1.行政事件訴訟制度の歴史的変遷
行政事件に関する裁判制度には、大別して二つのものがある。
一つは、民事事件および刑事事件を扱う通常の裁判所が行政事件をも扱う制度であり、これは英米法系の国々を中心に見られる。
もう一つは、行政事件のみを扱う裁判所を設ける制度であり、フランスやドイツなどにおいて存在する。この場合、行政裁判所が行政権として位置づけられる場合(フランス、第二次世界大戦以前のドイツ)と、司法権として位置づけられる場合(第二次世界大戦後のドイツ)とがある。ドイツの場合、通常裁判所の他、行政裁判所、労働裁判所、社会裁判所、財政裁判所が設けられている。
歴史的な観点に立つと、行政事件訴訟制度は、大日本帝国憲法時代と日本国憲法制定以後とで大きく異なっており、日本国憲法制定以後も何度かの大きな変更を受けている。
大日本帝国憲法第61条は「行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス」と規定し、行政行為などを大審院以下の通常裁判所の管轄から外した。これは当時のドイツの影響を受けたものであり、行政裁判所法を制定して通常裁判所とは全く別系統の裁判所、すなわち特別裁判所としての行政裁判所を設置した。しかも、行政裁判所は行政組織と位置づけられていた※。また、行政裁判所法は列記主義を採用していたため(訴願法も同様である)、同法に定められた行政行為(処分)についてのみ争うことができた。また、訴願前置主義を採用していたため、訴願を経ないで裁判を提起することは認められていなかった。
※第二次世界大戦以前のドイツにおいての行政裁判所も、司法権ではなく、行政権に属していた。なお、ドイツ連邦共和国における行政裁判所は、司法権に属する。
日本国憲法は、行政事件訴訟制度をも大きく変えることとなった。まず、第32条により、行政事件訴訟についても裁判を受ける権利が保障されることとなった。そして、第76条により、司法権は最高裁判所およびその系列にある下級裁判所が担当することとなり、特別裁判所は禁止された。そのため、行政機関は、終審として裁判を行えないこととなった(但し、前審としてならばよい)。裁判所法第3条第1項は、裁判所が「法律上の争訟」を扱うこととしているので、行政事件訴訟について列記主義を採用し続けることはできなくなり、概括主義が採られることとなった。
日本国憲法の下において、行政裁判所法を廃止しなければならなかったのは当然であるが、英米法の体系になじんでこなかった日本において、行政事件を完全に民事訴訟法の下にて扱うことには抵抗があったようである。そこで、1947(昭和22)年に日本国憲法の施行に伴う民事訴訟法の応急的措置に関する法律が制定された。これは出訴期間の限定以外に民事訴訟と異なる扱いを規定するものではなかった。この頃に平野事件※が発生したことにより、1948(昭和23)年に行政事件訴訟特例法が制定された。この法律も民事訴訟法に対する特別法としての意味を持っていたが、出訴期間を置いたこと、行政行為(処分)の執行不停止原則を定めている。この法律も不十分なままに制定されたため、1962(昭和37)年に、現在の行政事件訴訟法が制定されたのである。
※平野事件とは、当時、社会党右派に属していた平野力三議員が公職追放覚書該当処分を受けた事件のことである。平野氏は、この処分の無効確認を求め、あわせて地位の保全を求める仮処分を求める訴訟を東京地方裁判所に起こした。昭和23年2月2日、同地裁は平野氏の請求を認める効力停止仮処分決定を下した。しかし、これについて連合軍総司令部(GHQ)は不信感を抱き抗議した上で、最高裁判所長官に対して指示をした。その結果、東京地方裁判所の仮処分決定は取り消された。
行政事件訴訟法の位置づけについては、立法論を含めて議論がありうるが、少なくとも、民事訴訟法に対する単なる特別法に留まるものではない。むしろ、行政事件訴訟に関する一般法と考えてよい(後述を参照)。もっとも、行政事件訴訟法第7条は、口頭弁論や証拠などに関して「民事訴訟の例による」と規定している。
そして、長らく行政事件訴訟法は大きな改正を経ずに現行法として施行されてきたが、2004(平成16)年に大きく改正され、2005(平成17)年4月1日から施行された。
2.「法律上の争訟」の意味
行政事件訴訟法の内容に入る前に、裁判所法第3条第1項にいう「法律上の争訟」について概観しておかなければならない(憲法学の基本書も熟読のこと!)。これは、司法権の観念の構成要素であり、司法審査の対象の範囲を画定するものでもある。
自律権、統治行為論や部分社会の法理も司法権の限界として論じられるが、これらは「法律上の争訟」の問題ではない。例えば、統治行為論の場合、事案が「法律上の争訟」に該当するにもかかわらず、司法審査の対象から外すのである。部分社会の法理についても同様である※。
※塩野宏『行政法Ⅱ』〔第五版補訂版〕(2013年、有斐閣)280頁も参照。
「法律上の争訟」の意味については諸説が存在するが、最三小判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁(「板まんだら」事件)は、「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の通用によって終局的に解決できるもの」と述べている。これを細分化すると、事件性の要件として二つに分割される。
