みいちゃんといっしょ

みいちゃんとみいちゃんのパパの日記

鋸南町の「菱川師宣記念館」に行ってきました

2025年02月12日 | ドライブ

 前から訪ねてみたいと思っていた、鋸南町の「菱川師宣記念館」で、3月まで「歌川スリー  歌川派の三大巨匠」という特別展示をやっているというので、いってみました。
 それにしても遠い!!80キロぐらい離れています(直線距離でも50キロ)。東京へ帰るのと同じ距離です。

 海っ縁の埋め立て地のようなところに公民館や道の駅「きょなん」などと同じ区画に建っています。

 有名な「見返り美人図」の作者「菱川師宣(ひしかわもろのぶ)」は、浮世絵の祖でもあり、鋸南町が生誕の地なのだそうです。江戸で名をはせた師宣ですが、常に故郷房州を誇りとし、愛し続け、死後は故郷保田の菩提寺、別願院に墓が建てられたと伝えられています。

 浮世絵は江戸後期に黄金期を迎え、中でも浮世絵界最大派閥となった歌川派には、三人の巨匠、歌川三代豊国(国貞)、歌川国芳、歌川広重が誕生しました。
 
 「豊国にがほ(似顔役者絵)、国芳むしゃ(武者絵)、広重めいしょ(名所絵)」といわれ独自のスタイルを確立していった天才です。

 詳細な着物の柄に役者の特徴を描いたり、ウイットを盛り込む巧妙さや、国芳の役者絵に広重が挿絵を協力するなど、いままで知らなかった錦絵の面白さに触れることができました。

 記念館の前に菱川師宣が、元禄7年(1694)5月、保田の別願院に、親族の供養として寄進した梵鐘が置いてあります。なんと、亡くなる一ケ月前のことだそうです。
 その梵鐘は、太平洋戦争時、金属回収令で供出されてしまい、現在のは復元もの。忠犬ハチ公像をはじめ、同調圧力が好きな日本人らしい、まったくひどいことをしたものです。

並びにある観光センターで、県民手帳を見せるとボールペンがもらえます。

「よりともくん」と「みかえりちゃん」がついています。

 さて、お昼になったので、これも直ぐ近くにある、保田漁協直営の「ばんや」で食事にしました。

平日なのに結構な受付まちの人がいました。みんな真剣に写真メニューを見つめています(字だとイメージが湧かない)。

 それでも、席数が多いのでそれほど待たずに席に案内されました。
リーズナブルでボリュームも満点でした。

 漁師のまかない丼 1,350円

海鮮丼 1,300円

 店内には生けすもあり、知らない魚が泳いでいます。

外にはひもの屋さんがあって、鋭意製造中。

 大洗漁協直営「かあちゃんの店」と同じように、歩いた先はすぐ漁港で、魚がどんどん水揚げされています。

  

有名な無人島 勝山漁港の目の前にある「浮島」が遠くに見えます。

 さて、食事後、定番の「道の駅 保田小学校」へ行きました。

 前にも居て可愛かった猫がいてくれました。

人懐っこいです。

 ここで飼われているのではなく、近所の猫らしいです。したがって、規律を守って店内には入りません。

 午後1時ごろなのに、野菜はあらかた売れてしまっていました。どんだけ人気があるのでしょう?

Youtube で紹介されていたガチャを引きました。

こんな巾着袋が入っているようなのですが、

出たのは大当たりのゴールド「保田小 魂」ですが、びみょ~

温かいのでしょう、校内では菜の花が満開でした。

 帰りは一般道を約2時間半かけて帰ります(朝は時間が無いので高速できましたが、2,000円も取られてしまった)。これも定番の高滝湖の高滝ダム記念館で休憩。いつ来ても人がいない!!

 

 






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パワースポット 東金 日吉神社へ

2024年12月23日 | ドライブ

 朝の6時に目が覚めて、まだ空が暗かったので、シャッタースピード5秒で夜空を撮ってみました。

 目に見えない暗い星や人工衛星(スターリンクかな)の軌跡が写りました(右クリックで画像を開くで大きくして見てみてください)。

 朝が明けると風が強くてむっちゃ寒いのですが、東金に歩くだけでもご利益を感じられるパワースポットの神社があるというので出かけました。

 参拝には近接の丸山公園の駐車場が指定されています。

 日吉神社。広い敷地なので、公園駐車場から歩くと、一度境内を表参道の鳥居のところまで抜けて、ここから来た道を戻って参拝する形になります。

 表参道の鳥居をくぐって境内に入ると200mほど大杉並木が続いており、その先に本殿と社務所があります。



 日吉神社は大同二年(807年)に建立。御祭神は、大山咋神(おおやまくいのかみ)。名前の「くい」は杭のことで、大山に杭を打つ神、すなわち里山の所有者を意味する地主神。

 社の正面にある一対の猿は日吉大神の神使であり、元禄八年(1695年)に建立され、高さは四尺強、体は正面を向き、顔は本殿を向いている。 神猿と書いて「まさる」と呼び、「魔が去る」または「勝る」の意で魔よけ等の神徳があるといわれているそうです。

ゆるキャラもあります。

 境内参道の中段の左右には更に参道があり、先には摂社(本社に付属し、その祭神と縁故の深い神をまつった神社)として八幡神社と豊田姫神社がまつられている。八幡神社に歩みを進めると、まさにパワースポットの極致となります。

 まずは、杉の木が倒れて進入を阻みます。

 見上げれば、杉の大木が風に揺れて軋み、あの世から木霊するような荘厳な音を響かせています。

 帰りは本殿の東側から東参道 の鳥居をくぐれば前に訪ねた八鶴湖に続く別の道もあるそうです。とにかく風が冷たくて凍えましたが、パワーをもらいました。


 次は、両総用水円筒分水工へ向かいます。

 駐車場は無いので、ベイシア東金店の駐車場に車を停めて、水路に沿って歩いて行くと、何やら校門のようなものが見えてきます。
 今日は終業式なのか、大きな荷物を抱えて小学生が帰っていきます。

 その中に、この土地の住人がみんな大好きで、そこら中に見かける記念碑がここにも建っています。
 「天恵人和 東金支線竣工記念」と刻まれています。昭和44年に建てられた農業用水路の竣工記念碑です。

 両総用水は、利根川から栗山川を経由し、一宮川まで届く日本でも有数の農業用水路。総延長78キロメートルに及ぶ。その東金における支線を引いたということなのでしょう。

 円筒分水工は、サイホンの原理で吹き上がった水を、決まった割合に分けた円周上の堰(水平に仕切られた断面)を越えさせ、3方向へ決まった流量で分水、各水路の分だけ流れ落ちる仕組み。

