015年、有斐閣)277頁。

 行政法学においては、即時執行という概念が用いられることもある。即時執行とは、即時強制から行政機関による情報・資料収集活動を除外したものをいう。従って、即時執行は「相手方に義務を課すことなく行政機関が直接に実力を行使して、もって、行政目的の実現を図る制度」に限定される※。

 ※塩野・前掲書277頁。

 即時強制、即時執行のいずれについても、法律の根拠を必要とする。

 (2)実力を加える対象

 即時強制(即時執行)により、実力を加える対象の例をあげておこう。

 まず、身体である。例として、後に取り上げる警察官職務執行法第3条ないし第5条などをあげることができる。

 次に、家宅・事業所などである。例として、警察官職務執行法第6条、国税犯則取締法第2条などをあげることができる。

 そして、財産である。例として、銃砲刀剣類所持等取締法第11条などをあげることができる。

 (3)警察官職務執行法が定める即時強制の例

 現行法においては、行政上の強制執行と異なり、即時強制(即時執行)に関する一般法と言うべき法律は存在しない。ここでは、即時強制(即時執行)を多く定める警察官職務執行法を概観しておくこととする。

 ・個人の生命・身体・財産の保護:保護措置(第3条)。24時間が限度とされるが、延長許可も認められる。

 ・避難などの危害防止:「警告」→「引き留め」・「避難」。第4条に認められた権限である。措置は公安委員会に報告される。他の公的機関に共助が求められる。

 ・犯罪の予防・制止:第5条。生命・身体の危険または財産の重大な侵害を生ずるおそれがある場合に、犯罪を制止できる。

 ・立入権限:第6条により認められた権限である。

 ・武器の使用:第7条。但し、人に危害を加えることができるのは刑事訴訟法第213条・第210条、警察官職務執行法第7条、刑法第36条・第37条の場合に限定される。

 その他にも、行政法令の定める即時強制が存在する(例.消防法第1条)。個々の国民・住民の生命・身体の保護その他公衆衛生上の理由によるもの、風俗警察上の規制権限を行使するためのものなどがある。立入権限は、国税犯則取締法第2条・第3条、労働基準法第101条など、認める法令も多い。

 (4)行政上の強制執行(とくに直接強制)との違い

 行政上の強制執行とおよび即時強制(即時執行)には、行政権による実力行使を認めるという面において共通する点がある。とくに、行政上の強制執行の一種としての直接強制と即時強制(即時執行)は、外観上酷似しており、見分けが付きにくいこともある※。そればかりか、即時強制・即時執行が直接強制の代替として用いられる傾向にあるとも言われる。

 ※塩野・前掲書279頁注(2)や櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第4版〕(2013年、弘文堂)192頁にあげられている、道路交通法に違反する放置車両の移動の例を参照。

 しかし、行政上の強制執行と即時強制(即時執行)は、概念上において全く異なるものであり、次のように整理することができる。各自で表を作成し、まとめてみることをおすすめする。

 ・行政上の強制執行は、私人の側に履行義務が存在することを前提とする。これに対し、即時強制(即時執行)は、私人の側に履行義務が存在することを前提としない。

 ・行政上の強制執行は、法律のみを根拠としうる(代執行が条例を根拠としうるのは、行政代執行法第2条により、法律の委任を受ける場合に認められるためである。直接強制については法律に限定される)。これに対し、即時強制(即時執行)は、条例を根拠としうる(法律による委任がない場合についても同様である)。

 ・行政上の強制執行には、一応の一般法として行政代執行法がある(強制徴収については国税徴収法がある)。これに対し、即時強制(即時執行)に関する一般法は存在しない。

 (5)即時強制(即時執行)の処分性

 法律に基づいて実施する身柄の拘束、物の領置という例から明らかであるように、即時強制(即時執行)は、行政機関が行う事実行為の中でも、強制的に人の自由を拘束し、継続的に受忍義務を課す作用である。従って、即時執行(即時強制)は公権力の行使にあたる行為であり、処分性を有する。これに不服があれば、行政不服申立て・行政訴訟の手続で救済を求めなければならない(参照、行政不服審査法第2条第1項)。なお、この場合、出訴機関の制限を認めて、その起算点を身柄などの拘束時間とみるべきか、拘束時間が継続している間は、出訴期間とは無関係に随時不服申立てないし抗告訴訟を提起できるとすべきか、争いがある。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第19回 行政上の義務履行確保制度

2015年10月04日 23時38分48秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 1.行政上の強制執行

 行政上の強制執行とは、行政法上の義務を負う者がその義務を履行しない場合に、行政主体が自らその義務の履行を図る制度をいう。強制執行制度により、行政主体は、義務者に義務を履行させ、または義務があったのと同一の状態を実現することになる。

 ※行政主体とは、行政活動の担い手である法人のことである(京都大学系の行政法学者は行政体という表現を用いる)。具体的には、①国、②地方公共団体(地方自治法第2条第1項)、③公共組合、④特殊法人、⑤独立行政法人、⑥その他(認可法人、指定法人)を指す。行政主体における行政機関の一つが行政庁である(従って、行政庁自体は法人ではない)。

 民事法においては自力救済禁止の原則が適用されるが(例外は民法第720条)、行政法の場合は、行政権を行使して、迅速に必要な状態を実現しうるために、そして国民大衆の福利を実現するために、このような例外的権限を認めた。

 強制執行は、行政罰と異なる。強制執行は、義務違反状態を除去し、将来に向かって義務内容の実現を図るものである。これに対し、行政罰は、過去の義務違反を処罰するものである。

 

 2.歴史的変遷

 以下、とくに近年生じている問題を理解するためにも、ここで歴史的な制度の変遷を簡単に概観しておくこととしよう。

 大日本帝国憲法時代には、行政執行法という一般法が存在していた。この法律は、あらゆる場合に対応して様々な強制執行の手段を規定していた。これは、大日本帝国憲法の天皇主権主義とも関係することであり、行政権優位という国法体系の特徴の一端が行政執行法に表されていたのである。

 行政執行法第5条は、強制執行を3種類に分けている。ここで規定を紹介しておく(漢字は現代の字体に改めた)。

 同条第1項:「当該行政官庁ハ法令又ハ法令ニ基ツキテ為ス処分ニ依リ命シタル行為又ハ不行為ヲ強制スル為左ノ処分ヲ為スコトヲ得

  一 自ラ義務者ノ為スヘキ行為ヲ為シ又ハ第三者ヲシテ之ヲ為サシメ其ノ費用ヲ義務者ヨリ徴収スルコト

  二 強制スヘキ行為ニシテ他人ノ為スコト能ハサルモノナルトキ又ハ不行為ヲ強制スヘキトキハ命令ノ規定ニ依リ二十五円以下ノ過料ニ処スルコト」

 同条第2項:「前項ノ処分ハ予メ戒告スルニ非サレハ之ヲ為スコトヲ得ス但シ急迫ノ事情アル場合ニ於テ第一号ノ処分ヲ為スハ此ノ限ニ在ラス」

 同条第3項:「行政官庁ハ第一項ノ処分ニ依リ行為又ハ不行為ヲ強制スルコト能ハスト認ムルトキ又ハ急迫ノ事情アル場合ニ非サレハ直接強制ヲ為スコトヲ得ス」

 第1項第1号であげられているのが代執行であり(第2項も参照のこと)、同第2号であげられているのが執行罰である(これについても、第2項も参照のこと)。そして、第3項であげられているのが直接強制であり、これは最終手段として位置づけられていた。いずれも、具体的にいかなるものであるのかについては後述するが、ここで注意しておかなければならないのは、行政行為としての命令が法律に定められている場合には、そのまま、強制執行をすることが認められていた、すなわち、行政行為の執行力が当然に認められていたことである。命令について法律に明文の根拠を置きさえすれば、強制執行について別に法律の根拠を置く必要はなかったのである。この点は、日本国憲法下の法体系と異なる。

 ※行政行為の執行力については、第11回を参照し、確認しておいていただきたい。なお、行政執行法は、宇賀克也=交告尚史=山本隆司編『行政判例百選Ⅱ』〔第6版〕(2012年、有斐閣)543頁、我妻栄編集代表『旧法令集』(1968年、有斐閣)63頁などに掲載されている。

 日本国憲法の制定に伴い、行政執行法は廃止された。大日本帝国憲法時代においては、行政執行法などによって広い範囲にわたって強制執行が多用されており、重大な人権侵害を引き起こした事例も少なくなかった。法律による行政の原理の観点からしても不徹底であったと言いうる。

 そのため、強制執行の手段を制限することとなり、まずは行政代執行法を一応の一般法とし、金銭債権については国税徴収法を一般法的に扱うこととした。本来、国税徴収法は、文字通り、国税徴収に関する法律であるため、一般法そのものとは言えないが、他の多くの法律などにおいて「例による」とされているため、一般法的な扱いとなっている。

 そして、個別の法律に強制執行の規定を置くことで対応することとした。従って、日本国憲法の下においては、強制執行について当然に法律の根拠が必要であるということになる。

 また、命令(行政行為)の法律の根拠と、強制執行の法律の根拠とは異なる。すなわち、行政行為の執行力が文字通りに妥当している訳ではない。

 なお、行政代執行法は執行罰と直接強制について規定をおいていないため、執行罰と直接強制については一般法が存在しない。もっとも、強制執行の法律上の根拠ということでは、現在も問題を残している。行政代執行法などの法律が強制執行について非常に抑制的な態度を示しているためなのかもしれないが、或る意味においては大日本帝国憲法時代よりも後退していると評価しうるかもしれない。そのことを示す代表的な判例として、第04回で取り上げた最二小判平成3年3月8日民集45巻3号164頁(Ⅰ―106)がある(事案などについても、第04回を参照されたい)。

 これとは別に、法律ではなく、条例を根拠にして強制執行をなしうるか否かという問題がある。行政代執行法第2条は「法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)」と規定しており、代執行については条例も根拠となりうるのであるが、文言解釈からして、同第1条にいう「法律」に条例は含まれないと理解するしかない。

 

 3.代執行

 行政執行法時代においても、代執行は行政上の強制執行の中心的手段であったと言えるが、行政代執行法は代執行のみを規定しており、後に説明する執行罰および直接強制が個別法でもほとんど規定されていないことから、強制執行で唯一に近い手段となっている。もっとも、行政実務においては代執行が利用される頻度もかなり少ない。

 代執行とはいかなるものであるのか。ここでは、行政代執行法第2条に定められた要件を概観することによって説明をしていく。

 第一に、法律により直接成立する義務、または行政庁により命じられた行為(=行政行為によって命じられた行為)の義務が存在しなければならない。ここで、行政庁により命じられた行為は、有効なものであることが必要である(行政行為の公定力と執行力が結び付けられることになる)。

 第二に、代替的作為義務でなければならない。代執行は、行政庁自らが、または第三者がこの代替的作為義務の内容を実現し、本来の義務者から費用を徴収する手段である、とされる。作為義務であっても、他人が本人に代わってなすことのできない義務は非代替的作為義務であるから、代執行を行うことはできない。

 大阪高決昭和40年10月5日行裁例集16巻10号1756頁は、市庁舎内の組合事務所の明け渡し・立ち退きの義務に付随する組合事務所存置物件の搬出について、この搬出が独立した義務内容でなく、法律が直接命じ、または法律に基づく行政行為により命じられた義務でないことを理由として、代執行の対象にならないとしている。組合事務所存置物件の搬出そのものは代替的作為義務であるが、明け渡しおよび立ち退きの義務は非代替的作為義務であることからして、この判決は妥当であろう。

 第三に、「他の手段によつてその履行を確保することが困難で」なければならない。もっとも、「他の手段」とは何かが明白とは言い切れず、問題を残している。

 第四に、「その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められ」なければならない。義務の不履行が直ちに代執行の要件を充たす訳ではないのである。

 以上の要件が揃った上で、代執行の権限の行使については効果裁量が認められる。

 次に、行政代執行法第3条以下に定められる代執行の手続を概観しておく。

 まず、戒告(第3条第1項)がなされる。これは、代替的作為義務の履行期限を定めた上で、その期限までに履行がなされない場合に代執行をなす旨の予告であり、文書でなされなければならない。この戒告によって代替的作為義務が履行されなければ、代執行令書による通知がなされる(同第2項)。代執行令書には、代執行の時期、執行責任者、費用の概算が示されることとなっている。なお、戒告および代執行令書の手続をとることができない場合については、同第3項に定めがある。

 代執行にあたる執行責任者については、第4条による義務が課される。身分証明のための証票を携帯する義務と、要求が出た場合の呈示義務である。

 代執行は、行政庁自らが、または第三者がこの代替的作為義務の内容を実現し、本来の義務者から費用を徴収する手段である。費用を徴収することが公平の理念に合致するからであるが、その徴収方法については第5条の規定がある。また、第6条第1項は、費用納付がなされない場合の強制徴収を定めている(「国税滞納処分の例によ」ることとなっている)。

 なお、代執行自体には、義務者の身体に対する強制力がないが、物理的排除(義務者による抵抗などの排除)については、代執行への随伴機能として一定の実力行使を認める見解がある。また、警察官職務執行法が適用されることもありうる。

 最後に、代執行に対する救済制度について述べておく。戒告および代執行令書による通知は、いずれも法的行為ではなく、事実行為にすぎない。しかし、手続上で重要であり、要件を認定するものでもあるため、取消訴訟の対象となると理解する説が通説であろう。また、義務を課する行為→代執行手続中の行為という形で違法性の承継は認められない。そして、代執行が終了した場合は、戒告や代執行令書による通知についての取消訴訟の訴えの利益は消滅してしまうので、取消訴訟を提起することはできず、国家賠償請求訴訟によって適法性を争うこととなる。

 

 4.執行罰

 執行罰は、民事執行法第172条第1項において定められている執行方法と同じ性質のものであり、一定額の過料を課すことを通告して間接的に義務の履行を促し、それでも義務の履行がない場合に過料を強制的に徴収する、というものである(繰り返すことも可能である)。

 行政執行法第5条第1項第2号は、執行罰の対象を非代替的作為義務または不作為義務(の不履行)としていた。しかし、これは必ずしも論理的な制度設計によるものではないと思われる。代替的作為義務についても執行罰は可能であると考えてよいであろう※。

 ※櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第4版〕(2013年、弘文堂)186頁も「代替的作為義務についても執行罰によることは可能である」と述べ、執行罰がいかなる性質の義務に対しても実行可能であることを示している。

 現在の行政代執行法は、執行罰に関する規定を置かず、前述のように、同第1条にいう「法律」には条例を含まないと解されるから、個別の法律に根拠規定が存在しなければ、執行罰を行いえない。従って、条例に執行罰の根拠を置くことは許されない。なお、現在、執行罰の根拠規定は砂防法第36条のみであるが、そこに定められる過料が500円と低額であるため、効果は薄いとされる

 ※砂防法第36条にのみ執行罰が規定されているのは、整備漏れのためであるとも言われる。

 ただ、最近、行政法学において、執行罰の復権を主張する見解が出されている。私も、過料の額次第では有効な手段たりうると考えている。とくに、市町村レヴェルにおいては義務の性質の如何を問わずに執行罰を活用しうるであろう。法律の改正などによって条例に執行罰の根拠規定を置きうるようにすべきではないだろうか。

 なお、 執行罰は、罰という文字が使用されているが、処罰ではない。このため、行政罰と併科することも可能である。

 

 5.直接強制

 直接強制は、義務者が義務(内容を問わない)を履行しない場合に、直接、義務者の身体または財産に実力を加え、義務の履行があったのと同じ状態を実現するものである。権力的な事実行為である点において即時強制と共通するが、義務の履行を前提とする点において即時強制と異なる。直接強制を認める個別法の規定の例として、学校施設の確保に関する政令第21条、成田国際空港の安全確保に関する緊急措置法第3条第8項があるが、数は少ない。

 ※即時強制については第21回を参照されたい。

 

 6.強制徴収

 強制徴収は、国税徴収法および国税通則法により定められるものであるが、他の法律により、租税債権以外の国または地方公共団体の金銭債権で、特別の徴収手続を必要とするものについて、国税徴収法に定められる滞納処分の例によって徴収することとされている(行政代執行法上の制度ではないことに注意!)。

 強制徴収は、義務者の財産に実力を加えることであるから、直接強制の一種または変種である。

 強制徴収が認められるのは、租税債権(かつては公法上の金銭債権とされていた)などの特別なもので、おおよその基準は、大量に発生し、迅速かつ効率的に債権を満足させる必要があるというものである(このようなものに該当しなければ、民事執行法に定められる強制執行手続によることとなる)。

 国税の納税請求は、国税通則法第36による「納税の通知」から始まる。これを行わなければ、具体的な納税義務が発生しないということになる(但し、申告納税方式の場合は同第35条による)。通知は、税額、納期限および納税場所を示した納税通知書によらなければならない。納期限までに完納されない場合に、同第37条に従い、税務署長が督促を行うのであるが、督促状発布の日から起算して10日以内に完納されない場合には、おおむね以下のように滞納処分が行われることとなる。

 差押(国税徴収法第47条以下) :徴収職員(税務署長その他国税の徴収に従事する職員)によって、滞納者の財産を差し押さえる。

 財産の換価(同第89条以下) :金銭や債権などを除いた差押財産を「公売」または「随意契約による売却」の方法により金銭に換える。

 配当(同第128条以下) :順位は、滞納処分費→国税→地方税→公課など、となっている。残余金は滞納者に返還する。地方税については、例えば地方税法第66条第6項、また、その他の行政上の公課・費用については 、行政代執行法第6条第1項、土地収用法第128条第5項などを参照 。

 

 7.強制執行が可能な場合に、司法権に民事上の強制を求めることができるか?

 法律により、行政上の強制執行が許されない場合には、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることとなる(但し、後述するように、問題もある)。これに対し、行政上の強制執行が可能な場合には、基本的に、強制執行を行えばよいこととなる。しかし、金銭債権が関係する場合などには、行政上の強制執行が可能であってもそれを用いず、裁判所に民事上の強制執行手続を求めるほうがよいという場合も考えられる。それでは、行政上の強制執行が可能な場合に、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることは許されるのであろうか。

 下級審判決の中には肯定するものもみられる(例、岐阜地判昭和44年11月27日判時600号100頁)。しかし、最高裁判所の判例は、行政上の強制執行が可能な場合であれば、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることは許されない、とする。

 ●最大判昭和41年2月23日民集20巻2号320頁(Ⅰ―114)

 事案:原告Xは農業共済組合連合会であり、A市農業共済組合を構成員とする。そしてA市農業共済組合は組合員Yらを構成員としている。XはAに対して保険料や賦課金の債権を有し、AはYに対して共済掛金、賦課金、拠出金の債権を有している。Aの債権については行政上の強制徴収が認められている。しかし、農業災害補償法により、YらとAの共済関係は同時にAとXの保険関係を成立させることとされており、仮にYらがAに納付すべき共済掛金などに延滞があれば、AはXに対して保険金などを支払うことができなかった。そこで、XはAの債権を保全するため、Aに代位して共済掛金などの支払いを求める民事訴訟を提起した(民法第423条に基づく債権者代位権の行使)。第一審、第二審ともXの請求を棄却した。最高裁判所大法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。

 判旨:農業共済組合が組合員に対して有する債権について農業災害補償法第87条の2が特別の扱いを認めるのは、「農業災害に関する共済事業の公共性に鑑み、その事業遂行上必要な財源を確保するためには、農業共済組合が強制加入制のもとにこれに加入する多数の組合員から収納するこれらの金円につき、租税に準ずる簡易迅速な行政上の強制徴収の手段によらしめることが、もっとも適切かつ妥当であるとしたから」である。このような行政上の強制執行手続が設けられている以上、民事訴訟上の手段によって債権の実現を図ることは立法の趣旨に反し、公共性の強い事業に関する権能行使の適正を欠く。「元来、農業共済組合自体が有しない権能を農業共済組合連合会が代位行使することは許されない」。

 

 8.非代替的作為義務や不作為義務についての別の問題

 行政代執行法は、代執行の対象を代替的作為義務に限定しているため、非代替的作為義務や不作為義務の履行を強制するためには、法律によって行政上の強制執行が認められていない限り、民事訴訟により、義務の履行を求めることになる。しかし、最近、これを認めないとする判決も出ている。

 最近までは、民事訴訟による義務の履行が認められた例が多い。例えば、大阪高決昭和60年11月25日判時1189号39頁は、伊丹市の条例に違反する建築物に対して同市が建築中止命令を発したが全く無視されたので、この命令の履行を求めて、同市が建築続行禁止の仮処分申請を求めた、という事案につき、同市の請求を認めた。また、盛岡地決平成9年1月24日判時1638号141頁は、モーテル類似施設の建築工事続行禁止仮処分(民事保全法第23条第1項) が裁判所に請求され、これが認容された、というものである。 この他にも同様の訴訟があり、学説上もこれを認める説が多かった。

 しかし、 次に取り上げる最高裁判所第三小法廷の判決は、民事訴訟による義務の履行を認めなかった。この判決については、行政法学において強い批判が出されるなど、様々な議論がなされている。少なくとも、地方公共団体、とくに市町村のまちづくり政策などに大きな影響(打撃?)を与えるものであるとも言える。

  ●最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁(Ⅰ―115)

 事案:宝塚市は「宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例」(以下、条例)を制定し、施行していた。Yは宝塚市内でパチンコ屋を営業することを計画し、宝塚市長に建築の同意を申請した。市長は同意を拒否したが、Yは同市建築主事に建築確認の申請を行ったが、市長の同意書がないことを理由に申請を受理しなかった。そこでYは、不受理処分の取消しを求めて同市の建築審査会に審査請求を行い、請求を認容する裁決を受けて工事を開始した。市長は条例第8条に基づき、建築中止命令を発したが、Yが建設を続行しようとしたため、同市は建築工事の続行禁止を求める民事訴訟を提起した。第一審判決は、条例が風俗適正化法や建築基準法に違反するとして同市の請求を棄却し、第二審も控訴を棄却した。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、破棄自判の上、宝塚市の訴えを却下した。まず、民事事件で裁判所が対象としうるのは裁判所法第3条第1項にいう「法律上の争訟」に限られるとして「板まんだら」事件最高裁判決 (最三小判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁)を引用した。その上で「国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものではあって、自己の権利利益の保護救済を求めるものということはできないから、法律上の争訟として当然似裁判所の審判の対象となるものではな」いと述べた。そして、行政代執行法が認めるのは基本的に代執行のみであること、行政事件訴訟法などの法律にも「一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起する特別の規定は存在しない」などと述べている。