まず、事件性の要件Ⅰである。これは、問題の事案が「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争」でなければならない、という要件である。さらに詳しく述べるならば、次のようになる。
第一に、紛争が現実的でなければならない。現実に紛争が起こっていないが抽象的に法令の効力を争うことは、この要件を満たさない〔最大判昭和27年10月8日民集6巻9号783頁(警察予備隊訴訟、Ⅱ―149)、最二小判平成3年4月19日民集45巻4号518頁(最高裁判所規則訴訟)〕。
第二に、訴訟当事者間の関係が対立的でなければならない。すなわち、当事者間に権利や法的利益に関する紛争がなければならない。民衆訴訟や機関訴訟は、当事者間に権利や法的利益に関する紛争がある場合の訴訟ではないため、法律に特別の定めがある場合にのみ認められるのである。この点について問題となったのが、第19回において扱った最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁(Ⅰ―115)である。
裁判所において争われる多くの事件は、要件Ⅰを充足すれば「法律上の争訟」に該当することとなる。しかし、常にそうである訳ではない。少数ではあるが「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争」であっても「法律上の争訟」にあたらない場合がありうる。そのために、事件性の要件Ⅱが必要なのである。これは、要件Ⅰを充足した上で、問題の事案が「法令の通用によって終局的に解決できるもの」でなければならない、というものである。たとえば、最三小判昭和41年2月8日民集20巻2号196頁(Ⅱ―151)によれば、技術士国家試験の解答および合格判定に関する争いは、法令の適用によって最終的に解決できるものではない。
但し、合格判定の手続など、法令の適用による解決が可能な場合もある(その限りにおいて事件性の要件Ⅱも充足することになる)。
3.行政事件訴訟法の一般的内容(類別など)
(1)行政事件訴訟法の位置づけ
行政事件訴訟法は、行政事件訴訟に関する一般法としての位置づけが与えられている(第1条)。このことは、行政事件訴訟法が民事訴訟法の特例法ではないことを意味する。但し、第7条に「民事訴訟の例による」という文言があるように、自己完結的な法律ではなく、口頭弁論や証拠などの手続については民事訴訟法に従っているのが実情である。
また、行政事件という概念を置くことは、民事訴訟との対比という意味を持つものであり、公法と私法との区別を前提とするものである。この点は、当事者訴訟の存在に現われている。
(2)訴訟類型
行政事件訴訟法第2条は、抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟、機関訴訟の四種を規定するが、中心は抗告訴訟に置かれている。行政事件訴訟法第3条第1項は、「抗告訴訟」を「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」と定義する。この規定の意味するところ(ないしその性格)は不明確さを残すが、同第2項より第7項まであげられた、大別して6つの類型(法定抗告訴訟と呼び、実務上も認知される)以外にも「無名抗告訴訟」の余地を残した例示規定ともみられる。
2004(平成16)年に改正されるまで、法定抗告訴訟は第2項から第5項まであげられた4つの類型のみであり、義務付け訴訟と差止訴訟は規定されていなかった。このため、義務付け訴訟と差止訴訟は無名抗告訴訟として扱われていた(行政事件訴訟法に規定されていなかったので無名抗告訴訟というのである)。立法関係者は、無名抗告訴訟の余地を認めていたのであるが、判例は無名抗告訴訟をあまり積極的に認めない傾向にあった※。
※その代表的な例として、行政事件訴訟法制定前のものではあるが、最二小判昭和30年10月28日民集9巻11号1727頁を参照。
行政事件訴訟法は、次のように訴訟類型を整備している。
a.主観訴訟:自己の権利や法的利益の保護を目的とする訴訟をいう。「法律上の争訟」に該当し、事件性の要件Ⅰを充足する。抗告訴訟および当事者訴訟が主観訴訟に該当する他、一般的に民事訴訟や刑事訴訟も主観訴訟である。
a-1.「処分取消しの訴え」:「処分」、すなわち「行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為」から「裁決」を除いたものの取消を求める訴訟である。
a-2.「裁決取消しの訴え」:審査請求その他の不服申立てに対する行政庁の裁決その他の行為の取消を求める訴訟である。
一般的には、「処分の取消しの訴え」と「裁決の取消しの訴え」を合わせて取消訴訟という。「処分」の中心となるのは行政行為であり、行政不服審査法による行政機関の裁決も行政行為である。そのため、いずれにしても行政行為の取消しを求める訴訟が中心となる。
基本となるのは「処分の取消しの訴え」である。これを原処分主義ともいう。これに対し、裁決主義として、法令により、原処分の違法についても、裁決があった場合には「裁決の取消の訴え」によって争うこととする場合がある(電波法第96条の2、労働組合法第27条の19)。
