■24■
大阪に戻りました。
大阪堺市「諏訪ノ森」に住むことになりました。
「諏訪の森」は「羽衣」の二駅隣りの閑静な住宅街でした。
アパートは駅から徒歩15分の木造文化住宅です。
保証金は親戚に前借しました。
「梶丸文化2階中」「谷岡ススム様方2階」と変な住所名が続きましたが、
「南より二戸目」という相変わらず部屋番号の無い住所でした。
木造ですが、キッチン・4畳半・4畳・風呂トイレ・小さな庭付きで
家賃2万7千5百円でした。
家賃が相場より安すぎるのを不安に感じましたが、
案の定、頻繁に金縛りに遭いました。
隣は老夫婦が住んでいましたが、全く人の気配が感じられません。
たまに小窓が開けっ放しになっていて覗いてみましたが、
「般若のお面」や「ひょっとこのお面」が壁にずらりと並んでいて、
とても不気味な感じでした。
僕の部屋は日当たりが悪く、暗くて湿気ていましたが、
戸を開けると小さな庭があり、何だか落ち着けました。
そうして助教師の初日を迎えました。
職員は純白の白衣が制服になります。
ロッカーで白衣に着替えましたが、二十歳の自分に白衣姿は似合っていませんでした。
職員室で職員全員の前で紹介されました。
上田「よろしくお願いします」
約20名の美容科の職員に対し3名の理容科職員で、職員室は女性主導でした。
学校としても、校長をはじめ皆「美容学校」の意識が強く、
『理美容学校』ではなく『美理容学校』な訳がよく分かりました。
(関西美容理容難波専門学校)
僕ら少数の男性理容科職員は、女系職員室はとても居心地が悪く、
隣の理容実習室に居場所を求めました。
美容科の先生の中には二人の男性がいました。
一人は50代のオカマで、もう一人は背の高い若い先生でした。
学生時代「ロン毛の背の高いオカマっぽい先生」と思っていた人は、
「武田先生」という名前でした。
『武田先生』は2歳年上でオカマなんかではありませんでした。
小学校6年で身長180センチだった為、
バレーボールと大相撲のスカウトが親に挨拶にきたそうです。
しかしその後6年間でたったの2cmしか伸びず、ただの「超早太り」だったのだそうです。
僕の入社を心から喜んでくれたのはその武田先生でした。
女性主導の職員室で随分苦労したらしく、早速、理容実習室にサボリにきました。
武田「上田君よう来てくれたワ」
「女ばっかりで大変やってん」
「南海電車やろ?俺、家、泉佐野よってに、一緒に帰ろうや」
「ホンマ嬉しいワ」
「これから教室いくんやろ?ナメられたらアカンで~」
「頑張ってナ!」
一学期途中から新しい先生が来たという事で、50人の理容科の生徒の視線は僕に集中しました。
上田「藤本先生の代わりに来ました上田と申します」
「よろしくお願いします!」
「何かプライベート以外で質問はありますか?」
初めて立った教壇は居心地悪く、
視線を何処に落としていいのか分かりませんでした。
元気のいい生徒「先生、歳いくつですか?」
初めて「先生」と言われた事に少し動揺しながら答えました、
上田「秘密です・・」
一人だけの女生徒「彼女いるんですか?」
上田「それも秘密です・・」
質問・応答にお互いの緊張感がほぐれ、僕も少し落ち着きを取り戻しました。
授業は主に長島先生が進めました。
自分にとって授業内容の一つ一つが、この間まで生徒としてやってきたことで、
何もかもが簡単な事でした。
「理容科」の生徒は約50人で、その3分の2は高卒でした。
自分達の頃より地方出身者も多く、
北は茨城から南は鹿児島奄美大島まで様々なところから集まっていました。
去年までのお子様学級のイメージは無く、とても大人びたクラスでした。
上田「どうして関東から大阪に?」
茨城日立の生徒「やっぱり商いの勉強は大阪のほうが・・」
「美容科」ともなると以前のヤンキーイメージは影を潜め、
フィリピン人女性6人が暴れまわるという新たな問題に直面していました。
緊張の初日を終え、武田先生と一緒に帰りました。
武田「いや~助かるワ~」
「竹中先生って知ってる?」
「あのコも泉南方面でナ、今まで一緒に帰らされとってん」
「地獄やったワ、助かるワ~」
「あ~、くそッ・・、見つかってもうた」
南海電車の同じ車両に『竹中先生』が乗り込んできました。
僕と同じ「インターン助教師」の美容科の「竹中先生」は、
小太りで丸顔に細い目の女性でした。
竹中「何でいつも逃げんねん!?武田先生!」
「上田先生、初めまして~」
「アタシの体、土偶みたいやろ、・・って否定して~!」
「アタシ名前、由美っていうねん、」
「松任谷由美と一緒の由美やねん、」
「ユミって呼んで~!・・ってホホホホホ」
一人で喋って、一人で勝手に盛り上がります。
以後、武田先生と帰る度に竹中先生につかまりました。
初めての休日なのに、
「順番」ということで学校の電話番をしに休日出勤をしました。
もう一人の当番は美容科で一番美しい『宮路先生』でした。
どうでもいい「竹中先生」に慣れてしまった為、
受付の狭い空間に宮路先生といることはとても緊張しました。
早速、僕の目の前の黒電話が「リリリリン」と鳴りました、
上田「ハイ、関西美容理容難波専門学校です!」
「アンタ誰や・・、ウエダ?、ああ新人さんか、」
電話の向こうで「カラコロ」と入れ歯の音がしました。
校長先生でした。(おばあちゃん)
用件の内容が全く分からないので、美しい宮路先生に替わってもらいました。
美しい宮路先生「いきなり校長先生やったから緊張した?」
上田「ハイ、」
美しい宮路先生「ウエダ先生、彼女とか居るの?」
上田「いません!」(即答)
上田「宮路先生は彼氏とかいるんですか!?」
美しい宮地先生「居るよ」(即答)
午前が終わり、昼食を交替でとりました。
僕は近所の餃子の王将のチャーハンをお持ち帰りして、理容実習室に向かいました。
すると、実習室に人の気配がしました。
何やら音楽も聞こえてきます。
窓からそっと覗いてみました。
7:3分けの古尾先生が立っていました。
しかしよく見ると尋常ではありません。
実習室の鏡に大きな「日の丸」の旗を貼り付け、カセットからは「君が代」が流れ、
胸に手を当てた古尾先生は直立不動で瞑想していたのです。
急いで受付に帰りました。
上田「今、恐ろしいもん見ましたワ!」
美しい宮路先生「古尾先生やろ?たまにあんなことしてハルで」
上田「知らんかった・・ビックリした~」
美しい宮路先生「ココの先生は変わった人多いよ~(笑)」
美しい宮路先生に他の先生方の情報を教えてもらいました。
理容科主任の長島先生は「とてもいい人」ということで安心しました。
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