 

 9.給付拒否、公表、課徴金、加算税

 既に述べたように、行政執行法は、行政上の強制執行の手段として、代執行、執行罰および直接強制をあげていた。行政代執行法は代執行のみを規定するが、行政執行法を廃止した上で制定されたものであるため、やはり代執行、執行罰および直接強制が前提となっている。しかし、行政上の義務を履行させる手段は、これら三種に限られるものではない。そこで、行政執行法の時代には存在せず、行政代執行法においても予定されていない手段をあげておく。

  (1)給付拒否

 何らかの事柄に関する私人の対応が適切さを欠いていると見られる場合に、生活に必要とされる行政サービス(例、上水道)の供給を拒否し、それによって対応の是正を図る。あるいは、拒否を留保しておくことにより、私人の行動を規制する。 現在のところ、この方法を正式に制裁手段として規定する法律はない(水道料金を支払わない私人に対し、契約違反として給水を拒否することは、ここでいう給付拒否にあたらない) が、 東京都公害防止条例や建築指導要綱(これは行政規則であり、法規としての性格を有しない)などに規定される。

 給付拒否は、 義務履行確保のための法制度として明確に位置づけられている訳ではないが、実質的にはその役割を果たしている。しかし、問題が多い。 ここで、判例をあげておくこととしよう。

 給付拒否の判例は、水道法第15条第1項にいう「正当の理由」 の有無が問題となった事例に関するものが多い。

 ●最一小判昭和56年7月16日民集35巻5号930

 豊中市内に賃貸用共同住宅を所有するXは、増築工事を行い、豊中市の建築主事に対して建築確認の申請をした。この増築部分は建築基準法に適合しなかったので建築確認が得られなかったが、Xはそのまま同市水道局に給水装置新設工事の申込みをした。水道局は、建築基準法違反の是正を行い、建築確認を受けた後に申し込むよう勧告し(給水制限実施要綱に基づいていた)、受理を拒否した。1年半ほど後になり、Xは給水装置工事の申込みをした。これは受理され、工事が完成した。Xは、最初の申請の受理を拒否したことが水道法第15条第1項に違反するとして損害賠償を請求した。

 第一審は、最初の申請の受理が違法であるとしつつも請求を棄却し、第二審は、最初の申請の受理を拒否したことが行政指導の限界を超えているとは言えず、水道法第15条第1項に違反することが不法行為法上の違法と評価することはできないとして控訴を棄却した。

 最高裁判所第一小法廷は、最初の申請の受理を拒否することが、同市職員がXの「給水装置工事申込の受理を違法に拒否したもの」であるとして同市が「不法行為法上の損害賠償の責任を負うものとするには当たらない」として、上告を棄却した。

 この他に、第15回において取り上げた最二小決平成元年11月8日判時132816頁(Ⅰ―97)、および、第14回において取り上げた最一小判平成11年1月21日民集53巻1号13頁(志免町給水拒否事件)がある。三つの判決を比較検討していただきたい。

 (2)公表

 私人の側に義務の不履行があった場合、または私人が行政指導に従わなかった場合に、その事実を一般に公表することにより、心理的に義務を履行させようとし、または行政指導に従わせる、というものである(実定法では国土利用計画法第26条に例がある。また、条例で制度を設けることもできる)。公表自体には処分性が認められないので、事前の差止請求か事後の損害賠償請求による権利救済が可能である(但し、事後に救済する訳にいかない場合もある)。

 (3)課徴金

 広義では罰金や公課を含む(財政法第3条)が、狭義では、国民生活安定緊急措置法第11条第1項、独占禁止法第7条の2第1項などに規定されるような、法の予定するところ以上の経済的利得(これが直ちに違法となるか否かを問わない)を放置することが社会的公正に著しく反する場合に課されるものをいう。強制執行の手段ではないが、機能的に義務履行確保の手段としての性格をみせる。

  なお、このような制度については、刑事罰(罰金など)との併科として憲法第39条に違反するのではないかという疑問も生じるが、最裁平成1010月13日判 時1662号83頁は、独占禁止法第7条の2第1項に規定される課徴金について合憲としている。

 (4)加算税

 これは租税法上の義務履行確保の手段であり、国税通則法第65条以下に定められている。

 過少申告加算税は、国税通則法第65条に定められるものである。確定申告の期限内に申告書が提出された場合で、確定申告の期限後に修正申告書が提出され、または更正処分がなされた場合に課される。

 無申告加算税は、同第66に定められるものである。①確定申告の期限内に申告書が提出されなかった場合で、期限後に申告書が提出され、もしくは税額等の決定(同第25条)がなされた場合、または 、②期限後に申告書が提出され、もしくは税額等の決定がなされた後に修正申告書が提出され、もしくは更正処分がなされた場合に課される。

 不納付加算税は、同第67条に定められるものである。源泉徴収などによる国税が法定期限内に完納されなかった場合に課される。

 重加算税は、同第68条に定められるものである。過少申告、無申告または不納付が、納税すべき税額の計算の基礎となる事実の全部または一部についての隠蔽または仮想に基づいている場合に、過少申告加算税、無申告加算税または不納付加算税の代わりとして課される。

 いずれの場合についても、加算税とともに刑罰が科されることがある(所得税法、法人税法、相続税法などを参照)。これについては、二重処罰の禁止を定める憲法第39条に違反しないのか、という問題がある。

 ●最大判昭和33年4月30日民集12巻6号938頁(Ⅰ―119

 会社Xは昭和23年度の法人税について申告納税を行った。これに対し、税務署長Yは更正決定を行い、追徴税(現在の加算税に相当する)を課した。また、国税局はXが法人税の逋脱(脱税)行為を行ったとしてX自体とその担当部長を検察庁に告発した。その後両者は起訴され、有罪の判決を受けた。Xは、追徴税の課税が憲法第39条に違反するとして取消を求めたが、第一審、第二審ともに請求を棄却した。最高裁判所大法廷も、次のように述べて請求を棄却した。

 追徴税は「申告納税の実を挙げるために、本来の租税に附加して租税の形式により附加せられるものであって、これを課することが申告納税を怠ったものに対し制裁的意義を有することは否定し得ない」。しかし、法人税法による罰金が脱税者の反社会性や反道徳性に着目して制裁として科されるものであるのに対し、追徴税は「納税義務違反の発生を防止し、以って納税の実を挙げんとする趣旨に出でた行政上の措置であ」り、刑罰として科されるものではない。従って、罰金と追徴税との併科は憲法第39条に違反しない。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第23回 行政不服審査制度(その1)

2015年08月26日 08時28分56秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 はじめに

 2014(平成26)年6月6日、新しい行政不服審査法などが成立し、同月13日に公布された。新法は「公布の日から起算して二年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する」こととされており(同法附則第1条本文)、現在のところはまだその政令が公布されておらず、旧法が施行されている。そこで、まずは旧法について解説を試みる。

 

 1.行政不服審査制度とは

 行政行為など、行政庁による公権力の行使に対する不服を行政機関に対して申し立てる手続(制度)のことである。一般法として行政不服審査法が存在する。一応は私人の権利・利益の正式な救済制度として位置づけられるが、行政事件訴訟制度よりは簡略化された制度である。

 行政不服審査制度は、行政事件訴訟制度と比べ、次のようなメリットがある。

 第一に、簡易迅速性と経済性が高いことである。

 第二に、処分の妥当性・不当性の問題をも扱うことが可能であることである。行政事件訴訟の場合、処分の適法・違法の問題だけが対象となるのであり、当・不当の問題は扱われないこととなる(裁量権の逸脱や濫用は別として)。これに対し、行政不服審査の場合は、処分の当・不当の問題も扱われることとなっている。

 第三に、大量になされる処分について、争点を或る程度明確にし、裁判所の過重負担を避けうることである。

 第四に、行政にとっても自己統制を図る機会となりうる。

 

 2.行政不服審査制度の特徴(旧訴願法と比較して)

 行政不服審査制度の前身は、旧訴願法に規定された訴願制度である。旧訴願法は日本国憲法の下においても効力を維持していたが、権利・利益の救済制度としては不十分な制度であり、1962(昭和37)年、行政不服審査法の施行とともに廃止された。以下、訴願制度との比較という形で、行政不服審査制度の特徴を概観する。

 (1)不服申立て事項に対する概括主義

 旧訴願法第1条は列記主義(対象を法令で限定すること)を採用していた。これに対し、行政不服審査法は概括主義(対象を法令で限定しないこと)を採用する。

 但し、行政不服審査法第4条は、概括主義に対する例外を規定している。次のものについては、行政不服審査法による不服申立てをなすことができない。

 「他の法律に審査請求または異議申立てをすることができない旨の定めがある処分」(第1項ただし書き。ただし、第2項を参照)

 国会・裁判所・会計検査院に関係する行為(第1号~第4号)

 行政不服審査法以上に慎重な手続によって、不服を処理することとされるもの(第5号~第7号)

 処分の性質に着目して除外されているもの(第8号~第11号)

 (2)事実行為および行政庁の不作為に対する不服申立てが認められること

 旧訴願法には規定が存在しなかったし、列記主義を採っていたことから、事実行為および行政庁の不作為に対する不服申立てを認めていなかった。

 これに対し、行政不服審査法第2条は、第1項において事実行為に対する不服申立てを認める。但し、同項においては「公権力の行使に当たる事実上の行為で、人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するもの」に限定されている。

 また、同第2項は、行政庁の不作為に対する不服申立てを認めている。これについては、後に述べる。

 (3)教示制度の存在

 教示制度も、旧訴願法にはなかったものである。これについても後述する。

 この他、(4)不服申立てに関する詳細な手続規定、(5)裁決・決定における不利益変更の禁止という特徴がある。

 

 2.不服申立ての種類

 行政不服審査法に規定される不服申立ての基本は、審査請求と異議申立てである。両者の違いは不服申立てを審理・裁断する機関による。

 (1)審査請求

 処分庁または不作為庁以外の行政庁に対して行うものである(第3条第2項)。第5条第1項第1号によると、処分庁に上級行政庁がある場合に審査請求を行うことができる(ただし書きに注意すること)。原則として、処分庁の直近上級行政庁に対して行う(第2項)。なお、第1項第1号に該当しないが、法律(条例も含まれる)によって審査請求をすることができる旨が規定されている場合には、第2号により、法律または条例によって定められた行政庁に対して審査請求を行う。

 審査請求に対する判断を裁決という(第40条)。

 (2)異議申立て

 処分庁または不作為庁に対して行うものである(第3条第2項)。異議申立ては、処分庁に上級行政庁がない場合(第6条第1号)、処分庁が主任の大臣、宮内庁長官、外局、外局に置かれる庁の長である場合(同第2号)、または、法律で異議申立てを認める規定がある場合(同第3号。審査請求と異なり、条例で定めることはできない)に行うことができる。

 異議申立てに対する判断を決定という(第47条)。

 (3)不作為についての不服申立て

 上記の審査請求および異議申立ては、行政庁の作為に対する不服申立ての方法であるが、行政不服審査法は、第2条第2項において不作為に関する規定を置くこともあって、行政庁の不作為に対する不服申立ての規定を別に置いている。第7条 がその規定であり、原則として、行政庁の不作為については、異議申立て、不作為庁の直近上級行政庁に対する審査請求のいずれかを行うことができる。ただし、不作為庁が主任の大臣、宮内庁長官、外局、外局に置かれる庁の長である場合は、異議申立てのみを行うことができる。

 (4)再審査請求

 審査請求の裁決を経て、さらに別の行政機関に対して行われるものである(第3条第1項)。いわば、審査請求の上訴手続のようなものであるが、いつでも認められる訳ではなく、第8条に該当する場合にのみ、再審査請求を行うことができる。すなわち、法律または条例に再審査請求をすることができる旨の規定が存在する場合(同第1号)、または、審査請求をすることができる処分について、その処分をする権限を有する行政庁Aが権限を他の行政庁に委任している場合に、委任を受けた行政庁Bが委任に基づいて行った処分に関する審査請求についてAが審査庁として裁決をした場合(第2号)である。第2号に該当する場合は、本来の権限を有するAが処分を行った場合の審査庁(Aの上級行政庁など)に対して行う(同第2項)。

 なお、対象は、元々の処分でも裁決でもよいが、不作為は対象にならない。

 (5)審査請求中心主義

 行政不服審査法は審査請求中心主義を採る。審査請求と異議申立ては選択的なものであり、原則として、一つの処分については審査請求、異議申立てのいずれか一つしかできないこととされている。

 

 3.行政不服審査制度の要件

 (1)書面主不服申立ては、行政不服審査法第9条により、原則として書面の提出による(法律・条例で口頭によることが認められる場合もある)。また、審査請求は、処分庁を経由することもできる(これについて、第17条を参照)。

 時折、提出された書類が不服申立ての申し出なのか陳情書なのかについて問題となることがある。これについては、次に示す訴願法時代の判決が参考になる。

 ●最二小判昭和32年12月25日民集11巻14号2466頁(Ⅱ―139)

 鳥取市内で大火災が発生した後、鳥取県知事が都市計画法施行令第17条(当時)に基づいて土地区画整理施行規程を告示し、土地所有者や関係人の縦覧に供したところ、施行区域内の土地所有者から「都市計画法に基く区画整理異議申立書」が提出された。鳥取県火災復興事務所長は、この文書が同条に基づく異議の申出なのか陳情書なのかについて疑問を抱き、鳥取市長に真意を確認させたところ、提出者は陳情書であると回答した。そこで、鳥取県知事は、異議申立てがなされていないと判断して都市計画審議会の議決に付さず、施行規程などを認可し、換地予定地指定処分を行った。この処分を受けたXらが手続上の重大な瑕疵を主張し、処分の無効確認を求めた。

 鳥取地方裁判所はXの請求を認容したが、広島高等裁判所松江支部はXの請求を棄却し、最高裁判所第二小法廷も、本件の文書が都市計画法施行令第17条(当時)による異議の申出であるのか陳情であるのかは、当事者の意思解釈の問題に帰すると述べて、Xの上告を棄却した。

 (2)不服申立ての対象

 行政不服審査法第1条第1項は、「行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開く」としているので、不服申立ての対象は「処分」などの「公権力の行使に当たる行為」に限定されている。問題はここにいう「処分」の意味である。

 同第2条第1項において、「処分」について一応の定義 がなされているが、規定の仕方は公権力の行使による事実行為のうち、継続的性質を有するものを含めるというものであり、正面から「処分」を定義する形にはなっていない。

 このことから、ここにいう「処分」は公権力の行使による「作為」一般と考えられる。次のようなものが該当する。

 a.行政庁が法令に基づき、公権力を行使して(すなわち優越的立場で)、国民・住民に対して、個別的・具体的に法律上の効果を発生させる行為

 これは、行政法学の行政行為を指すものである。但し、行政不服審査法による処分は除外される。また、他の法令により、行政不服審査法による審査請求または異議申立てができない処分も存在する。

 b.公権力の行使にあたる事実行為であって「人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するもの」

 その例として、出入国管理及び難民認定法第39条による外国人の送還前の収容、食品衛生法第17条による食品等の収去などがあげられる。

 しかし、具体的な「処分」の意味については、行政事件訴訟法第3条第1項と同様の解釈問題がある。これについては、第25回において取り上げる 。

 既に述べたように、行政事件訴訟法と異なり、行政不服審査法の下においては、違法な「処分」の他、不当な「処分」をも対象としうる。なお、不当な処分は、主に裁量行為を意味する。行政事件訴訟において、裁量行為は、裁量権行使に逸脱・濫用がなければ対象とならないのが原則である(行政事件訴訟法30条)。これに対し、行政不服審査制度の下においては、裁量権行使に逸脱・濫用がなかったとしても、裁量権行使の是非を巡って争いうることになる。

 なお、処分をした行政庁を処分庁という(行政不服審査法第3条第2項)。

 (3)「不作為」

 不作為とは、行政庁が、法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分など、公権力の行使に該当する行為をすべきにもかかわらず、これをしないことをいう(第2条第2項)。不作為に係る行政庁を不作為庁という(第3条第2項)。

 (4)不服申立ての期間

 不服申立ては、権利・利益に関する争訟手段の一つであり、いつでも、いつまでも提起できるという訳ではない。行政不服審査法は、それぞれの不服申立て方法に応じて一定の期間を定めている。これが行政行為の不可争力(形式的確定力)についての実定法上の根拠ともなっている。

 ①審査請求

 行政不服審査法第14条は、審査請求の期間について、主観的な期間と客観的な期間とに分けている。中心は主観的審査請求期間であり、「処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六十日以内(当該処分について異議申立てをした場合は、当該異議申立ての決定がなされたことを知つた日の翌日から起算して三十日以内)」とされている(第14条第1項本文。天災などの場合については同項ただし書きおよび第2項を参照)。これに対し、客観的審査請求期間は、原則として、処分がなされた日の翌日から起算して一年以内とされている(第3項)が、公示送達の場合など、限られた場合にしか適用されない。

 主観的審査請求期間に関連して、処分が名宛人に対して個別に通知される場合は、処分があったことを名宛人が現実に知った日が「処分があつたことを知った日」となる。たとえば、通知書が名宛人の住居に到着した日である。但し、次の判例に注意されたい。

 ●最一小判平成14年10月24日民集56巻8号1903頁(Ⅱ―140)

 事案:群馬県知事は、都市計画法第59条第1項に基づいて、平成8年9月5日に前橋都市計画道路事業3・4・26号県道の認可をし、同月13日に同法第62条第1項に基づいてその告示をした。被上告人(原告)は、同年12月2日、建設大臣(当時)に対して県知事の認可の取消しを求める審査請求をしたが、建設大臣は、行政不服審査法第14条第1項に定められた審査請求期間はこの認可の告示の日の翌日から起算すると解し、この期間の徒過を理由として審査請求を却下する裁決をした。そこで被上告人が裁決の取消しを求めて出訴した。東京地判平成11年8月27日は被上告人の請求を棄却したが、東京高判平成12年3月23日判時1718号27頁は、「処分があつたことを知つた日」とは現実に知った日を意味するなどとして東京地裁判決を取り消し、建設大臣の裁決を取り消した。建設大臣が上告し、最高裁判所第一小法廷は東京高裁判決を取り消し、被上告人の請求を棄却した。

 判旨:行政不服審査法第14条第1項本文にいう「処分があつたことを知つた日」とは「処分がその名あて人に個別に通知される場合には、その者が処分のあったことを現実に知った日のことをいい、その者が処分のあったことを知り得たというだけでは足りない」が、「都市計画法における都市計画事業の認可のように、処分が個別の通知ではなく告示をもって多数の関係権利者等に画一的に告知される場合には、そのような告知方法が採られている趣旨にかんがみて、上記の『処分があつたことを知つた日』というのは、告示があった日をいうと解するのが相当である」。

 ②異議申立て

 異議申立て期間についても主観的な期間と客観的な期間とに分けられており、主観的異議申立て期間は「処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六十日以内」とされている(第45条)。これに対し、客観的異議申立て期間は、第48条により、第14条第3項を準用することとなっている。

 ③再審査請求

 再審査請求についても期間が設けられており、やはり主観的な期間と客観的な期間とに分けられている。主観的再審査請求期間は「審査請求についての裁決があつたことを知つた日の翌日から起算して三十日以内」とされており(第53条)、客観的再審査請求期間は、第56条により、第14条第3項を準用することとなっている。

 ④不作為についての不服申立て

 以上の①②③は、いずれも行政庁の作為に関するものであるが、不作為についてはこれらと異なる扱いが必要である。

 不作為はいつまで続くかわからないので、不作為が続く間であれば不服を申し立てることが可能でなければならない。そのため、行政不服審査法には、不作為についての不服申立ての期間に関する規定は存在しない。また、第14条第3項の準用などもなされない。結局、不作為については不服申立て期間がないから、不作為が続く間であれば不服を申し立てることが可能である。

 (5)不服申立て人となる資格を有する者(不服申立て適格を有する者)

 いかなるものが不服申立てを提起することが可能であるのか。これは、行政事件訴訟法における原告適格とともに大きな問題とされている。

 行政不服審査法第4条によると、違法または不当な処分により、直接に自己の権利利益を侵害された者は、不服申立て人となる資格を有する。また、同条は「直接に自己の権利利益を侵害された」とは言えなくとも 「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある者」も不服申立て人となる資格を有する、と定めている。この要件を充たすのであれば、処分の相手方か第三者か、自然人か法人かは不問である。しかし、既に述べたように、行政事件訴訟法第9条と同様の問題がある(規定を見比べていただきたい)。ここで、判例を概観しておく。

 ●最三小判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁(主婦連ジュース訴訟、Ⅱ―141)

 事案:公正取引委員会は、社団法人日本果汁協会などの申請に基づき、果汁飲料等の表示に関する公正競争規約を認定した。これに対し、主婦連などは、この認定が不当景品類及び不当表示防止法第10条第2項第1号ないし第3号の要件に適合せず不当であるとして、公正取引委員会に不服申立てをした。公正取引委員会は、主婦連などに不服申立て適格がないとして却下審決を出した。そこでこの審決の取消しを求める訴訟が提起されたが、第一審東京高等裁判所は請求を棄却し、最高裁判所第三小法廷も上告を棄却した。

 判旨:不当景品類及び不当表示防止法第10条第6項にいう「公正取引委員会の処分について不服があるもの」とは、一般の「処分」についての不服申立ての場合と同様に「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある者」をいう。そして、「法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定のものが受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである」。不当景品類及び不当表示防止法の目的は公益の保護であって、一般消費者の受ける利益は「反射的な利益ないし事実上の利益」にすぎず、法律上保護された利益ではない。」

