かんな花 川の魚の 標 shirube たり
馬糞 Bafun
筥崎宮の庭園に行こうと、足車にまたがった。
足車とは、自転車のことである。
初めての裏ルートを紆余曲折した。
すると、意外に近い場所に大きな川があった。
その川土手に、夏のなごりの真っ赤なかんな花が風に
吹かれていた。
その赤い花を標に、川の魚が上り下りしているのかも
しれない。
待つ人も 去る人もおり かんな花
馬糞 Bafun
「待つ人も 去る人もおり かんな花」
かんなの花は、ハンカチのように風に吹かれて咲く花
である。
【救世主に対する態度】
世界宗教の中で、最も勢力を持っているのはキリスト
教である。
信者数では、圧倒的にイスラム教だが、残念ながら、
世界を主導するより、不安材料となっている。
最大の不安は、社会主義的性格が強いことだ。
金持ちやアメリカは敵になる。
キリスト教は、愛と謙欲の宗教である。
キリストを主と仰ぐ信者は、その信仰のためには命も
惜しまなかった。
しかし、それは、罪の意識が信仰の基礎にあるからで
もあろう。
その罪とは、救世主イエスを罪人として処刑した罪で
ある。
処刑したのは、ポンテオピラト率いるローマ軍である
が、罪に陥れたのはユダヤ人であり、それを見殺しにし
たのが弟子たちであった。
「何が救世主だ、救世主なら、法力で十字架を退けて
みよ」などと、罵った人たちがたくさんいたことであろ
う。
救世主とは、人類の危機の時代に現れて、邪教や危険
な思想を戒め、新しい法(人間としてのあり方、発展的
な考え方など)を説く存在である。
新しい文明の基礎を与える使命をもった者である。
仏教は2500年、キリスト教や儒教は2000年、イスラ
ム教は1500年人々に生命観を与えて文明となっている。
しかし、何れも現代にはそぐわなくなってきた。
風化したのである。
そして、核戦争を含めて難しい時代に直面している。
救世主が現れなければならない激動の時代なのである。
しかし、唯物化した欲望の時代ともなると、一般動物
に近くなって、人々の信じる力が落ちている。
そうした人たちが心無い悪口雑言で救世主を汚そうと
するのである。
今、救世主が立っているとしたら、これに対する態度
は魂に刻まれることになる。
大川隆法とは、そうした方であり、今、街頭に立って
救世主の使命を果たそうとしている。
人間としての努力であり、救世主としての情熱である。
これを、そう簡単にけなす事ができるのか。
魂の責任において、よく考えるべきことである。
立憲女王国・神聖九州やまとの国
梅士 Baishi