津波

2009年09月30日 | 徒然
サモアで大地震が発生して
日本の沿岸部にも津波注意報が発令されたようです。

この記事を書いている時点での
日本に到達する津波の予想高さは
50センチくらいとのことですが
津波って10センチくらいのものでも
かなりのスピードと威力があるらしいですね。


で、サモアってどこ?
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開港祭

2009年09月29日 | 徒然
横浜開港祭、終わりましたねぇ。

何度か足を運んだし、自分自身仕事で絡んでいたので
気にはかけていたけれど
終わってみると果たして【成功】と
諸手をあげて喜べる状態だったかどうか…

やっぱり横浜は普段のヨコハマがいいね。

50年後、開港200年祭をこの目で見ることはできるだろうか…
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地のモノ

2009年09月28日 | 
その土地々々で楽しむ地のモノは
とても味わい深くていい。

地酒、地魚、地山菜、地鶏、地豚、地そば、地うどん、地列車、地おんn(ry


地のモノの代表といえば、その土地の風土に根付いた風習や方言も含まれる。
ローカル線に乗って、地元の居酒屋で郷土料理を食べて
女将と話をする。

そんなひと時が、至極のひととき。


たいしてお酒は飲めないんだけどねw
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ハードディスク

2009年09月27日 | 徒然
外付けのポータブルハードディスク。
半年後とに値下げしてるんじゃ…


この前まで120GBが7千円くらいだったと思ったら
いまじゃその値段で320GBのものが買えたりする。

このままだと来年の今頃は
1TBのが1万円くらいになってるかもね(;´∀`)
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祭だワショーイ

2009年09月26日 | 徒然
もう1週間たってしまって
リアルタイムなネタではないですが
地元の祭りが行われたんです。

八幡神社の祭礼で
氏子町会が連合で実施するので
神輿の数や朱引き(渡御)の距離は
他の地域の祭りに負けないほどです。


実は毎年天気に恵まれないのですが
ことしはめでたく台風も逸れ
雲ひとつ無い晴天だったようです。

曇り男が出張に行っていたからというウワサも
ちらほらと…。・゜・(ノД`)・゜・。 うえええん
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レッコー、ショア・ライン! 長声一発!!

2009年09月25日 | 
秋の津軽海峡は
イメージしている漆黒の海面に白波が立つ
そんな海とは正反対の
本当に静かで穏やかな海である。

保存されている八甲田丸の甲板に立ち
その静かな海越しの下北を眺める。


今すぐにでも船長が
レッコー ショアライン!
と出航の号令をかけてくれたら
私はすぐに北国への旅人になれる。

でももう、ブリッジには誰もいない。

どこかで大型客船の汽笛がなった。
船旅は移動の交通手段から
贅沢なクルージングへと変わってしまったようだ。

白い大きな客船が
出航していった。
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船旅

2009年09月24日 | 
青森駅の青函桟橋第2岸壁に
八甲田丸が保存係留されている。

ブリッジや車両甲板、エンジンルームも見学できるようになっていて
運航当時の状況がしっかりと残されている。

車両甲板は水面の少し上で、実際にはここが1階になる。
乗船や2等船室のあるのが2階、1等船室が3階にあたる訳である。
エンジンルームは地下ならぬ水面下1・2階だ。
車両甲板には、航送で輸送される貨物列車を格納するために
4組のレールが敷かれている。

時折、波のあたる「ドーン」という音が不気味に甲板内に響き渡る。

船長が航海の指揮にあたるブリッジは船の4階にあたる。
このブリッジで
海の男たちは津軽海峡と闘っていた。

我々の船旅の安全は
この部屋で命がけで守られていたのだ。

青函トンネルを行く
スマートな特急電車の運転台よりも
何十倍も広いけれど
それ以上に無骨で頑固な
海の男たちの聖域。

その窓には、もう下北半島以外が映ることは無い…。
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連絡船のある風景

2009年09月23日 | 
かつて青森の街は
北海道への通過点であり
本州の玄関だった。

青函連絡船。

鉄道連絡船として
日本の物流の大動脈であった航路である。

その頃の青森駅は
今の何倍もの活気があった。

狭い湾内に
次々と発着する連絡船。
乗り降りする乗船客と、入れ替えの貨物列車の黒い列。
悲喜こもごもの会話や足音、機関車や船の汽笛で
青森駅は24時間絶え間なく賑わっていた。

上野発の夜行列車が何本も到着した長いホームも
今は無用の長物と化したかのように
山側に2~3両のローカル列車がこじんまりと止まっている。

今でも1時間おきには
弘前や八戸、函館を結ぶ特急列車や
日に3往復の寝台列車が発着するけれども
そこから船へ乗り換えて
さらに北へ向かう人はほとんどいない。

私の手許には
かつての青函連絡船の乗船前に
名前を記入する【旅客名簿】の白紙が残っている。
もうそれを入れる改札箱も無い。

青森駅からは
函館行きの緑色の特急列車が
満員の客を乗せてせわしく発車していった。

あの頃、たっぷりと存在していた旅情は
事務的に簡素化されてしまっていた。
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港町

2009年09月22日 | 
茜色の空も
日が沈み終えると
次第に紺碧から漆黒と
刻一刻と表情を変えてゆく。

港町青森。

下北半島と津軽半島に挟まれた湾から
平舘海峡を望むと

遠くに船の灯りがポツンと見える。

北国に
ほんの一瞬訪れる穏やかな季節。
暗闇に広がる海も
白波ひとつない
静かな海だった。
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茜いろ

2009年09月21日 | 
夕暮れは
枕草子にも書かれているように
古来から秋という季節の中で一番いい時間でもある。

青森・三内丸山遺跡。

八甲田山から続くなだらかな丘陵のこの場所に
先史時代の人が見たら驚くような高圧電線の鉄塔が
秋の夕暮れに聳え立っていた。

聞こえるのは
風の音と
7キロほど丘陵を下った青森市街の町の音だけだった。
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短い秋

2009年09月20日 | 
今年の東北地方は
いつ梅雨明けしたのかわからない
そんな夏でした。

そしてその夏が終わって
短い秋がやってきました。


澄み切った青空と
黄金色の田んぼ。

白一色の季節を向かえる前
この地方が1年で一番色づく季節です。
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今日も短くてごめんなさい

2009年09月19日 | 
青森は涼しくなると一気に秋が深まる。

次に青森に入るときには
もう冬の格好でいかなくては…


明日あたり写真の整理します。
このブログに何点か載せる予定です。
お楽しみに!
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秋の気配

2009年09月18日 | 
青森はもう秋。
空の色も木々の葉も
秋色に変わりはじめています。
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ぁお~もるるるるぃ~

2009年09月17日 | 
今、青森にいます。
寒いです。

秋物着てるけど肌寒いです。
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雨上がりの朝

2009年09月16日 | 徒然
夜更けの突然の雨。

夢うつつに聞こえる雨音は
いつしかゆっくりのリズムにかわる。

夜来風雨の声
「葉」落つること知る多少ぞ

という感じ。

秋も春と同じく
眠い季節なりzzzzzz
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