 この判決は、行政不服申立ての利益を行政事件訴訟における訴えの利益と同様に解している。

 ●最一小判昭和56年5月14日民集35巻4号717頁(Ⅱ―142)

 事案:某市議会議員のXは、同じ市議会議員のAが当選後の4ヶ月間に同市の廃棄物収集業務を請け負っている会社の取締役の地位にあり、地方自治法第92条の2に違反しているとして、同法第127条第1項によるAの議員資格の有無に関する決定を求めた。市議会はAが議員資格を有するという決定をしたので、Xは知事Yに審査の申立てをしたが、Yは却下裁決を出した。そこで、Xは却下裁決の取消を求めて出訴した。第一審および第二審は請求を認容したが、最高裁判所第二小法廷は第二審判決を破棄し、Xの請求を棄却した。

 判旨:地方自治法第127条第1項による決定は「特定の議員について右条項の掲げる失職事由が存在するかどうかを判定する行為で、積極的な判定がされた場合には当該議員につき議員の職の喪失という法律上の不利益を生ぜしめる点において一般に個人の権利を制限し又はこれに義務を課する行政処分と同視せられるべきものであって、議会の選挙における投票の効力に関する決定とは著しくその性格を異に」する。そのため、「不服申立をすることができる者の範囲は、一般の行政処分の場合と同様にその適否を争う個人的な法律上の利益を有する者に限定されることを当然に予定し」ているのであって、その決定によって職を失うことになる当該議員に対して不服申立ての権利を与えたものにすぎない。

 以上は行政庁の作為についてであるが、行政庁の不作為については第7条に規定がある。これによると、不服申立て人となる資格を有する者は、法令に基づいて当該不作為に係る処分その他の行為を申請した者である。

 既に述べたように、不服申立て人となる資格は、要件を満たす者であればよいのであって、処分の相手方か第三者か、自然人か法人かは不問である(なお、第10条ないし第13条を参照)。但し、民衆争訟は原則として認められない(例外の代表として、公職選挙法第202条・第206条を参照)。

 

 4.教示制度

 ①必要的教示

 行政不服審査法第57条第1項に定められる。行政処分の決定通知書の末尾に、必ず、不服申立てのできること、不服申立てをすべき行政庁、不服申立て期間が記載される。審査請求・異議申立ては勿論、他の法令に基づく不服申立てにも適用される。

 ②利害関係人の請求による教示(第57条第2項・第3項)

 ③教示すべき場合に行政庁が教示をしなかった場合の不服申立て

 第58条に定められている。この場合には、当該行政庁に不服申立書を提出することができる〔第1項。また、第2項により、第15条(第3項を除く)が準用される〕。当該処分が審査請求をすることができる処分であって、異議申立てをすることができないものである場合には、処分庁が「すみやかに、当該不服申立書の正本を審査庁に送付しなければならない(第3項。他の法令により、処分庁以外の行政庁に不服申立てをすることができる処分である場合も、同様の扱いをする)。第3項によって正本が審査庁に送付された場合、「はじめから当該審査庁又は行政庁に審査請求又は当該法令に基づく不服申立てがされたものとみな」され(第4項)、第1項によって不服申立書が提出された場合、「はじめから当該処分庁に異議申立て又は当該法令に基づく不服申立てがされたものとみな」される(第3項の場合を除く。第5項)。

 ④誤った教示と救済措置

 審査請求と異議申立てと区別して規定されている。

 審査請求をすることができる処分について、誤って審査庁でない行政庁Aを審査庁として教示した場合に、Aに審査請求がなされたときには、審査請求書の正本および副本を処分庁と審査庁に送付し、審査請求人に通知しなければならない(第18条)。また、処分庁が誤って法定の期間よりも長い期間を審査請求期間として教示した場合には、その教示された期間内に審査請求がなされたならば、法定の審査請求期間内に審査請求がなされたものとして扱う(第19条)。

 異議申立てをすることができる処分について、誤って審査請求をなしうると教示した場合に、その行政庁に審査請求がなされたときには、審査請求書を処分庁に送付し、審査請求人に通知しなければならない(第46条)。また、処分庁が誤って法定の期間よりも長い期間を審査請求期間として教示した場合には、第48条によって第19条が準用されるため、処分庁が誤って法定の期間よりも長い期間を異議申立て期間として教示した場合には、その教示された期間内に異議申立てがなされたならば、法定の異議申立て期間内に異議申立てがなされたものとして扱う。

 処分について異議申立てをすることができる場合には、異議申立てについての決定を経なければ審査請求を行うことができないが、処分庁が異議申立てをすることができる旨を教示しなかった場合には、異議申立てについての決定を経なくとも審査請求を行うことができる(第20条第1号)。

 また、審査請求が不適法であるが補正が可能である場合には、相当の期間内に補正を命じなければならない(第21条。第48条により、異議申立てについても同様)。

 

 5.不服申立ての審理手続

 以下、主に審査請求について扱う。

 (1)不服申立ての効果

 ①行政庁が不服申立てを受理した場合

 不服申立人は、裁決または決定が行政庁によってなされるまで、文書によって「いつでも審査請求を取り下げることができる」(第39条。第48条、第52条第2項および第56条により準用される)。取り下げがあるまでは、受理の法理に従うことが必要とされる。

 ②執行不停止の原則(第34条・第48条・第56条)

 不服申立てがなされた場合、原則として、処分の効果は維持される。すなわち、処分の効果は停止しない(第34条第1項。第48条および第56条により準用される)。例外は、執行停止がなされうる場合などである。

 第34条第2項は、「処分庁の上級行政庁である審査庁」が「必要があると認めるときは、審査請求人の申立てにより又は職権で、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止その他の措置(以下「執行停止」という。)をすることができる」と定める。この規定は第48条および第56条により準用されるので、結局、不服審査全般について、処分庁の上級行政庁たる審査庁、または異議申立てを受けた処分庁が、不服申立人の申立てまたは職権により、執行を停止することができる、ということになる。但し、不服審査庁が「必要があると認めるとき」に執行停止をなしうると定められているので、不服審査庁に要件裁量および効果裁量が認められることとなる。

 第34条第3項は、「処分庁の上級行政庁以外の審査庁」が「必要があると認めるときは、審査請求人の申立てにより、処分庁の意見を聴取したうえ、執行停止をすることができる。ただし、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止以外の措置をすることはできない」と定める。この規定は第56条により準用されるので、審査請求および再審査請求の場合には、処分庁の上級行政庁以外の審査庁が、不服申立人の申立てにより、処分庁の意見を聴取した上で、執行を停止しうる、ということになる。なお、異議申立ての場合はこの趣旨が妥当しない。

 第34条第4項は、「前二項の規定による審査請求人の申立てがあつた場合において、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があると認めるときは、審査庁は、執行停止をしなければならない。ただし、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、処分の執行若しくは手続の続行ができなくなるおそれがあるとき、又は本案について理由がないとみえるときは、この限りでない」と定める。

 また、同第5項は「審査庁は、前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする」と定める。  両規定は第48条および第56条のいずれにおいても準用されており、不服審査全般について、全ての審査庁・処分庁が執行停止義務を負う場合があることが示されている。もっとも、その判断については審査庁・処分庁に一定程度の裁量が認められるものと解される。

 以上は例外的に執行停止が可能である場合を、条文を基に示したものである。これに対し、執行停止ができない場合もある。第34条第6項は「第二項から第四項までの場合において、処分の効力の停止は、処分の効力の停止以外の措置によつて目的を達することができるときは、することができない」と定める(第48条および第56条において準用される)。もっとも、これに関する判断も審査庁・処分庁の裁量が認められるであろう。

 執行停止をなすかなさないかについては、以上の諸規定から明らかであるように、審査庁・処分庁の裁量に委ねられている。それだけに、執行停止の申立てについては、早く決定がなされる必要がある。そこで、第34条第7項は「執行停止の申立てがあつたときは、審査庁は、すみやかに、執行停止をするかどうかを決定しなければならない」と定める。この規定は第48条および第56条により準用される。

 なお、一旦なされた執行停止が「取り消される」こともある(この「取り消される」というのは、文字通りの「取り消される」の他、「撤回される」の意味も含まれると考えられる)。第35条は「執行停止をした後において、執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼし、又は処分の執行若しくは手続の続行を不可能とすることが明らかとなつたとき、その他事情が変更したときは、審査庁は、その執行停止を取り消すことができる」と定める。この規定は第48条および第56条により準用されるので、異議申立ておよび再審査請求についても妥当することになる。執行停止そのものが例外とされているのではあるが、執行停止の「取消」についても不服審査庁の裁量に委ねられることとなる。しかし、執行停止が不服申立人の利益になるものであり、それを「取り消す」訳であるから、広範な裁量が認められると解するべきではなかろう。

 (2)不服申立ての審理手続

 ここでも、主に審査請求について概説することとする。

 まず、不服申立ての要件が審理されることとなる。これが「要件審理」である。ここでいう要件は、不服申立て適格の具備、不服申立て期間の遵守(など)を指す。不服申立てが要件を欠くことが判明した場合には、不服審査庁はその不服申立てを却下しなければならない。

 要件を欠いていない不服申立てについては「本案審理」がなされる。これは、不服申立ての内容(趣旨と原因)を審理することを意味する。

 不服申立ての審理手続については、次に示すような特質がある。

 ■職権主義  行政事件訴訟など、裁判所における手続については、基本的に当事者主義が妥当するものとされている。これに対し、行政不服審査制度については職権主義の原則が採用されている。とくにそのことがよく現われているのは、職権証拠調べに関する諸規定である。以下、その諸規定をあげておく。

 第27条:「審査庁は、審査請求人若しくは参加人の申立てにより又は職権で、適当と認める者に、参考人としてその知つている事実を陳述させ、又は鑑定を求めることができる。」

 第28条:「審査庁は、審査請求人若しくは参加人の申立てにより又は職権で、書類その他の物件の所持人に対し、その物件の提出を求め、かつ、その提出された物件を留め置くことができる。」

 第29条第1項:「審査庁は、審査請求人若しくは参加人の申立てにより又は職権で、必要な場所につき、検証をすることができる。」

 同第2項:「審査庁は、審査請求人又は参加人の申立てにより前項の検証をしようとするときは、あらかじめ、その日時及び場所を申立人に通知し、これに立ち会う機会を与えなければならない。」

 第30条:「審査庁は、審査請求人若しくは参加人の申立てにより又は職権で、審査請求人又は参加人を審尋することができる。」

 以上は、第48条、第52条および第56条により、異議申立て、不作為についての不服申立て、および再審査請求について準用される。

 また、明文の規定はないが、職権探知(当事者の主張していない事実を職権で取り上げて存否を調べること)も認められている。但し、職権探知は義務とされていない。

 ■書面審理主義(第25条)  第25条第1項本文は「審査請求の審理は、書面による」と定める。これが書面審理主義であり、原則とされているが、審査請求人の申立てがあった場合には、口頭による意見陳述の機会を与えなければならない(同第1項ただし書き)。また、法律によって、公開による口頭審理を定めることもある。

 ●最一小判平成2年1月18日民集44巻1号253頁(Ⅱ―144)

 事案:某市長は、X所有の宅地に対する固定資産税につき、課税標準である価格を決定した上で固定資産課税台帳に登録し、縦覧に供した。Xは縦覧をし、Y(市固定資産評価審査委員会)に対し、登録価格に関する不服を申し立てるため、審査の申出をし、口頭での審理も申請した。口頭審理などが行われた結果、YはXの申出を棄却する決定を出した。これについて、Xは重大な手続の瑕疵を理由として棄却決定の取消を求めて出訴した。第一審はXの請求を棄却したが、第二審は請求を認容したので、Yが上告した。最高裁判所第一小法廷は第二審判決を破棄し、第二審に事件を差し戻した。

 判旨:地方税法第433条第1項による口頭審理の制度は、審査申出人に対して主張や証拠の提出の機会を与えるものであるが、簡易迅速な権利救済を図るものであって「民事訴訟におけるような厳格な意味での口頭審理の方式が要請されていない」。また、Yが口頭審理を行う場合でも、口頭審理外で職権による事実の調査を行うことは妨げられておらず、審査申出人に立会いの機会を与えることも法律上は要求されていない。本件においては調査結果の取り扱いなどに違法な点がない。

 ▲なお、第25条は第48条、第52条および第56条により準用される。

 ▲審査庁が審査請求を受理した後について、第22条ないし第24条の規定を紹介しておく。

 第22条第1項:「審査庁は、審査請求を受理したときは、審査請求書の副本又は審査請求録取書の写しを処分庁に送付し、相当の期間を定めて、弁明書の提出を求めることができる。」

 同第2項:「弁明書は、正副二通を提出しなければならない。」

 同第3項:「前項の規定にかかわらず、情報通信技術利用法第三条第一項の規定により同項に規定する電子情報処理組織を使用して弁明がされた場合には、弁明書の正副二通が提出されたものとみなす。」

 同第4項:「前項に規定する場合において、当該弁明に係る電磁的記録については、弁明書の正本又は副本とみなして、次項及び第二十三条の規定を適用する。」

 同第5項:「処分庁から弁明書の提出があつたときは、審査庁は、その副本を審査請求人に送付しなければならない。ただし、審査請求の全部を容認すべきときは、この限りでない。」

 (第22条は審査請求に特有の手続を定めるため、第52条第2項により、不作為についての審査請求に関してのみ準用される。)

 第23条:「審査請求人は、弁明書の副本の送付を受けたときは、これに対する反論書を提出することができる。この場合において、審査庁が、反論書を提出すべき相当の期間を定めたときは、その期間内にこれを提出しなければならない。」

 (第23条も審査請求に特有の手続を定めるため、第52条第2項により、不作為についての審査請求に関してのみ準用される。)

 第24条第1項:「利害関係人は、審査庁の許可を得て、参加人として当該審査請求に参加することができる。」

 同第2項:「審査庁は、必要があると認めるときは、利害関係人に対し、参加人として当該審査請求に参加することを求めることができる。」

 (第24条は、第48条および第56条により、異議申立ておよび再審査請求に関して準用される。)

 また、審査請求において申立人に口頭で意見を述べる機会が与えられた場合には、第25条第2項により「審査請求人又は参加人は、審査庁の許可を得て、補佐人とともに出頭することができる」(第48条、第52条および第56条により準用される)。

 証拠調の基本的な対象は、審査請求人(または参加人)の提出する証拠書類・証拠物である。それらの提出期間については、審査庁が定めうる(第26条 。第48条、第52条および第56条により準用される)。処分庁も、その処分の理由となった事実を証する書類その他の物件を提出できる(正当な理由なく閲覧を拒めない。第33条 。第52条および第56条により準用される)。

 審査庁に与えられた証拠調の権限について、第27条~第30条 を参照。他に第31条・第32条 、その他の手続・処置について第36条~第38条を参照。

 (3)裁決・決定

 いずれも、書面で行われる。裁決については第41条、決定については第47条(第41条を準用)。なお、再審査請求の裁決については第56条によって第41条が準用されることとなるが、不作為についての不服申立てについては第41条第2項が準用されないので、注意が必要である。

 裁決の種類は、次のようになっている(第40条、第50条、第51条。第48条および第56条で第40条を準用)。

 ①却下裁決(第40条第1項、第50条第1項および第51条第1項) 審査請求が要件を欠き、不適法なときに下される。

 ②棄却裁決(第40条第2項および第51条第2項) 審査請求が理由のないものである場合に下される。

 《③以下は認容裁決》

 ③取消裁決(第40条第3項) 事案に応じて、処分の「一部又は全部を取消す」。

 ④宣言裁決(第40条第4項・第5項。撤廃命令または変更命令) 事案に応じて、事実行為の「一部又は全部の撤廃(または変更)」を命じ、宣言する。

 ⑤変更裁決(第40条第5項。変更命令) 事案に応じて、処分を変更し、または処分庁に対して処分を変更すべきことを命ずる。この場合は、審査請求人の不利益になるような変更は許されない。

 ⑥事情裁決(第40条第6項) 処分が違法または不当であっても、取り消しや撤廃が公の利益に著しい障害を生じる場合に、処分が違法または不当であることを宣言しつつ、審査請求を棄却する裁決。 形式的には棄却裁決であるが、実質的には認容裁決であると言える。

 ⑦不作為庁の措置(第50条第2項) 裁決などとは異なるが、不作為庁が、申請に対する何らかの行為を行い、または書面で不作為の理由を示さなければならない、とされている。

 ⑧不作為違法の宣言裁決(第51条第2項) 審査庁が不作為庁に対して何らかの行為を行うことを命じ、宣言する。

 裁決・決定の効力は、次の通りである。

 ①いずれも、行政行為としての公定力や不可争力を生じる。

 ②認容裁決は、「関係行政庁」に対する拘束力を有する(第43条)。

 ③裁決の効力が生ずるのは、審査請求人(第三者が審査請求人である場合の認容裁決については処分の相手方)に送達(公示送達も)をするときである。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第22回 行政調査

2015年08月03日 08時34分28秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 1.行政調査とは何か

 行政調査とは、簡単に言えば行政活動の一環としての調査のことであるが、厳密に定義がなされている訳ではない。行政調査を広く捉えるならば、 国勢調査などの統計調査も含まれるが、行政法学や租税法学でとくに問題となるのが、税務調査など、特定の具体的処分の前提となる(あるいは関連する)ものである。調査には質問・立入・検査などの態様があり、任意調査(事実行為)、実効性が刑罰によって担保されるもの、物理的実力行使が認められるものなどがある

 ※かつて、行政調査は即時強制の箇所において扱われていた。しかし、最近は、租税法学の影響もあり、行政調査を独立した項目として扱うのが一般的である。行政調査の中には、後に触れるように、「直接、私人の身体または財産に実力を加え、これによって行政上の目的を実現すること」という即時強制の定義に沿うものもあるが、沿わないものもあるので、即時強制とは異なる制度として扱うのが妥当であろう。なお、現在は行政調査を情報の収集・管理の一環として理解することも多い。

 

 2.行政調査の種類

 既に述べたように、行政調査について厳密な定義がなされていないこともあって、行政調査と位置づけられるものは多い。ここで、宇賀克也『行政法概説I行政法総論』〔第5版〕(2013年、有斐閣)148頁を参照しつつ、一応の分類を試みる。

 ①純粋な任意調査

 法的拘束力を欠き、相手方が調査に応ずるか否かを任意に決めることができるものである。事実行為に留まり、相手方には何らの協力義務もないため、行政作用法上の根拠を必要としない。

 ②相手方について調査に応ずる義務が法定されているが、その義務を強制する仕組みがないもの(警察官職務執行法第6条第2項など)

 ③相手方が調査を拒否した場合には給付が拒否されるというもの(生活保護法第28条など)

 ④相手方が調査に応じない場合、または応じたとしても十分な資料を提示しない場合には、相手方自身に不利益な事実があったとみなされるというもの

 ⑤間接的強制調査(準強制調査)

 相手方が調査を拒否した場合には罰則(刑罰など)が適用されることにより、間接的に調査の受諾を強制するものである。言い換えれば、質問検査権の行使の相手方は、質問に答えるか否か、検査に応ずるか否かについて、一応の自由を有するが、検査の拒否、妨害または忌避に対しては刑罰が科される。実効性が罰則によって担保されることにより、行政調査の妨害が防止されるのである。

 注意しなければならない点は三つある。第一に、あくまでも間接的に調査の受諾を強制するものであるから、相手方の抵抗(質問への無回答、資料の提示・提出の拒否など)を排除して調査を継続し、臨検、捜索、押収などをなしうるものではない。

 第二に、間接的強制調査の権限を犯罪捜査のために行うことは許されない※。

 ※なお、国税犯則取締法第1条もこの種の調査を規定するが(罰則は国税犯則取締法第19条ノ2で、間接国税に限られている)、上記のものと違い、当初から犯則調査を目的としている。この場合、検査の相手方には受忍義務が課されることとなるが、その相手方に直接、検査を強制する方法は規定されていない。

 第三に、実効性を罰則により担保するという性格を有するため、行政作用法上の根拠を必要とする。

 この種の行政調査を代表するのが、国税通則法第7章の2(第74条の2以下)に規定される税務調査であり、罰則は同第127条第2号および第3号に定められる。ここでは、第74条の2、第74条の8および第127条を紹介しておく。

 第74条の2:「国税庁、国税局若しくは税務署(以下「国税庁等」という。)又は税関の当該職員(税関の当該職員にあつては、消費税に関する調査を行う場合に限る。)は、所得税、法人税、地方法人税又は消費税に関する調査について必要があるときは、次の各号に掲げる調査の区分に応じ、当該各号に定める者に質問し、その者の事業に関する帳簿書類その他の物件(税関の当該職員が行う調査にあつては、課税貨物(消費税法第二条第一項第十一号(定義)に規定する課税貨物をいう。第四号イにおいて同じ。)又はその帳簿書類その他の物件とする。)を検査し、又は当該物件(その写しを含む。次条から第七十四条の六まで(当該職員の質問検査権)において同じ。)の提示若しくは提出を求めることができる。

 一 所得税に関する調査 次に掲げる者

  イ 所得税法の規定による所得税の納税義務がある者若しくは納税義務があると認められる者又は同法第百二十三条第一項(確定損失申告)、第百二十五条第三項(年の中途で死亡した場合の確定申告)若しくは第百二十七条第三項(年の中途で出国をする場合の確定申告)(これらの規定を同法第百六十六条(非居住者に対する準用)において準用する場合を含む。)の規定による申告書を提出した者

  ロ 所得税法第二百二十五条第一項 (支払調書)に規定する調書、同法第二百二十六条第一項から第三項まで(源泉徴収票)に規定する源泉徴収票又は同法第二百二十七条から第二百二十八条の三の二まで(信託の計算書等)に規定する計算書若しくは調書を提出する義務がある者

