龍の尾亭<survivalではなくlive>版

いわきFCのファンです。
いわきFCの応援とキャンプ、それに読書の日々をメモしています。

福島から発信するということ(24)移転しても農業は続けられる!

2011年07月31日 22時44分57秒 | 大震災の中で
先日フランスレンヌ第2大学の准教授に、

福島県内の農家・酪農家で今は一時的に福島を離れて農業・酪農を続けたい人

を支援をするから連絡を、というお話を伺いました。

興味ある方はfoxydogまで連絡を。

福島の厳しい現実を目の当たりにしていると、そういう支援があるなら、積極的に福島県の農家・酪農家はその支援に「乗る」ことを考えてみていいのではないか、と考えるようになりました。

Twitterやブログを見ても、避難支援の手はいくつもさしのべられています。福島県の住民の方は、それも真剣に選択肢の一つに入れて行動することが必要かもしれませんね。敢えて残る、と言う選択肢だってもちろんあるけれど、それだけが唯一の道ではない、ということは、考えに入れるべき時期になってきたのかもしれません。
なぜそう考えるかといえば、事態は、対応・立法の遅れも相まって(東電福島第一原発の事故が深刻すぎるのが最大の原因ですが)、長期化の様相を呈してきたからです。

小さい子どももなく、妊婦や若い女性を身近に持たず、年寄りの最後の10年20年を見守るのが「家族」としての仕事である定年前の初老の私は、職もあることだし、福島に踏みとどまって生きていくつもりではありますが。

さまざまな選択肢を考慮しながら、「自分でこうする」と決めるのが大事ですよね。
所詮誰かに決めてもらうことはできないですから。
国は補償なしに避難を語れないものね、所詮。
法律変えろ!
って運動を起こすべきだね。政治家もそのあたりもっと勉強してほしい。
「大丈夫です」
っていいたいだけなら、方向は違っても「東電」と同じ垂直統合型の現地に選択肢を与えないやり方に終わってしまうもの。

「基準」と「強制避難」とセットになった補償だけでは子どもは所詮その狭間に落ち込んで救えないよね。
さまざまな可能性を探りましょう!

前述の児玉教授が資料で引用されていたデータでは

(引用開始)
前ガン状態チェルノブイリ膀胱炎の解明された膀胱ガンの増加
(国立バイオアッセイ研究センター福島昭治所長)
増えた増えない、という論争は、結局国民の健康を真乗る役に立たない。そこで前ガン状態のメカニズム解明が進んでいる。
セシウムは尿中に出るので膀胱の細胞に蓄積する。
ウクライナなどでは10万人辺りの膀胱ガンが62%増加した。そこで福島博士は500名の組織を検討し6ベクレル/リッターが15年でP53変異と増殖性膀胱炎
発表概要
http://t.co/2ld0mdE
同詳細
http://t.co/u5BM8up
(引用終了)

とあります。
福島県内の母親の母乳からも(あれはヨウ素だったかな?)検出されていたし、子ども達の尿からも検出されていたと記憶しています。
低線量ではあっても放射性物質の尿からの排出が長期化すれば、かなりの確率で前ガン状態の増加が考えられるという指摘でした。

いつか福島に戻ってくるとしても、ここで出荷できないまま何年も事業(農業・畜産・酪農)を続けて行くことは不可能に近い。
だから今は、思い切って別の場所に仕事場を移し、将来の帰還を視野に活動してみるのも一つの選択肢かもしれません。

高校生(普通高校)の求人状況の厳しさを見ているだけで、「これが続いたらやばい」と思わずにはいられないです。




福島から発信するということ(23)

2011年07月31日 21時58分29秒 | 大震災の中で
セシウムは尿管上皮=膀胱の前ガン症状をもたらす、という指摘は特に重要。
「補償問題と線引の問題と、子どもの問題は、ただちに分けて下さい」
という主張も極めて大切。
児玉龍彦氏のYouTube動画です。
http://www.youtube.com/watch?v=DcDs4woeplI
上の動画を文字起こしをしたサイトはこちら。
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65754131.html
児玉氏は東京大学先端科学技術センター教授<東大アイソトープ総合センター長。
彼が7月27日衆議院厚生労働委員会「放射線の健康への影響」参考人説明で発言した画像です。