 残念ながら、今は農閑期なので水が流れていないようです。

 分けた水を水路に流す道が作られています。

 見とれて歩いていたら、東金名物ヒッツキムシ(コセンダングサ 小栴檀草)にやられてしまいました。刺さった針先に鉤がついていて容易に取れないところがすごいです。

 

 お昼になったので、九十九里の海の駅で食事にすることにしました。

 

 前回は「葉武里」という店で頼んだら、すごく待たせた割りに内容もけち臭い感じだったので、今回は「わたしの店」というところにしました。

 鯵の刺身定食(1,400円)とアジフライとイワシの刺身定食(1,350円)。空いていて、すぐ食べられたし、定食の内容もなかなか良かったです。

 

 おみやげも買って、折角、海まで来たので本須賀海岸へ行ってみることにしました。ヤシの木が揺れてリゾート気分満載です。

風紋が鳥取砂丘みたい。

今日は波もそれほど高くなく、サーファーもほとんどいませんでした。

不思議だったのは、ハマグリが二枚貝をくっつけたまま海に向かって整列している風景。どういう原理なんでしょうか?

家に帰って、冬至から二日遅れでしたが、夜はゆず湯に入って温まりました。

 

 






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庭仕事も一段落したので、成田に鰻を食べに行きました

2024年12月18日 | ドライブ

 年末の庭仕事も一段落したので、ご褒美に成田に鰻を食べに行くことにしました。

 いつ見ても立派な山門です。

 これもおなじみの逆バンクの急な階段を登ります。さすがに外国人だらけです。

 境内では、お正月の出店の準備が始まっていました。

 さて、お参りも済んだので、今日のメインイベントの鰻です。やっぱり「川豊」さんにしました。

 整理券をもらっていたのですぐに店内へ。

 それでも、中で10分ぐらい待ちました。

 ここも外国人でいっぱいです。

お待ちかねの鰻。うな重(うなぎ2/3尾)2,909円(税込3,200円)。

 また、ちょっと値段が上がったかな? でも前よりすこし大きくなった感じがします。骨のさばきも綺麗で食べやすかったです。
焼きたては、やっぱり香ばしくておいしいですね。元気が出ました。

おみやげは、これも定番。米屋総本店で羊羹を買います。

なごみの米屋 総本店 クチコミ・アクセス・営業時間|成田【フォートラベル】

 前から気になっていた「ねこ玉」を「凸凹堂」さんでゲット。

猫の大好きな魚の骨がついていて可愛いです。

 この後、飛行機が見える丘のひとつ(らしい)、「十余三東雲の丘(とよみ しののめのおか)」へ行ってみました。

B滑走路を離着陸する飛行機を真横から見ることができます。撮り鉄ならぬ「撮りなんとか」さんが結構来ていました。

 

 飛行機を眺められるスポットは、他にも芝山町の航空博物館近くハートの映えスポットのある「ひこうきの丘」、成田市「飛行機の見える丘」(A滑走路の北側 さくらの山公園)もあったようで、また来たときはこっちにも寄ってみようと思います。

 帰りは恒例の道の駅「風和里しばやま」で野菜を購入。

 

 

 

 






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「サムライアート展」に行ってきました。

2024年12月04日 | ドライブ

 東京富士美術館で開催されている「サムライアート展」に行ってきました。


©Tokyo Fuji Art Museun All Rights Reserved.

創価大学の敷地の一部という感じのところです。去年10月の「シルクロード展」以来です。

 いつ見ても立派な美術館です。さすが創価学会。

 刀剣や甲冑をはじめとする武器・武具類は、実戦で用いられるのと同時に、武威や家格を誇示する宝物として珍重され、鑑賞の対象とされたそうで、現在は「サムライ・アート」とも称されているとのこと。

 人を切る道具として機能性を追求した刀剣は鉄の芸術品であるとともに地鉄・刃文に特有の美を見出し、鑑賞の対象とされたというのも分かる美しさです。

 ほとんどのものが富士美術館所蔵というのに驚きました。

甲冑も本物はやっぱり造りが違いました。

 武具の制作には様々な分野の多くの職人が関わり、熟練の技術と手間を惜しみなく注いで武士の求めに応じたのだそうです。

 この印籠なんかウイットに富んだ素晴らしいものです。ネズミを題材にすることも驚きですが(自分の干支に因んで所有したのかも?)、根付の猫が狙っているなんて気が利いていますよね。

錦絵 歌川国芳の「誠忠義士傳 菅屋三之丞正利」
「菅屋正利は半兵衛正勝の養子にて幼少より相続の為養育なしけり 生質美麗高貞小性に勤仕せらる 養母は迅く没故し半兵衛后妻を向へけるに年若くして子の如し 其婦人淫婦にして三之丞に不義の振舞ありければ大……云々」と人物紹介と活躍が書いてあって今でいうポケモンカードですね。
 それにしてもこれを買って庶民が楽しみに読む(フリガナがふってあるが)という、なんてみんな教養が高かったのでしょうか。当時に比べ、テレビばっかり見ている現代の日本人の教養の無さには呆れますね。

 展示の規模はそれほどのものでもなかったのですが、武士の美意識やその求めに応じる匠のこだわりを感じられる楽しいものでした。

 次は近くの「都立滝山公園 滝山城址」に向かいます。

 北条氏照が居城とした中世の山城があったところで、自然の地形を巧みに利用した城跡です。東西900mの平城は東日本最大だそうです。

 駐車場から延々と竹林や空堀を通って急坂を登ります。これは確かに攻めにくく、北条氏は二千の軍勢で二万の武田信玄勢から城を守ったそうです。

 急な坂を上りつめると二の丸跡の地が平らに開けて、八王子からあきる野・日の出にかけての街並みが見下ろせます。多摩川が削った谷の丘陵に造られた城ということがよくわかります。

 お昼も過ぎたので持参したおにぎりで食事にしました。
 金のかからないレクリエーションです。でも、このごろ外食しても美味しくもないのに、以前の倍のお金はかかるし馬鹿馬鹿しいですものね。

 こういう質素な生活傾向が国民に広がれば、飲食店や外食産業の企業・個人店の多くはつぶれていくでしょう。その結果、更に消費が冷え込み不景気が加速し、税収があがらなくなって初めて、多様性だのSDGsだ、LGBTだのと国民のためには少しもならないバカな政策に無駄な金をつぎ込み、根本的な経済政策を疎んじて来た、どうしようもない国ということに政府も国民も気が付く時がくるのでしょう。やっぱり一回国がつぶれないと反省しないのかもしれません(まあ、いままで反省したことは一度もなかったから期待薄ですが)。

 お昼を食べてから、更に本丸跡へ向かいます。「引橋」を渡ると本丸跡です。

霞神社という社があり、ここで、今日初めてきれいな紅葉に出会いました。

 帰りは恒例の「道の駅 八王子滝山」で野菜を買って帰りました。平日でもいつも込んでますね。

道の駅八王子滝山||観光情報サイト いこうよ八王子・高尾山

 

 






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紅葉を見にいったのですが......