  ハ イに掲げる者に金銭若しくは物品の給付をする義務があつたと認められる者若しくは当該義務があると認められる者又はイに掲げる者から金銭若しくは物品の給付を受ける権利があつたと認められる者若しくは当該権利があると認められる者

 二 法人税又は地方法人税に関する調査 次に掲げる者

  イ 法人(法人税法第二条第二十九号の二(定義)に規定する法人課税信託の引受けを行う個人を含む。第四項において同じ。)

  ロ イに掲げる者に対し、金銭の支払若しくは物品の譲渡をする義務があると認められる者又は金銭の支払若しくは物品の譲渡を受ける権利があると認められる者

 三 消費税に関する調査(次号に掲げるものを除く。) 次に掲げる者

  イ 消費税法の規定による消費税の納税義務がある者若しくは納税義務があると認められる者又は同法第四十六条第一項(還付を受けるための申告)の規定による申告書を提出した者

  ロ イに掲げる者に金銭の支払若しくは資産の譲渡等(消費税法第二条第一項第八号に規定する資産の譲渡等をいう。以下この条において同じ。)をする義務があると認められる者又はイに掲げる者から金銭の支払若しくは資産の譲渡等を受ける権利があると認められる者

 四 消費税に関する調査(税関の当該職員が行うものに限る。) 次に掲げる者

  イ 課税貨物を保税地域から引き取る者

  ロ イに掲げる者に金銭の支払若しくは資産の譲渡等をする義務があると認められる者又はイに掲げる者から金銭の支払若しくは資産の譲渡等を受ける権利があると認められる者」

 (長らく、税務調査は、所得税法第234条第1項、法人税法第153条、相続税法第60条第4項など、個別の租税実体法に規定されていた。)

 第74条の8:「第七十四条の二から前条まで(当該職員の質問検査権等)の規定による当該職員の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。」

 (かつては所得税法第234条第2項、法人税法第156条、相続税法第60条第4項などが、この旨を定めていた。)

 第127条:「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 一 第二十三条第三項(更正の請求)に規定する更正請求書に偽りの記載をして税務署長に提出した者

 二 第七十四条の二、第七十四条の三(第二項を除く。)、第七十四条の四(第三項を除く。)、第七十四条の五(第一号ニ、第二号ニ、第三号ニ及び第四号ニを除く。)若しくは第七十四条の六(当該職員の質問検査権)の規定による当該職員の質問に対して答弁せず、若しくは偽りの答弁をし、又はこれらの規定による検査、採取、移動の禁止若しくは封かんの実施を拒み、妨げ、若しくは忌避した者

 三 第七十四条の二から第七十四条の六までの規定による物件の提示又は提出の要求に対し、正当な理由がなくこれに応じず、又は偽りの記載若しくは記録をした帳簿書類その他の物件(その写しを含む。)を提示し、若しくは提出した者」

 (かつては所得税法第242条第8号、法人税法第162条第2号、相続税法第60条第1項など個別の租税実体法に罰則が定められていた。)

 ⑥実力行使が認められる強制調査(純粋な強制調査)

 物理的な実力行使が認められる、すなわち、相手方の抵抗を排除して行いうる調査である。当然のことながら、行政作用法上の根拠を必要とする。

 国税犯則取締法第2条第1項:「収税官吏ハ犯則事件ヲ調査スル為必要アルトキハ其ノ所属官署ノ所在地ヲ管轄スル地方裁判所又ハ簡易裁判所ノ裁判官ノ許可ヲ得テ臨検、捜索又ハ差押ヲ為スコトヲ得」

 同第2項:「前項ノ場合ニ於テ急速ヲ要スルトキハ収税官吏ハ臨検スヘキ場所、捜索スヘキ身体若ハ物件又ハ差押ヲ為スヘキ物件ノ所在地ヲ管轄スル地方裁判所又ハ簡易裁判所ノ裁判官ノ許可ヲ得テ前項ノ処分ヲ為スコトヲ得」

 同第3項:「収税官吏第一項又ハ前項ノ許可ヲ請求セントスルトキハ其ノ理由ヲ明示シテ之ヲ為スヘシ」

 同第4項:「前項ノ請求アリタルトキハ地方裁判所又ハ簡易裁判所ノ裁判官ハ臨検スヘキ場所、捜索スヘキ身体又ハ物件、差押ヲ為スヘキ物件、請求者ノ官職氏名、有効期間及裁判所名ヲ記載シ自己ノ記名捺印シタル許可状ヲ収税官吏ニ交付スヘシ此ノ場合ニ於テ犯則嫌疑者ノ氏名及犯則事実明カナルトキハ裁判官ハ此等ノ事項ヲモ記載スヘシ」

 同第5項:「収税官吏ハ前項ノ許可状ヲ他ノ収税官吏ニ交付シテ臨検、捜索又ハ差押ヲ為サシムルコトヲ得」

 この規定から明らかであるように、「収税官吏」は、裁判官の許可(令状。許可状という)を得て収税官吏が臨検や捜索、または差押えを行う(最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁を参照。この場合は、行政事件訴訟法により、差押えの処分に対する取消訴訟を提起しなければならないことになる)。

 国税犯則取締法第2条による手続は、実質的に刑事訴訟法による手続と同質のものである。しかし、「証拠の収集と判定について特別の知識と経験を必要とすること」、および「犯則事件の発生件数がきわめて多く、その処理を検察官の負担にまかせることが実際問題として困難なこと」から、収税官吏により行われるものとされている※。

 ※金子宏『租税法』〔第二十版〕(2015年、弘文堂)1001頁。

 また、最一小判昭和63年3月31日判時1276号39頁は「収税官吏が犯則嫌疑者に対し国税犯則取締法に基づく調査を行つた場合に、課税庁が右調査により収集された資料を右の者に対する課税処分及び青色申告承認の取消処分を行うために利用することは許される」と述べる。すなわち、国税犯則取締法に規定される犯則調査により得られた資料を課税処分のために用いることは許される

 

 3.任意調査の範囲

 ●最三小判昭和53年6月20日刑集32巻4号670頁

 事案:本件の被告人は、東京都内で手製爆弾を警察官らに対して投げつけて傷害を負わせた他、鳥取県某市内のA銀行B支店で金銭を強奪し、逃走した。被告人は岡山県に逃走したため、同県のC警察署は緊急配備体制を敷いたところ、被告人が乗用車でD交差点付近を走行していたので、C警察署は検問を行い、被告人に対して免許証の提示を求め、職務質問を行った。被告人がボーリングバッグとアタッシュケースを持参していたため、警察官らは開披を求めたが被告人が拒否したため、被告人にC警察署への同行を求めた。警察官が被告人の同意を得ずにボーリングバッグとアタッシュケースを開けたところ、A銀行B支店の帯封がなされた札束などが見つかり、被告人は緊急逮捕された。

 東京地判昭和50年1月23日判時772号34頁は被告人に対して懲役17年の判決を言い渡した。被告人が控訴したが、東京高判昭和52年6月30日判時866号180頁は控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、被告人の上告を棄却した。

 判旨:「警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが、相当である。所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら、職務質問ないし所持品検査は、犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であつて、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。もつとも、所持品検査には種々の態様のものがあるので、その許容限度を一般的に定めることは困難であるが、所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり、捜索に至らない程度の行為であつてもこれを受ける者の権利を害するものであるから、状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである」。本件の場合は、被告人が「警察官の職務質問に対し黙秘したうえ再三にわたる所持品の開披要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため、右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであつて、所持品検査の緊急性、必要性が強かつた反面、所持品検査の態様は携行中の所持品であるバツグの施錠されていないチヤツクを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから、これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく、上述の経過に照らせば相当と認めうる行為である」。

 ●最一小判昭和53年9月7日刑集32巻6号1672頁(Ⅰ―112)

 事案:警察官が、覚醒剤中毒者と疑わしき人物Xに対して職務質問を行い、所持品の提示を求めた。Xは目薬などをポケットから出したが、警察官は他に疑わしきものがあるとして提示を求めた。Xは拒んだが、警察官はポケットに手を入れ、注射針と粉末入りのちり紙の包みを出した。この粉末を検査したところ、覚醒剤であることが判明し、Xを覚醒剤不法所持の現行犯として逮捕した。

 この事件において、Xは覚せい剤取締法違反の他に有印公文書偽造、同行使、道路交通法違反に問われていた。裁判では、警察官がXの承諾を得ないままポケットを捜索して差し押さえた物の証拠能力が争われ、大阪地判昭和50年10月3日刑集32巻6号1760頁および大阪高判昭和51年4月27日刑集32巻6号1765頁は証拠能力を否定してXを無罪としたが、最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて本件を大阪地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「警職法二条一項に基づく職務質問に附随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであるから、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、職務質問ないし所持品検査の目的、性格及びその作用等にかんがみると、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があると解すべきである」(前掲最二小判昭和53年6月20日を参照)。本件の場合はXに対する所持品検査の必要性および緊急性は是認しうるが、許容限度を逸脱したものと解すべきであり、「右逮捕に伴い行われた本件証拠物の差押手続は違法といわざるをえない」。但し、職務質問の要件は存在し、かつ所持品検査の必要性および緊急性は認められており、許容限度を僅かに超えていたのであって、「令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があつたものではなく、また、他に右所持品検査に際し強制等のされた事跡も認められないので、本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重大であるとはいいえないのであり、これを被告人の罪証に供することが、違法な捜査の抑制の見地に立つてみても相当でないとは認めがたいから、本件証拠物の証拠能力はこれを肯定すべきである」。

 ●最三小決昭和55年9月22日刑集34巻5号272頁(Ⅰ―113)

 →第4回において扱った。自動車の一斉検問の法的根拠を警察法第2条第1項と解する。

 

 

 4.行政調査の要件や手続の問題

 ①行政手続法には、行政調査に関する一般的規定は存在しない(行政手続法第3条第1項第14号を参照すること)。

 ②任意的手段による限りであっても、所掌事務と関係のない調査は許されない。この点において、一部の省庁で行われている、情報公開法に基づく開示請求に際しての法定事項以外の請求者の属性調査・情報収集は所掌事務の範囲を超えており、 情報公開法の趣旨に反するため、違法ではないかと考えられる。

 ③間接的強制調査

 このような場合、調査手続の問題もあるし、憲法第31条、第35条、第38条に違反するかも問題となる。税務調査についての事案が参考となるので、ここで取り上げておこう。

 ●最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(川崎民商事件、Ⅰ―109)

 事案:当時の川崎税務署長は、川崎民主商工会員の被告Yの所得税確定申告に過少申告の疑いを抱いた。そこでYの帳簿書類などを検査しようとしたが、Yはこれを拒んだ。そのため、Yは所得税法に規定される検査拒否罪で起訴された。第一審、第二審ともにYを有罪としたので、Yは上告したが、最高裁判所大法廷は、次のように述べて上告を棄却した。

 判旨:「憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」。しかし、税務調査が「あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、これを憲法三五条の法意に反するものとすることはでき」ない。また、税務調査は、専ら「所得税の公平確実な賦課徴収を目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもな」く、公益上の必要性と合理性が認められる。さらに、「憲法三八条一項の法意が、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであると解すべき」であり、「右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする」が、税務調査は「憲法三八条一項にいう『自己に不利益な供述』を強要するものとすることはでき」ない。

 ●最三小決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(荒川民商事件、Ⅰ―110)

 事案:荒川税務署は、荒川民主商工会員の被告Yの所得税確定申告に過少申告の疑いがあるとして調査官を派遣した。しかし、Yは息子とともに、調査官に対して調査には応じられないとして調査官を追い返したため、所得税法に規定される不答弁罪および検査拒否罪にあたるとして起訴された。第一審はYを無罪としたが、第二審は有罪としたため、Yが上告したが、最高裁判所第三小法廷は、決定で次のように述べて上告を棄却した。

 判旨:所得税法第234条第1項は「客観的な必要性があると判断される場合に」職権調査の一つとして質問や検査を行う権限を認めたものであり、「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、また、暦年終了前または確定申告期間経過前といえども質問検査が法律上許されないものではなく、実施の日時場所の事前通知、調査の理由および必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行なううえの法律上一律の要件とされているものではない」。

 ●最三小判昭和59年3月27日刑集38巻5号2037頁

 憲法第38条第1項が供述拒否権(黙秘権)の告知を義務づけるものではないと理解した上で、国税犯則取締法に供述拒否権(黙秘権)に関する規定がなく、収税官吏が質問の際にあらかじめ供述拒否権(黙秘権)の告知をしなかったからといって、憲法第38条第1項に違反するものではない、と述べている。同趣旨の判決は他にも存在する※。

 ※現在、国税通則法には「納税義務者に対する調査の事前通知等」を定める規定として第74条の9が置かれている。同第74条の10もあわせて参照されたい。

 ④質問検査権の行使(間接的強制調査)と犯則調査(実力行使を伴う強制調査)との関係

 既に引用したところから明らかであるように、国税通則法第74条の8は、質問検査権を犯罪捜査のために利用してはならないという趣旨の規定である。すなわち、当初から犯罪を捜査するために税務調査を行ってはならないのである。しかし、質問検査権を行使して税務調査を進めるうちに、何らかの犯罪容疑を裏付ける事実が発見されることもありうる。このような場合、行政調査によって得られた資料を犯則調査に利用することが可能であるのかが問題となる。

 このような行政調査(税務調査)について、犯罪捜査のために行うことは許されないという前提があるからには、仮に行政調査(検査の拒否、妨害または忌避に対する罰則を伴う)によって得られた資料を犯則調査に利用できるとすれば、憲法第38条第1項の趣旨に反することになるため、税務調査で得られた供述を犯則調査に利用し、さらに刑事裁判で証拠とするのは許されない、という考え方もある

 ※川出敏裕「税法上の質問検査権限と犯則事件の証拠」ジュリスト1291号200頁、およびそこに掲げられた諸文献を参照。

 しかし、判例は異なる態度をとる。

 ●最二小決平成16年1月20日刑集58巻1号26頁(Ⅰ―111)

 事案:X1社、X2社の統括管理者は、X2社の代表取締役にしてX1社の実質的経営者であるX3と共謀し、両社の売り上げを一部除外した上で架空の経費を計上するなどの方法によって所得を秘匿し、平成元年から平成4年までの事業年度にわたり、合計で2億9000万円ほどの法人税を免れた、として起訴された。

 問題となったのは、この起訴に至る経緯である。高松国税局調査査察部は、X1社およびX2社に対して内偵立件の決議を行い、この両社と取引関係にある者の課税実績に関する情報を収集していた。X3は税理士と相談し、その税理士が今治税務署に行き、修正申告の可否などについて相談を行った。同じ日に、今治税務署副所長と統括国税調査官が協議を行い、2名の税務署職員を調査に赴かせた。彼らは税理士の立会いの下、X1社およびX2社の事務所において調査を行い、質問などを行うとともに帳簿を預かり、預金残高に関するメモや集計票の写しを受け取り、今治税務署に戻った。統括国税調査官は、査察による調査が必要であると判断し、高松国税局調査査察部の統括主査に対して過少申告などを報告した。高松国税局調査査察部は、査察立件決議を行い、高松簡易裁判所に、X1社およびX2社の事務所などを臨検場所とする臨検・捜索・差押許可状の発布を請求した。高松簡易裁判所が許可状を発布し、その翌日に高松国税局調査査察部は証拠品を押収した。

 この事件においては、最初に税務調査が行われ、そこで得られた資料を基にして国税犯則調査が行われていたことになる。そのため、税務調査が国税犯則調査の手段として利用されたとして、法人税法第156条・第163条、憲法第31条・第35条・第38条に違反するという主張が、弁護人からなされた。しかし、松山地判平成13年11月22日判タ1121号264頁は弁護人の主張を退け、X1社、X2社およびX3の全員を有罪とした。高松高判平成15年3月13日判時1845号149頁は全員の控訴を棄却し、最高裁判所第二小法廷も全員の上告を棄却した。

 判旨:「法人税法(平成13年法律第129号による改正前のもの)156条によると、同法153条ないし155条に規定する質問又は検査の権限は、犯罪の証拠資料を取得収集し、保全するためなど、犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使することは許されないと解するのが相当である。しかしながら、上記質問又は検査の権限の行使に当たって、取得収集される証拠資料が後に犯則事件の証拠として利用されることが想定できたとしても、そのことによって直ちに、上記質問又は検査の権限が犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使されたことにはならない」。

 しかし、このように理解した場合、手続面での人権保障の意味がどうなるのかという疑問が生じよう。

 また、この決定では、税務調査の結果として得られた資料を犯則調査の資料として利用することがどこまで許されるのか、明確に述べられていない。当初から犯則調査のために税務調査をするのでなく、税務調査の結果として犯則調査に至るのは許されるということなのであろうか。しかし、これでは行政調査と犯則調査とを厳格に分離しなくともよい、という結論に至らないであろうか。

 ●最一小判昭和63年3月31日訟月34巻10号2074頁

 事案:不動産販売業のX社は青色申告の承認を受けていたが、Y税務署長はX社の売上原価の伸び率が高く、借入金および未払いの発生が多額であったことなどから税務調査を行った。他方、X社には売上原価について架空の原価を計上した疑いがあり、東京国税局査察部は査察官をX社に派遣し、臨検、捜索、差押えなどを行い、質問調査なども行った。その後、Y税務署長は前記査察調査に基づく課税資料を入手し、税務調査を行った。その結果、Y税務署長はX社への青色申告承認を取消す処分を行い、税額更正処分および重加算税賦課決定処分も行った。X社はこれらの処分の取消を求めて出訴したが、東京地判昭和61年11月10日税務訴訟資料154号458頁は請求を棄却し、東京高判昭和62年4月30日税務訴訟資料158号499頁もX社の控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷もX社の上告を棄却した。

 判旨:「収税官吏が犯則嫌疑者に対し国税犯則取締法に基づく調査を行つた場合に、課税庁が右調査により収集された資料を右の者に対する課税処分及び青色申告承認の取消処分を行うために利用することは許されるものと解するのが相当であ」る。

 なお、行政調査という主題から離れるが、参考までに、最大判平成4年7月1日民集46巻5号437頁(Ⅰ―124)を取り上げておく。

 事案:新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(いわゆる成田新法。現在は成田国際空港の安全確保に関する緊急措置法)の第3条第1項に定められた工作物使用禁止命令の合憲性が問われたものである。この規定には、命令の相手方に対する告知、弁解、防御の機会を与えるという趣旨が盛り込まれていない。Y(運輸大臣)は、毎年、Xに対し、空港の規制区域内所在のX所有の小屋につき、暴力主義的破壊活動者の集合や活動などへの供用を禁止する処分を繰り返した。Xは処分の取消および国家賠償を求めて出訴したが、千葉地判昭和59年2月3日訟月30巻7号1208頁は、取消請求については却下し、国家賠償については棄却した。東京高判昭和60年10月23日民集46巻5号483頁は、千葉地方裁判所判決の一部を変更したものの、やはりXの請求を一部却下し、一部棄却した。最高裁判所大法廷も、Xの請求を一部却下し、一部棄却した。

 判旨:「憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」が、「同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である」。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第7回 行政計画

2015年08月02日 10時35分28秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 1.行政計画の意義

 都市計画、国土利用計画、全国総合開発計画など、行政権が、何らかの目標を設定し、その目標を実現するための手段を総合的に提示するものは多い。その計画自体、または計画を定立する行為は、各行政機関の基本的な権限法か、個々の行政法令に規定されることが多い。また、計画の内容は様々であり、名称も「計画」に限られない。

 このように多様性を有する行政計画を統一的に理解することには困難を伴うが、共通点と考えられるものを抽出すれば、行政計画とはおおよそ次のようなものであると理解することが可能である。

 Ⓐ行政計画は、行政立法と並んで行政機関が一種の基準を定める行為である。すなわち、行政計画には規範定立的な要素が認められる。

 Ⓑ行政計画は、行政を合理的に遂行するために、一定の方向性を示し、調整するために、必要不可欠の手段である。但し、一義的なものではない。

 Ⓒ行政計画の基本的な性格として、一定の時間(期間)における目標を設定すること、その目標を達成するために様々な政策手段を盛り込むという構造を有することがあげられる。

 行政計画は、次に示す側面から或る程度の分類をなすことができる。なお、これはあくまでも例示的なものであり、網羅的でなく、また排他的なものでないことに注意を要する。

 時間的な面:長期計画、中期計画、短期計画

 対象の面:経済計画、都市計画、財政計画

 段階の面:基本計画、実施計画

 地域の面:全国計画、地方計画、地域計画

 上下の面:上位計画、下位計画

 法律の根拠の面:後述

 法的拘束力の面:後述

 ここで、実定法から災害対策基本法の例を概観しておこう。

 ・内閣府に設置された中央防災会議(第11条第1項)は、防災基本計画を策定する(第34条。内容については第35条を参照)。

 ・この防災基本計画に基づいて指定行政機関(第2条第3号)の長が防災業務計画を策定する義務を負う(第36条)。

 ・「防災業務計画の作成及び実施にあたつては、他の指定行政機関の長が作成する防災業務計画との間に調整を図り、防災業務計画が一体的かつ有機的に作成され、及び実施されるように努めなければならない」(第37条第2項)。

 ・都道府県防災会議(第14条第1項)は第40条第1項および第14条第2項により、市町村防災会議(第16条第1項)は第42条第1項および第16条第2項により、防災基本計画に基づいて地域防災計画を策定することを義務づけられている。

 

 2.行政計画の法定拘束力と裁量

 上記のような分類のうち、行政法学において最も重要なのは法的拘束力の面からのものである。次の三種に大別される。

 (1)策定・公告により私人の権利行使に対して制約を加えるもの※

 その例として、次のものをあげることができる。

 ・都市計画法第7条による市街化区域および市街化調整区域の設定

 ・同第8条による用途地域の設定(→建築基準法第6条および第6条の2により、建築物についても規制を受けることとなる)

 ・同第29条による市街化区域内および市街化調整区域内の開発行為許可制度(市街化調整区域内については第34条および第43条により厳しく規制される)

 ・土地区画整理事業計画

 ※櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第4版〕(2013年、弘文堂)153頁は「拘束的計画」と表現する。

