所沢・山口地区文化祭 その4 2017-11-16 17:07:41 | 山口地区文化祭 いつものようにさまざまな力作が展示されていました。 ただ高齢化でサークルの維持が難しくなっているので、展示の申し込みが少なくなっているのだとか。 才能豊かな若い方たちの参加をしてもらえるとありがたいですね。
所沢・山口地区文化祭 その3 2017-11-14 17:43:32 | 山口地区文化祭 文化祭は2日間ともお天気に恵まれ、たくさんの方たちが出かけて来られました。 所沢市のトコろんとひばりちゃんが子どもたちに人気でした。 バザーの様子です。 芸能部会ではたくさんの発表があります。 高齢者の方たちが生き生きとして活躍する場となっています。
所沢・山口地区文化祭 その2 2017-11-14 13:56:59 | 山口地区文化祭 山口地区文化祭は今年で59回目を迎えます。 7月、9月、10月と3回の実行委員会が開かれ、また芸能部会、模擬店部会、展示部会、イベント部会、総務部会に分かれて話し合いの場がありました。 今年の文化祭は11月4日(土)、5日(日)に開かれました。 準備として、11月1日に展示室となる体育室にマット敷き、パネル設営、作品搬入、飾り付けが行われました。 敷いたマットを粘着テープで固定します。 体育室は2階にあり、1階からパネルの一部や支柱を引き上げる作業があります。 このあとのパネル設営は展示部会の仕事となり、今回、椿峰まちづくり協議会はイベント部会に参加したので学習室での準備をしました。
10月の京都 その8 2017-11-10 00:16:42 | 高齢化社会 東福寺で、通天橋を通って開山堂というところまで上ってみました。 紅葉のころはたくさんの観光客でいっぱいとなるとのこと。 この開山堂のあるところは気持ちの良い空間で、腰掛けるところがあり、しばらく座っておりました。 同年配の女性に話しかけてみたところ、ご主人を2年前に亡くされたとのこと。 いろいろと話がはずんでこういった出会いもあるのだとありがたく思いました。 花とか紅葉の時期ではなかったためゆったり観光できましたが、写真としてはちょっと物足りない・・・と思っていたら、お手洗いのところできれいに色づいた葉がありました。 帰りの新幹線では、富士山がきれいに見えました。 ボケ防止のためにも、他人任せではないひとり旅を楽しむことも大事ではないでしょうか。
10月の京都 その7 2017-11-09 00:43:55 | 観光 最終日である10月27日は半日だけとなり、あれこれ迷いましたが、京都駅に近い東福寺に出かけることにしました。 東福寺については こちら 国宝の三門です。室町時代のものとのことで大きく迫力があります。 屋根についた支柱は、地震の後、豊臣秀吉によってつけられたものだとか。 思いがけなく、秀吉に出会った気分になりました。
10月の京都 その6 2017-11-07 13:46:02 | 平和を考える 10月25日その日に京福電車沿線で出かけたお寺の拝観の順序は、記事とは違っていて 壬生寺 → 光縁寺 → 天龍寺 → 等持院 で、最後は、太秦広隆寺にしました。 太秦広隆寺については こちら 電車を降りてすぐでした。 広々としたところがちょっと違います。 夕方近くで、ほとんど観光客がいませんでした。 霊宝殿で、弥勒菩薩をゆっくり拝観し、護摩木に願い事と名前を書きました。 この弥勒菩薩の写真はWikiからのものです。 由来については諸説あるようですが、この弥勒菩薩は洗練された姿で中国・朝鮮・日本の合作ではないか、と思われてなりません。 この弥勒菩薩の存在そのものがすでに弥勒の世を実現させているんじゃないか、とほら吹きをしたくなるほどです。 弥勒菩薩については こちら 慈しみというものを現しているとか。今の世の中に必要ないわば栄養のようなものあるいは特効薬かもしれませんね。
10月の京都 その5 2017-11-05 22:25:07 | 平和を考える 京都・嵐山の天龍寺に行きました。天龍寺については こちら 嵐山駅周辺には、たくさんの観光客がいました。 紅葉が始まったばかりでした。 足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うために建てたお寺とのこと。 おぼつかない英語で、外国人のカップルにどこから来たのか尋ねてみたところ、トルコからだとのこと。 外国人同士でも、どこから来たの?といった会話が聞こえてきます。 ふと外国のテロ組織の幹部たちが観光客として天龍寺あたりで落ち合ったりすることがあるのかもしれない、などと想像してみました。 その場合、尊氏が敵であった後醍醐天皇の菩提を弔うためにこれだけ立派な寺を建てたことを知って、自分たちの方針を変えることがあるかもしれない・・・・ 足利尊氏周辺の人間たちもまた、平和を強く願ったのではないか、と思われてきました。 撮ってきた写真を見て気が付いたのですが、川や回廊が分断を表していて、その融和というものができるのだと示しているのかもしれません。 世界中の分断されたところに、この日本の庭園の写真なり映像なり掲げてみたいですね。 庭園をつくったのは夢窓国師 ・・・・・ なるほど、と勝手に納得しております。 夢窓国師(夢窓疎石)については こちら
10月の京都 その4 2017-11-02 23:26:45 | 平和を考える 壬生寺から大宮駅までの途中で、また新選組縁のお寺がありました。 光縁寺というお寺です。→ こちら 門の脇の小さな扉から入りました。 ご住職の方から幕末史のお話を伺うことができました。 当然のことながら本で読むよりもなるほどと思うお話を聞くことができました。 幕末の京都というものをあまり考えていませんでしたが・・・・・ ご本尊です。 新選組の山南敬助などのお墓がありました。 山南敬助とは こちら こういった小さなお寺の維持管理はたいへんなようです。 小さなお寺で思いがけなくいろいろなお話を伺うことができて、 京都人の歴史観の一端を垣間見たような気分になりました。 意外に青森あたりと近かったりするのだ、と思ったりしました。 台風の目と台風の圏外のようなものでしょうか。 思いがけず新選組との遭遇とは・・・・・ 明治維新というものをよく見つめる必要があるということでしょうか。 それとも、東アジアの安定のために何か伝えたい思いがあるということでしょうか。
10月の京都 その3 2017-11-01 17:30:21 | 観光 今回は、等持院訪問を決めていたので、そのほかは京福電車の沿線で頭に浮かんだところに出かけることにしました。 まず、壬生寺に行ってみました。 本堂です。 夜啼き地蔵です。 新選組隊士の慰霊塔です。 併設の高齢者施設と保育園があるようでした。 元気な子供たちが境内にいました。 なるほど高齢者施設や保育園があれば、若くして亡くなった新選組隊士たちにとって慰霊になるかもしれません。 新選組について、あまり知らなかったことを反省しております。新選組については こちら 壬生寺保育園は こちら