2024年11月22日 | ドライブ

   今朝はすごい霧でした。

 東京でこんな霧がかかるのは年に1、2回しかないと思いますが、ここは高原なので珍しくありません。

 

 フェンスの小さい網の目に合わせて、小さく蜘蛛の巣がはってあります。生き物って人間以外はすごいですね。

 

このところ街中でよく見かける花。

図鑑 皇帝ダリア
和名では「コダチダリア」。皇帝ダリアは一重咲きもしくは八重咲。 華やかな花弁のダリアに比べてかなりすっきりとした印象の花。

 

 月がだいぶ欠けてきました。
 クレーターの多い所は白い岩石(斜長石)でできており、少ない所は黒い岩石(玄武岩)でできている。白い岩石は、黒い岩石より古い時代にできたものなので、古い時代ほどクレーターが多い。

 

 天気がいいので、昼から紅葉を見に出かけました。目的地は「大多喜県民の森」だったのですが、どう車を走らせても「もみじの森」にたどり着けません。
 あとで分かったのですが、大多喜城の駐車場に停めて歩いて行けばよかったようです。

 そこで、大多喜城に行って、前来た時に見学できなかったところを見がてら、紅葉があればそれを楽しむことにしました。

 いつもながら平日は人がいません。駐車場も平日は無料開放されています。

 

 たしか改修が終わったという情報を見た気がしていたのですが、まだ当分の間お城の中には入れないそうです。

 

 大多喜高校の校内にある、「大井戸」を見に行きます。校内に簡単には入れるなんて田舎は治安がいいのでしょうか?


 戦で籠城ともなると、水が生死を分ける。そこで本多忠勝は、城内二の丸に、日本一と呼ばれる大井戸を掘ったとのこと。雨の降らない夏でも、満々と水をたたえ「底知らずの井戸」と呼ばれていたそうです(周囲17m、深さ20m)。

 同じく校内にある「薬医門」
 大多喜城の二の丸裏門ないし御殿裏門で、明治時代に民間に払い下げたものを大正時代に大多喜高校に移築したもの


 校舎からお城が望めるなんていい環境です。

 結局紅葉はまだまだでした。田舎の家の周りよりこちらの方が温かいようです。

 このあとお城の東屋で持参のお弁当を食べたあと、大多喜駅前の大多喜町観光協会 (大多喜町 観光本陣)によってお土産を買いました。いすみ鉄道グッツも沢山そろえてあります。

本田忠勝とおたっきー

 

 帰りは定番の「道の駅 たけゆらの里おおたき」で野菜を仕込んで帰りました。なんだか道の駅も活気が以前ほど無く、品ぞろえも悪くなっています。

 

 






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一日中天気が良さそうなので、久々にドライブに出かけました。

2024年11月04日 | ドライブ

 連休の最終日。一日中天気が良さそうなので、久々にドライブに出かけました。

 まずは長生村の「金田のコスモス畑」

 近くの「ベイシア」に車を止めて歩いて行きます。

 途中で自転車に乗ったおじさんが、「こっちの道を歩いて行った方がいいよ」と声を掛けてくれたのですが、だいぶ回り道になるような気がして言うことを聞かなかったら、結局、無茶苦茶道が悪くて逆に時間がかかってしまいました。親切な人の言うことは聞かなければいけませんね。

 一宮川の土手沿いの普通の畑に無造作にコスモスが植えられています。
 栽培した植物を収穫せず、土壌とともに耕すことで後に栽培する作物の肥料にする手法を「緑肥」というのだそうですが、コスモスも緑肥の一つだそうです。 コスモスは管理にそこまで手間がかからず、田んぼが荒れるのを防いでくれ、土を肥やす効果もある。この畑も観光と畑の管理の一挙両得を狙ったものかもしれません。

時期はちょっと遅かったかもしれませんが、どうしてなかなかみごとでした。

 なんか見回りのおじさんがしょっちゅう行ったり来たりしていたのですが、中国人やクルド人が作物盗んだりするのでしょうか?

 とにかく天気が良くて汗ばむくらいでした。

図鑑 ソルガム
 ソルガムは、イネ科の一年生の穀物であり世界五大穀物のひとつとされ、日本では「タカキビ」や「モロコシ」、中国では「コーリャン」とも呼ばれています。

 

 次は、いすみ市にある「清水寺(清水観音)」に向かいました。

 駐車場から延々と高尾山のような山道を登ります。

 10分ほどで山門に着きました。ここにも駐車場がありましたが車が傷みそうな急坂なので歩くのが正解かな?

 いすみの清水寺は、京都、兵庫の清水寺とともに三大清水寺のひとつなんだそうです。清水観音は通称。本尊は千手観世音菩薩、坂上田村麻呂ゆかりのお寺や千尋の池など、他の清水寺との共通点もあるそうです。

 お参りしたあとは、仁王門の前で猫がお見送りしてくれました。

ひとなつっこい可愛い猫でした。

お寺や神社には猫がよく似合いますね。

お昼は海の近く国道128号沿いの「そば処 松良」さんで

あぶり塩鴨せいろ(税込み1,000円)と 波の伊八めし(税込み1,400円)を食べて帰りました。

 

 

 






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一宮町 東浪見寺 へ行ってきました

2024年09月29日 | ドライブ

 秋の長雨が続いていますが、今朝は少しは晴れ間が出そうな感じで散歩も快適にできそうです。

 田舎の家の周りには、彼岸花が群生しているところが結構あり秋を感じさせてくれます。

 田んぼでは、刈り取られた稲からまた新しい芽がでてきて、更に米が実っています。これまた収穫しないともったいないですよね。「ひこばえ」というそうで、肥料をあげて育てたわけではないので売り物にはならず鳥の餌にしたりするところがあるそうです。