 (2)私人の権利行使を制約するものではないが他の行政機関・行政主体を拘束するもの

 その例として、高速自動車道路整備法に基づく整理計画をあげることができる。

 (3)国全体や地方公共団体などに対する指針を定め、国民に対する要望に留まるもの

 その例として、国土開発計画法に基づく全国総合開発計画をあげることができる。

 以上のうち、(1)については法律の根拠を必要とする。行政計画自体が何らかの具体的な法的効果を意図しているからである。

 これに対し、(2)および(3)は、少なくとも私人に対する法的拘束力がなく、事実行為に留まるため、一応は法律の根拠を必要としないと言いうる。しかし、このように言い切ってよいかという疑問も残る。何故なら、行政計画を立てるということは、その計画に基づいて行政が推進されることにつながる。すなわち、後の個別的行為の前提になる。しかも、策定・公告によって私人の権利行使に対して制約を加えることが予定されていない計画であるとしても、公表により、私人への誘導や勧告などとして現われる事実上の拘束力を有する場合がある。このように考えるならば、紋切り型に「事実行為であるから法律の根拠は不必要である」ということはできないであろう。勿論、一概に「行政計画には法律の根拠を必要とする」とすることにも意味はない。

 もっとも、法律において行政計画の目標、行政計画を策定する際に考慮すべき要素などを定めるとしても、計画を策定するという行為の性質上、具体的内容の作成については、策定権者に広範な裁量権(計画裁量)を認めざるをえない。この裁量権をどのように統制するか、例えば、

 行政計画の策定過程過程に国民・住民がどこまで参加できるか、

 利害関係人がどこまで参加できるか、

 専門知識をどの程度まで導入するか、

という点が、行政手続の一環として重要な課題である。ドイツ連邦行政手続法には計画策定手続に関する規定が存在するが、日本の行政手続法には存在しない※。1984年の行政手続法研究会(第一次)報告においては 、計画策定手続に関する規定を置くことが提案されていたが、結局、規定は置かれず、現在に至るまで実現していない。

 ※日本の行政手続法には、行政計画の策定(および公表)の手続に関する規定が存在しない。もっとも、個別法には、手続に関する規定が置かれる場合もある。その代表例として、都市計画法の規定を抜粋しておく。

(公聴会の開催等)

第十六条 都道府県又は市町村は、次項の規定による場合を除くほか、都市計画の案を作成しようとする場合において必要があると認めるときは、公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。

2 都市計画に定める地区計画等の案は、意見の提出方法その他の政令で定める事項について条例で定めるところにより、その案に係る区域内の土地の所有者その他政令で定める利害関係を有する者の意見を求めて作成するものとする。

3 市町村は、前項の条例において、住民又は利害関係人から地区計画等に関する都市計画の決定若しくは変更又は地区計画等の案の内容となるべき事項を申し出る方法を定めることができる。

(都市計画の案の縦覧等)

第十七条 都道府県又は市町村は、都市計画を決定しようとするときは、あらかじめ、国土交通省令で定めるところにより、その旨を公告し、当該都市計画の案を、当該都市計画を決定しようとする理由を記載した書面を添えて、当該公告の日から二週間公衆の縦覧に供しなければならない。

2 前項の規定による公告があつたときは、関係市町村の住民及び利害関係人は、同項の縦覧期間満了の日までに、縦覧に供された都市計画の案について、都道府県の作成に係るものにあつては都道府県に、市町村の作成に係るものにあつては市町村に、意見書を提出することができる。

3 特定街区に関する都市計画の案については、政令で定める利害関係を有する者の同意を得なければならない。

4 遊休土地転換利用促進地区に関する都市計画の案については、当該遊休土地転換利用促進地区内の土地に関する所有権又は地上権その他の政令で定める使用若しくは収益を目的とする権利を有する者の意見を聴かなければならない。

5 都市計画事業の施行予定者を定める都市計画の案については、当該施行予定者の同意を得なければならない。ただし、第十二条の三第二項の規定の適用がある事項については、この限りでない。

(条例との関係)

第十七条の二 前二条の規定は、都道府県又は市町村が、住民又は利害関係人に係る都市計画の決定の手続に関する事項(前二条の規定に反しないものに限る。)について、条例で必要な規定を定めることを妨げるものではない。

 ●最一小判昭和47年10月12日民集26巻8号1410頁(Ⅰ―78)

 事案:第8回(その1)において扱った判決である。浄化槽清掃業を営むXは、市長Yに対してH市における汚物処理業の許可申請を行ったが、Yは不許可処分をした。Xは不許可処分の取消しを求めたが、横浜地判昭和40年7月1日行集16巻8号1434頁はXの請求を棄却した。これに対し、東京高判昭和42年11月21日行集18巻12号1434頁は、Yの不許可処分に裁量権の逸脱があったとしてXの請求を認め、不許可処分を取り消した。Yが上告し、最高裁判所第一小法廷は東京高等裁判所判決を破棄し、事件を同高等裁判所に差し戻した。

 判旨:旧「清掃法一五条一項が、特別清掃地域内においては、その地域の市町村長の許可を受けなければ、汚物の収集、運搬または処分を業として行なつてはならないものと規定したのは、特別清掃地域内において汚物を一定の計画に従つて収集、処分することは市町村の責務であるが(同法六条、地方自治法二条三項七号、同法別表第二の一一参照)、これをすべて市町村がみずから処理することは実際上できないため、前記許可を与えた汚物取扱業者をして右市町村の事務を代行させることにより、みずから処理したのと同様の効果を確保しようとしたものであると解せられる。かかる趣旨にかんがみれば、市町村長が前記許可を与えるかどうかは、清掃法の目的と当該市町村の清掃計画とに照らし、市町村がその責務である汚物処理の事務を円滑完全に遂行するのに必要適切であるかどうかという観点から、これを決すべきものであり、その意味において、市町村長の自由裁量に委ねられているものと解するのが相当である」。

 ●最一小判平成16年1月15日判時1849号30頁

 事案:X(原告・被控訴人・被上告人)は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)第7条第1項により、Y(松任市長、被告・控訴人・上告人)に対して一般廃棄物収集・運搬業の許可申請を行った。Yは不許可処分を行ったため、Xがその取消を求めた。金沢地判平成12年10月13日判例集未登載はXの請求を認め、名古屋高金沢支判平成14年8月28日判例集未登載はYの控訴を棄却したが、最高裁判所第一小法廷は、Yの上告を認容してXの請求を棄却した。

 判旨:「廃棄物処理法は、(中略)一般廃棄物の収集及び運搬は本来市町村が自らの事業として実施すべきものであるとして、市町村は当該市町村の区域内の一般廃棄物処理計画を定めなければならないと定めている。そして、一般廃棄物処理計画には、一般廃棄物の発生量及び処理量の見込み、一般廃棄物の適正な処理及びこれを実施する者に関する基本的事項等を定めるものとされている(廃棄物処理法6条2項1号、4号)。これは、一般廃棄物の発生量及び処理量の見込みに基づいて、これを適正に処理する実施主体を定める趣旨のものと解される。そうすると、既存の許可業者等によって一般廃棄物の適正な収集及び運搬が行われてきており、これを踏まえて一般廃棄物処理計画が作成されているような場合には、市町村長は、これとは別にされた一般廃棄物収集運搬業の許可申請について審査するに当たり、一般廃棄物の適正な収集及び運搬を継続的かつ安定的に実施させるためには、既存の許可業者等のみに引き続きこれを行わせることが相当であるとして、当該申請の内容は一般廃棄物処理計画に適合するものであるとは認められないという判断をすることもできるものというべきである」。

 ●最一小判平成18年11月2日民集60巻9号3249頁(Ⅰ−79。小田急高架化訴訟)

 第8回(その2)において扱った。

 ●最二小判平成18年9月4日訟月54巻8号1585頁(林試の森事件)

 第8回(その2)において扱った。

 

 3.行政計画と争訟

 行政計画は、いかなるものであれ、将来的に何らかの我々の生活に何らかの影響を及ぼしうる(そのことが全く想定されない計画は存在しえないであろう)。そのため、行政計画を行政不服審査法や行政事件訴訟法によって争うことは可能であるかが問題となる。これについては、法的拘束力の有無を分けて検討する必要がある。

 まず、法的拘束力を持たない行政計画(新産業都市建設基本計画など)は、指針的な性格しか持たず、具体的な処分として扱われないから、行政事件訴訟法に基づく取消訴訟で争うことはできない(大分地判昭和54年3月5日行裁例集30巻3号397頁を参照)。

 それでは、法的拘束力を有する行政計画は取消訴訟の対象となるのであろうか 。ここで判例の動向を概観する。

 例1:土地区画整理事業計画

 土地区画整理法第2条第1項は、「土地区画整理事業」を「都市計画区域内の土地について、公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図るため、この法律で定めるところに従つて行われる土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業」と定義する。大まかな手続は、事業計画の決定・公告→仮換地の指定→建築物等の移転・除却→工事→換地計画の認可→換地処分→生産金の徴収・交付という流れである。この手続の最初の段階において土地区画整理事業計画の妥当性を争うことができるのかが問題とされる。このような事業計画が決定され、公告されれば、土地の形質変更や建物の新築などについて制約を受けることになるからである(同第76条第1項、第85条および第140条を参照すること)。

 ①最大判昭和41年2月23日民集20巻2号271頁は、こうした制約が「当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき、法律が特に付与した公告に伴う附随的な効果にとどまるのであって、事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえ」ず、「事業計画自体ではその遂行によって利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが、必ずしも具体的に確定されているわけではなく、いわば当該土地区画整理事業の青写真たる性質を有するにすぎない」から、取消訴訟の対象にはならない、とした。

 従って、私人は、計画に不服を持つ場合であっても、計画そのものではなく、計画に基づく具体的な処分に対して訴訟を提起すべきである、ということになるのであろう。しかし、これに対しては、計画そのものを訴訟の対象にすることこそ、計画に関する各紛争を早期に、かつ根本的に解決する道筋であるとして、批判も強かった。

 ようやく、最大判平成20年9月10日民集62巻1号1頁(Ⅱ-159)により、土地区画整理事業計画を取消訴訟により争うことが認められるようになった。事案および判旨を紹介しておく。

 事案:Y1(浜松市。被告・被控訴人・被上告人)は、市内を通る遠州鉄道鉄道線(通称西鹿島線。新浜松駅~西鹿島駅)の連続立体交差事業の一環として、同線の上島駅の高架化および同駅周辺の公共施設の整備改善等を図るため、西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業(本件土地区画整理事業)を計画した。平成15年11月7日、Y1は土地区画整理法第52条第1項の規定に基づき、Y2(静岡県知事、被告・被控訴人)に対して本件土地区画整理事業の事業計画において定める設計の概要に関して認可を申請した。同月17日、Y2はY1に対して認可を行った。これを受けて、Y1は同月25日に本件土地区画整理事業の決定を行い、公告を行った。これに対し、本件土地区画整理事業の施行地区内に土地を所有するXらは、本件土地区画整理事業が法律に定められる事業目的を欠いているなどと主張し、取消を求めて出訴した。

 静岡地判平成17年4月14日民集62巻8号2061頁はXらの請求を却下し、東京高判平成17年9月28日民集62巻8号2087頁も控訴を棄却したが、最高裁判所大法廷は東京高等裁判所判決を破棄し、事件を静岡地方裁判所に差し戻した(以下、「法」は土地区画整理法のこと)。

 判旨:市町村が土地区画整理事業を公告すると、「換地処分の公告がある日まで、施行地区内において、土地区画整理事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築を行い、又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行おうとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならず(法76条1項)、これに違反した者がある場合には、都道府県知事は、当該違反者又はその承継者に対し、当該土地の原状回復等を命ずることができ(同条4項)、この命令に違反した者に対しては刑罰が科される(法140条)。このほか、施行地区内の宅地についての所有権以外の権利で登記のないものを有し又は有することとなった者は、書面をもってその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければならず(法85条1項)、施行者は、その申告がない限り、これを存しないものとみなして、仮換地の指定や換地処分等をすることができることとされている(同条5項)」。そして、「事業計画が決定されると、当該土地区画整理事業の施行によって施行地区内の宅地所有者等の権利にいかなる影響が及ぶかについて、一定の限度で具体的に予測することが可能にな」り、事業計画が決定されると「特段の事情のない限り、その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ、その後の手続として、施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになる。前記の建築行為等の制限は、このような事業計画の決定に基づく具体的な事業の施行の障害となるおそれのある事態が生ずることを防ぐために法的強制力を伴って設けられているのであり、しかも、施行地区内の宅地所有者等は、換地処分の公告がある日まで、その制限を継続的に課され続ける」。従って、「施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、前記のような規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべきであり、事業計画の決定に伴う法的効果が一般的、抽象的なものにすぎないということはできない」。

 また、「換地処分を受けた宅地所有者等やその前に仮換地の指定を受けた宅地所有者等は、当該換地処分等を対象として取消訴訟を提起することができるが、換地処分等がされた段階では、実際上、既に工事等も進ちょくし、換地計画も具体的に定められるなどしており、その時点で事業計画の違法を理由として当該換地処分等を取り消した場合には、事業全体に著しい混乱をもたらすことになりかね」ず、「換地処分等の取消訴訟において、宅地所有者等が事業計画の違法を主張し、その主張が認められたとしても、当該換地処分等を取り消すことは公共の福祉に適合しないとして事情判決(行政事件訴訟法31条1項)がされる可能性が相当程度あるのであり、換地処分等がされた段階でこれを対象として取消訴訟を提起することができるとしても、宅地所有者等の被る権利侵害に対する救済が十分に果たされるとはいい難い。そうすると、事業計画の適否が争われる場合、実効的な権利救済を図るためには、事業計画の決定がされた段階で、これを対象とした取消訴訟の提起を認めることに合理性があるというべきであ」り、「市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は、施行地区内の宅地所有者等の法的地位に変動をもたらすものであって、抗告訴訟の対象とするに足りる法的効果を有するものということができ、実効的な権利救済を図るという観点から見ても、これを対象とした抗告訴訟の提起を認めるのが合理的である。したがって、上記事業計画の決定は、行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たる」。

 例2.土地区画整理組合の設立認可

 最三小判昭和60年12月12日民集39巻8号1821頁は、処分性を認める。従って、設立認可は取消訴訟の対象となる。

 例3.市町村営の土地改良事業に係る事業施行認可

 最一小判昭和61年2月13日民集40巻1号1頁は、処分性を認める。従って、事業施行認可は取消訴訟の対象となる。

 例4.都市再開発法に基づく第二種市街地再開発事業計画の決定

 処分性が認められ、取消訴訟の対象となる。

 ●最一小判平成4年11月26日民集46巻8号2658頁

 事案 大阪市は、昭和59年6月11日、都市再開発法第54条第1項に基づき、大阪都市計画事業阿倍野A1地区第二種市街地再開発事業の事業計画を決定し、同日付の同市告示第338号により公示した。これに対し、阿倍野A1地区や同A2地区に土地・建物を所有し、またはこれらを賃借して営業を行っているXらは、この事業を実施することにより、直接的に生活環境、財産、営業等に甚大な影響を受けるとともに、事業計画について住民の同意がなされておらず、手続上の瑕疵があるなどと主張し、事業計画決定の取消を求めて出訴した。大阪地判昭和61年3月26日行集37巻3号499頁はXらの請求を却下したが、大阪高判昭和63年6月24日行集39巻5・6号498頁はXらのうちA1地区内に土地・建物を所有するX1について控訴を認容して事件を大阪地方裁判所に差し戻し、X2らについては訴えを却下した。大阪市は上告したが、最高裁判所第一小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「都市再開発法五一条一項、五四条一項は、市町村が、第二種市街地再開発事業を施行しようとするときは、設計の概要について都道府県知事の認可を受けて事業計画(以下「再開発事業計画」という。)を決定し、これを公告しなければならないものとしている。そして、第二種市街地再開発事業については、土地収用法三条各号の一に規定する事業に該当するものとみなして同法の規定を適用するものとし(都市再開発法六条一項、都市計画法六九条)、都道府県知事がする設計の概要の認可をもって土地収用法二〇条の規定による事業の認定に代えるものとするとともに、再開発事業計画の決定の公告をもって同法二六条一項の規定による事業の認定の告示とみなすものとしている(都市再開発法六条四項、同法施行令一条の六、都市計画法七〇条一項)。したがって、再開発事業計画の決定は、その公告の日から、土地収用法上の事業の認定と同一の法律効果を生ずるものであるから(同法二六条四項)、市町村は、右決定の公告により、同法に基づく収用権限を取得するとともに、その結果として、施行地区内の土地の所有者等は、特段の事情のない限り、自己の所有地等が収用されるべき地位に立たされることとなる。しかも、この場合、都市再開発法上、施行地区内の宅地の所有者等は、契約又は収用により施行者(市町村)に取得される当該宅地等につき、公告があった日から起算して三〇日以内に、その対償の払渡しを受けることとするか又はこれに代えて建築施設の部分の譲受け希望の申出をするかの選択を余儀なくされるのである(同法一一八条の二第一項一号)」。従って、「公告された再開発事業計画の決定は、施行地区内の土地の所有者等の法的地位に直接的な影響を及ぼすものであって、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当である」。

 (なお、大阪高等裁判所によって訴えを却下されたX2らは上告したが、最一小判平成4年11月26日判例集未登載は上告を棄却した。)

 例5.都市計画の用途地域の指定によって建築制限などの義務が課される場合

 都市計画法に基づく用途地域の指定により、やはり、当該地域内の土地所有者などには建築基準法上の建築制限などの制約(義務)が課され、その範囲内で一定の法状態(権利状態)の変動が生じることとなる。しかし、判例は、用途地域の指定に処分性を認めていない。

 ●最一小判昭和57年4月22日民集36巻4号705頁(Ⅱ-160)

 事案:岩手県知事(被告)は、昭和48年5月1日、同県告示第591号により、盛岡広域都市計画用途地域のうち、当時の紫波郡都南村(現在は盛岡市の一部)の某地域を工業地域に指定した。これに対し、当該地域内で精神病院を経営するXらは、この指定によって病院等の建築物を建築することができなくなる(現行の都市計画法第9条第11項および建築基準法第48条第11項を参照)などとして、工業地域の指定の無効確認などを求める訴訟を提起した。盛岡地判昭和52年3月10日行集28巻3号194頁はXらの請求を却下し、仙台高判昭和53年2月28日行集29巻2号191頁もXらの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷もXらの上告を棄却した。

 判旨:「都市計画区域内において工業地域を指定する決定は、都市計画法八条一項一号に基づき都市計画決定の一つとしてされるものであり、右決定が告示されて効力を生ずると、当該地域内においては、建築物の用途、容積率、建ぺい率等につき従前と異なる基準が適用され(建築基準法四八条七項、五二条一項三号、五三条一項二号等)、これらの基準に適合しない建築物については、建築確認を受けることができず、ひいてその建築等をすることができないこととなるから(同法六条四項、五項)、右決定が、当該地域内の土地所有者等に建築基準法上新たな制約を課し、その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものであることは否定できないが、かかる効果は、あたかも新たに右のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該地域内の不特定多数の者に対する一般的抽象的なそれにすぎず、このような効果を生ずるということだけから直ちに右地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があつたものとして、これに対する抗告訴訟を肯定することはできない。

 

 4.計画担保責任

 行政計画の変更や中止によって損害を受けた者に対する損失補償または損害賠償の要否が問題となることがある。行政計画の変更や中止そのものは適法であっても、信義誠実の原則(信頼保護の原則)により、損害賠償や損失補償などを行わずに行政計画を変更または中止するならば行政主体に不法行為責任が認められることがある。

 ●熊本地玉名支判昭和44年4月30日判時574号60頁

 事案:荒尾市(被告)は、住宅難を緩和するため、同市内に住宅団地の建設計画を立て、土地を購入した上で計画を実行に移した。この計画によると公営、民営を合わせて1500戸の住宅を建設するなどとなっていたが、浴室設備の計画がなかったため、同市は公衆浴場を設置することとなり、原告が選ばれた。原告は被告の要求を受けて増設も可能となるように公衆浴場の建設に着手し、ほぼ完成させた上で熊本県より公衆浴場営業の許可を得た。ところが、昭和35年12月24日に前市長が死亡し、新市長が選任された後、住宅団地建設計画は大幅に縮小され、昭和36年度からの建設計画は全面的に中止された。これにより、原告は、この住宅団地の地理的条件によって営業許可を得ながらも営業ができないなどとして、損害賠償を請求する訴訟を提起した。熊本地方裁判所玉名支部は、原告の請求を一部認容した。

 判旨:本件において「被告市の執行機関たる首長が、原告の浴場建設を徒労に帰せしめるような該団地建設計画の廃止(該公営住宅建設事業の廃止)の挙に出るということは、これによつて原告の被むる不利益を防止し、もしくはその損害を賠償することを条件としてはじめて許容されるべきものであり、然らざる限り該行為は違法性を帯びるものといわなければならない」。また、「原告は被告市のかかる協力援助を期待してこれに信頼を懸けることができるという協助・互恵の信頼関係が成立しておるものであるというべく、しかしてかかる協助・互恵の信頼関係に基づき原告の有する利益は十分法律上の保護に値いするものであるというべきであるから、かかる利益を何らの代償的措置を講ずることなく一方的に奪うということは信義則ないし公序良俗に反し、また禁反言の法理からも許されないところであ」る。もっとも、荒尾市が「その行政施策(財政緊縮政策等)の必要に基づき本件団地の建設を廃止する所為には何ら違法と目すべきものがなく、それ自体としては適法なものといわなければならない」が、本件の場合は、原告が「団地の共同施設たる浴場を建設経営することによつて被告市の公営住宅法上の義務を実質的に肩替りし、延いてはその管理行政に協力し、反面同被告の住宅団地完成によつて、自己の生活基盤の安定も期し得られるものと信じてきた原告の信頼を著しく破る背信的所為となる(何らの代償的措置も講じないものである限り)ものであり、かつ当時右団地建設の廃止によつて原告がその建設に係る公衆浴場に採算のとれる浴客の来集を全く期待し得なくなるものであること、すなわち原告における致命的な損害発生の必然性を被告市において十分認識しておつたことは、本件弁論の全趣旨に徴し明白であるから、結局被告市の所為は、故意に因り違法に他人の利益を侵害するものとして不法行為(仮に典型的な不法行為でないとしても、すくなくともいわゆる適法行為による不法行為)を構成するものというべきであり、被告市は結局原告の被むつた損害を賠償すべき義務を免がれ得ないものといわなければならない」。