これを福島県内の人は直ちに見るべきだと思います。
見て、考えて、一人一人の選択をしましょう。
その上で、その選択を最大限行政として保障できるよう、国と自治体に要求していきましょう。
上を見ていただければ分かりますが、児玉龍彦氏の主張は、数値や基準の話ではなく、私達最大の被曝差異者である福島県民が、自ら何を求めて行動すべきか、についての大事なフックが無数に入っています。

無論、直接的には国と自治体が今すぐ取り組むべき施策・立法について発言ですが、それは私達市民が何を考えどう行動していくか、を鋭く提案しているものでもあります。

ぜひ見てください。
何をすればいいのか?どこまでなら安全か?
という「安心」を安易に求める言説が、いかに私達自身をさらなる矛盾に陥れているか、が分かってきます。
少なくても私はそう感じています。
安心なわけはない。
ではどうするか?全員逃げればいいってもんじゃない。
「どうすればいいのか?」なんて答えはないんですよね。
深刻な状況を深刻だと認識しつつ、「どうしたいのか」「どうするか」「今なにができるのか」を考えて、一歩直ちに踏み出し、粘り強くその方向に歩み続けていくことが不可欠なのでしょう。

除染を徹底的にやり続けること。選択的避難を全面支援すること。
国内の技術を総動員して、線量低下のプロジェクトを始動すること。
子ども達を被曝から守ること。
以上のことを可能にする法律を直ちに立法し、施策を実施すること。
力を尽くして力説する児玉氏の姿勢に強く共感しました。

特に、セシウムは尿管上皮に影響を与えて、膀胱ガンもしくは前ガン症状を明確に引き起こす、という指摘は、長年アイソトープ治療に携わった専門家の知見として、重みがあると感じました。

ホールボディーカウンターなんて意味がないという主張。
線量測定は高機能な技術・機材ができているのに、現行法律は高線量の狭い範囲における少量被曝を前提としていて、低線量広域長期被曝に全く対応していないから、放射能汚染された検体を移動して測定することすら「違法状態」だという指摘。
も「うはっ、」という感じ。
主張のクリアさに、目から鱗でした。
全て反論可能な明確さで主張しているところがクリアで、信頼性が高いのです。
ただの素人の印象ではなく、ね。

とにかくぜひ一人でも多くの人に見てほしい。
YouTubeで一部削除されたのはなぜか、気になるところです。
でも、上記のところはまだ見られるはず。


大震災以後を生きる(21)

2011年07月31日 20時30分28秒 | 大震災の中で
いわき市の渡辺市長は、いちはやく「いわき市は安全だ」と宣言し、4月6日に始業式を全市内の小中学校で実施する、と決めた。
結果、いわき市内の平均的な線量は比較的低く、一部のホットスポットを除けば年間外部被曝線量は1ミリシーベルトを超えない場所が多いようだ。

市長はたまたま「賭け」に勝った、といえるかもしれない。
(実情は商工業者の意向と市の存続の必要性から、「安全」に賭け金を張っただけかもしれない。賭け金はもちろん、市民の<生命の安全>なんだけどね)

安全だ、といって本当に安全なら、これに越したことはない。賠償責任も問われないし、人口の流出も防げる。

だが、たかだかそれだけのことだ。

いわき市内にも一部、北側にホットスポットが存在することが明らかになった後の対応が、市民全体に見えてこない。

「安全/危険」

という二項対立のその「/スラッシュ」が入っているポイントをどこに定めるか、はたかだか一地方首長が背負うには本来重すぎる荷物だろう。
本当は、「安全宣言」など口にするのは反則技だったのではないか。

そしてこれはいわき市の問題に止まらない。
福島県内で何かと話題になっている年間20ミリシーベルト以下、という基準は、中通りの中核都市が避難しなくても良いように定められた「基準」なのだろう、と私達県民は「分かっている」。
それは(たとえ決定プロセスが全て明らかになったわけではなくても)、私達が現実の中で日々生活をし、さまざまな情報を受け取りながら、私達の「初期衝動」を受け止めて条件を詰めて考えていけば、自ずと結論にたどり着く種類の「知」だ。