 去年は気が付かなかった、豆の花がたくさん咲いています。

図鑑 ササゲ(大角豆)の花
 落花生の花ともそっくりですが、周りにさやのある実がついているのでササゲじゃないかと思います。

 赤飯には何気なく小豆が入っていると思いがちですが、加熱した小豆は皮がやぶれやすく煮崩れもしやすいので、おめでたいときに食べる赤飯につかうには縁起が悪いとされ、ささげを使う地方もあるそうです。そういえば子どもの時、赤飯と言えばわざわざササゲを親が用意していたような気がします。

 尺取り虫

図鑑 ナカグロクチバの幼虫
写真を撮ろうとしたら、一瞬こちらを振り返って見つめられたのでびっくりしました。

独り自然観察 「ナカグロクチバ」: センター通信

家に戻ると庭の酔芙蓉がきれいに咲いていました。日も差してきて天気になりそうです。

ということで、秋の長雨の合間を縫ってドライブに出かけました。

まずは一宮海岸広場に建つ「芥川龍之介愛の碑」に立ち寄ります。

裏面にはこう記されていました。
「芥川龍之介の愛のはじまりは彼が東大在学中23歳の頃であった。当時彼は吉田弥生という女性に初恋し激しい相愛の仲になったものの、養家(彼の母の実家)芥川家が士族、吉田家が平氏(へいし)であるとの理由だけで許されざる恋となった。彼の親友堀内利器はそれを見かね堀内の故郷一宮に誘い、大正3年7月中旬からこの地に滞在した。しかし彼女への恋情はいよいよ深くなり、止宿先で綴った悲恋の歌のひとつに

美しき 人妻あらむ かくてあゝ わが世かなしく なりまさるらむ

もう美しき彼女は自分のものにはなり得ないという一宮時代からはじまる悲恋の苦悩こそは、人間の醜いエゴイズムを古典の世界をかりて表現したユニークな芥川文学を誕生させた。大正5年2月出世作「鼻」が恩師夏目漱石に賞賛を受け、華やかに文壇にデビューし、失恋の痛手も癒えて、再び思い出の地一宮に久米正雄と2人で訪れ、一宮館の離れ家(現在芥川荘として保存)に止宿した(大正5年8月17日から9月2日まで)。その時、第二の恋人塚本文子宛に「文ちゃん」ではじまる有名な求婚の手紙が身を結び、新しい芥川人生が出発した。当時、夏目漱石宛に太陽と海と空と砂丘の大自然を背景とした一宮海岸に青春を投げ出している楽しい様子を、また晩年にも「微笑」「海のほとり」と題してこの一宮の思い出を書いている。今日青春芥川龍之介のロマンスを記念し、郷土の鉄道作家故上田廣氏の発想どおり、「芥川龍之介愛の碑」とした。

 隣にはこの碑文の中に登場する作家「上田 廣」の碑が建っている。達筆でなかなか読めないが「黄塵碑」と読むそうです。上田は日中戦争の戦地で小説を書き『黄塵』は芥川賞候補となったそうです。

 

 これらの碑は、一宮海岸広場に建っていて、遊具が置いてある小公園です。

 この滑り台の丘にあがると一宮海岸がなんとか望めます。この日は風が強く荒波が寄せていました。サーファーがたくさん車で乗り付けていました(この公園の駐車場だけ無料なんです)。

 

 さてここから、今日メインの目的地へは、県道20号を10分程南下、とてもJRとは思えない外房線の小さな踏切(上総一ノ宮⇔東浪見間は単線区間)を渡って、すれ違えないような細い道を5分辿ると到着。

「軍荼利山 東浪見寺(ぐんだりさん とらみでら」難読地名の最たるものですね。

 さっそく、猫が出迎えて(というかたくさんの猫が道の真ん中で香箱座りしていて、なかなかどいてくれず、やっと車を進められる状態)くれました。

 老猫は見当たらず、小さい子とその母猫が中心でした。地域猫風でもなくどうやって暮らしているのでしょうか?

参道の石段にも猫が座っていて、途中まで一緒に登ってくれました。

 猫以外人っ子一人いない閑散としたお寺です。

延々と階段を登る途中、立派な仁王門があり阿吽の仁王像が鎮座しています。

 お寺ですが狛犬が具えてあります。神仏習合(日本古来の神々は、絶対的理想の存在である仏が、衆生を救うために姿を変えてこの世に現れた姿」だからと神と仏とを同一視する思想)ですね。

 寺は聖徳太子が軍茶利夜叉明王の像を彫刻して安置したのが開基といわれ、神仏分離令のため明治二年(一八六九)に東大社と改称されたが、昭和十六年(一九四一)に現在の軍荼利山東浪見寺となる。

鐘撞堂もちょっと朽ち果てかけている感じです。

 

 お寺の森閑とした雰囲気も良かったのですが、どの猫も人を怖がらず、かといってごろにゃんするのではなく一定の距離を置いているところが可愛い寺でした。

 

 

 






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匝瑳市方面へドライブ

2024年09月06日 | ドライブ

  匝瑳市方面にドライブに行きました。

 まずは、 匝瑳市飯高(いいだか)の 「飯高檀林跡(いいだか だんりん あと)」。
 檀林とは寺院の尊称であるとともに僧が集まって学問をする場所。

 1580年から1874年に廃檀(明治5年の「学制」発布により同7年に廃檀)するまで、飯高寺(はんこうじ)におかれた日蓮宗最古・最大・最高の学問所で、最盛期には600~800人ほどの学僧が集まり、多くの名僧を輩出した。

 駐車場から、坂を登り詰めると「総門」(表門)が見えてきます。晩秋の頃になると紅葉がきれいだろうと想像できます。

 鬱蒼とした杉林を延々と歩いて行きます。67,667平方mの広大な敷地だそうです(東京ドーム1.5個分)。

 重文指定の講堂(お堂をあえてこう呼ぶらしい)

講堂の前方左右に 

鐘楼と

鼓楼(時刻や緊急事態を知らせるための太鼓を置いた建物)が建っています。

講堂の裏に回ると、住職の住居に続く(?)これもりっぱな渡り廊下になっていました。

 

日蓮宗の教育機関=立正大学発祥の地ということになるようです。 

 駐車場にあった観光案内所に声をかければ、ボランティアのガイドツアーがあったのだそうですが、暑くて体力が削がれてパスさせてもらいました(帰りがけにちょっとお話を伺いました)。

