■23■
初任給が出ました。
8万円でした。
ビッグカメラという家電屋でテレビとビデオを買いました。
(頭金2万のローン)
早速マスターに叱られました。
伊東マスター「どうして鋏を買わないの?」
「どうして自分の仕事道具を買わないの?」
「講習費とかもいるんだよ」
「もっとお金は大事にしなきゃ・・」
「テレビなんか要らないよ」
学生気分が抜けず、少ない給料で仕事道具を買うのは嫌でした。
少ない給料という自覚もありませんでした。
外食すると最低でも700円という物価高。
朝飯は抜き、お店の昼の仕出し弁当が主食で、夜はコンビ二おにぎりという毎日でした。
ビジネス街のド真ん中にあるお店は、
ゴールデンウィーク中はお客さんが来ないという事で3日間休みがもらえました。
田舎の友達の家を泊まり歩く事にしました。
大学生の皆はバイトもしていてワンルームマンションなどきれいな所に住んでいました。
東大生の「ヒロト」のところに向かいました。
目黒は相変わらず坂の多い町でした。
「日の丸自動車教習所」の近くにあるゴージャスなマンションは、
管理人さんに挨拶してからじゃないとエレベーターに乗れません。
久しぶりに会うヒロトはいつものようにあっさりと出迎えてくれました。
上田「元気にしよったか~?今晩泊めて~」
普段酒を飲まないヒロトが部屋中探し回って、シャンパンを出してくれました。
ヒロト「どう?仕事は・・」
少しだけ間をあけて、僕は答えました、
上田「まあまあかな・・、ん~~、どうやろ」
(いくら幼馴染でもこれだけ環境が違うと何言っても伝わらんかな・・)
本当は不安だらけで、
自分でも「どうなのか」分からず、「どうしていいのか」も分からず悩んでいました。
僕は黙々とシャンパンを飲んでいました。
沈黙が少し気になったのか、
ヒロトがカセットテープを流し始めました。
スウィング・アウト・シスターズの「ブレイクアウト」という曲でした。
軽快な洋楽ポップスは歌詞が分からずとも、心に響きました。
突然電話が鳴りました。
ヒロト「もしもし・・、ああ、お断りします!!」
「いりません!!!」
電話を切って、頭を掻きながらイライラした様子で言いました。
ヒロト「この前から急に変な電話がかかってくるようになった・・」
「地球儀買えとか、幸せの壷買えとか・・うっとうしい!」
「この電話番号は数人にしか教えてないのに・・」
「おかしいなぁ・・」
上田「・・・・」(スマン、映画のアンケートのせいやろ)
毎朝すぐ下の道を武田鉄也がジョギングするというので
早起きしてみましたが、見る事は出来ませんでした。
翌日、
1時間かけて横浜の友達の所に行きました。
友達は一浪の大学1年生です。
「はくらく」という駅で降り、
六角橋商店街という少し寂しい商店街を抜けてしばらく歩きました。
高校の同級生「ショウジロー」が出迎えてくれました。
背丈180を越す大きな体は相変わらずでした。
ショウジローのアパートはとてもきれいで、日当たりもよく、気持ちのいい部屋でした。
窓の外には学校のグラウンドが面していて、
砂が舞うので窓を開けるのを嫌がりましたが、僕の頼みでしぶしぶ開けてくれました。
「サアァ~~ッ」と心地よい風が通り抜け、薄手のカーテンが大きく揺れました。
朝にもかかわらず冷蔵庫から缶ビールを出してくれました。
5月ともなると日差しもきつくて、すぐにトランクス一丁になりました。
酒の勢いも手伝って、
これまでのいきさつとこれからの不安を口にしました。
上田「ショウジロー、俺このままでええがやろうか?」
「7:3分けのサラリーマンばっかりでかまんがやろうか?」
「このままやって将来中村で店出してやっていけるがやろうか?」
すると彼は言いました。
ショウジロー「辞めれ。」
「お前・・その店今すぐ辞めたほうがええ」
「辞めて渋谷・原宿・六本木のオシャレな店でも探せ」
「お前・・自分の店ぞ!」
「ただの散髪屋になるがか?洗練されれや!センス磨けや!」
「それが立派ながやないがか?」
今まで「頑張れ」「負けるな」という言葉は耳が痛いほど聞いてきたが、
「何かを途中でやめること」を応援されたのは初めてでした。
でも、実は心のどこかでひそかにその言葉を待っていました。
教師を目指しているショウジローの言葉に心が動かされ、決めました。
上田「・・・よし、辞める!」
「でももう正直東京ではようせん、何かちょっと背伸びしすぎた」
「初心に帰って大阪に戻る」
「大阪でやる!・・」
後日アパートでマスターと長時間の激論になりました。
(収拾つかないまま話は終わる)
関美理容科はじまって以来の東京進出だった為、
期待してくれた先生方に「お店を辞める事を報告しなくては・・」
と公衆電話から学校に電話しました。
長島先生「おう、どないしたんや上田」
上田「せっかく紹介して頂いたのにスミマセン」
「実は・・・」(自分の思いを正直に話す)
「大阪帰ろうと思ってるんですけど」
「働くお店はまだあるでしょうか?」
長島先生「それやったらな、お前、藤本先生知ってるやろ?」
「心臓悪ぅしてな、教師辞めてん」
「お前、関美で助教師やってみるか?インターンも取れるで」
(インターンという実地修練を経て国家試験が受けられます)
「1年でええから、関美で助教師やりながらお店探したらええわ」
「ええ勉強になるでぇ~、お前やったら古尾先生も喜びハルわ」
専門学校に戻り助教師をやるという前向きな理由にマスターも納得。
あいさつ回りもほどほどに荷造りをしました。
「堺引越しセンター」が東京からの「帰りの便」があり格安でした。
大阪泉南の親戚の美容師オバサンところに荷物を送るようにして、
東京を後にしました。
大阪に向かう新幹線の中で、
遠ざかる「東京」を背中に感じながら自分自身に「負け犬」というレッテルを貼り付けました。
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Breakout - Swing Out Sister
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