2018年12月23日22時37分49秒付の「審議未了に終わってしまいましたが(1)」の続編です。今回は「違法な国庫金の支出等に関する監査及び訴訟に関する法律案」(参議院議員提出法律案第61号)です。以下、「法律案」と記すとともに、原則として「法律案」の規定を赤字で表示します)。
「法律案」の構成は、第1章「総則」(第1条および第2条)、第2章「違法な国庫金の支出等に関する監査」(第3条から第9条まで)、第3章「違法な国庫金の支出等に関する訴訟」(第10条から第20条まで)、および附則となっています。
違法な公金の支出に関する監査および訴訟と言えば、地方自治法第242条に定められる住民監査、同第242条の2に定められる住民訴訟をあげることができますが、国の公金支出に関する同種の制度は存在しません。そこで、このような法律を定めようというのでしょう。
「法律案」第3条は、「監査の請求」という見出しの下、次のような規定となっています。
「日本の国籍を有する者は、各省各庁の長又は職員について、違法若しくは不当な国庫金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(当該行為がなされることが相当の確実さをもって予測される場合を含む。)と認めるとき、又は違法若しくは不当に国庫金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(以下「怠る事実」という。)があると認めるときは、これらを証する書面を添え、会計検査院に対し、監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は当該行為若しくは怠る事実によって国の被った損害を補塡するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる。」
一見して、地方自治法第242条を基にしているとわかります。参考までにあげておきましょう。
地方自治法第242条第1項:「普通地方公共団体の住民は、当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員について、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(当該行為がなされることが相当の確実さをもつて予測される場合を含む。)と認めるとき、又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(以下「怠る事実」という。)があると認めるときは、これらを証する書面を添え、監査委員に対し、監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は当該行為若しくは怠る事実によつて当該普通地方公共団体のこうむつた損害を補塡てんするために必要な措置を講ずべきことを請求することができる。」
「法律案」により、住民訴訟ならぬ国民訴訟となっている訳です。請求権者を「日本の国籍を有する者」に限定しているのは、この請求権が参政権または国務請求権(前者と考えるほうが妥当であると思われます)に由来するという理解を前提していることによるのでしょう。
法律案が住民監査請求に倣っていることから、法律案の第4条(「請求期間」)も「当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない」としています。地方自治法第242条第2項と同一です。
他方、会計検査院への請求ということからか、「法律案」第5条は「同一の行為又は怠る事実についての請求の制限」という見出しの下、「第三条の規定による請求は、当該請求前に会計検査院により第八条第一項の規定による監査又は第九条第一項に規定する検定が行われた行為又は怠る事実と同一のものについては、することができない」としています。
他方、「法律案」第6条は、会計検査院が請求を受理しない場合について定めています。その場合とは「第三条に規定する書面の添付がないときその他同条に規定する要件を満たさない請求であるとき」(第1号)、「正当な理由なく第四条に規定する期間を経過してなされた請求であるとき」(第2号)、「当該請求前に会計検査院により第八条第一項の規定による監査又は第九条第一項に規定する検定が行われた行為又は怠る事実と同一のものについての請求であるとき」(第3号)です。これは、速い話が門前払いとされる場合のことで、請求の中身について判断するまでもないということになります。
会計検査院が請求を受理し、かつ「当該行為が違法であると思料するに足りる相当な理由があり、当該行為により国に生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があり、かつ、当該行為を停止することによって人の生命又は身体に対する重大な危害の発生の防止その他公共の福祉を著しく阻害するおそれがないと認めるときは、会計検査院は、各省各庁の長又は職員に対し、理由を付して次条第一項の手続が終了するまでの間当該行為を停止すべきことを勧告することができる。この場合においては、会計検査院は、当該勧告の内容を第三条の規定による請求をした者(以下「監査請求人」という。)に通知し、かつ、これを公表しなければならない」とされます(第7条)。これは「暫定的停止勧告」とされます。
正式な監査および勧告は、「法律案」第8条に定められます。第6条の場合と異なり、請求を受理して監査を行います。その上で、請求の内容に「請求に理由がないと認めるときは、理由を付してその旨を書面により監査請求人に通知するとともに、これを公表」することが、会計検査院に義務づけられます。逆に、会計検査院が「請求に理由があると認めるときは、各省各庁の長又は職員に対し期間を示して必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を監査請求人に通知し、かつ、これを公表」することが、会計検査院に義務づけられます(第1項)。会計検査院の監査および勧告は「請求があった日から六十日以内に行わなければならない」とされます(第2項)。
「法律案」第8条第3項から第5項までは、会計検査院の監査および勧告に際しての手続に関する規定であり、行政手続法の趣旨にも即したものです(地方自治法第242条にも同旨の規定があります)。引用しておきましょう。
第3項:「会計検査院は、第一項の規定による監査を行うに当たっては、監査請求人に証拠の提出及び陳述の機会を与えなければならない。」