 次の目的地は、同じく匝瑳市松山にある「松山庭園美術館」。
 芸術家「此木三紅大(このきみくお)」氏のアトリエを公開したもので、氏が参考資料とした名画コレクションと茶道具を中心に展示されています。猫に会える美術館としても有名ということで行ってみました。

日本庭園風の庭をぐるっと歩きながら展示室に向かいます

庭のあちこちには、ユニークな石の彫刻や鉄の彫刻があります。


 ちょうどこの日(9月6日)から、サトウミキさんの猫の写真展『Was it a cat I saw ?』 が開かれていました。

画像
サトウミキ@写真作家  Xより

 企画展を見終わり、主展示室にお邪魔(そんな感じ)し、展示を見て回ります。
 展示室の一画に銚子の地元に根差した版画家 金子周次(1909年~1977年)の作品が展示されていました。

 当時、周りの人々にはブタ小屋に住む貧しい絵描きと映ったそうですが、その作品は郷土愛に満ちた人柄が感じられるとして、館長さんが作品のすばらしさを啓発されてきたようです。

無題
Copyright © 松山庭園美術館 All Rights Reserved.

展示を見終わった後、館長さんにお茶をごちそうになりました。

そして、お待ちかねの猫たち。館内を出たり入ったり。

兄弟でじゃれあったり。

自由にしていました。

兄弟の親猫の「ミーちゃん」

庭を散策している猫を見ながらお別れです。

 

 さて、お昼になったので、これも近くの八日市場のお蕎麦屋さん「ささもと」さんで 。タクシーの「ササモト」も経営?

 すごい、懐かしいものが入り口に。スズキGAG(ギャグ)(1986年)。しかもピカピカです。ナンバーがない。コレクションですね。

ミニ豚かつそばセット(1,300円?) 常陸秋そばです。うまい!!

いも豚生姜焼き膳(1,100円?)

ボリューム満点でした。

最後は定番の道の駅「みのりの里 東金」で野菜をゲット。なんか、あまり感動が(というか野菜の品質とか値段とかが、わざわざ寄るほどでもないような感じになってきた)。

新米は豊富にありましたが、値段がやっぱり以前の1.5倍でした。

 

 






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涼しいといわれている 勝浦 に行ってきました

2024年08月26日 | ドライブ

 今日も熱中症アラートが発令されて、外出するなとか政府に脅かされています。

 そこで、100年間、猛暑日が記録されていないという、勝浦に出かけることにしました。脂の乗った戻りガツオが水揚げされ始めたというのも楽しみです。

 市営の無料駐車場に駐車。日差しが暑い。

 

 マスゴミでよく取り上げられるので、どうせ無理だろうと思いながら、一応「市場食堂 勝喰(かっくらう)」へ向かってみました。
 確かに日陰に入ると涼しい風が吹いているのですが、さすがに日差しが厳しくて体力を削がれながら10分程歩いて到着。

 なんと、平日の11時半ごろなのに、40分待ちだそうで即やめました。やっぱりマスゴミに取り上げられる店は近寄らない方がいいですね(変なミーちゃんハーちゃんみたいな風体の怪しい人が続々と集まってきていたし)。

 

 ということで、候補にあげていた「まるろ」さんに入りました。入ったとたんにすぐに満席になりました。よかった~!!

 

 

 「まるろ」さん大正解です。

さんまのひものやき 刺身セット(1,430円 税込み)

刺身定食(1,870円 税込み)

 

 サンマの干物の付け合わせの刺身だけで、ファミレスのぼったくり刺身定食ぐらいのボリュームがありました。
 小型船がひき縄漁で一尾ずつ釣り上げたカツオは、漁獲したその日に水揚げされることから「日戻りカツオ」とも言われ、鮮度のよさで定評があるそうで、確かにうまかったです。アジのなめろうも肉厚で食べごたえがありました。 

 食後は、ここから5分ほど歩いたところにある「遠見岬(とみさき)神社」へ。

 房総半島に技術と文化をもたらした天冨命(あまのとみ‐の‐みこと)をお祀りする古社。天冨命は、中臣氏と宮廷の祭祀を分掌した斎部氏の祖神、天太玉命(あまのふとだま-の-みこと)の孫神。神武天皇に仕えた。祭祀をつかさどり、橿原(かしはら)宮の造営に携わって、種々の神宝を製作したといわれる。

 御祭神ゆかり(阿波忌部(あわいんべ)氏の祖神が天太玉命)の徳島県勝浦町から7000体のひな人形を譲り受けたことから、勝浦の各所でひな人形が飾られ、「遠見岬神社」では、この60段の石段に1200体のひな人形が並ぶのだそうです。

 それにしても階段と坂がきつい。その代わりに途中、勝浦の町が一望できます。

 

 延々と登ったところに本殿が見えてきます。慶長六年(1601年)に津波によりご神体が流されてしまったので、今度こそはと、高台に祀ったのでしょうか。

りっぱな社殿です。

社の奥の高台に更に社がありました。

 

 なんと、ミツバチの巣になっていました。

 

 お参りを終えて、次の目的地「勝浦灯台」へ。

大正6年3月1日初点灯、灯台の高さ 21m、海抜から燈火までの高さ 71m

残念ながら、登ることはもちろん、すぐ側までも寄れませんが立派ないい形の灯台です。

ここからの眺めも絶景です。

 

 なんと、地球が丸いのを体感できます。

 

 ということで、やっぱり勝浦も暑かったのでこの辺で引き揚げます。

 帰路の途中、道の駅 「たけゆらの里おおたき」で、県民手帳を見せると50円引きになるアイスクリームを食べて一息つきました。
 想像していたとおり、新米(どころか去年米も)はすべて売り切れていて、販売台の前で呆然として、家に連絡を取っている人を何人か見ました。

 ダーキシよ、辞める前になんとかしたらどうだ。まったく役に立たないどころか、国民を苦しめることしかしなかった憲政史上最低の総理大臣だったな。

 

 






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「熊野の清水公園」へ出かけてみました。

2024年06月27日 | ドライブ

 蓮がきれいという触れ込みだったので、長南町にある「熊野の清水公園」へ出かけてみました。

 

 公園に行く前に、この地の守護神として崇拝されてきた「熊野神社」にお参りします。

 