 ●最三小判昭和56年1月27日民集35巻1号35頁(Ⅰ-29)

 第4回において取り上げた。なお、この判決は不法行為責任という構成をとるが、原田尚彦『行政法要論』〔全訂第七版補訂二版〕(2012年、学陽書房)132頁は、この最高裁判所第三小法廷判決の法的構成を疑問として「計画変更は適法であるというのであれば、それによって特別の犠牲を蒙った者には、行政行為の撤回にともなう信頼保護の法理に準じ、損失補償をあたえると構成する方が素直な解釈であろう」と述べる。たしかに、原因行為である行政計画の変更・中止(場合によっては廃止)そのものが適法であるが私人が損害を被った場合に、不法行為責任の問題とするのは、相対的違法という観念を用いるにしても、奇異な感じは否めない。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第14回 行政契約

2015年07月25日 17時48分32秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 1.行政契約の意義

 行政契約(Verwaltungsvertrag)とは、簡単に言えば、行政主体(国、都道府県、市町村など)が締結する契約のことである。多くの場合に行政主体と私人との間で行われる権利変動の行為形式の一つで、双方行為の性質を有する※。

 ※芝池義一『行政法総論講義』〔第4版補訂版〕(2006年、有斐閣)238頁が指摘するように、行政行為は行政庁の行為とされ、行政契約は行政主体(国、都道府県、市町村など)の行為とされる。なお、芝池義一『行政法読本』〔第3版〕(2013年、有斐閣)183頁を参照。

 現在の行政法学では行政契約または行政上の契約として一括されるが、かつては公法契約と私法契約とに分けられるのが一般的であった。

 公法契約は、その名の通り、公法による契約のことで、公務員の勤務契約、公共用地取得のためになされる土地収用法上の協議などが該当する。なお、行政主体が一方当事者であるから公法契約であるという訳ではないので、注意を要する。

 これに対し、私法契約は、やはり名前の通り、私法(民法など)による契約のことで、物品納入契約、建築請負契約、交通・郵便・電話などの利用関係などが該当する(但し、特別法の規定があれば別である)※。

 ※国または地方公共団体の契約についての第一の参考書として、碓井光明『公共契約法精義』(2005年、信山社)をあげておく。

 実は、行政事件訴訟法第4条・第39条において公法上の当事者訴訟が予定されていることから、公法契約と私法契約との分類が全く無意味ではないものとされている。しかし、両者の区別は困難である。また、公表上の当事者訴訟があまり利用されておらず、民事訴訟と区別しがたい点もある。従って、冒頭に掲げたように行政契約を理解するのが便宜でもあり、妥当であろう。

 行政契約の例としては、次のようなものがあげられる。

 ①都営地下鉄、都営バスなど:事業主体は東京都交通局であり、請負契約(運送契約)ということになる。

 ②官公庁などの建物の建築工事 :民法上の請負契約による。

 ③水道事業 :水道法により、給水契約という方式による。

 ④道路などを建設するための用地取得:ほとんどの場合は民事上の売買契約による(それでも取得できないときに、土地収用法に基づく収用裁決という行政行為が登場する)。

 ⑤開発などの際に納入を要請される負担金:これは、宅地開発要綱などに基づく行政指導の結果として、開発業者などが行政主体に対して支払うものであるが、贈与契約の形をとることとなる。

 また、行政契約でも可能と考えられるものの例をあげておく。

 ⑥補助金の交付 :これは法律の定め方による。一般的に、現行の補助金適正化法は補助金の交付決定を行政行為と位置づけている、と理解されている。

 ⑦公務員の任用(採用): 現在では一般的に相手方の同意を要する行政行為(特許に該当する)と考えられているが、公法上の契約と解する考え方も少数ながら存在する(ちなみに、民間企業の場合、労働基本法によって契約とされている)。

 

 2.行政契約の種類・分類

 行政契約には様々な種類があり、分類の方法も論者によって異なる。以下は、塩野宏『行政法Ⅰ』(第五版補訂版)〔2013年、有斐閣〕189頁以下の分類による。

 ①「準備行政における契約」

 「物的手段を整備する行為」に関する契約のことであり、基本的に民法上の手法が利用される。売買契約や請負契約である※。

 ※芝池義一『行政法総論講義』〔第4版補訂版〕240頁にいう「行政の手段調達のための契約」や「財産管理のための契約」も、塩野教授のいう「準備行政における契約」と同旨と思われるが、「公務員の雇用契約」や「私人への事務の委託の契約」が「行政の手段調達のための契約」に含められている。なお、芝池義一『行政法読本』〔第3版〕184頁の分類も参照。

 但し、土地収用法が利用される場合もあり、会計法・国有財産法・物品管理法・地方自治法というような特別法が適用される場合もある。また、公金の支出を伴うため、入札など、民法上の契約の原理が修正されることがある。従って、契約の締結に際して行政主体の裁量権が問題となる場合がある 。

 (1)国有財産について 国有財産法が適用されることがある。

 (2)契約の締結に際しては、国の場合は会計法、地方公共団体の場合は地方自治法(第234条以下)が適用され、入札という手続がとられる。

 会計法第29条の3第1項は、「契約担当官及び支出負担行為担当官(以下「契約担当官等」という。)は、売買、貸借、請負その他の契約を締結する場合においては、第三項及び第四項に規定する場合を除き、公告して申込みをさせることにより競争に付さなければならない」と定める。また、同第2項は、「前項の競争に加わろうとする者に必要な資格及び同項の公告の方法その他同項の競争について必要な事項は、政令でこれを定める」という規定である。

 これらの規定に示されているのが一般競争入札であり、原則とされている。しかし、実際には原則と例外とが逆転しているような状況であると言いうる。すなわち、同第3項は、「契約の性質又は目的により競争に加わるべき者が少数で第一項の競争に付する必要がない場合及び同項の競争に付することが不利と認められる場合においては、政令の定めるところにより、指名競争に付するものとする」と定め、指名競争入札によることを認めている。この方法は、一応の競争が予定されている点では一般競争入札に近いが、行政主体が予め入札への参加者を指名し、競争相手を限定しているため、常にメンバーが固定されうることとなる。その意味では次の随意契約に近く、談合などの温床となりやすい(実際に、そのように機能してきた)。

 同第4項は、「契約の性質又は目的が競争を許さない場合、緊急の必要により競争に付することができない場合及び競争に付することが不利と認められる場合においては、政令の定めるところにより、随意契約によるものとする」と定める。問題は、この随意要件を採用すべき場合としてあげられている要件の解釈であろう。

 また、第5項は、「契約に係る予定価格が少額である場合その他政令で定める場合においては、第一項及び第三項の規定にかかわらず、政令の定めるところにより、指名競争に付し又は随意契約によることができる」と定めている。

 以上の点などに関する判例としては、次のようなものがある(以下の下線などは、全て引用者によるものである)。

 ●最一小判平成18年10月26日判時1953号122頁(Ⅰ−99)

 事案:有限会社Xは、平成10年度まで徳島県の旧木屋平(こやだいら)村〔現在は美馬(みま)市の一部〕が発注する公共工事の指名競争入札に参加していたが、平成11年度から平成16年度まで、旧木屋平村長から公共工事への入札参加者として指名されず、入札に参加することができなかった。この指名回避が違法であるとして、Xは国家賠償請求訴訟を提起した。一審判決(徳島地判平成16年5月11日判自280号17頁)はXの請求を一部認容したが、控訴審判決(高松高判平成17年8月5日判自280号12頁)はXの請求を全面的に退けたため、Xが上告を行った。最高裁判所第一小法廷は、以下のように述べて一部を高松高等裁判所に差戻し、一部を棄却した。

 判旨:地方自治法第234条を受けて同法施行令第167条は「指名競争入札については、契約の性質又は目的が一般競争入札に適しない場合などに限り、これによることができるものと」定めており、「このような地方自治法等の定めは、普通地方公共団体の締結する契約については、その経費が住民の税金で賄われること等にかんがみ、機会均等の理念に最も適合して公正であり、かつ、価格の有利性を確保し得るという観点から、一般競争入札の方法によるべきことを原則とし、それ以外の方法を例外的なものとして位置付けているものと解することができる。また、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律は、公共工事の入札等について、入札の過程の透明性が確保されること、入札に参加しようとする者の間の公正な競争が促進されること等によりその適正化が図られなければならないとし(3条)、前記のとおり、指名競争入札の参加者の資格についての公表や参加者を指名する場合の基準を定めたときの基準の公表を義務付けている。以上のとおり、地方自治法等の法令は、普通地方公共団体が締結する公共工事等の契約に関する入札につき、機会均等、公正性、透明性、経済性(価格の有利性)を確保することを図ろうとしているものということができる」。一方、「木屋平村においては、従前から、公共工事の指名競争入札につき、村内業者では対応できない工事についてのみ村外業者を指名し、それ以外は村内業者のみを指名するという運用が行われて」おり、「確かに、地方公共団体が、指名競争入札に参加させようとする者を指名するに当たり、〔1〕工事現場等への距離が近く現場に関する知識等を有していることから契約の確実な履行が期待できることや、〔2〕地元の経済の活性化にも寄与することなどを考慮し、地元企業を優先する指名を行うことについては、その合理性を肯定することができるものの、〔1〕又は〔2〕の観点からは村内業者と同様の条件を満たす村外業者もあり得るのであり、価格の有利性確保(競争性の低下防止)の観点を考慮すれば、考慮すべき他の諸事情にかかわらず、およそ村内業者では対応できない工事以外の工事は村内業者のみを指名するという運用について、常に合理性があり裁量権の範囲内であるということはできない」。同村では「平成13年度までは、本件資格審査要綱、本件指名基準及び本件運用基準は制定されておらず、本件指名停止等要綱を除いて、指名に関する基準は明定されていなかった。さらに、平成14年4月以降施行された上記の本件資格審査要綱等をみても、本件資格審査要綱において村内業者と村外業者とが定義上区別されているものの、その外に上記のような村内業者で対応できる工事の指名競争入札では村内業者のみを指名するという実際の運用基準は定められておらず、しかも、村内業者とは、木屋平村の区域内に主たる営業所を有する業者をいうとされているにとどまり、主たる営業所あるいは村内業者の要件をどのように判定するのかに関する客観的で具体的な基準も明らかにされていなかった。このような状況の下における木屋平村の上記のような運用は、村内業者で対応できる工事はすべて指名競争入札とした上で、村内業者か否かの判断を適当に行うなどの方法を採ることにより、し意的運用が可能となるものであって、公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の定める公表義務に反し、同法及び地方自治法の趣旨にも反するものといわざるを得ない」。このため、Xについて「上記のような法令の趣旨に反する運用基準の下で、主たる営業所が村内にないなどの事情から形式的に村外業者に当たると判断し、そのことのみを理由として、他の条件いかんにかかわらず、およそ一切の工事につき平成12年度以降全く上告人を指名せず指名競争入札に参加させない措置を採ったとすれば、それは、考慮すべき事項を十分考慮することなく、一つの考慮要素にとどまる村外業者であることのみを重視している点において、極めて不合理であり、社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるを得ず、そのような措置に裁量権の逸脱又は濫用があったとまではいえないと判断することはできない」。

 ●最二小判昭和62年3月20日民集41巻2号189頁

 事案:長崎県福江市(現在は五島市)内にあったごみ焼却炉が故障し放置されていたことから、同市は新たにごみ焼却炉を建設することとなった。しかし、実際に企画、立案などにあたった同市の保健衛生課は、設計能力の問題、他の自治体でもほとんど随意契約を採っていたことなどから、競争入札を採るのは適切でないと考え、四社を指名業者とした上でそのうちの一社と随意契約を締結しようとした。四社による技術説明会、見積書の提出を経て、福江市長の職務代理者であったY(被告、被控訴人、上告人。最高裁係属中に死亡)は、四社のうちのA社と契約をすることとし、昭和47年1月30日に随意契約の形でA社と建設請負契約を締結した。建設工事は同年10月20日に竣功し、福江市がA社に対して工事代金を支払った。これに対し、同市の住民X(原告、控訴人、被上告人)がこの随意契約による市の支出を違法とし、住民訴訟を提起した。長崎地判昭和55年6月30日行集31巻6号1361頁はXの請求を棄却したが、福岡高判昭和57年3月4日判時1054号79頁はYの契約締結行為を違法と判断した。Y側が上告し、最高裁判所第二小法廷は福岡高等裁判所判決を破棄し、事件を同裁判所に差し戻した。

 判旨:地方自治法第234条第1項は「普通地方公共団体の締結する契約については、機会均等の理念に最も適合して公正であり、かつ、価格の有利性を確保し得るという観点から、一般競争入札の方法によるべきことを原則とし、それ以外の方法を例外的なものとして位置づけているものと解することができる。そして、そのような例外的な方法の一つである随意契約によるときは、手続が簡略で経費の負担が少なくてすみ、しかも、契約の目的、内容に照らしそれに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定できるという長所がある反面、契約の相手方が固定化し、契約の締結が情実に左右されるなど公正を妨げる事態を生じるおそれがあるという短所も指摘され得ることから、令一六七条の二第一項は前記法の趣旨を受けて同項に掲げる一定の場合に限定して随意契約の方法による契約の締結を許容することとしたものと解することができる」。

 地方自治法施行令第172条の2第1項にいう「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」は「不動産の買入れ又は借入れに関する契約のように当該契約の目的物の性質から契約の相手方がおのずから特定の者に限定されてしまう場合や契約の締結を秘密にすることが当該契約の目的を達成する上で必要とされる場合など当該契約の性質又は目的に照らして競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難というべき場合がこれに該当することは疑いがないが、必ずしもこのような場合に限定されるものではなく、競争入札の方法によること自体が不可能又は著しく困難とはいえないが、不特定多数の者の参加を求め競争原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく、当該契約自体では多少とも価格の有利性を犠牲にする結果になるとしても、普通地方公共団体において当該契約の目的、内容に照らしそれに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定しその者との間で契約の締結をするという方法をとるのが当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり、ひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合も同項一号に掲げる場合に該当するものと解すべきである。そして、右のような場合に該当するか否かは、契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約締結の方法に制限を加えている前記法及び令の趣旨を勘案し、個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮して当該普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきものと解するのが相当である」。

 ●最三小判昭和62年5月19日民集41巻4号687頁

 事案:大阪府泉南郡東鳥取町(一審係属中に阪南町となる。現在は阪南市の一部)にあったA共有地は、近畿圏の保全区域の整備に関する法律第9条にいう近郊緑地保全区域であり、かつ森林法第25条による保安林の指定がされている区域にあった。しかし、東鳥取町は小学校増改築のための財源を確保する必要に迫られており、A共有地を300万円で売却することとした。最終的に、A共有地についてはYらに売却することとなり、東鳥取町長はYらとの間で、随意契約により、A共有地の売買契約を締結した。これについて、同町の住民らが、本件売却価格が不当に低く、地方自治法第238条の3に違反すると主張し、Yらに対して所有権移転登記の抹消登記手続および未履行の所有権移転登記手続の差止を求めた。一審大阪地判昭和55年6月18日行集31巻6号1334頁は原告の請求を一部認容し、これを大阪高判昭和56年5月20日行集32巻5号818頁も支持したため、阪南町長が上告した。最高裁判所第三小法廷は、大阪高等裁判所判決を破棄し、住民らの請求を棄却した。

 判旨:地方自治法第234条第2項が「指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる」と規定することを受けて同法施行令第167条の2第1項が随意契約による場合を列挙していることから、「右列挙された事由のいずれにも該当しないのに随意契約の方法により締結された契約は違法というべきことが明らかである。しかしながら、このように随意契約の制限に関する法令に違反して締結された契約の私法上の効力については別途考察する必要があり、かかる違法な契約であっても私法上当然に無効になるものではなく、随意契約によることができる場合として前記令の規定の掲げる事由のいずれにも当たらないことが何人の目にも明らかである場合や契約の相手方において随意契約の方法による当該契約の締結が許されないことを知り又は知り得べかりし場合のように当該契約の効力を無効としなければ随意契約の締結に制限を加える前記法及び令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められる場合に限り、私法上無効になるものと解するのが相当である」。

 ●最三小判平成16年7月13日民集58巻5号1368頁(Ⅰ―5)

 事案:名古屋市は、1989(平成元)年に世界デザイン博覧会を開催した。同市は財団法人世界デザイン協会を設立しており、その会長には名古屋市長が、副会長には市助役が、監事には市収入役が就任した。この博覧会は、当初の予想よりも入場者数が下回り、赤字が予想されたので、博覧会で使用された諸施設や諸物件の売却のための契約が、市と同協会との間で結ばれた。その際、議会の議決を回避するために50の契約に分割されている。これに対し、名古屋市の住民が契約の不当性を主張して、市長、市助役、市収入役、同協会を被告として住民訴訟を提起した。一審判決(名古屋地判平成8年12月25日判時1612号40頁)は、各契約(一部を除く)が民法第108条の類推適用によって無効であると判断し、損害賠償請求、不当利得返還請求を認めた。二審判決(名古屋高判平成11年12月27日判自200号32頁)は、契約については名古屋市議会の議決が行われたことで追認があったとした上で、契約の一部に裁量権の逸脱・濫用があったと認め、同協会の残余財産を限度とする損害賠償責任を認めた。最高裁判所第三小法廷は、名古屋高等裁判所判決の一部を破棄自判、一部を破棄差戻し、一部について上告を棄却し、住民の請求を棄却した。

 判旨:「普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表して行う契約締結行為であっても、長が相手方を代表又は代理することにより、私人間における双方代理行為等による契約と同様に、当該普通地方公共団体の利益が害されるおそれがある場合がある。そうすると、普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表して行う契約の締結には、民法108条が類推適用されると解するのが相当である。そして、普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表するとともに相手方を代理ないし代表して契約を締結した場合であっても同法116条が類推適用され、議会が長による上記双方代理行為を追認したときには、同条の類推適用により、議会の意思に沿って本人である普通地方公共団体に法律効果が帰属するものと解するのが相当である」。

 「(事実認定などによれば)デザイン博は市の事業として行われたのであって、市は、第1審被告協会の設立に際し、第1審被告協会(注:財団法人世界デザイン協会)に市の基本的な計画の下でデザイン博の具体的な準備及び開催運営を行うことをゆだねたものと解することも可能であり、両者の間には実質的にみて準委任的な関係が存したものと解する余地がある。そうであるとすれば、市が、第1審被告協会に対し、同協会がデザイン博の準備及び開催運営のために支出した費用のうち、市が同協会にゆだねた範囲の事務を処理するために必要なものであって基本財産と入場料収入等だけでは賄いきれないものを補てんすることは、不合理ではなく、市にその法的義務が存するものと解する余地も否定することができない。そして、上記の点は、本件各契約の締結に裁量権の逸脱、濫用があったか否かを判断する上で、重要な考慮要素となるというべきである。そうすると、デザイン博の準備及び開催運営に関する市と第1審被告協会との関係の実質、第1審被告協会が行ったデザイン博の準備及び開催運営の内容並びにこれに関して支出された費用の内訳を検討しなければ、本件各契約の締結について裁量権の逸脱、濫用があったかどうかを判断することはできないものというべきである」。

 ②「給付行政における契約」

 「特別の規定がない限り、契約方式の推定が働く」が「法律の特別の規定において、契約ではなく、行政行為による権利変動が予定されていることがある点に注意しなければならない」(塩野・前掲書190頁)。

 行政行為とされている例として、補助金適正化法による補助金交付決定、地方自治法第244条の2による公の施設の利用関係、国民年金法第16条、厚生年金保健法第32条がある。介護保険法においては行政行為、行政契約などの複数の行為形式が組み合わされている。

 契約による場合であっても、平等原則が適用され(差別的取り扱いの禁止)、供給義務を課す場合がある。この場合は、契約の解除についても法的な制約が課されることになる。なお、私企業であっても、同じような義務が課される場合がある (電気事業法第18条、電気通信事業法第25条、ガス事業法第16条、水道法第15条)。

 この点で、とくに問題とされてきたのが、水道法第15条第1項にいう「正当の理由」 の解釈である。

 ●最一小判平成11年1月21日民集53巻1号13頁

 事案:福岡県糟屋郡志免(しめ)町は、福岡市に隣接しており、人口が急増していたが、地形の関係などにより、水道の水源を新たに確保することが難しいという状況にあった。このため、志免町は給水規則を改正し、一定の戸数を超える共同住宅などについては給水を拒否するというような規定を置いた。不動産会社のXは同町内にマンションの建設を計画し、420戸分の給水契約を申し込んだが、志免町はこの契約の締結を拒否した。そこで、Xは、この給水拒否が水道法第15条第1項にいう「正当の理由」に該当しないとして出訴した。福岡地判平成4年2月13日判時1438号118頁はXの主張を認めたが、福岡高判平成7年7月19日高民集48巻2号183頁はX敗訴部分を取り消したので、Xが上告した。最高裁判所第一小法廷は、Xの上告を棄却した。

