2011年11月29日付で「なかなか見られない東急2000系(1)」という記事を掲載しました。今回はその続編です。
大学院生時代(1992年4月~1997年3月)には通学路線として、2010年4月からは通勤路線として田園都市線を利用していますが、3編成しかない2000系を見ることは難しく、乗ることはさらに難しくなります。平日朝のラッシュ時を狙うのが一番ですが、見るだけであれば長津田検車区に行くのが手っ取り早いかもしれません。
今回は、この2000系の写真を掲載します。当たり前のことですが、全て私が撮影したものです。なお、2011年に「待合室」に掲載しており、文章も基本的に「待合室」のものを利用しています。
まずは2010年6月1日、渋谷駅の1番線に停車している2001Fのクハ2101です。私が愛用していたSony Cyber Shot DSC-L1ではないデジタルカメラで撮影したこともあって、輪郭がぼやけたような写真になってしまいました。貫通扉の窓にKと書かれた丸いシールが貼られていますが、これは東武線に乗り入れない編成であることを意味します。
2000系は、1992年に田園都市線の輸送力増強のために登場した車両です。外観は東横線と大井町線を走る9000系を基本としていますが、屋根のクーラーキセの形などが違うので簡単に区別できます。当初から車椅子用スペースを設けており、握り棒の数も増やされていました。また、登場時からしばらくの間、椅子が花柄模様となっており、窓のカーテンには渋谷、田園調布駅、横浜を描いたイラストが模様として入っていました(現在は普通のカーテンです)。一部の車両の貫通扉のデザインが粋なことでも知られています。
続いて2010年7月2日、高津駅1番線から次の溝の口へ向けて発車する2001Fです。こちら側はクハ2001です。Sony Cyber Shot DSC-L1で撮影しました。
2000系は、8500系の置き換えなどではなく、田園都市線の輸送力増強のための増備車で、3編成しか製造されていません。また、東武線に乗り入れないため、運用が限られてしまいます。そのため、先程も記したように、見る機会は少ない、乗る機会はさらに少ないということになるのです。
最初の編成である2001Fと2002Fは1992年に登場し、当初から10両編成で田園都市線および半蔵門線で運用されています(ちなみに、当時、田園都市線は二子玉川園~中央林間であり、渋谷~二子玉川園は新玉川線でした)。行先表示機(方向幕)は幕式でしたが、現在はフルカラーのLED式となっています。
これに対し、最後の編成である2003Fは、1993年に8両編成で東横線に登場しました。これは暫定的であったようで、同年中に10両編成化されて田園都市線に移りました。この編成は、当初からLED式の行先表示機を備えていました。東急初というだけでなく、日本でも最初の使用例の一つではないかと思われます。なお、5050系の登場後にフルカラー化されています。
やはり高津駅で、2010年12月21日に撮影しました。Sony Cyber Shot DSC-W380で撮影しています。
左側は1番線を発車する2000系2002Fで、クハ2002が最後尾となっています。右側は2番線(ホームなし)を通過する大井町線緑各停(G各停。田園都市線の二子新地駅と高津駅には停車しない)の8590系(中間車は8090系)8651Fです。
最後に、高津駅1番線に停車中の2003Fです。2000系の最後の編成で、クハ2103が先頭です。2011年1月17日に、DSC-W380で撮影しました。
写真では、行先表示機での表示が「NAGATSUTA」となっています。何秒か経つと「長津田」という表示になります。東急のLED式行先表示機は、8500系の一部などを除き、漢字表示とローマ字表示が交互に出るようになっています。
ここで、東急2000系の編成を記しておきましょう。現在は、3編成とも次のようになっています。渋谷方が1号車、中央林間方が10号車となります。
〔渋谷方〕クハ2000形―デハ2250形―デハ2200形(パンタグラフ付)―サハ2700形―デハ2350形―デハ2300形(パンタグラフ付)―サハ2800形―デハ2450形―デハ2400形(パンタグラフ付)―クハ2100形〔中央林間方〕
また、2003Fが8両編成で東横線に登場した時は、中間のサハ2700形とサハ2800形は組み込まれていません。
今後も、東急各線で活躍する車両を取り上げていきます。
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