私的美遊空間

美しく愛しいものたちへのつぶやき

マリオとともに

2016年02月11日 | 「いと をかし」なものたち

              ヒロ画伯は、家中の壁やらタンスやら、様々なところに成長の痕跡を
              留めながら、めでたく幼稚園児となった。

              しかし、親の喜びとは裏腹に、彼はその繊細な気質ゆえか、幼稚園に行くのが恐かった。

              それから毎朝が、母と子の闘いになった。
                「ヒロクン、幼稚園に行こか」
                「いややぁ! 僕 行かへんのや!」 (ヒロ画伯 家中を逃げ回る)
                「そんなん 言うてもねェ、行かなアカンのやで」 (母 追い回す)
                「……… ……..」  (机の脚にしがみつく)
                「……… ……..」   (小さな指を一本一本 脚からはがす)
                「……… ……..」  (又、別な所にしがみなおす)
                「……… ……..」   (とうとう 体を抱きかかえてひきはがす)
                「やだぁ-! はなせ-!」 (腕の中で暴れる)
                「みんな、もう来ているかなぁ」  (抱いたまま集合場所まで連れていく..
                                   まるで人さらいのようだ)


              集合場所に連れていき、当番のおばちゃんに渡そうとするが、
              「いややぁ! お母さんも来(こ)なアカーン!」 (激しく抵抗する)
              それで仕方なく、当番のおばちゃんと共に毎日毎日、6人ほどの子ども達を
              引率して幼稚園通いが始まったのである。(母と手をつなぐと何も怖くない)

              そして、幼稚園に着くと、そこでも大変な仕事が待っていた。
              お部屋に入って、先生に渡そうとすると、
                「アカーン! お母さんも!」
                「お母さんネ おうちで待っているからネ!」
                「イヤヤァー! 帰ったらアカーン!」
                 (先生にがっちり体を抱きかかえられながらも、先生の髪を引っ張
                  て暴れる)
              先生は「お母さん、私は大丈夫ですから、お帰り下さーい。」
              「ギャアー! オーカーサーン!」 (先生の顔をひっかく、頭をたたく….)
              私は先生を信じて、ヒロ画伯の叫び声を背に、足早に帰宅したのであった。

              帰りは、彼的に「仕方なく」当番のおばちゃんに連れられて帰ってきたのであった。
              その後、登園時の私の付き添いは二か月も続いた。
              その間、彼はどうしてもお部屋に入らなかったそうだ。


              そして、ある時、用事があって幼稚園を訪ねると、私の姿を遠くから発見して、
              他のお母さんが走り寄ってきた。
              「あのね、今ね、あっちに行かない方がいいよ」と言うのである。
              「なんで? 行ったらアカンの?」
              「それはねェ、“お宅のおぼっちゃま”ね、今、園長先生と“お食事中”
               なのよォ」
              彼は、お友達のいる部屋に入れなくて、ずっと園長先生が一緒に、しかも
              廊下でお昼ご飯を食べていて下さったのだ。
              私達家族が、担任の先生や園長先生にどれほど感謝したか知れない。


              そんな頼りない彼だったが、ある日、私の買い物に同行していて、いきなり、
               「お母さん、僕これ買う!」
              見ると「マリオ」だった。彼はゲームっ子で、スーパーマリオが大好きだった
              のである。
               「でも、ヒロクン、これ高いよ、四千円もするよ」
               「僕 買う!」 ためらいは何もなかった。


              幼稚園のお部屋に、いまだに入れない彼が……
              登園時に、まだ私の手が離せない彼が…….
              そんな軟弱な彼が “断じて”言うのであった。

               駄菓子屋でアメの一つも買ったことがないのに……
               「ヒロクンがもらったお年玉ネ、全部無くなるけどいいの?」
               「ウン!」  決意はゆるがなかった。


              そんなこんなで、意気揚々、持ち帰ったこのマリオ、
              その後、彼が学生時代を過ごした東京のアパートにも同行したのであった。
              そして今でも、ヒロ画伯の大事な大事な宝物なのである。

2014-04-01

* * *

2月8日から始まった思い出深い記事再掲載の第4回目です。
2016-02-11


コメント (4)
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