 鳥居をくぐった神社の境内に、日本名水百選の「熊野の清水」があります。
「くまの」ではなく「ゆやのしみず」と読みます。

「弘法大師」が全国行脚の途中にこの地に立ち寄り水がなくて苦労している農民を見て法力により水を出したといわれています。

 長南町は,室町時代には,武家の守護神、鶴岡八幡宮の所領でもあり,この地は同社の定めた湯治場で,付近の集落は当時「湯谷」と呼ばれ,名水名の由来となっているのだそうです。

 

 別名「弘法の霊泉」。樹木に囲まれた丘の麓に湧き出した水が,樋を伝って周囲約10mほどの池に流れ落ち,一宮川に合流して,太平洋に注ぐのだそうですが、どこかのおばさんに占領されていて、よく拝めませんでした。
 これはないよね。きっと罰があたるでしょう。

 

 熊野神社の小さな社殿。それでも、弘法大師が寄ったり、大多喜城主「本多忠勝」が寄進した神輿があるという由緒ある神社です。
 例によって手水屋の銅板ぶきの屋根がはがされていました。極貧国日本の象徴ですね。

 

 神殿の脇を登っていくと、真言宗寺院の「仏龍山 龍動寺」があります。

 本堂左には浄財で建立されたという「南無観音像」があり、さらにこの奥に弘法大師像があるのだそうですが確認できませんでした。

 

 さて、目的の「熊野の清水公園」へ向かいます。

 

 残念ながら、蓮は、まだ蕾でした。このごろ、時期を違えて行ってしまうことが多い。

 

 それでも、ちょっとは眺められました。

 まあ、観光施設なんでしょうが、公園前のカフェといい、トイレといい、全体的にうらぶれた雰囲気でした。

 

 帰りは近くの農産物直売所「木の香」に寄ってみましたが、なんだか個人経営のちっちゃな店でしたので、結局「産直太陽」に寄って野菜を仕入れて帰りました。

 

 

 

 






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「いちはら クオードの森」に出かけました。

2024年06月04日 | ドライブ

 高原の朝を歩きます。

 

 昨日の雷を伴った大雨で、公園が閉鎖されていました(気にせず入りましたが)。
 雨柱(あめばしら)って初めて聞きました。このごろ気象情報で当然のように専門用語(気象庁が大好きな「線状降水帯」など)が使われて何が何だかわからないですね。

 

図鑑 ムラサキシキブ
 咲いたところしか見たことなかったのですが、蕾はこんな形なんですね。

 

 大好きなイチゴの季節が終わり、来年用の苗づくりが始まっています。

 

 朝から救急車のサイレンが頻繁に聞こえます。必要もないのに119番通報する輩が増えているそうですが、超過死亡の異常な増大をみるとそれだけではないと思います。

 

 お昼からチバニアンのすぐ近く「いちはら クオードの森」に出かけました。

 

 クオードは予備校のネーミングライツだそうです。里山の情景を感じることのできる公園で、117ヘクタールほどの面積。散策路や植物園、キャンプ場なども整備されています。

 3,500平方メートルの広さがある菖蒲園の12,000株がみごろということでしたが、人が全然いませんでした。

 

 様々な色の菖蒲が植え分けられて見事です。

 手入れをしている園の方が気軽に声をかけてくださいました。みんな人懐こいっ!!

 

 このあと園内を散策します。アジサイはもう少しですね。

 面積117ha、標高60~170m、南北に向かって広がった広大な土地にスギ、ヒノキなどを植林し、自然をそのまま利用し、10コースの遊歩道が設けています。切通しやトンネルをくぐって進みます

 

渓流に沿って歩いて行きます。変わった鳥の声が聞こえます。

 

 もみじ谷コースというところに足を踏み入れたのですが、これがすごい難所。林道万田野線というところにたどり着く遊歩道が500mと書いてあるのですが、そこまですごい坂を登っていきます。

 

 いよいよ本格的な登りに入ります。

 

 こんな稜線を小一時間登りました。

 

 何処まで行っても頂上らしきところはなく、道しるべも全くないので、来た道を戻りました。(あとで調べてみると、林道万田野線というところにたどり着きこれを更に進んでいくと他の遊歩道の終点につながっているようでした。しかしすごい距離のようなので戻ってよかったです)

 駐車場に戻ってきました。フラフラで腹ペコです。
 ここはもともとは石灰岩を切り出した跡なのでしょうか。

 

 駐車場で待っていてくれたコペン。コペンは他の普通車と比べたら、無茶無茶ちっこいのですが、EXPLAY はその他の車種に比べると、かっちりしている所為か大きく見えます。まあ、プラモデルですよね(現実にほとんどがプラスチックでできています)。よくこういう車を作って売るつもりになったなと思います。

 

 帰りは定番の道の駅へ。「あずの里・いちはら」です。2023年2月以来2回目の訪問です

 

 お昼もとっくに過ぎていたので、ここで昼食にしました。

 

 頼んだとたんにほとんどの定食ものが売り切れの表示になってしまってびっくりしました。ごはんでもきれたのでしょうか?

トンとろカレーライス(760円)竜田チキン定食(860円)

 農産物直売所の店舗面積があまりなく、売っている野菜も都会値段(スーパー値段)だったのは、変わっていませんでした。

 

 

 

 






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君津にドライブに出かけました

2024年05月10日 | ドライブ

 朝、散歩に出たら、空に黒雲が。雨雲にしては、一か所から立ち上っているし、火事かと思ったのですが、一向に消防車のサイレンの音がしません。スマホで調べても火事の情報がない。
 これ、この辺でよく行われる、田んぼや畑のの野焼きの煙かもしれません。ダイオキシンとか言って、微量では無害なもの(今ではしれっと環境省のHPに「無害」と書いてあります)を、政府とマスコミが煽りに煽って大騒ぎした時期から、野焼きは法律で禁止されていますが、水田での稲わらの焼却や土壌改良のための焼畑などは例外だそうです。

 

図鑑 ダキバアレチハナガサ(抱き葉荒地花笠)
よく似た花に「ヤナギハナガサ」があり、区別が難しい。

ヤナギハナガサ
ヤナギハナガサ

 

 草むらに青い色したでっかい蛾が。はしっこい相方が見つけました。

図鑑 オオミズアオ
 幼虫の時に栄養を蓄えて成虫になると口がなくなり食事ができず、わずか1週間くらいの短い命だそうです。 短い間に交尾をすませて、メスも卵を産んで死んでしまうそうです。 寿命が短いうえに、もともとたくさん見られないので、見れたら幸運ということで、故幸運の蛾と呼ばれているそうです。ラッキー!! 絶滅危惧種に認定されているそうです。