グレーゾーンは放置かい?!と言ってみたくもなる。

他方、1ミリシーベルト/年以上の被曝が考えられる地区のヒトは一刻も早い全員避難を!と叫ぶ人たちもいる。
健康が第一、ということだろう。それも分かる。

だが、福島県内に今なお住み、仕事や生活を営んでいるヒトは、避難後の生活や仕事に大きな不安を抱えると同時に、自分が今ここに住んでいることの意味を、誰もが考えつつ、見えない決断をしてそこに生きている。

「市長が安全宣言をしたから」とか「山下なんたら」というヒトが大丈夫といったから、といっていわき市に、あるいは福島県内に思考停止して止まっているわけではない。当たり前のことですが。

ヒトは、土地を離れては生きられないのだ。

無論、「人間至る所に青山あり」も半面の真実だろう。
死ぬのはどこであってもいい。だが、今ここに生きる営みを原子力発電所の事故によって鋭利な刃物で切り裂かれて、おまえの生活はもはや「ゾンビ」だ、実際には「おまえはもう死んでいる」と言われたって、「はいそうですか」と荷物をまとめて動くわけにはいかない。

ここに生きているということは、そこに生きてきた、ということでもあり、これからも生きていくであろうという一貫性の上に、それを大きな拠り所・基盤として私達の生活は成立しているからだ。

だとすれば、強制的に移住を要求する水準が、健康被害を最大限に考慮した、1ミリシーベルト以下というわけにはいかないのではないか。

第一、「政府も残った県民も等しく愚かだと」いうのは簡単だが、200万県民の避難なんて、だれがいつどこでどこまでそれを補償・保証・保障してくれるというのか。

むしろ、県民の選択に応じたサービスがほしい。

年間20ミリシーベルト以下の被曝線量を超えるヒトには補償も含めた生活の保障が急務だ。
だが、それだけが対応の全てであってはなるまい。

たとえばの話、5ミリ~19シーベルト/年以上の被曝線量が予想される生活を営んでいるヒトについては、避難選択可能者として避難支援を積極的に行うなどの施策があるべきだろう。

地域や地点を簡易な計測で決定して、その場所を「お上」が認め、避難を突然強制する、というやり方は、決定的に現状から乖離した「古い」やり方だ。
お上は幅を持った基準を提示し、市民の選択を支援していけばいい。そのときに、リスクの高低はあっていいのだ。

たとえば20ミリシーベルト/年以上の線量を受ける生活をしているヒトは、無条件で補償をすればいい。
被曝線量5ミリシーベルト/年の程度でも逃げたいヒトは、非認定とするのではなく、補償程度を考慮しつつ、お金だけではない就労とか、期間限定避難の雇用や住宅の斡旋促進など、やれることはあるだろう。

全部丸抱えで東電や国が補償する、というのは、理想的だが非現実的だ。

むしろ、国が全部コントロールするような法律ではなくすべきではないか。

垂直統合型の法律も社会制度も行政政策も、もはや通用しない。

水平分散型の人間の営みの選択、自分自身がその可能性条件を知り、選択し、生きていくための支援を、私達は「国」としても「行政」としても「地方自治体」としても、そして市民同士としても、行いはじめる時期にきていると私は考えている。

そのためには、私達自身が、「どうすればいいのか?」ではなく、現況を踏まえて「どうするか」を自ら「よりよい生」のために選択する「人生の手間」=「コスト」を払う必要が生じてくる。

だからこそ情報の公開、共有の重要性は、これからどんどん増していく。
そして、その速度の方が行政の施策や政治家の決断よりも必ず「速い」。
政治は市民の行動を法律で縛るのではなく、生きる多様な選択を支援する必要がある。

お金は無限ではない。人的資源も限りがあるだろう。
その上で、「初期衝動」(原発事故はこりゃかなりやばいぜ、という)の方向性を踏まえた上で、分散的な社会包摂性を保障するような、その方向性を踏まえた「支援」を行っていくべきだ。

そのとき、私達は「人格に収斂しない」厳しい他者批判と、「処世術」に還元されない「自分が生きる姿勢」とを同時に必要としていくのではないか?