 判旨:水道「法一五条一項にいう『正当の理由』とは、水道事業者の正常な企業努力にもかかわらず給水契約の締結を拒まざるを得ない理由を指すものと解されるが、具体的にいかなる事由がこれに当たるかについては、同項の趣旨、目的のほか、法全体の趣旨、目的や関連する規定に照らして合理的に解釈するのが相当である」。水道法は「市町村を始めとする地方公共団体に対し、水の適正かつ合理的な使用に関し必要な施策を講じなければならず(法二条一項)、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、水道の計画的整備に関する施策を策定、実施するとともに、水道事業を経営するに当たっては、その適正かつ能率的な運営に努めなければならないとの責務を課し(法二条の二第一項)、他方、国民に対しては、市町村等の右施策に協力するとともに、自らも、水の適正かつ合理的な使用に努めなければならないとの責務を課している(法二条二項)」から「市町村は、水道事業を経営するに当たり、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、可能な限り水道水の需要を賄うことができるように、中長期的視点に立って適正かつ合理的な水の供給に関する計画を立て、これを実施しなければならず、当該供給計画によって対応することができる限り、給水契約の申込みに対して応ずべき義務があり、みだりにこれを拒否することは許されないものというべきである。しかしながら、他方、水が限られた資源であることを考慮すれば、市町村が正常な企業努力を尽くしてもなお水の供給に一定の限界があり得ることも否定することはできないのであって、給水義務は絶対的なものということはできず、給水契約の申込みが右のような適正かつ合理的な供給計画によっては対応することができないものである場合には、法一五条一項にいう『正当の理由』があるものとして、これを拒むことが許されると解すべきである」。従って、「水の供給量が既にひっ迫しているにもかかわらず、自然的条件においては取水源が貧困で現在の取水量を増加させることが困難である一方で、社会的条件としては著しい給水人口の増加が見込まれるため、近い将来において需要量が給水量を上回り水不足が生ずることが確実に予見されるという地域にあっては、水道事業者である市町村としては、そのような事態を招かないよう適正かつ合理的な施策を講じなければならず、その方策としては、困難な自然的条件を克服して給水量をできる限り増やすことが第一に執られるべきであるが、それによってもなお深刻な水不足が避けられない場合には、専ら水の需給の均衡を保つという観点から水道水の需要の著しい増加を抑制するための施策を執ることも、やむを得ない措置として許されるものというべきである。そうすると、右のような状況の下における需要の抑制施策の一つとして、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、現に居住している住民の生活用水を得るためではなく住宅を供給する事業を営む者が住宅分譲目的でしたものについて、給水契約の締結を拒むことにより、急激な需要の増加を抑制することには、法一五条一項にいう「正当の理由」があるということができるものと解される」。

 この判決と、最二小決平成元年11月8日判時1328号16頁(やはり水道法第15条第1項にいう「正当の理由」が問題となった)とを比較していただきたい。

 また、給付行政については、民間委託が行われることが多いが、その委託も契約によりなされる (最一小判昭和48年12月10日民集27巻11号1594頁を参照)。

 ③「規制行政における契約」

 規制行政において、基本的には行政行為が多用される。また、法律による行政の原理が強く妥当する分野については、行政契約を用いることはできないというのが原則である。 しかし、行政契約を規制行政の場で用いることが全く不可能であるという訳ではない。

 (1)公害防止協定

 規制行政における行政契約の典型例の一つとして、公害防止協定がある。これは、元々、国の環境保護法などが不十分であった時代に、大気汚染などの拡大を防止するため、関係企業と締結したものである。現在は法的拘束力を認める見解が有力である(通説化していると評価するほうが妥当かもしれない)。

 ●最二小判平成21年7月10日判時2058号53頁(Ⅰ−98)

 事案:産業廃棄物処理業者Y(被告・控訴人・被上告人)は、平成元年、福岡県知事に対し、宗像(むなかた)郡福間町の領域において廃棄物処理施設(本件処理施設)を設置する旨を届け出て、その施設の使用を開始した※。福間町とYは、平成7年7月26日に本件処理施設に関する公害防止協定を締結した。その内容は、施設の規模を定め、使用期限を平成15年12月31日までとし(但し、それ以前に一定の埋め立て容量に達した場合にはその期日まで)、第12条においてYが上記期限を超えて産業廃棄物の処分を行ってはならない旨が定められていた。同年、Yは県知事に対して本件処理施設の規模を拡張する旨の変更許可申請を行い、10月に変更許可を受けた。Yは平成10年1月にも変更許可申請を行い、同年3月に変更許可を受けている。これらの変更許可による処理施設の拡張によって公害防止協定で定められた規模を上回ることとなり、平成10年9月に両者は改めて公害防止協定を締結したが、使用期限については変更されなかった。平成15年12月31日を過ぎても、Yは本件処理施設を使用していたので、福間町が期限の経過を理由としてYの本件処分施設使用の差止を求める訴訟を提起した(なお、一審の段階で福間町は津屋崎町と合併し、福津市となったので、同市が本件の原告の地位を承継した)。福岡地判平成18年5月31日判自304号45頁は福津市の請求を認容したが、福岡高判平成19年3月22日判自35頁が福津市の請求を棄却したので、同市が上告した。最高裁判所第二小法廷は、次のように述べて福岡高等裁判所判決を破棄し、同裁判所に差し戻した。

 ※ 平成3年に法律が改正され、産業廃棄物処理施設の設置については都道府県知事の許可を必要とすることとされた。本件では改正法附則により、Yが県知事の許可を受けたものとみなされた。

 判旨:産業廃棄物処理法第1条、第14条、第15条などの規定は「知事が、処分業者としての適格性や処理施設の要件適合性を判断し、産業廃棄物の処分事業が廃棄物処理法の目的に沿うものとなるように適切に規制できるようにするために設けられたものであり、上記の知事の許可が、処分業者に対し、許可が効力を有する限り事業や処理施設の使用を継続すべき義務を課すものではないことは明らかである。そして、同法には、処分業者にそのような義務を課す条文は存せず、かえって、処分業者による事業の全部又は一部の廃止、処理施設の廃止については、知事に対する届出で足りる旨規定されているのであるから(14条の3において準用する7条の2第3項、15条の2第3項において準用する9条3項)、処分業者が、公害防止協定において、協定の相手方に対し、その事業や処理施設を将来廃止する旨を約束することは、処分業者自身の自由な判断で行えることであり、その結果、許可が効力を有する期間内に事業や処理施設が廃止されることがあったとしても、同法に何ら抵触するものではない」。従って、本件の公害防止協定第12条が「知事の許可の本質的な部分にかかわるものではな」く、福岡県産業廃棄物処理施設の設置に係る紛争の予防及び調整に関する条例第15条が「予定する協定の基本的な性格及び目的から逸脱するものでもない」から、公害防止協定第12条の「法的拘束力を否定することはできない」。

 この最高裁判所第二小法廷判決により、公害防止協定の法的拘束力が判例においても承認されたと言える。但し、次の点には注意を要する。

 ・契約としての公害防止協定に違反したという理由により刑罰を科したりすることはできない。行政契約には、そこまでの法的拘束力を認めることができないため、契約にこの趣旨の条項を盛り込むことは許されない。契約に違反した者に対して刑罰を科そうとするのであれば、法律の根拠を必要とする。

 ・公害防止協定において職員の立入検査権や操業の一時停止などの措置を規定することについては、実例が存在するようであるが、契約によって公権力の行使の場を生み出すことになり、法律による行政の原理から逸脱する。やはり、法律の根拠を必要とする。

 (2)開発協力金・開発負担金の納付契約

 これは宅地開発許可の際に要請される契約であり、規制行政における行政契約の典型例の一つでもある。地方公共団体が要綱に従って行政指導を行い、相手方の協力によって実現するというのがこれまでの一般例であった。

 (3)公用負担契約

 公用負担契約とは、私人の土地の上に公共施設を設置する場合の契約であり、やはり規制行政における行政契約の典型例の一つである。土地の所有者である私人の承諾を受けた上で契約を締結し、所有権について公用目的を達成する限りにおける制約を課することになる。

 ④「行政主体間の契約」

 冒頭に記したように、行政契約は、多くの場合に行政主体と私人との間で締結されるものであるが、行政主体間で締結されることもある。やはり、いくつかの種類がある。

 まず、民事法の契約である場合が存在する。例として、国有財産である土地を地方公共団体に売却する場合(払い下げ)をあげることができる。

 次に、行政主体間における事務の委託(事務委託)が存在する。一般的な規定として地方自治法第252条の14があり、個別分野の例として学校教育法第40条第1項がある。

 なお、今回の主題から外れるが、この他、地方公共団体の事務を共同で処理する方法がある。地方自治法には、組合(第284条)、協議会(第252条の2)、委員会などの共同設置(第252条の7)などが規定されている(契約ではなく、合同行為※という性格を有する)。

 ※合同行為とは、公益法人の設立などにみられるように、複数の当事者が同一の目的・利益のために行う法的行為のことである。

 

 3.行政契約と法律の根拠

 行政契約に法律の根拠が必要か否かは、一概に言うことができない。場合を分けた上で考察をなす必要がある。ここでは、上述の分類に従い、検討を進める。

 ①「準備行政における契約」

 基本的に民法の法理論が適用されるので、個別の契約について法律の根拠は必要とされない。但し、国有財産や公有財産の管理については特別の法律が存在する (国有財産法など)。

 ②「給付行政における契約」

 これについても一概に言えないが、補助金交付契約については原則として法律の根拠を必要とするという考え方がある。但し、 補助金交付は行政行為により行われることが多い。

 ③「規制行政における契約」

 基本的には行政行為によることになるが、契約が許される場合(例、公害防止協定)には、法律の根拠は不要であると解されている。これに対し、宅地開発許可の際に要請される開発協力金・開発負担金の納付契約のようなものについては、法律の根拠が必要であると考えられている。

 ④「行政主体間の契約」

 まず、民事法の契約による場合には、法律の根拠は必要とされない。但し、国有財産法、会計法、地方自治法などによる規律をうけることとなる。

 次に、事務委託は、民法上の委託とは意味を異にし、事務処理の権限が全て受託者に移る。すなわち、法律による権限配分に変動を及ぼすことになる。このため、法律の根拠を必要とする。

 

 4.行政契約と訴訟

 行政契約を裁判で争う場合には、原則として、民事訴訟か公法上の当事者訴訟による こととなる。抗告訴訟は行政庁の「処分」を争うものであり、行政契約は「処分」に該当しないからである。しかし、形式的行政処分として、法律の規定により取消訴訟によらなければならない場合があり、さらに、取消訴訟を提起する前に行政不服審査を経なければならない場合もある

 

 5.Private Finance Initiative (PFI)

 これは、元々イギリス法の制度であり、公共施設の設置・管理を、設計から管理に至るまで民間事業者に一括して委ねる方式である(従来は、建設、管理などが分断的な形で委託されていた)。 日本においては、 民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(平成11年法律第117号)が制定され、この法律に基づいてPFIが行われることとなる。但し、この法律においては「準備行政における契約」および「給付行政における契約」の領域のみが対象とされている。

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行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第8回 行政裁量論(その2)

2015年07月23日 12時01分18秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

 (「その1」はこちら。)

 4.裁量の逸脱(踰越)と濫用

 勿論、裁量といえども無制約に認められる訳ではない。行政庁が裁量権を逸脱し、または濫用した場合には、違法となる。従って、「自由裁量」行為であっても、裁量権の逸脱・濫用があった場合には、これを裁判所が違法なものとして取り消すことができる。行政事件訴訟法第30条は、このことを確認的に規定している。

 このことから、前述の自由裁量は、少なくとも純粋な形のそれは、現行の法体系において認められえない、ということになる。

 判例においては、逸脱と濫用が明確に区別されていないが、敢えて区別するなら、裁量権の逸脱は、法律によって画定された裁量権の限界を超えていると認められる場合のことであり、裁量権の濫用とは、(表向きは)裁量権の範囲に留まってはいるが、(実は)恣意的に、著しく不公正な行為を行った場合のことである。

 

 5.裁量に対する統制―司法審査における裁量の扱われ方―その1

 裁量に対する司法審査の方法として、大別すれば、裁量の実体的側面を審査する場合と手続的側面を審査する場合とがある。まず、実体的側面を審査する場合を概観する。

 (1)重大な事実誤認

 これは当然のことであり、裁量行為に限られるものではないが、国公立大学において或る学生に懲戒に該当する事実がないのに懲戒として退学処分にすることは、裁量権の逸脱と評価される。

 ●最三小判昭和29年7月30日民集8巻7号1501頁

 判旨:「大学の学生に対する懲戒処分は、教育施設としての大学の内部規律を維持し教育目的を達成するために認められる自律的作用にほかならない。そして、懲戒権者たる学長が学生の行為に対し懲戒処分を発動するに当り、その行為が懲戒に値するものであるかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決するについては、当該行為の軽重のほか、本人の性格および平素の行状、右行為の他の学生に与える影響、懲戒処分の本人および他の学生におよぼす訓戒的効果等の諸般の要素を考量する必要があり、これらの点の判断は、学内の事情に通ぎようし直接教育の衝に当るものの裁量に任すのでなければ、適切な結果を期することができないことは明らかである。それ故、学生の行為に対し、懲戒処分を発動するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶかを決定することは、その決定が全く事実上の根拠に基かないと認められる場合であるか、もしくは社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えるものと認められる場合を除き、懲戒権者の裁量に任されているものと解するのが相当である。」(下線は引用者による。以下の黄色マーカーなども同じ。)

 ●最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁

 判旨:「処分が違法となるのは、それが法の認める裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限られるのであり、また、その場合に限り裁判所は当該処分を取り消すことができるものであつて、行政事件訴訟法三〇条の規定はこの理を明らかにしたものにほかならない。」

 「法が処分を行政庁の裁量に任せる趣旨、目的、範囲は各種の処分によつて一様ではなく、これに応じて裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法とされる場合もそれぞれ異なるものであり、各種の処分ごとにこれを検討しなければならないが、これを出入国管理令二一条三項に基づく法務大臣の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断の場合についてみれば、右判断に関する前述の法務大臣の裁量権の性質にかんがみ、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法となるものというべきである。したがつて、裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するにあたつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である。」

 ●最一小判平成18年9月14日判時1951号39頁

 事案:第二東京弁護士会に所属する弁護士Xは、土地の賃貸借契約の更新拒絶を受けて明渡交渉を依頼されたが、解決金の一部を受領したにもかかわらず虚偽の報告を行い、独断で明渡について再交渉を行い、追加の立退料を受領したにもかかわらず秘匿していた、などの理由により、弁護士法第56条第1項にいう「品位を失うべき非行」に当たるとして、業務停止3か月の懲戒処分を受けた。Xは、同第59条に基づいてY(日本弁護士連合会)に審査請求を行ったが、Yは棄却裁決を下した。そこで、Xはこの裁決の取消を求めて出訴した。一審東京高判平成14年12月1日判例集未登載はXの請求を認容したので、Yが上告した。最高裁判所第一小法廷は、一審判決を破棄し、Xの請求を棄却した。

 判旨:「懲戒の可否、程度等の判断においては、懲戒事由の内容、被害の有無や程度、これに対する社会的評価、被処分者に与える影響、弁護士の使命の重要性、職務の社会性等の諸般の事情を総合的に考慮することが必要である。したがって、ある事実関係が「品位を失うべき非行」といった弁護士に対する懲戒事由に該当するかどうか、また、該当するとした場合に懲戒するか否か、懲戒するとしてどのような処分を選択するかについては、弁護士会の合理的な裁量にゆだねられているものと解され、弁護士会の裁量権の行使としての懲戒処分は、全く事実の基礎を欠くか、又は社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法となるというべきである。

 ▲以上の判決では「全く事実の基礎を欠く」という文言(基準?)が示されている。

 ●最三小判平成18年2月7日民集60巻2号401頁(Ⅰ-77。呉市学校施設使用不許可事件)

 事案:X(原告、被控訴人、被上告人)は、広島県内の公立小中学校等に勤務する教職員によって組織された職員団体である。Xは、呉市内の中学校において1999年11月13日および14日に第49次広島県教育研究集会を行うこととし、同年9月に同中学校長に対して口頭で体育館の使用許可を申し出た。同校長は一旦了承したが、呉市教育委員会委員長が以上の事実を知り、同校長を呼び出して協議し、使用許可を出さないことを決定した。Xは使用許可申請書を同市教育委員会に提出していたが、同年10月31日付で同市教育委員会は学校施設使用不許可決定通知書をXに対して交付した。その理由として、会場となる予定の中学校およびその周辺の学校や地域に混乱を招いて児童生徒に教育上悪影響を与え、学校教育に支障を来すことが予想される、とされた。Xは、呉市(被告、控訴人、上告人)に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した。

 広島地判平成14年3月28日民集60巻2号443頁はXの請求を一部認め、広島高判平成15年9月18日民集60巻2号471頁も前掲広島地判を支持したため、呉市が上告したが、最高裁判所第三小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「学校施設は、一般公衆の共同使用に供することを主たる目的とする道路や公民館等の施設とは異なり、本来学校教育の目的に使用すべきものとして設置され、それ以外の目的に使用することを基本的に制限されている(学校施設令1条、3条)ことからすれば、学校施設の目的外使用を許可するか否かは、原則として、管理者の裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。」

 「管理者の裁量判断は、許可申請に係る使用の日時、場所、目的及び態様、使用者の範囲、使用の必要性の程度、許可をするに当たっての支障又は許可をした場合の弊害若しくは影響の内容及び程度、代替施設確保の困難性など許可をしないことによる申請者側の不都合又は影響の内容及び程度等の諸般の事情を総合考慮してされるものであり、その裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの司法審査においては、その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討しその判断が、重要な事実の基礎を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限って、裁量権の逸脱又は濫用として違法となるとすべきものと解するのが相当である。」

 ▲この判決の黄色マーカーの部分は、後に扱う判断過程審査に関わる部分であり、下線の部分は重大な事実誤認に関する部分である。

 ●最一小判平成18年11月2日民集60巻9号3249頁(Ⅰ-79。小田急高架化訴訟)

 事案:東京都知事(被上告参加人)は、平成5年2月1日付で、都市計画法第21条第2項・第18条第1項に基づき「東京都市計画都市高速鉄道第9号線」を変更し、小田急小田原線の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの区間を複々線化し、さらに成城学園前付近を堀割式とする以外は高架式とする旨の都市計画を告示した。これに対し、沿線住民らは、周辺地域に与える影響や事業費の面で問題のある複々線化・高架化を採用したことが違法であるとして、この都市計画などを認可した建設省関東地方整備局長を被告として、訴訟を提起した。東京地判平成13年10月3日判時1764号3頁は沿線住民らの請求を認容したが、東京高判平成15年12月18日訟月50巻8号2322頁が原判決を取り消し、請求を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、沿線住民らの上告を棄却した。

 判旨:「都市計画法は、都市計画について、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと等の基本理念の下で(2条)、都市施設の整備に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総合的に定めなければならず、当該都市について公害防止計画が定められているときは当該公害防止計画に適合したものでなければならないとし(13条1項柱書き)、都市施設について、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めることとしているところ(同項5号)、このような基準に従って都市施設の規模、配置等に関する事項を定めるに当たっては、当該都市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で、政策的、技術的な見地から判断することが不可欠であるといわざるを得ない。そうすると、このような判断は、これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって、裁判所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たっては、当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として、その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。」

 ▲この判決の黄色マーカーの部分は、後に扱う判断過程審査に関わる部分であり、下線の部分は重大な事実誤認に関する部分である。

 ▲以上の二判決では「重要な事実の基礎を欠く」、「基礎とされた重要な事実に誤認がある」となっており、「全く」→「重要な」と変化している。

 もっとも、既に述べたように、事実認定に裁量の余地を認めるべきではない。それにもかかわらず、重大な事実誤認が裁量権行使の違法事由とされることについては、次のように考えるべきであろう。事実認定は法律に定められる要件に該当するか否かの判断を左右する。従って、事実誤認により、例えば行政庁が誤って裁量権があるものと考えて判断をなすことにより、違法な結論が導かれうる。換言すれば、事実誤認は法律要件該当性の判断を左右するので、裁量権の逸脱・濫用につながりうるのである。

 (2)目的違反(動機違反)

 裁量は、授権(法律)規定の趣旨・目的に沿わなければならないのであり、問題となっている行政行為の根拠規定によってカヴァーされない目的のために裁量権を行使することは許されない。

 ●最二小判昭和48年9月14日民集27巻8号925頁

 事案:原告は広島県内の公立学校長の職にあった。しかし、被告(広島県教育委員会)は、昭和34年2月21日付で、原告が学校の予算執行その他の職務執行に関し、しばしば職務上の上司の職務上の命令に違反する等校長としての適格性を欠くものと認められるとして、地方公務員法第28条第1項第3号に基づき、原告を公立学校教員教諭に降任する旨の分限処分を行った。原告は、これを違法として広島県人事委員会に審査請求を行ったが、同委員会の裁決を経ることなく、原告は分限処分の取消を求めて出訴した。広島地判昭和41年7月12日行集17巻7・8号792頁は原告の請求を認め、広島高判昭和43年6月4日民集27巻8号1061頁は被告の控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、広島高等裁判所判決を破棄し、事件を同裁判所に差し戻した。

 判旨:「分限処分については、任命権者にある程度の裁量権は認められるけれども、もとよりその純然たる自由裁量に委ねられているものではなく、分限制度の上記目的と関係のない目的や動機に基づいて分限処分をすることが許されないのはもちろん、処分事由の有無の判断についても恣意にわたることを許されず、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断するとか、また、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤つた違法のものであることを免れないというべきである。そして、任命権者の分限処分が、このような違法性を有するかどうかは、同法(注:地方公務員法)八条八項にいう法律問題として裁判所の審判に服すべきものであるとともに、裁判所の審査権はその範囲に限られ、このような違法の程度に至らない判断の当不当には及ばないといわなければならない」。

 ▲この判決では、一般論ではあるが裁量行為が違法であると判断される場合が列挙されている。

 ・制度の目的と無関係の目的や動機に基づいて裁量行為が行われた場合

 ・処分事由の有無の判断について恣意に渡っている場合

 ・考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断した場合

 ・判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えた不当なものである場合

 ●東京地判昭和44年7月8日行裁例集20巻7号842頁

 Xは、北京・上海日本工業展覧会の実施団体で、電子工業関係の製品などを出品するため、貨物の輸出承認の申請を行った。これに対し、通商産業大臣は、対共産圏輸出統制委員会(ココム)の申し合わせで輸出を制限された物資に該当するとして不承認の処分を行った。Xは、この処分により出品が不可能になったとして国家賠償を請求した。東京地方裁判所は、国家賠償の請求を棄却したが、本件の不承認処分が輸出貿易管理令第1条第6号の趣旨を逸脱するものであるとして違法であると認定した。