 

 家に帰るとリビングに置いてある植物も元気に花を咲かせ始めています。やっぱり東京より環境がいいのでしょうか。

 

 天気がすごくいいので、10時ごろからドライブに出かけました。

君津市にある、撮影の名所「濃溝の滝(のうみぞのたき)・亀岩の洞窟」

近くの清水渓流広場の駐車場に停めます。

 

 ここから遊歩道を歩いて10分ぐらいのところにありますが、公園の案内図がいい加減で、「幸運の鐘」という君津商工会議所が設置した鐘がメインのようで、そのことしか表示されていないんです(この鐘をきっかけに人が集まり洞窟のハートも有名になったということらしいけど)。

 川廻し(曲流河道の曲流短絡工事 川のバイパスですね)の洞窟から差し込む光が水面に反射し、ハート形を描き出す写真がSNSを中心に話題になり観光スポットになっている。こっちほうが信頼できそうな話。

 

 ハートは拝めませんが(3月と9月の彼岸前後の早朝のみだそうです)、人が少なくてオゾンいっぱいの空気の中、静かに眺められてよかったです。

 

 帰り道は、新緑、ホタル、紅葉が楽しめるという遊歩道を通って駐車場に戻ります。

 

 次は、先日 「ふれあいパーク・きみつ」と「片倉ダム記念館」に寄ったときに、見学するのを諦めた「片倉ダム」に向かいました。

 

 片倉ダムは、亀山ダム上流の小櫃(おびつ)川水系、笹川に位置する高さ42.7m、総水量841万トンの多目的ダムとして、平成13年に完成式が行われた新しいダム。

 

 このダムで堰き止められた湖が笹川湖。 
 この間来たときは水が濁っていて、なんて汚い湖なんだと思っていましたが、すごくきれいでした。台風の影響だったのかもしれません(2023年の台風13号や集中豪雨の影響だったようです)。

 

 水量は少ないですが、放水していました。「自然越流式」と呼ばれるゲートが無いタイプで、増水すると勝手に越流する仕組みになっているそうです。

 

 すごく形のいいダムです。今水が流れている放水口の左右の高い位置にある放水口がいよいよの時の放水口だそうです。増水した時に来たら、更に壮観だと思います。

 

 さて、次はダムから車で20分程、細い道路をくねくねとのぼり、三石山(みついしやま)展望広場の駐車場に到着。そこから延々と階段を登ります。

 途中石仏かと思ったら、お墓でした。階段の柵の外にあってとても墓参りができるような場所じゃないし、無縁仏なのでしょうか?
 なんと安永元年と読めます。1772年、252年前ですからね。

 

 頂上には、東屋があります。その前に置かれた石はWEBで検索しても来歴が分かりませんでした。

 

ここからは富士山や

 

 横浜のビル街まで展望できます。その手前は、房総丘陵の一角を成す「鹿野山(かのうざん 379m)」

 

 ここから、ちょっと下ったところにある「三石山観音寺」にお参りしました。

 峰に沿って建てられたお寺です。

 

本堂が石にのしかかられるように建立されています。

三石山観音寺は、室町時代の応永16年(1409年)に覚恵上人(鎌倉時代の浄土真宗の僧)がこの山の霊気にいたく感動し、開山されたと伝えられており、山頂に大きな三つの石があることから三石山と呼ばれるようになったそうです。

 この横の石段を登るとハンカチを結ぶ「縁結びの本尊」というのがあったそうなのですが、事前調査をしていなかったので、行きそびれてしまいました。

honden
「君津市公式ホームページ」より

 

 境内に「Qちゃん」と小出監督のモニュメントがありました。毎年元旦になると、小出監督と優勝祈願のために三石山観音寺へ訪れていた由縁だそうです。

 

 さて、最後は、前にも来たことのある「道の駅木更津 うまくたの里」(2019年4月)に寄りました。お昼をここで食べようかと思ったのですが、パスタとうどんしかないので諦めて、売店で買った赤飯をチキンカツをおかずにしてベンチで食べました。

上を見上げると定番のツバメが巣を作っていました。燕尾服が可愛いです。

 ここはアクアラインを使って東京、神奈川からのアクセスがいいので、結構俗化されています。
売っているものも、みやげ物が多いし、客のマナーも悪いですね。どうして雑多な人が集まるとそうなってしまうのでしょうか不思議です。

 

 

 






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去年に引き続き、「富田さとにわ耕園」へ

2024年04月19日 | ドライブ

  去年に引き続き、千葉県若葉区にある「富田さとにわ耕園」へ ネモフィラと芝桜を見に行きました。

 

 風が強かったのですが、天気が良くて青空と花との色の対比がきれいでした。

 

お目当てのネモフィラは満開です。

ネモフィラは、北アメリカ原産の一年草で、和名を瑠璃唐草(るりからくさ)と言うそうです。

 

 ブルー一色のネモフィラに対して、ポピーが色の変化をつけて、アクセントになっています。

 

 芝桜は、去年と違って杉の子が繁茂してだいぶ浸食されていました。

 

 原田池の方に歩いて行き、去年とは逆の方面の遊歩道に向かうと、牛舎が見えてきました。

 

 ウシノヒロバという観光牧場になっています。

 

 マムシ出没注意の立て看板にはびっくりです。

 

 八重桜に季節が移っています。 この木のそばでお弁当にしました。

 

 去年もうじゃうじゃいたオタマジャクシを見てから帰ります。

 

 近くの「しもだ農産物直売所」で野菜を仕入れます。道の駅みたいでレストラン(郷土食レストラン ふるさと薬膳“澪(みお)”)もありました。

 

 

 

 






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高滝湖へ桜を見に出かけました。

2024年04月10日 | ドライブ

 天気のはっきりしない日が続いていたのですが、やっと晴れ間が出たので、桜を見に出かけることができました。

 高滝湖がきれいという評判なので、とりあえず市原湖畔美術館の近く「高滝湖畔公園 駐車場」というところに車を停めたのですが、周りに桜の気配がまったくないので、湖畔に沿ってレイクラインを南下、結局いつもお世話になる高滝ダム記念館に駐車しました。

 

 この周りにも桜の木はあまりないので、ダムを渡って小港鉄道「高滝」駅方面に歩いて行きます。

 

 小佐貫橋を渡ると養老川の土手沿いに桜並木が見えてきました。

 

 高滝取水場を左に見て桜並木を抜けていくと、「憩いの広場」という小公園がありました。ここで桜を見ながらのお昼にします。

 