どんなに厳しい批判に見えても、枝野官房長官や菅首相の「悪口」をいくらいってもらちはあかない。
だって、どう考えてももともとそんな個人に「影響力」のある社会システムじゃないわけだし。

与党自民党&官僚&財界&行動経済成長=垂直統合型システムの優位性
が崩れたのですから。

ちなみに、菅首相の本日のコメント「保安院の行為は薬害エイズの時の厚生省の対応と同じだ」
は、当たってると思うけれど、あまりに視野が小さすぎて切なくなる。
大きな視点と同時に、細部の方向性を示唆する(制御ではない)政治的言説を持たない首相だなあ、としみじみ思う。

それでも、彼を下ろそうとするだけの政治家よりは、「脱原発」の方向性を示そうとする努力においては、私達の「初期衝動」に合致している。

たぶん私達は、この大きな「事件」において感じている「初期衝動」と政治システムのあまりに大きな乖離にいらだっている。それは政治家も行政も財界も同じなんじゃないかな。
「初期衝動」に対し、瞳を凝らし続けていくこと。

それは、「理念的に反原発」を信仰することとは違うし
「原発推進/原発反対」
の二項のうちどちらかを選ぶ短絡・縮減とも違うんだけどね、きっと。


公共性について、共同体について、国家について、そして存在論について、考え直すべきことはたくさんあるなあ。
(この項も継続して考えます)



上野千鶴子の退官講義と小松左京の訃報

2011年07月29日 22時21分43秒 | 評論
上野千鶴子の退官講義の記事があった。
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201107280425.html
インターネットの放送はこちら
http://wan.or.jp
実に感慨深い。大きな影響も受けたし、きわめて政治的な(言説権力を意識的に用いた)ことばの操り方に、呆れた思いを抱いたこともある。

「わかっててやってるんだけどさ」
という感覚は、今でいえば宮台真司の「言葉使い」に近いかもしれない。
「社会学者って胡散臭い」
ということを隠さないスタンス、とでも言えばいいだろうか。

それが「弱者」の場所に立って闘う、となれば、花田清輝(古いね<笑>)を引用するまでもなく、そして引用したって知ってるヒトはほぼいないだろうが、優れてレトリカルな側面を持つのは当然の帰結でもあった。

「にもかかわらず」、なのか「それゆえにこそ」、なのか「それとともに」なのかは意見の分かれるところだろう。

しかし上野千鶴子的言説が魅力的だったのは、にもかかわらず「論理」の力を徹底的にクリアに持ち続けていたからだ、という点は、それなりに同意を得られるのではないか。

退官したからといってそのファイトスタイルが変わるわけでもあるまいが、大きな時代の区切りを感じる。

時代の区切りといえば、小松左京の訃報(80歳と聞く)はもっと感慨深かった。
私にとっての小松左京は『エスパイ』であり『日本アパッチ族』であり『果てしなき流れの果てに』だ。

小学校の頃、小松左京の存在は、ほとんど奇跡のように思われたものだ。
もう一つの奇跡は平井和正の『犬神明』シリーズ×2の存在なんだけど。

SFのおもしろさは明らかに、当時エンタテインメントとして「色物」扱いだった。
そんなことさえ「歴史的事象」になってるんだろうね。
SF的なるものが「当たり前」のエンタテインメントとして認知されていく過程を知る者にとっては、小松左京の死は、これもまた大きな時代の区切りの一つと感じられるのではないか。

星新一のそれは、時代性を超えた「巨星、堕つ」って感じだったけれど。

私はSFから宗教をそして神を学んだ。それは
小松左京の『果てしなき流れの果てに』であり
光瀬龍『百億の昼と千億の夜』であり
ハインライン『異星の客』であり
山田正紀『神狩り』であり

