東急の初代5000系が走ったことでも知られる岳南鉄道に乗ってみたいと思っていました。しかし、その機会になかなか恵まれず、ようやく意を決して、昨日(12月25日)乗ってきました。
岳南鉄道の路線(正式な名称はないのですが、岳南鉄道線と記しておきます)は、静岡県富士市にある東海道本線の吉原駅から北のほうに伸びる、10キロメートル足らずの路線です。元々は貨物輸送が主体の路線ですが、今年の3月、JRのダイヤ改正に伴って貨物輸送が廃止され、存続が危ぶまれる状況になりました。いや、それは以前からの問題であるかもしれません。貨物輸送は1960年代にピークを迎えましたが、その後はトラック輸送への転換が進み、旅客輸送の収入が上回るようになったのですが、その旅客輸送もかなり落ち込んでおり、何年か前にDMV(Dual Mode Vehicle)の実験も行われていますし、初代東急5000系が1996年に引退して元京王井の頭線3000系の7000形と8000形に置き換えられた頃からワンマン運転が始められました。平日の朝などを除けば1両編成2本で済むほどですから、乗客が少ないことは容易に推測されます。
ローカル私鉄に乗るために出かけるのですから、本来であれば鉄道路線を利用すべきでしょう。今年5月に豊橋鉄道渥美線を利用した時、11月に近鉄内部線・八王子線を利用した時は、新幹線を利用しました。しかし、今回は自宅から吉原駅まで車を運転しました。新幹線で行くとすると新富士駅が最も近いのですが、この駅は新幹線のみの駅で、在来線の富士駅からかなり離れています。しかも新富士駅には「こだま」しか止まりません。また、東海道本線の普通電車を乗り継ぐのも面倒です。そこで、自宅から愛車の五代目ゴルフを運転し、国道246号線を走り、横浜青葉インターチェンジから東名高速を走り、片道120キロメートル余り、富士インターチェンジで降りて吉原駅の北口の駐車場(1日100円!)に停めたのです。ちなみに、吉原駅は、吉原地区から少し離れた鈴川にあり、明治時代に開業してから1956年までは鈴川という駅名でした(それまでは、現在の本吉原駅が吉原と名乗っていました)。
戦後に開業した岳南鉄道の吉原駅は、JR吉原駅から少し離れた所にあります。工場街の中にあるような所ですが、終日駅員配置駅はこの駅だけです。ここで一日フリー切符を買ったら硬券でした。他にも鉄道グッズがたくさん売られており、この点は他の多くの鉄道会社と共通します。
9時39分、1両だけの電車が到着します。降りた客は10人くらいだったでしょうか。9時50分発岳南江尾行きとなって折り返す電車に乗ったのは20人くらいです。発車すると、しばらく東海道本線と並走して、右に大きく曲がりますが、工場街の中を走る光景は川崎区内の工業地帯を想起させます。実際、鶴見線の沿線を思い出しました。富士市は、万葉集にも登場する田子の浦を抱えるとともに、竹取物語の最後の場面の舞台となったとも言われており、その一方で製紙工場や部品工場などの多い工業地域なのです。岳南鉄道は、その工業地域を走り抜ける貨物輸送主体の路線でした。全線を通じて、その痕跡が色濃く残っています。
車内放送は自動で、わざわざ「無人駅です」などと案内します。富士山を目の前にして走ったりするという点ではなかなかの路線ですが、カーブが多く、速度もあまり出ません。駅間の距離が短いので仕方がないかもしれません。ただ、国道139号線など、自動車の通行量は多いため、利用客が少ないのです。10代か中高年(とくに女性)の客が多く、20代からの青年層の客が少ないようです(もっとも、朝のラッシュ時を過ぎていますので、正確にはわかりません)。
2つ目の吉原本町で乗客が半分くらいに減ってしまいました。列車交換ができない駅ですが、日中は駅員がいます。次の本吉原でまた半分くらいの客が降り、車内の客は私を含めて5人しかいません。ここで列車交換をしましたが、ステンレス車にしては錆のようなものが目立ちます。
この先は、工場街に入ったり住宅街に入ったりしながらゆっくりと走り抜けます。岳南原田駅、比奈駅、岳南富士岡駅には、引き込み線が残る工場、ヤードなどが残り、岳南富士岡駅の構内には、もう二度と営業運転をすることがないものと思われる電気機関車と貨車が置かれていました。製紙工場の名前が車体に書かれています。
須津(これで「すど」と読みます)で乗客は2人のみとなりました。この辺りからは農地が見えてきます。神谷で1人が降りたので、終点の岳南江尾駅で降りたのは私だけでした。すぐそばに東海道新幹線の高架橋があり、何分おきかで「のぞみ」、「ひかり」、「こだま」が高速で通過していきます。新幹線の車窓から、岳南鉄道線は見えません。無人駅の岳南江尾駅との、あまりに強烈なコントラストが印象的です。駅の構内と言ってもよいような場所に古紙リサイクル業者の工場があり、その作業の音と新幹線の通過音以外には何も聞こえてこないのですから。
YouTube: 岳南江尾駅を発車する7000形(モハ7003)
