鈴降稲荷神社

2017年07月31日 | 東京のお散歩
NHK連続テレビ小説(朝ドラ)の「ひよっこ」の舞台となっている
赤坂の洋食屋「すずふり亭」の名前の由来となっている神社が
赤坂一ツ木の円通寺坂下に鎮座しています。

鈴降稲荷神社は、本能寺の変発生時に堺から三河へ命からがら逃げた
いわゆる「神君伊賀越」の際に、伊賀山中で観音堂堂主山名孝倫から
厨子に納められていた3個の鈴を受領し、無事に浜松城へ入城出来たことから
家康の江戸入府後に伊賀組を住まわせた四谷の鎮守として創建、
元禄年間に社地が御用地となった際に、赤坂一ツ木の替地に遷座したそうです。

なお、鎮座する路地の入口に飲食店はあるものの、周囲に甘味処や中華屋
元赤坂芸者が大家の下宿屋はありません。



(路地裏にあるため、通りに面して案内板がある)


(鈴降稲荷神社)


(円通寺坂)
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新橋演舞場

2017年07月30日 | 東京のお散歩
新橋演舞場は、大正十一年(1922)に新橋芸妓協会が中心となって設立され
大正十四年(1925)に「東をどり」で杮落としが行われた劇場です。

昭和十五年(1940)以降は松竹が興行を行い、舞踊だけでなく
歌舞伎や新派、新喜劇、新国劇、ミュージカルなどを上演する劇場となっています。



(左が演舞場、右の黄色いテントは宮本亜門氏の御実家の「絵李花」、突き当たりは料亭「金田中」)
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川開き

2017年07月29日 | 東京のお散歩
隅田川の花火大会。
今年は、開始直前に雨が降ってきてしまいました。


四年前のゲリラ豪雨に比べれば、大したことがないという判断なのでしょうか
無事に打ち上げが始まりました。

池袋から浅草へ行くバスも、今日は交通規制のため短縮運行ですが
花火のマークをつけての運行です。






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藪蕎麦

2017年07月28日 | 東京のお散歩
東京の蕎麦、いわゆる江戸のそば切と言えば、砂場、更科と藪が有名です。

藪蕎麦は、神田の「かんだやぶそば」が有名ですが、その発祥は実は江戸市内ではなく
雑司ヶ谷(豊島区)にあったとされています。



(かんだやぶそば)


享保の時代に、鬼子母神門前の「雑司ヶ谷藪の内」の蕎麦切が名物として知られていました。
江戸郊外にありながら、江戸市中から食べに行く人が多い名店だったようで
これが藪蕎麦の名前の元祖とされています。



(鬼子母神参道)



他方、時代が下って天保年間に小石川団子坂に蔦屋という蕎麦屋があり
近くに竹藪があったことから「藪そば」と呼ばれるようになり
明治時代に、この藪そばの神田連雀町の支店が砂場系の蕎麦屋だった堀田家に譲り渡されて
現在の「かんだやぶそば」の祖となりました。
(蔦屋の三輪伝次郎は投資に失敗して店を手離したようです)



(現在の団子坂)

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坂の名前と橋の名前

2017年07月27日 | 東京のお散歩
日暮里駅の改札を出たところに架かる、下御隠殿坂橋。

JR在来線と新幹線、京成電車が一望にできることから、
電車好きな子どもたちが集まる人気スポットになっています。

この橋の名前からすると、この橋の西側に接続している坂道は
下御隠殿坂というのかな?と思うと、実は坂の名前は御殿坂と言います。

由来は諸説あり、坂上に輪王寺宮の隠居御殿(御隠殿)があったからとも
将軍の御膳所(この場合浄光寺か?)があったからとも言われています。

なお、南側には御隠殿坂という坂があり、おそらく跨線橋の名は
この御隠殿坂と混同したのではないかとも言われています。

御殿坂は、江戸時代中期以前には乞食坂と呼ばれていたようで
こちらも由来は不明ですが、乞食が将軍ないし宮様に出世したとなると
立身出世のパワースポットとして売り出してみても、いいんじゃないでしょうか。



(下御隠殿坂橋から見た山手線)