 ※対共産圏輸出統制委員会(Coordinating Committee for Export to Communist Area)は、共産圏諸国(東側諸国)に対する戦略物資や技術の輸出を禁止・制限することを目的として、1949年に発足した協定機関であり、本部はパリに置かれていた。日本の他、北大西洋条約機構加盟国(アイスランドを除く)が加盟していた。1994年に解体されている。

 ●最二小判昭和53年6月16日刑集32巻4号605頁(Ⅰ―72)

 被告会社は、某県公安委員会に個室付公衆浴場の営業許可を申請した。しかし、この計画を知った某町は、個室付公衆浴場の予定地である場所から200mも離れていない場所に児童遊園を設置するために県知事に認可を申請し、被告会社への営業許可よりも早い日に認可を得た。被告会社は個室付公衆浴場を開業したため、風俗営業等取締法違反に問われて起訴された。最高裁判所第二小法廷は、被告会社を無罪とする判決を言い渡した。この判決において、本件の児童遊園の設置が専ら被告会社の営業を規制(阻止)することを目的としており、これを受け入れた認可は行政権の濫用にあたる、とされている。判旨は妥当と思われるが、芝池義一『行政法総論講義』〔第4版補訂版〕(2006年、有斐閣)82頁は疑念を示している。

 (3)信義則違反

 信義誠実の原則は、行政権の裁量行使に対する歯止めともなりうる。

 ●最三小判平成8年7月2日判時1578号51頁

 事案:外国籍のX(被上告人)は、日本国籍の女性と結婚して日本への上陸を許可された。Xは妻と別居したが、やはり在留許可を得ていた。しかし、妻がXとの間の婚姻無効確認訴訟を提起し、その訴訟の係属中に、法務大臣Y(上告人)はXの意に反して在留資格を短期滞在に変更して許可を行った。そして、この訴訟の控訴審判決が確定した後に、YはXの在留期間更新申請に対して不許可とする処分を行った。なお、この処分の後、妻はXを相手に離婚請求訴訟を提起している。

 判旨:「『短期滞在』の在留資格で本邦に在留する外国人から在留期間の更新申請がされた場合において、上告人は、通常であれば、当該外国人につき、『短期滞在』の在留資格に対応する出入国管理及び難民認定法別表第一の三下欄の活動を引き続き行わせることを適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかを判断すれば足り、他の在留資格に対応する活動を行わせることを適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかについて考慮する必要のないことは、一応所論のとおりである」が、本件の場合は、Xが「本邦における在留を継続してきていたが」YがXの「本邦における活動は、もはや日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当しないとの判断の下に、被上告人の意に反して、その在留資格を同法別表第一の三所定の『短期滞在』に変更する旨の申請ありとして取り扱い、これを許可する旨の処分をし、これにより、被上告人が『日本人の配偶者等』の在留資格による在留期間の更新を申請する機会を失わせたものと判断されるのであ」り、Xの「活動は、日本人の配偶者の身分を有するものとしての活動に該当するとみることができないものではない」。そのため、Xの「在留資格が『短期滞在』に変更されるに至った右経緯にかんがみれば、上告人は、信義則上、『短期滞在』の在留資格による被上告人の在留期間の更新を許可した上で、被上告人に対し、『日本人の配偶者等』への在留資格の変更申請をして被上告人が『日本人の配偶者等』の在留資格に属する活動を引き続き行うのを適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかにつき公権的判断を受ける機会を与えることを要したものというべきである。」

 (4)平等原則違反

 ●最二小判昭和30年6月24日民集9巻7号930頁

 米供出個人割当通知の違法性が争われた事件で、最高裁判所第二小法廷は、結論として原告(上告人)の請求を認めなかったが、一般論として「行政庁は、何等いわれがなく特定の個人を差別的に取扱いこれに不利益を及ぼす自由を有するものではなく、この意味においては、行政庁の裁量権には一定の限界があるものと解すべきである」と述べている。

 (5)比例原則違反

 これを明示する判決も存在する。最三小判昭和52年12月20日民集31巻7号1101頁は、比例原則との関係において疑問が出されている。結局のところ、「社会通念上著しく妥当性を欠く」という言葉の意味が明確でないためである。

 ●(公務員の懲戒処分)最一小判平成24年1月16日判時2147号127頁①および②

 事案:複数の事件について審理が行われ、判決が下されたが、事案はほぼ共通する。すなわち、原告らは、卒業式、入学式、創立30周年記念式典などにおける国歌斉唱の際に起立斉唱を行わなかった、国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否した、国歌斉唱の開始前または途中で退席したなどの理由で、東京都教育委員会から3か月の停職処分、1か月の停職処分、1か月分について1割の減給処分などを受けた。これらの処分の妥当性が争われた訳である。

 判旨:最高裁判所第一小法廷は、以下のように述べ、一部の懲戒処分については違法であると判断した(便宜上、二つの判決をまとめた)。

 「公務員に対する懲戒処分について、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものと解される」〔前掲最三小判昭和52年12月20日、最一小判平成2年1月18日民集44巻1号1頁(Ⅰ-54。伝習館高校事件)を参照〕。本件のような事例において「不起立行為に対する懲戒において戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては、本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となるものといえる」のであり、「不起立行為に対する懲戒において戒告、減給を超えて停職の処分を選択することが許容されるのは、過去の非違行為による懲戒処分等の処分歴や不起立行為の前後における態度等(以下、併せて「過去の処分歴等」という。)に鑑み、学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であることを要すると解すべきであ」り、「過去2年度の3回の卒業式等における不起立行為による懲戒処分を受けていることのみを理由に同上告人に対する懲戒処分として停職処分を選択した都教委の判断は、停職期間の長短にかかわらず、処分の選択が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き、上記停職処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を超えるものとして違法の評価を免れないと解するのが相当である」。

 また、「減給処分は、処分それ自体によって教職員の法的地位に一定の期間における本給の一部の不支給という直接の給与上の不利益が及び、将来の昇給等にも相応の影響が及ぶ」ことなどに鑑みれば、減給処分を選択することが許されるのは「学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であることを要すると解すべきであ」り、「例えば過去の1回の卒業式等における不起立行為等による懲戒処分の処分歴がある場合に、これのみをもって直ちにその相当性を基礎付けるには足りず、上記の場合に比べて過去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであるなど、過去の処分歴等が減給処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要するというべきであ」り、本件については「学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から、なお減給処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情があったとまでは認め難いというべきである」。

 (6)国民の権利・自由

 憲法により国民に認められる権利や利益を不当に侵害することは許されない。

 ●最二小判平成8年3月8日民集50巻3号469頁(Ⅰ―84)

 事案:神戸高専事件などとも言われ、憲法判例としても有名な事件である。公立の工業高等専門学校において、体育実技として剣道が必修科目とされていた。原告らは信仰上の理由から履修を拒否し、代替措置を申し入れたが受け入れられず、体育の成績も認定されなかった。学校長は原告らを原級留置処分とし、結局は退学処分とした。原告らはこれらの処分の取消を求めて出訴したが、神戸地判平成5年2月22日行集45巻12号2108頁および神戸地判平成5年2月22日行集行集45巻12号2134頁は原告らの請求を棄却した。これに対し、大阪高判平成6年12月22日行集45巻12号2069頁は原告らの請求を認容したため、学校長が上告した。最高裁判所第二小法廷は、上告を棄却した。

 判旨:「高等専門学校の校長が学生に対し原級留置処分又は退学処分を行うかどうかの判断は、校長の合理的な教育的裁量にゆだねられるべきものであり、裁判所がその処分の適否を審査するに当たっては、校長と同一の立場に立って当該処分をすべきであったかどうか等について判断し、その結果と当該処分とを比較してその適否、軽重等を論ずべきものではなく、校長の裁量権の行使としての処分が、全く事実の基礎を欠くか又は社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである」〔前掲最三小判昭和29年7月30日、最三小判昭和49年7月19日民集28巻5号790頁(Ⅰ-7)、前掲最三小判昭和52年12月20日を参照〕。しかし、本件各処分により学生が受ける不利益は極めて大きいものであり、言句らが「それらによる重大な不利益を避けるためには剣道実技の履修という自己の信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせられるという性質を有するものであったことは明白である」から、学校長は「前記裁量権の行使に当たり、当然そのことに相応の考慮を払う必要があったというべきである」。結局、「信仰上の理由による剣道実技の履修拒否を、正当な理由のない履修拒否と区別することなく、代替措置が不可能というわけでもないのに、代替措置について何ら検討することもなく、体育科目を不認定とした担当教員らの評価を受けて、原級留置処分をし、さらに、不認定の主たる理由及び全体成績について勘案することなく、二年続けて原級留置となったため進級等規程及び退学内規に従って学則にいう『学力劣等で成業の見込みがないと認められる者』に当たるとし、退学処分をしたという上告人の措置は、考慮すべき事項を考慮しておらず、又は考慮された事実に対する評価が明白に合理性を欠き、その結果、社会観念上著しく妥当を欠く処分をしたものと評するほかはなく、本件各処分は、裁量権の範囲を超える違法なものといわざるを得ない」。

 私は、この判決の妥当性に疑問を持っているが、憲法学および行政法学の評価は高い。なお、注意しなければならないのは、あくまでも学校長の裁量権行使について逸脱・濫用が認められたのであって、裁量権そのものが否定された訳ではない、ということである。

 ●大阪地判昭和59年7月19日行裁例集35巻5号2037頁

 在日外国人に対する法務大臣の特別在留許可拒否処分について、原告が日本において長期間にわたり築き上げた生活を奪うことになり、妻子の生存にも重大な影響を与える場合に、裁量権の逸脱・濫用があるとして違法と判断した。本件の場合、原告が外国人であるとはいえ、出生から出訴当時まで日本に生活の基盤を置いていた、という事情がある。この点に注意しておきたい。

 (7)義務の懈怠

 国家賠償関係の判決において見られる基準であり、裁量収縮論と関係する。裁量収縮論とは、行政庁に裁量が認められている場合であっても、一定の場合においては、その裁量の幅が小さくなり、一定の行為をなすことを義務づけられるという理論である。但し、日本においては裁量権消極的濫用論が一般的に採用される。

 

 5.裁量に対する統制―司法審査における裁量の扱われ方―その2

 学説においては、行政権の裁量行使に対する司法審査の在り方として、行政庁の判断形成過程(の合理性)に対する司法審査が注目されている。これは、行政庁がなすべき具体的な比較考量・価値考量の場面において、

 ・考慮すべき要素・価値を正しく考量したか、

 ・考慮すべきでない事項、または過大に評価すべきでない事項を不適切に考量していないか、

という観点から司法審査を行う方法である。考慮すべき事項を考慮しない場合、または考慮において評価や判断を誤った場合には、行政庁の裁量権行使を違法とする理由となる訳である。

 今回取り上げた判決では、前掲最三小判平成18年2月7日、前掲最一小判平成18年11月2日、前掲最二小判昭和48年9月14日および前掲最二小判平成8年3月8日が判断形成過程に着目しているところである。私見によれば、判断過程に対する審査は、実体的審査において目的違反(動機違反)を理由として裁量行為を違法と断定する場合と類似し、その場合の変種といいうるのではないかと考えられる。

 ●東京地判昭和38年12月25日行集14巻12号2255頁(群馬中央バス事件一審判決)

 事案 後に紹介する最一小判昭和50年5月29日民集29巻5号662頁の一審判決である。X(バス会社)は営業路線の延長を求めて免許を申請した。東京陸運局長は聴聞を行い、運輸審議会に諮問した。同審議会も公聴会を開き、原告や利害関係人などの意見を聴取して、Xの申請を却下すべしとする答申を陸運局長に対して行った。これを受け、陸運局長は却下処分をした。これに対し、Xは訴願を提起せずに直ちに出訴した。東京地方裁判所はXの請求を認めた。

 判旨:「行政庁が国民の権利自由の規制にかかる処分をするにあたつて、現行法制上なんらの手続規定がなく、またはこれが簡略なものであつて、いかなる手続を採用するかを一応行政庁の裁量に委ねているようにみえる場合でも、この点に関する行政庁の裁量権にはなんらの制約がないものと解することはできない。(中略)また、この種の処分が行政庁の裁量判断に基づいて行われる場合、処分の掌に当る行政庁は、法の趣旨からして本来考慮に加うべからざる事項を考慮(以下本件において、これを「他事考慮」という。)して処分を行つてはならないことは当然であるから、行政庁は、できるかぎり他事考慮を疑われることのないような手続によつて処分を実施する義務があり、この点においても、いかなる手続を採用すべきかについての行政庁の裁量権には制約があるのであつて、国民は、他事考慮を疑われることのないような手続によつて処分を受くべき手続上の保障を享有するものといわねばならない」。

 ●東京高判昭和48年7月13日行裁例集24巻6・7号533頁(日光太郎杉事件控訴審判決)

 事案:栃木県知事は、国道の拡幅のためにX(日光東照宮)の境内地について土地収用法第16条による事業認定を建設大臣に申請した。この事業によると、日光の名木太郎杉などが伐採されることになるのであるが、建設大臣は事業認定を行った。これに対し、Xが事業認定や収用裁決などの取消しを求めて出訴した。宇都宮地判昭和44年4月9日行集20巻4号373頁はXの請求を認容した。東京高等裁判所もXの請求を認めた。

 判旨:「土地収用法第20号第3号にいう『事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること』という要件は、その土地がその事業の用に供されることによつて得らるべき公共の利益と、その土地がその事業の用に供されることによつて失なわれる利益(この利益は私的なもののみならず、時としては公共の利益をも含むものである。)とを比較衡量した結果前者が後者に優越すると認められる場合に存在するものであると解するのが相当である。そうして、控訴人建設大臣の、この要件の存否についての判断は、具体的には本件事業認定にかかる事業計画の内容、右事業計画が達成されることによつてもたらされるべき公共の利益、右事業計画策定及び本件事業認定に至るまでの経緯、右事業計画において収用の対象とされている本件土地の状況、その有する私的ないし公共的価値等の諸要素、諸価値の比較衡量に基づく総合判断として行なわるべきものと考えられる」。そして、「この点の判断が前認定のような諸要素、諸価値の比較考量に基づき行なわるべきものである以上、同控訴人がこの点の判断をするにあたり、本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、その結果当然尽すべき考慮を尽さず、または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れもしくは本来過大に評価すべきでない事項を過重に評価し、これらのことにより同控訴人のこの点に関する判断が左右されたものと認められる場合には、同控訴人の右判断は、とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤りがあるものとして、違法となるものと解するのが相当である」。本件の場合は「本件土地付近のもつかけがいのない文化的諸価値ないしは環境の保全という本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し、その結果右保全の要請と自動車道路の整備拡充の必要性とをいかにして調和させるべきかの手段、方法の探究において、当然尽すべき考慮を尽さず」、「オリンピツクの開催に伴なう自動車交通量増加の予想という、本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れ」、「暴風による倒木(これによる交通障害)の可能性および樹勢の衰えの可能性という、本来過大に評価すべきでないことがらを過重に評価した」ことで「その裁量判断の方法ないし過程に過誤があり、これらの過誤がなく、これらの諸点につき正しい判断がなされたとすれば、控訴人建設大臣の判断は異なつた結論に到達する可能性があつたものと認められる」。

 ●最二小判平成18年9月4日訟月54巻8号1585頁(林試の森事件)

 事案:建設大臣は、旧都市計画法第3条に基づき、「東京都市計画公園第23号目黒公園」(後に「東京都市計画公園第5・5・25号目黒公園」に変更)に関する都市計画の決定(本件都市計画決定)を行い、昭和32年12月21日付で告示した。この公園は林業試験場(農林省の附属機関)の跡地を利用したものであり、都市計画法第4条第5項に定められる都市施設である。本件都市計画決定は、林業試験場の南門の位置に目黒公園の南門を設けるとしており、この南門と区道との接続部分として原告らの所有に係る土地を本件公園の区域に含むとしていた。東京都が原告らの所有地に南門と区道との接続部分を整備することを内容とする認可の申請を行い、建設大臣は認可を行って平成8年12月2日付で告示した。これに対し、原告らがこの認可の取消を求めて出訴した。東京地判平成14年8月27日訟月49巻1号325頁は原告らの請求を認めたが、東京高判平成15年9月11日訟務月報50巻4号1334頁は被告の控訴を容れて原告らの請求を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、東京高等裁判所判決を破棄し、事件を同裁判所に差し戻した(なお、差戻の後に訴えが取り下げられている)。

 判旨:「都市施設は,その性質上,土地利用,交通等の現状及び将来の見通しを勘案して,適切な規模で必要な位置に配置することにより,円滑な都市活動を確保し,良好な都市環境を保持するように定めなければならないものであるから,都市施設の区域は,当該都市施設が適切な規模で必要な位置に配置されたものとなるような合理性をもって定められるべきものである。この場合において,民有地に代えて公有地を利用することができるときには,そのことも上記の合理性を判断する一つの考慮要素となり得ると解すべきである」。一方、「原審は,南門の位置を変更し,本件民有地ではなく本件国有地を本件公園の用地として利用することにより,林業試験場の樹木に悪影響が生ずるか,悪影響が生ずるとして,これを樹木の植え替えなどによって回避するのは困難であるかなど,樹木の保全のためには南門の位置は現状のとおりとするのが望ましいという建設大臣の判断が合理性を欠くものであるかどうかを判断するに足りる具体的な事実を確定していないのであって,原審の確定した事実のみから,南門の位置を現状のとおりとする必要があることを肯定し,建設大臣がそのような前提の下に本件国有地ではなく本件民有地を本件公園の区域と定めたことについて合理性に欠けるものではないとすることはできないといわざるを得ない」。また、「樹木の保全のためには南門の位置は現状のとおりとするのが望ましいという建設大臣の判断が合理性を欠くものであるということができる場合には,更に,本件民有地及び本件国有地の利用等の現状及び将来の見通しなどを勘案して,本件国有地ではなく本件民有地を本件公園の区域と定めた建設大臣の判断が合理性を欠くものであるということができるかどうかを判断しなければならないのであり,本件国有地ではなく本件民有地を本件公園の区域と定めた建設大臣の判断が合理性を欠くものであるということができるときには,その建設大臣の判断は,他に特段の事情のない限り,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものとなるのであって,本件都市計画決定は,裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となるのである」。

 

 6.裁量に対する統制―司法審査における裁量の扱われ方―その3

 もう一つの司法審査の方法として、行政行為に至る手続に対する審査(純粋な手続的コントロール)がある。行政手続が公正であれば、行政決定も公正であると考えることができるであろう。逆に、行政手続が不公正なものであれば、その結果として得られる行政決定も不公正なものとなる蓋然性は非常に高い。

 ●最一小判昭和46年10月28日民集25巻7号1037頁(個人タクシー事件、Ⅰ―125)

 事案:行政手続法の制定に大きな影響を与えた判決として有名なものである。Xは新規の個人タクシー営業免許を申請した。陸運局長Yはこれを受理し、聴聞を行ったが、道路運送法第6条に規定された要件に該当しないとして申請を却下する処分を行った。Xは、聴聞において自己の主張と証拠を十分に提出する機会を与えられなかったなどとして出訴した。東京地判昭和38年9月18日行集14巻9号1666頁はXの請求を認め、東京高判昭和40年9月16日行集16巻9号1585頁も原告の請求を認めた。最高裁判所第一小法廷も原告の請求を認め、本件の審査手続に瑕疵があったとしてYの申請却下処分を違法と判断した。

 判旨:「本件におけるように、多数の者のうちから少数特定の者を、具体的個別的事実関係に基づき選択して免許の許否を決しようとする行政庁としては、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められるような不公正な手続をとつてはならないものと解せられる」。道路運送法第6条は「右六条は抽象的な免許基準を定めているにすぎないのであるから、内部的にせよ、さらに、その趣旨を具体化した審査基準を設定し、これを公正かつ合理的に適用すべく、とくに、右基準の内容が微妙、高度の認定を要するようなものである等の場合には、右基準を適用するうえで必要とされる事項について、申請人に対し、その主張と証拠の提出の機会を与えなければならないというべきである。免許の申請人はこのような公正な手続によつて免許の許否につき判定を受くべき法的利益を有するものと解すべく、これに反する審査手続によつて免許の申請の却下処分がされたときは、右利益を侵害するものとして、右処分の違法事由となるものというべきである」。

 ●最一小判昭和50年5月29日民集29巻5号662頁(群馬中央バス事件、Ⅱ―126)

 事案:これも、行政手続法の制定に大きな影響を与えた判決として有名なものである。前掲東京地判昭和38年12月25日を参照。なお、東京高判昭和42年7月25日行集18巻7号1014頁はXの請求を棄却している。最高裁判所第一小法廷もXの請求を棄却した。

 判旨:「一般に、行政庁が行政処分をするにあたつて、諮問機関に諮問し、その決定を尊重して処分をしなければならない旨を法が定めているのは、処分行政庁が、諮問機関の決定(答申)を慎重に検討し、これに十分な考慮を払い、特段の合理的な理由のないかぎりこれに反する処分をしないように要求することにより、当該行政処分の客観的な適正妥当と公正を担保することを法が所期しているためであると考えられるから、かかる場合における諮問機関に対する諮問の経由は、極めて重大な意義を有するものというべく、したがつて、行政処分が諮問を経ないでなされた場合はもちろん、これを経た場合においても、当該諮問機関の審理、決定(答申)の過程に重大な法規違反があることなどにより、その決定(答申)自体に法が右諮問機関に対する諮問を経ることを要求した趣旨に反すると認められるような瑕疵があるときは、これを経てなされた処分も違法として取消をまぬがれないこととなるものと解するのが相当である。そして、この理は、運輸大臣による一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否についての運輸審議会への諮問の場合にも、当然に妥当するものといわなければならない」。

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