タネ屋街道

2022年01月20日 | 東京のお散歩

「江戸」朱引内の街道沿いには、江戸時代多くの参勤交代の武士などが江戸土産を買う店が並んでいました。

中仙道滝野川三軒家(平尾一里塚)あたりまでには、乾物屋や植木屋、種屋が並び、多くの江戸前海産物の乾物や
園芸植物、江戸野菜の苗木・種子が全国へ広まるきっかけとなりました。

巣鴨庚申塚から滝野川にかけては「三軒家」(枡屋、榎本、越部)*の由来にもなった古い種問屋が残り、
豊島区側の庚申塚商栄会には「種子屋街道」の幟も立てられています。




*種屋として栄えた三家で、住居表示実施までは滝野川町東三軒家と西三軒家が字名として使用されていた。
枡屋は榎本一族で、地主の三家としては榎本、越部、戸部の三家がこの地域の地主であった。
現在でも東京消防庁滝野川消防署三軒家出張所などに名が残る。
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