私的美遊空間

美しく愛しいものたちへのつぶやき

筒茶碗 ドカンと一つ 梅の花

2016年02月04日 | 茶の湯便り

これが目に入らぬか!
そう言わんばかりの大きな梅の花がドカンと一つ咲いています。

このお茶碗は、極寒の時期に使われるお茶碗で、お湯が冷めないように、
口を狭く、深さを持たせて作られ、筒のようなので筒茶碗と呼ばれています。

見た感じ美濃焼のようです。
筒状の器体は指の太さで轆轤目(ろくろめ)が三筋ついており、
単に真っ直ぐな形体に変化がつけられています。

赤い釉薬が華やかにかけられ
その上に白釉で大きな梅の花が描かれています。

このお茶碗は先日行きつけの古道具屋さんで見つけたものです。
ガラスケースの奥で物の影に隠れるように置かれていたのを発見して
引っ張り出してみて一目で気に入りました。

赤と白のまだらの地が温かそうだし、その上に咲いた大きな梅も
愛嬌があって無邪気な子供のような雰囲気がとても可愛らしいのです。

しかも、お値段は一桁違うかな、と
思えるくらいでしたから立派な掘り出し物でした。
こうやって自画自賛していれば幸せいっぱい♪
安上りな人間です。

そして、今日のお稽古で早速使ってみると
「可愛いねえ♪」と評判が良く、益々可愛らしく見えるお茶碗なのでした。

* * *

※ 美濃焼 ー 岐阜県の東濃地方で焼成される陶磁器の総称。
古くは瀬戸焼に包括されていた。桃山時代から江戸初期にかけて、
とりわけ優れた黄瀬戸、瀬戸黒、志野、織部などの茶陶を生み出した。
昭和初期になって窯跡調査が進み、桃山茶陶の中心地として
注目を集めるようになった。

~ 茶道具の世界・和物茶碗 (淡交社) より ~

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鬼は外 福は内 ♪ 節分のお茶碗

2016年02月03日 | 茶の湯便り

今日は節分、明日は立春、早いものですね。
「一月はいく」と言われる通りの時の流れの速さを感じます。

節分は立春、立夏、立秋、立冬の前日を指し、季節の変わり目のことを言います。
この季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、それを追い払うための
の悪霊払いの行事が古くから宮中行事として行われていました。

それが庶民の生活にも採り入れられるようになり、「鬼は外、福は内」と
声を出しながら福豆を撒いて、歳の数だけ食べて厄払いをしたり、
邪気除けの柊鰯(ひいらぎ、いわし)を戸口に飾るようになりました。
以上、ウイキペディア参考



節分の夕暮れに柊 (ひいらぎ)の枝に鰯 (いわし)の頭を刺して家の
入口に飾ると鬼が嫌がるというのが「柊鰯」ですが、
さすがに鰯の頭は生臭いので「柊」だけ飾るためにスーパーでもらって来ました。

お茶のお稽古では、鬼が外に、福が内に描かれたお茶碗を使います。
画像では地色が黄色に見えていますが、実際は金色で、
明日は立春、いよいよ春の到来を予感させる明るい色使いです。

これで、また一年を無事に過ごせますように
美味しい一服を頂きたいと思います。

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祝祭感いっぱい♪ユニバーサルスタジオジャパンの缶

2016年02月02日 | 「いと をかし」なものたち

これはユニバーサルスタジオジャパンのお土産の缶
中身は大好きなアーモンドチョコレートだった

~ ♪

アトラクションの全てを描き込んだ賑やかさに
空には花火まで上がっていて

あれやこれやをごちゃ混ぜにしたこの缶は、
中で遊ぶ人たちの歓声がワーワー♪キャーキャー♪と
聞こえてきそうで、見るからにハッピーなるデザインである。

♪ ~

この缶があるだけでその周りが、光が当たったように明るくなっている。
こういった缶には可愛いものが多いが、この缶の魅力は可愛さではなく、
楽しい、面白い、賑やか、めでたい、がセットで詰まった祝祭感なのである。








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愛しのマイ仏様 菩薩半跏思惟像

2016年02月01日 | 神社仏閣・仏像

~ 如意輪観世音菩薩 半跏思惟像 ~

この16センチに満たない愛らしい仏様は、
奈良・岡寺の如意輪観世音菩薩 半跏思惟像の
アートとしてのレプリカである。

右手を頬に当てて思惟する姿は、京都・広隆寺の弥勒菩薩と
奈良・中宮寺の如意輪観世音菩薩 (共に国宝)が有名で、
どちらも素晴らしいが、可愛らしく微笑ましいという意味では
この岡寺の菩薩半跏思惟像が、私は一番に好きである。

* * *

この仏様はレプリカなので、本来は信仰の対象にはならないけれど、
穏やかで優しい姿に向き合っていると、何故か素直な気持ちになれて、
固くなった心がほぐされ、心にふわっとあたたかい風が吹いてくるのである。




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