(坂上の風景)
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銃弾痕の残る寺

2017年07月26日 | 東京のお散歩
日暮里の高台にある日蓮宗大黒山経王寺の三門(山門)には、銃弾の痕が残っています。

経王寺は明暦元年(1655)に、新堀(日暮里の名の由来の一つ)の名主、冠勝平の開基で
江戸時代を通してこの地で崇敬されてきた寺院です。

弾痕は、慶応四年(1868)の上野戦争の際に、敗走した彰義隊を経王寺が匿ったことから
新政府軍が寺に攻撃を行い、そのために門に多くの弾痕が残っているとの事です。

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諏方台の富士見坂

2017年07月25日 | 東京のお散歩
日暮里の沖積平野と谷田川(藍染川)の谷に挟まれた、ナイフリッジのような尾根の西側、
谷中へ下りる坂道の富士見坂は、東京に数ある富士見坂の中でも、特に有名な坂道です。

古くは坂道の北側(画面右側)にあった寺院、妙隆寺の名をとって、妙隆寺坂とも呼ばれ
妙隆寺の別名、花見寺から花見坂とも呼ばれていたそうです。

平成十一年(1999)に、高層マンションの建設によって富士山の左側が見えなくなり
平成二十五年(2013)には、さらに手前に建物が建ち、望岳は一切出来なくなりました。

現在は、街路灯に付けられたエッチングの富士山が、富士見坂のアイデンティティになっています。


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月見寺

2017年07月24日 | 東京のお散歩
日暮里駅から御殿坂(乞食坂)を上がったところにある日蓮宗長久山本行寺は
大永六年(1526)に、江戸城内平河口に、太田資高の開基によって創建された寺院です。

家康入府後の普請で神田へ移転し、その後谷中へ移ったあと宝永六年(1709)に当地へ移転しました。

東側に荒川の沖積平野が広がる高台にある事から、月見の名所として知られ
月見寺とも呼ばれています。

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浄光寺

2017年07月23日 | 東京のお散歩
日暮里の高台にある真言宗豊山派の寺院、法輪山法幢院浄光寺は
江戸六地蔵の第三番として知られ、西日暮里駅の脇へ下りる地蔵坂の
その名の由来にもなっている地蔵菩薩が立っています。

この江戸六地蔵は、現在一般的に言われる江戸六地蔵より前からあったもので
「東都六地蔵」とも呼ばれているものです。

現存するものは、ここのものと千駄木の専念寺のみとされています。


浄光寺は隣接する諏方神社の別当で、創建時期も同時期と考えられています。

江戸時代、吉宗の時代以降は鷹狩りの際の将軍御膳所となりました。
また、高台にある事から雪見の名所として知られ、雪見寺とも呼ばれていました。



(左側は諏方神社の鳥居、右側が浄光寺三門)



(地蔵坂)
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諏方神社

2017年07月22日 | 東京のお散歩
西日暮里の地蔵坂を登りきった高台にある諏方神社。
日暮里村(新堀村)と谷中の総鎮守で、豊島経泰が信州の諏訪神社から勧請して
元久二年(1202)に創建された神社です。

諏訪ではなく諏方なのは、信州諏訪も元々「洲羽」「須波」「諏方」などと書き
その「諏方」を神社の名としていましたが、本社である諏訪大社が「諏訪」となった後も
ここでは諏方の字で崇敬を集めていた事から、現在に至るまで諏方の文字を使っているようです。

武蔵野台地の縁にある事から、古くから景勝地と知られていました。



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坂の名前

2017年07月21日 | 東京のお散歩
JR西日暮里駅の日暮里寄りの山手線内側の崖線にへばりつくように作られた坂道。

この坂道の正式名は地蔵坂と言いますが、この坂を登りきったところにある諏方神社から
諏方坂とも諏訪坂とも呼ばれています。

正式名の地蔵坂は、諏方神社の別当寺であった浄光寺が江戸六地蔵の第三番だったことに由来します。

管理上、正式名は必要ですが、古くから人々の暮らしに根付いていればいるほど
いろいろな呼ばれ方、書き方をするのも「道」というものの運命なのかもしれません。

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暑いので

2017年07月20日 | 徒然
氷の画像をどうぞ

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梅雨明け

2017年07月19日 | 徒然
東京地方は今日、梅雨明けしたとみられると発表がありました。

子供達は明日が終業式というところが多いようです。

いよいよ夏本番。でも昨日みたいなゲリラ豪雨だけは勘弁な。

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2017年07月18日 | 写真
今日の夕方、都内は雷をともなったゲリラ豪雨とともに、突風と雹に見舞われました。




雹がガラス窓を叩く音は、結構怖いですね。
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コンチキチン

2017年07月17日 | 
都大路に祇園囃子が鳴り響くと、間も無く京の街も梅雨が去って
本格的な夏がやってきます。

祇園祭は、28日の神輿洗まで続きます。

ひと月に及ぶ祭は、その多くの行事が進むにつれて梅雨から真夏へと
季節の移り変わりを感じられる伝統の祭なのです。


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