このところ、大晦日には田園都市線の青葉台へ行き、仕事のためなどの本をまとめ買いすることが多くなりました。2011年12月31日もそうです。
その中から、桜井良治『消費税は「弱者」にやさしい!』(言視舎)を紹介しておきましょう。2011年11月に発売されたばかりの本で、実は既に発売されたことを知っていたのですが、別の本を買わなければならなかったこともあり、大晦日までずれ込んだのでした。
この本の内容を一言にまとめると、消費税には逆進性があるから不公平であるという議論は誤りであり、消費税ほど公平な税は無い、ということです。
以上の主張に対して考えられる態度は、1に黙殺、2に徹底的な批判でしょう。私も、2の態度をもって読書に臨みました。
桜井良治教授は、高所得者ほど消費税額を多く負担しているのであり、その意味では負担は累進的になっていると述べています。しかも、消費増税は高所得者の負担額を大きくするから公平であるとも述べています。そして、桜井教授は消費税の「負担率」と「負担額」を区別し、「負担率」については高所得者より低所得者のほうが高くなることを認めつつ、「負担額」については低所得者より高所得者のほうが高くなるので、所得の再分配効果は消費税についても認められる旨を述べています。
たしかに、逆進性については、世に言われるほど確固とした概念でもなく、しっかりとしたデータがあるとも言えない状況にあり、その点においては桜井教授の主張は妥当でしょう。しかし、世の議論が「負担率」と「負担額」を混同しているかどうかは疑わしいところです。むしろ、これまでの租税法学などにおいては基本的に「負担率」を重視してきたとも言いうるのです。
また、個別消費税に逆進性があるという主張には疑問もあります。桜井教授はたばこ税を例に出すのですが、喫煙者間では逆進性の問題があるとはいえ、多くは趣味嗜好の問題でしょう。また、酒税について、桜井教授のように低所得者は発泡酒、高所得者はビールというような「棲み分け」(こういう表現が妥当かどうかわかりません)があるのかどうかも疑わしいところです。そんな事実を客観的に示したデータなどあるのでしょうか。勿論、酒を飲まない人にとっては、酒税の最終的な負担など、せいぜい家庭での料理酒くらいしか関係のない話で、高所得も低所得もありません。
最も気になったのは、上記にある内容からおわかりになっている方もおられるかもしれませんが、消費税の納税義務者と担税者(実際に負担をさせられる人のこと。最終的には消費者のこと)との区別が所々で曖昧にされているところです。そして、納税義務者である事業者の問題には十分に触れられていません。実は事業者の納税義務こそ重要視すべきであって、消費税は、たとえ赤字の事業者であっても納めなければならないのですから、金がなければ預貯金をおろしてでも借金をしてでも納めなければならないのです。この点が見事に軽視されているように読み取られます。
次に気になったのは、低所得者は消費生活で有利であるという主張です。当たっている部分もありますが、低所得者は廉価販売商品を選択できるという主張に対しては、頭の中で大きな疑問符が湧きました。発泡酒とビールがここでの例としてあげられていますし、他にバターとマーガリン、牛肉と豚肉があげられています。桜井教授は御家庭の事情もあって度々スーパーマーケットなどで買い物をしておられるそうですが、どちらが高級でどちらが低級であると、そう明確に区別できるのでしょうか。私も、妻とよく溝口や津田山などで買い物をしますが、店で区別することはできても、品物で区別するのは難しいという気もします。それに、首都圏では地域によって物価の安い所とそうでない所があります。
そして、逆進性はないという主張を崩さないにも関わらず、「通説」(この通説が誰によって提唱され、支持されているのかが全く示されていません)に従った説明として消費税額還付について述べている点も気になります。逆進性がないのであれば還付する必要などない訳です。それに、還付されるのは担税者である消費者ではなく、納税義務者である事業者でしょう。
厳密に言えば、消費者は消費税を負担しているのではありません。事業者が納税義務者として負担すべき税額が商品などの「資産」に消費税額相当分の「付加価値」なり何なりを上乗せしているのであって、上乗せ分も結局は「資産」の価格の一部に過ぎません。
一方、桜井教授の主張に首肯しうる部分もいくつかあります。
第一に、現行の所得税です。現行の所得税は所得を10種類に分類しています。また、原則は申告納税方式ですが、実際には源泉徴収制度も多用されています。そのため、所得によって、また、源泉徴収制度が利用されるか否かによって、捕捉率が大きく異なります。捕捉率はやや曖昧でもあり、確固としたデータがあるかどうかわからないので問題がない訳でもありませんから、もっとしっかりしたことを記すならば、租税特別措置法などの特例が適用される場合が所得によって異なり、これが複雑かつ不公平という問題を引き起こします。給与所得についての特例は非常に少ないのですが、譲渡所得などについての特例を定める規定は非常に多く、給与所得と比較にならないほどです。
第二に、消費税の軽減税率です。桜井教授は、日本の消費税について軽減税率の導入に反対されています。実は私も同じ立場です。日本の場合はインボイス方式でないために軽減税率を導入すると面倒な話になる、ということもあるのですが、それは大した問題ではありません。何について軽減税率の適用対象とするかという問題のほうが重大です。非常に難しい問題でもありますし、場合によってはかえって不公平さを増すだけとなるのです。
たとえば、よく日本でも主張される、食料品については軽減税率を採用すべきであるという主張を考えてみます。米を対象とすべきであると言っても、標準米なのかブランド米なのか、はたまたタイ米(青葉台のカルディなどで売られています)なのか、などということになるでしょう。緑茶はどうなのか、レトルトカレーはどうなのか、カップラーメンはどうなのか、スーパーマーケットの惣菜コーナーにある寿司はどうなのか、コーラはどうなのか、チーズはどうなのか、明太子はどうなのか、キャビアはどうなのか、トリュフはどうなのか、などなど。一律に食料品だから軽減税率を適用する、ということでよいのか。一律ではよくないということになると、どのような基準で仕分けるのか。面倒な話になります。同じことは非課税についても言えます(非課税の場合はもっと面倒な話になるのですが、ここでは記さないこととしておきます)。
税制は、簡素であることと公平であることとがオフ・トレードの関係にある、と言われます。しかし、複雑であることと不公平であることとは相関性があるとも言えます。消費税は、その仕組みからして決して簡素な租税ではないだけに、税率の面で複雑にすると不公平さが増す可能性もあります。軽減税率はないほうがよいでしょう。
いずれにせよ、桜井教授の主張は、深く分析する価値があるとも言いえます。ゼミで取り上げてみようかと考えているところです。
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