それは「想像力」の問題であると同時に、「思考の臨界」における「現象」の問題であり、超越論的な「リアル」の問題でもあった。

大人になってから改めて「文学」とか「小説」とか「哲学」とかいう「ジャンル」を踏まえて再度思考を繰り返していくことになるわけだけれど、種は全て、子どもの頃のSFが撒いていてくれていた、と言う気がするのは、たぶん私達の世代の「ある集団」には共通した認識なのではないか。

「面白くて何がいけないんだろう?」

高校生の時、倫理の授業で担当になったハイデガーをレポートしながら、こんな面倒なことを分かりにくく書くより、SF1冊読めばいいのにな、と思っていたことをふと思い出した。

ようやく数十年の時を経て、ハイデガーが見ていたものをもう一度考え直す場所にようやく近づいているっていうのは、進歩がないって話なんだろうか。

上野千鶴子も小松左京も、現実という「大きな柄の絵図面」を、鋭い論理のドライブ感と繊細な「読みや分析」に支えられた想像力・構想力によって、まるで「思考の基盤それ自体」を大きな風呂敷か旗ででもあるかのように鮮やかにひっくり返してしまうその手品のような膂力にほれぼれするそんな読書体験を与えてくれた人だった。

ちゃんとどこかでそのバトンは受け継がれていくのだろうか?
私は息を潜め、ゆっくり老後を過ごしつつ、その兆しを待ちたい、と思っている。



「牛乳がない!」福島から発信するということ(22)

2011年07月26日 22時53分46秒 | 大震災の中で
今夕地元のスーパーには、1リットルの牛乳パックが入荷していませんでした(低脂肪乳飲料を除く)。

大震災後、棚が商品で埋まるようになって安心したのもつかの間のことでした。

これから、福島県産の牛乳は、しばらく飲めないのでしょうか?
まだ情報も十分には入手できていないのに、目の前から商品が消えてしまいました……。

代わりに山積みになっていたのは、福島産の桃と、福島産のお米。

安かったです。

思わず買っちゃいました。
笑えない現実です。

新潟県の泉田裕彦知事は26日、経済産業省内で記者団に対し、全国の原発で行うストレステスト(耐性評価)について、停止中の原発の再稼働の条件となる1次評価が終わっても、同県内にある原発は再稼働を認めない方針を示した。 (ASAHI.COM)

http://www.asahi.com/national/update/0726/TKY201107260638.html

新潟県の柏崎刈羽原発にいったん「コト」が起こったら、日本の「米蔵」はアウトです。勇気を持って止めるべきだと私は考えます。
青森県六ヶ所村の再処理工場も、今回のような放射能飛散事故が起これば、私の大好きな青森県の産物(リンゴやホタテやイカやウニや)が全部今の福島県のように「アウト」になってしまいます。

ちなみに、福島県産の桃の箱(9個1000円!)と、コシヒカリ30キロ8800円でした。
コシヒカリは22年度産ですから、放射能汚染とは直接の関係はないはず。

そのお米が福島の空気を吸っているってだけで普通考えられない安売りです。

コシヒカリですよ。
福島県が世界に誇る桃ですよ。
こんな値段で販売されているのを長らく見たことがありません。

この後に来るのは、福島県の農業が「壊滅状態」となって、他から買い付けなければならない現実でしょう。

今年は地元いわき市の梨がまだ出てこない(出荷されていない?)ので、佐賀県から取り寄せました。みずみずしく美味しい有田梨です。

でも、佐賀県の限界原発にトラブルが起これば、この梨も食べられなくなるのでしょう。

梨と桃のない世界を生きても、「豊か」で居られるんでしょうか?与謝野大臣。
地元から沢山採れるコシヒカリを食べられなくても日本は資源小国だから原発を継続稼働していく方が「豊か」なんでしょうか?馬淵前大臣。

ふぃぃぃ。

これは、それぞれの県知事の匙加減で稼働再開が「許される」という権限範囲の事項では本来ないような気がしてなりません。
廃炉にするったって30年はかかるという福島第一原子力発電所の事故を考えるにつけ、どんどん出荷できなくなり実質生産者の「息の根」が止まりつつある福島の第一産業の現実を目の当たりにするにつけ、今のうちに原発依存程度を可能な限り低くしていくのが正解ではないか、と思います。