行政事件訴訟法は、まず取消訴訟について様々な規定を置き、その他の抗告訴訟については、原告適格などを除いて取消訴訟に関する規定の準用としている(これには歴史的経緯もある)。
a-3.無効等確認訴訟:「処分」の存否またはその効力の有無の確認を求める訴訟である。
a-4.不作為違法確認訴訟:行政庁が申請に対して相当の期間内に何らかの「処分」をすべきであるにもかかわらず、これを行わないことについての違法の確認を求める訴訟をいう。
a-5.義務付け訴訟:作為的義務付け訴訟とも言われる。行政庁が何らかの処分(または裁決)をすべきであるにもかかわらず、これがなされない場合に、行政庁に義務付けを求める訴訟である。判決により、行政庁にその処分(または裁決)をすることを義務付けることになる。
a-6.差止訴訟:不作為的義務付け訴訟ともいい、かつては予防訴訟、予防的差止訴訟といわれていた。行政庁が何らかの処分(または裁決)をすべきでないにもかかわらず、これがなされようとしている場合に、行政庁にその処分(または裁決)をしてはならない旨を命ずることを裁判所に求める訴訟である。
a-7.法定外抗告訴訟(無名抗告訴訟):行政事件訴訟法に規定されていない類型の抗告訴訟をいう。2004年改正までは義務付け訴訟および差止訴訟が規定されていなかったので法定外抗告訴訟であった。改正後も法定外抗告訴訟がありうると考えられる。
a-8.当事者訴訟:これは抗告訴訟ではないので、行政事件訴訟法においても独立の類型として定められている(第4条)。詳細は、別の機会に説明することとする。
b.客観訴訟:自己の権利や法的利益の保護を目的とせず、国または公共団体の違法な行為を排除または是正し、行政法規の正しい適用を確保するための訴訟をいう。法律が特別に認める場合に、特別に定められた要件に適合する者が出訴しうる(行政事件訴訟法第42条)。
b-1.民衆訴訟:客観訴訟の一つで、行政事件訴訟法第5条に定義される。住民訴訟(地方自治法第242条の2)、選挙または当選の効力に関する訴訟(公職選挙法第203条・第204条・第207条・第211条)が代表例である。
b-2.機関訴訟:客観訴訟の一つで、行政事件訴訟法第6条に定義される。議会の議決または選挙に関する長の訴訟(地方自治法第176条第7項)、国の関与に対する訴訟(同第251条の5)、都道府県の関与に対する訴訟(同第252条)が代表例である。
(3)弁論主義
民事訴訟(法)の基本原則である弁論主義が基本であり、行政事件訴訟法第24条による職権証拠調べが多少の修正となっている。ちなみに、大日本帝国憲法時代は職権探知主義が原則とされていた。
(4)抗告訴訟、とくに取消訴訟と行政不服審査制度との関係
行政事件訴訟法第8条第1項は、取消訴訟と行政不服申立てとを自由選択主義の関係とする。これが原則である。しかし、課税処分や社会保障に関する処分について不服申立て前置主義をとる(同但書、地方自治法第229条第6項・第231条第9項)。処分が大量かつ回帰的で、当初の処分が必ずしも十分な調査に基づいてできない場合もあり、他方で審査庁の負担を軽減することを考える必要があるからである。この場合でも、正当な理由(裁決の遅延、緊急の必要など)があれば、裁決を経ずに、取消訴訟を提起できる(同第2項)。
(5)取消訴訟の機能と性質 取消訴訟については、幾つかの機能を考えることが可能である。ここでは、原状回復機能、適法性維持機能、合一確定機能、一種の差止機能をあげておくこととする。
原状回復機能とは、取消訴訟の結果、「処分」を取り消す判決が出されると、その「処分」は成立時に遡って効力がなかったことになる、言い換えれば、元々「処分」がなかった状態に戻ることになることを指す。
適法性維持機能とは、「処分」が違法と認定され、「処分」が取り消されると、違法状態が排除されることを指す。
合一確定機能とは、第三者へ取消訴訟の判決の効力を及ぼすことを指す。
一種の差止機能とは、「処分」を取り消す判決により、「処分」の執行ができなくなると、その後の「処分」などに続くことができなくなることを指す。
次に取消訴訟の性質であるが、これについては見解が分かれている。民事訴訟は、確認訴訟、給付訴訟、形成訴訟の3類型に分別されるが、取消訴訟はどれに対応するかが争われているのである。
通説は形成訴訟説である。この考え方によると、「処分」により、何らかの法的効果が一度発生し、権利関係(法律関係)が変動したことになるので、取消訴訟の取消判決により、その法的効果が消滅することになる、とみる。私人に対して拘束力を有する行政庁の有権的行政行為が既になされ、私人側はこれに不服であるが、上記行政行為の取消について実体法上の形成権を有しないため、上記行政行為の違法を確定してこれを取り消すことを裁判所に求める。裁判所が下す判決は形成判決になる。行政行為の違法の主張に理由が見出されるならば、行政行為の司法審査権を発動して、行政行為の効力を遡及的に消滅させるのである(民事訴訟でいう形成訴訟と多少異なる)。
これに対する説として、行政行為の公定力に注目する確認訴訟説がある。この説によると、公定力は行政行為の成立時において適法要件の存否の判断に与えられている暫定的な効力であり、後に適法要件の存否を確定する訴訟手続が留保されていることとなる。そのため、取消訴訟は適法要件の存否を確定(確認)する訴訟であるということになるのである。