 お弁当を持っていかなかったので近所のデイリーヤマザキでお弁当を買いました。久々のコンビニ弁当の味に、こんなにまずかった(自然の味がしない)のかと驚きました。

 

 まだ、時間があったので、花見のはしごをしようと、コペンをオープンにして笠森観音へ。

 

 桜の種類は豊富だそうなのですが、桜並木みたいのはありませんでした。

 

 これで今年は桜の見納めかな。

 

 






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いすみ鉄道と菜の花を見に出かけました

2024年03月21日 | ドライブ

 天気がいいので、いすみ鉄道と菜の花を見に出かけました。

 駅に駐車場があり、近くの見どころも多い感じなので、国吉駅前に駐めました。すっかり忘れていたのですが、2022年2月に九十九里に遊びに来た時に寄っていた駅なんですね。
 平日でかつ無料なのに駐車場はガラガラでした。きっと地元の人は車で直接目的地に出かけるんだろうな。駐輪場もまばらな数しか駐まっていませんでした。


 国吉駅には、いすみ鉄道前身の国鉄木原線で走っていたレトロ車両「キハ30」がバーチャル運転体験線で動態保存されており、2023年10月に更に「キハ28」と連結して運転体験などのイベントで活用されているそうです。

 

 こちらはだいぶ傷んでいますが、菜の花色に塗られた「いすみ206」。 いすみ200型のなかでは最後まで現役(2000年引退)だった車両だそうです。

 

 さて、大多喜駅方面となりの上総中川駅に向かって、国道465号を歩いて行きます。途中、国吉神社(国吉駅の駅名板には上総出雲大社前と書かれていますが)の看板が出ていたので寄ってみました。

 立派な神社です。駐車場も半端ない台数が駐められるようになっていました。

 隣には出雲大社があります。

 一時はボロボロで廃社寸前まで追い込まれていたそうですが、いすみ鉄道とのコラボ企画などで、復活したのだそうです。

 「長州征伐の際、幕府軍の目付役となった作田村(現いすみ市夷隅町作田)の領主は、強力無双の斧嶽(ふがく)を従者に選び島根県へと到着したが戦はすでに終わり、折しも出雲大社の奉納相撲が催されており、斧嶽はその相撲に加わり無敵の強さを示した。あまりの強さに千家宮司は神業としか思えないとして斧嶽に神璽(みしるし)を授ける。故郷に帰った斧嶽は仮殿を設け篤く信仰し、信者は日増しに増え、現在地に明治二十四年に神殿を完成させた。」との由来。

 

 境内には各地の神々が合祀されています。聞き覚えのある神様と思ったら、いつも行く調布の厳島神社に祀られている「市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)」でした。海の神、水の神であり、芸能をつかさどる弁天。

 

 国吉駅から1.5kmほど歩いたところで、菜の花が群生している線路わきにたどり着きました。すでに撮り鉄の人が結構来ていました。

 

 有名なスポット。通称『空しか映らない踏切』 第二五之町踏切(だいにごのまちふみきり)

 

 ここら辺でうろうろしていると撮り鉄の人にどやされるかもしれないので、もう一つ先のスポット(大野入口交差点)へ更に歩いて行くことに。
 ところが、途中で気動車が通過する時間が迫ってきたので、急いで線路わきに戻ります。
「四之町踏切」

「四之町」は「よのまち」と読む。第二五之町踏切は「だいに ごのまちふみきり」と切って読まなければいけないことに気づきます。「四之町」も「五之町」も小字名が由来だそうです。とにかく61ある踏切にすべて名前がついていることが面白い。

 やってきました。国吉駅11時52分発 下り(大多喜・上総中野 方面)。とっさのことで手前の菜の花にピントが合ってしまいましたが、相方が GoPro でばっちりと記録しました。

 

 あっという間に通り過ぎていきました。次は12時20分ごろの上り(大原 方面)ですが、撮り鉄の人たちは次も狙うらしく一向に動く気配がありません。この日は北風が強く、寒くてやっと待って撮れた感じなのに、すごい執念というか、この平日に、どういう職業の人(学生より上の年齢に見えます)たちなのかと思いました。

 さて、来た道を戻ります。途中で上り(大原 方面)の通過時間が来たので、第三大多喜街道踏切で待ち受け撮影しました。

 

 国吉駅の入り口近くまできて、時計屋さんのご主人と目があってしまい、店の中まで入れていただいて、世間話をしたり、ご主人のコレクションなどを見せていただきました。

 

 イギリス ウインザー城に行ったときに買ってこられたもの。成田で1週間留め置かれ警察官立会いの下引き渡されたとか。ということは、レプリカではないのかも?

 

アンティークのホールクロック 
 飾りが鳳凰ですから、明治時代、外国の機械を輸入し、ケースを日本独特の作風で製造販売した時計と思われます。
 文字盤を拡大してみると「FAVRE BRANDT」とあります。
 ファブルブラント商会は元治元年(1864)に横浜54番で設立された貿易商。1866年 有名な豚屋火事で類焼し、 其の後175番に移転して関東大震災(大正12年)で被災廃業するまで同地で営業していた模様。ホールクロックは文字盤にFAVRE BRANDTとあるものが多く、 これはファブルブラントが輸入販売した時計と言う意味でファブルブランド製ではなく、やはり機械がフランスで、箱が日本製とのこと。

 

 さて、寄り道をして国吉駅に戻ってきました。駅の入り口には赤い鳥居がしつらえてあります。出雲大社前ということの関連でしょうか?

 

 いすみ鉄道応援自販機で飲み物を買って、お昼の食事に向かいます。

 

 お昼はいつもの「蕎麦 ふくだや」さんです。

 定休日だったそうですが、オーナーが夜に予定があったので、ついでに店を開けて一人で営業していたそうです。ラッキー!!
 いつもは調理場に入りきりなので、お客と話をするのが楽しいとおっしゃっていました。先ほどの時計屋さんといい、とにかくこの土地の人は人懐っこくて愛想がいいのが特徴です。

 注文は、これも定番「ざるそばとゆば豆腐のセット(1,050円)」と

 

 「なま湯葉あんかけ(蕎麦)1,350円」をいただきました。 
 物価がどんどん上がっているのでブログでは記録のため金額を入れるようにしました。

 

 帰り道、「道の駅 たけゆらの里おおたき」で野菜を買って帰りました。

道の駅 たけゆらの里おおたき - (千葉県)の詳細情報 | ことりっぷ

 

 

 





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