もっと貧乏になったら、もっと怪しいコストで原発をどんどん稼働させる「賭け」にでなければならなくなってしまうかもしれません(苦笑)。

コスト負担に耐えられるうちに原発は止めておけ。
私は今、そう考えています。




大震災以後を生きる(20)

2011年07月25日 01時26分43秒 | 大震災の中で
双葉郡楢葉町長の東京電力第二原子力発電所稼働により5000人の雇用を、というインタビュー記事を読んだ。

http://www.news-postseven.com/archives/20110724_26396.html

切ない記事である。開沼博氏の「フクシマ」論が指摘するように、原発推進の中央の動きである原子力「ムラ」に呼応した、立地自治体の原子力「ムラ」の存在様態を抜きに、原発行政全体は把握できない、ということだろう。

沖縄が米軍基地を抱えていることから、それに伴って落ちてくる「投資」や「援助」に依存することで自立が妨げられてきたように、原発立地地区は、いわば中央の「植民地状態」におかれて、あたかもプランテーションのように(沖縄が日本全体に軍事的安全を提供しつづけたように)、電力を首都圏に提供し続けてきた。
しだいに各地で反対運動も高まる中、新規立地が不可能になっていった結果、「電源開発植民地状態」になっている双葉郡の二カ所に、原発が密集して建てられることになっていった。

それは、「地元も望んだこと」になっていった歴史でもある。最初は強硬な反対派だった活動家が自治体の首長になった結果、原発誘致に「転向」する、という実態もあったという。
地元のために「反対」だ、という立場は、地元の経済的振興のために「推進」だ、という立場に実は「交換可能」だ。
その「転向」は、「地域のため」に何をするべきか、ということを突き詰めていった時に出された答えだからだ。

一方でそこには、周到で徹底的な交付金や有形無形の行政政策でがんじがらめになっていく「貧乏自治体」の現実がある。

中央と地方の「イコールパートナー」を目指した唯一の知事は失脚していったわけだし(理由は分かりませんが)。

東京電力第二原子力発電所稼働により5000人の雇用を、という楢葉町長の意見には、私は「都会」の反対派としてではなく、同じ福島県民として反対だ。

現実に原子力発電所の利権や雇用が、従前通りに復活する見込みも少ないだろう。
双葉町も意見が二分している、とも聞く。それが現実だろう。
日本中の意見が、とりあえずは「二分」している、とも言えるのだから。

だが、「脱原発/原発推進」という二分法にかけられている状況定義力の「圧」は、事故以前ほど強くないのではないか。

私達は、これほどまでに住民の健康不安をもたらし、福島県を中心とした東日本の放射能飛散による被曝の現実をもたらした原発事故の重大性を考えれば、再稼働に慎重であるべきだし、福島県の住民としては、もはや稼働という選択肢はあり得ないと考える
。楢葉町の5000人の雇用の問題以前に、200万県民の雇用や経済の壊滅的打撃を、「ムラ」の論理としてではなく楢葉町長は考えて発言するべきだった。

「どこかで反対派が現実を見ないで遠いところで騒いでいるだけだ」
というニュアンスの町長の発言は、3/11以後、相当程度リアリティ失っていると思う。

再稼働の雇用よりは、廃炉のための後処理の雇用を拾っていくのが現実的、なのではないか。

楢葉町長には、東京都民1200万人を味方に付けて電力供給を声高に訴える、という意識もあったのかな?

いや、たぶん避難したまま雇用も失われ、地域事態が崩壊していくことに対する強いいらだちがこの発言をもたらした、というべきなのだろう。

「あんなに協力してきたのに」

それは、日本中の「ムラ」で呟かれている「植民地」の「恨み節」なのではないだろうか。
大多数の無関心と、政府・東電の利益による誘導との狭間で、貧乏な地方が「地域振興のため」と原発という毒饅頭を食べてしまった、その結果がこの事態、でもあるわけなのだろう。