駅の前の道は狭く、住宅と農地以外には何もない、と思っていたら、すぐそばにマックスバリュ富士江尾店がありました。他に商店らしいものがほとんどなく、商店街もなく、人通りもあまりないような場所なので、マックスバリュの看板は目立ちます。100円ショップのセリアも同居していますが、他に店舗スペースがあり、テナント募集の貼り紙がありました。駐車場にある自動車も多く、店内に入ってみると午前中にしては多くの客がいます。もっとも、これは郊外型のスーパーマーケットなどでよく見られるものです。私も店内を歩きましたが、不思議な気分になりました。駅から歩いて1分か2分くらいの場所ですが、ほとんど人気(ひとけ)のない駅とマックスバリュの店内とがあまりに違うからです。岳南鉄道ではICカードを使うことができませんが、マックスバリュではワオンなどのカードを使えます。自動車の多さと、電車の客の少なさ。街道筋に展開する店舗の多さ。
岳南江尾駅に戻ります。この駅のホームには2両編成の8000形(これも元京王3000系)が止まっていますが、通勤時間帯などにしか使われないらしく、パンタグラフも下ろされ、車輪には手歯止めがかけられています。正面に「がくちゃん かぐや富士」と書かれたヘッドマークが付けられています。よく見ると、かぐや姫のイラストも書かれています。
こうした電車を日中に走らせないのは勿体ない話です。首都圏などであれば、いわば看板として走らせるでしょう。昼間に2両編成を走らせるのが無駄だからというのであれば、単行(1両で走る電車のこと)に愛称なりヘッドマークを付けて走らせなかったのは失策であるとしか思えません。要するに自社の広告を付けて走るようなものですから、日中に主力として運行するのが当然でしょう。終点の駅に留置するだけでは無意味です。
10時47分、岳南江尾駅に1両の電車が到着しました。降りた客は2人か3人でした。これが10時53分発の吉原行きとなります。車内にはクリスマスの飾り付けが至る所に行われていました。もしかしたら、以前、東横線と田園都市線で走っていたTOQ BOX号のようなものかもしれません。吊り革に付けられている広告が統一されていたのです。乗客は私だけで、次の神谷で1人乗り、岳南富士岡で客が11人になり、岳南原田で17人になりました。無人駅が多い路線ですが、岳南富士岡と岳南原田は通勤通学時間帯のみ駅員が配置され、吉原本町は日中のみ駅員が配置されます。その吉原本町で乗客が11人になり、ジヤトコ前で10人になりました。従って、終点の吉原では10人の客が降りたということになります。
短い時間に1往復しただけですが、存続は厳しいと感じます。「鉄道貨物の衰退、ここに極まれり」という言葉を象徴するかのような経緯がありますし、ラッシュ時に2両編成が運行されるとはいえ、富士市も典型的な自動車社会で、乗客はそれほど多くないでしょう。市内を車で走ってみてわかったのですが、商業施設は国道139号など道路沿いに展開されており、岳南鉄道の沿線にはあまりありません。あるとすればロードサイド型で、電車に乗って買い物に行くような客は少なそうです(今回、商店街らしいものを見つけることができなかったのでした。吉原駅前も閑散としており、工場と若干の店と駐車場があり、あとは住宅地だけです)。
富士市は特例市で、今年12月1日現在の人口は26万180人(同市の公式サイトによる)ですが、政令指定都市の中を走る静岡鉄道や遠州鉄道ほどには利用客の条件に恵まれていません。また、伊豆急行、伊豆箱根鉄道駿豆線、大井川鉄道は、いずれも大手私鉄のグループに属し(伊豆急行は東急系、伊豆箱根鉄道は西武系、大井川鉄道は名鉄系)、観光地にも恵まれています(大井川鉄道に至っては、鉄道路線そのものが観光施設のようなものとなっています)。これに対し、岳南鉄道は観光地にも恵まれていません。たしかに沿線の至る所から富士山が見えますし、竹取物語の舞台の一つでもあるのですが、あまり宣伝されていないのか、広く知られていないようです。静岡県の私鉄の中で最も地味な鉄道とも言えるでしょう。親会社の富士急行が山梨県内の大月~富士山(富士吉田から改称)~河口湖を結び、観光資源などにも恵まれているのとは対照的です。
自動車運転免許を持っていない青少年層と高齢者層にとって、岳南鉄道線は生活の足とも言えます。しかし、20代以上の青年層、中年層などの、運転免許を所持している人々の少なからぬ部分にとっては、利用する意味のない路線となっています。渋滞してでも自家用車のほうが便利なのでしょう。それがよいことかどうかは、ここで私が記すべきことではないでしょう。或る種の選択なのですから。しかし、その選択の結果が、岳南鉄道を初めとして日本全国のローカル私鉄(そしてJRのローカル線)の衰退、さらに路線バスの衰退にもつながっています。されば、この選択は地域の破壊につながるものであるのかもしれません。
〔ちなみに、選択という行為の意味について、非常に興味深い本を、12月22日に青葉台で見つけました。ケント・グリーンフィールド(高橋洋訳)『〈選択〉の神話 自由の国アメリカの不自由』(紀伊國屋書店)です。現在、読み進めている最中です。〕
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