第4項:「会計検査院は、前項の規定による陳述の聴取を行う場合又は関係のある各省各庁の長若しくは職員の陳述の聴取を行う場合において、必要があると認めるときは、それぞれ、関係のある各省各庁の長若しくは職員又は監査請求人を立ち会わせることができる。」
第5項:「第一項の規定による会計検査院の勧告があったときは、当該勧告を受けた各省各庁の長又は職員は、当該勧告に示された期間内に必要な措置を講ずるとともに、その旨を会計検査院に通知しなければならない。この場合においては、会計検査院は、当該通知に係る事項を監査請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない。」
「法律案」第9条は「検定の実施等」に関する規定です。第1項は「会計検査院は、第三条の規定による請求があった場合において、当該行為又は怠る事実につき会計法、予算執行職員等の責任に関する法律(昭和二十五年法律第百七十二号)(特別調達資金設置令(昭和二十六年政令第二百五号)第八条又は国税収納金整理資金に関する法律(昭和二十九年法律第三十六号)第十七条の規定により適用される場合を含む。以下この条において同じ。)又は物品管理法の規定により弁償の責めに任ずべき者があると思料するときは、前条第一項の規定による監査及び勧告に代えて、又は同項の規定による監査及び勧告とともに、会計検査院法(昭和二十二年法律第七十三号)又は予算執行職員等の責任に関する法律の定めるところにより、国に損害を与えた事実の有無の審理及び弁償責任の有無又は弁償額の検定(第三条の規定による請求の前に検定を行ったときは、再検定)を行うとともに、その結果を監査請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない」と定めます(下線は引用者によります)。
この規定にも示されているように、会計検査院による「国に損害を与えた事実の有無の審理及び弁償責任の有無又は弁償額の確定」については、既に会計検査院法第32条に規定があります。まず、第1項は「会計検査院は、出納職員が現金を亡失したときは、善良な管理者の注意を怠つたため国に損害を与えた事実があるかどうかを審理し、その弁償責任の有無を検定する」と定めており、次いで第2項は「会計検査院は、物品管理職員が物品管理法(昭和三十一年法律第百十三号)の規定に違反して物品の管理行為をしたこと又は同法の規定に従つた物品の管理行為をしなかつたことにより物品を亡失し、又は損傷し、その他国に損害を与えたときは、故意又は重大な過失により国に損害を与えた事実があるかどうかを審理し、その弁償責任の有無を検定する」とされています。
少し先へ進むと、「法律案」第9条第4項は「会計検査院法第三十二条第三項又は予算執行職員等の責任に関する法律第四条第二項若しくは第三項の規定に基づいて弁償を命ずる者(以下「弁償命令権者」という。)は、第一項に規定する検定に従って弁償を命ずるときは、会計検査院から当該検定の通知があった日から十五日以内にこれを行うとともに、その旨を会計検査院に通知しなければならない。この場合においては、会計検査院は、当該通知に係る事項を監査請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない」と定めています。ここでは会計検査院法第32条第3項を引用しておきますと、「会計検査院が弁償責任があると検定したときは、本属長官その他出納職員又は物品管理職員を監督する責任のある者は、前二項の検定に従つて弁償を命じなければならない」と定められており、この弁償責任は、同第4項により、「国会の議決に基かなければ減免されない」のです。
但し、「法律案」を可決・成立させるためには、会計検査院法第32条第4項および地方自治法新第243条の2(2020年4月1日施行)の再検討が必要であると思われます。「法律案」が法律になった場合には、国会による濫用が懸念されるためです。
既に、住民訴訟においては、普通地方公共団体の議会の議決による損害賠償請求権等の放棄が問題となっています。最二小判平成24年4月20日民集66巻6号2583頁や最二小判平成24年4月23日民集66巻6号2789頁は、この議会による放棄を認容しているのですが、いかに賠償額が巨額になる傾向があるとはいえ、住民訴訟の意味を骨抜きにしかねないという点で、放棄には問題があるのです。しかし、地方自治法新第243条の2は「普通地方公共団体の長等の損害賠償責任の一部免責」という見出しの下、「普通地方公共団体は、条例で、当該普通地方公共団体の長若しくは委員会の委員若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員(次条第三項の規定による賠償の命令の対象となる者を除く。以下この項において「普通地方公共団体の長等」という。)の当該普通地方公共団体に対する損害を賠償する責任を、普通地方公共団体の長等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、普通地方公共団体の長等が賠償の責任を負う額から、普通地方公共団体の長等の職責その他の事情を考慮して政令で定める基準を参酌して、政令で定める額以上で当該条例で定める額を控除して得た額について免れさせる旨を定めることができる」(第1項)、「普通地方公共団体の議会は、前項の条例の制定又は改廃に関する議決をしようとするときは、あらかじめ監査委員の意見を聴かなければならない」(第2項)、「前項の規定による意見の決定は、監査委員の合議によるものとする」(第3項)と定めています。実態からして、各地の条例において賠償責任の減免を定める蓋然性、および監査委員が認容の意見を出す蓋然性は極めて高いと言わざるをえませんから、2020年4月1日から住民監査請求および住民訴訟は、少なくとも一部について意味を失うこととなるでしょう。
同じことが、「法律案」の可決・成立によって国について起こりかねないのです。それでは意味の一部(それも少なからぬもの)が失われることになりかねません。
なお、「法律案」には会計検査院法第31条と同旨の規定が存在しませんが、これは「法律案」に盛り込む必要がないから、ということなのでしょう。
「法律案」第3章については、機会を改めて概観しますが、第2章の規定を見るだけでも、これは十分(いや、十二分)に国会での審査・審議に値します。勿論、現実の問題として、会計検査院が「法律案」に定められた職務を行う余裕などがあるか、などの点はあるでしょう。しかし、何故今まで同種の法律案が提出されてこなかったのか、または、提出されたことがあるのであれば何故に可決・成立しなかったのか、ということが問われます。内閣提出法律案として扱うだけの価値もあるのです。立法府の裁量権不行使による怠慢とも言いうるかもしれません。