津波の被害による遺体も高線量で収容できない、というニュースもあった。

地元自治体は幾重にも痛めつけられている。
だから「原発立地にYesを言った愚かさゆえ」、「利益を得たのだから」という2ちゃん的非難はちょっと不公平だし、問題を矮小化してしまうと思う。
ただ、「第2原発の再稼働を」というのは、やはり「ムラ」の論理に傾斜した不用意な述懐、と言わねばならないのではないか。楢葉町長の言葉もまた、現実を「ムラ」の論理の範囲内に「縮減」してしまうことになる。

NIMBY問題を引き受けるのはいつだって中央に比して相対的に「貧乏」な「国内植民地」だ。決して都知事や府知事がざれごとを言ったとしても、原発は都や府の中に作られることは未来永劫ないだろう。だって立地条件に最初から人口密度が低いことってあるはずだものね(万が一を心配して?笑わせるわ)。

町長の発言が切ないのは、その「国内植民地」の「自負」が「首都圏に電力を供給してきた」という「矜持」として示されてしまっている点だ。事故が起こるまで供給を受け続けてきた首都圏はそんなこと見向きもしていなかったんだけどさ。

この、また言葉は上品ではなくなってしまうけれど、「国内植民地」的な現実を踏まえて考えないと、中央の「原子力ムラ」と地方の「原子力ムラ」の関係は読み解けないし、それが見えなければ戦後の経済成長も見えてはこない。「特需」=国外の戦争の問題も見えてはこないだろう。

もちろん、「敢えてその地方と中央の落差を徹底的に消費し尽くす」、という立場もあり得るのだろう。しかしそれはもう、私達が「仲間」であることを根底から掘り崩すことになる。そして、同時にそれは、私達の「倫理」の可能性を寸断していくことにもなるだろう。

たかが原発というなかれ。
ただ危険だから全部止めろ、という「生命の価値の侵犯」に怯える価値観からばかりではなく、原発はそういうポストコロニアル的な視点からも、考え直すべき時に来ている。

ムラ的共同体を超えた「公共性」はあり得るのか?
どんなに困難であっても、その疑問にYesと答えたい。そのためにこれを書き続けているのだから。
原発の再稼働を求める「ムラ」の利害を代表する「長」の言葉を超えて、何を語るべきか。

原発依存じゃなくて飯を食えるシステムを必死に考えなければならない、ってことだよね。
それを必死に考えないことで原発利権(とリスク)を温存しようとする立場に対抗するためには。

でも、というかそして、というか、立場同士の戦いじゃないところに持って行きたいんだな、たぶん。
立場に対抗する立場っていうんじゃ、きっとダメなんだ。

単純に無前提に「脱原発/原発推進」という二項のどちらかに立ってしまっては、どっちにしても世界を縮減してしまう。
そういう見せかけの二項対立で状況を定義するのではないやり方を、探っていきたい。
ふぃぃ。反対なんだけどさっ。

この項もさらに勉強せねば、です。








福島から発信するということ(21)

2011年07月25日 00時08分18秒 | 大震災の中で
7月23日(土)21:00~22:15NHKスペシャル「飯舘村~人間と放射能の記録~」を観た。
ご案内の通り、東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故直後は村民にその高濃度放射能汚染を知らされず、最初は行政側の「大丈夫だ」という虚偽のアナウンスによって被曝を受けた挙げ句に避難を要求されることになった福島県の村のことです。

その100日間のドキュメントは、淡々と語られて行きますが、随所にあり得ないシーンが出てきて、なでしこジャパンのドイツ戦や決勝戦で流れた涙とは全く別種の涙を止められませんでした。
いくつも辛いシーンはありましたが、個人的にどうしても未だに許せないのは、文部科学省の飛散放射線量計測が始まっていて、高線量を測定していたにもかかわらず、そのお役人たちは、現場の村民達にその測定した線量を当初公開しなかったという箇所です。
無論、彼らは命令されて、仕事で飯舘村で線量測定をやっていたに違いない。
部分的スポット的な線量測定を、自由に公表できる権限はおそらく与えられていなかったのだろう(もし公表権限があったのにそれを公開しなかったら、その時点で犯罪者だと私は考えますが)。
村民から要請があってから1週間ほどしてデータが公開され始めるのだけれど、その3月下旬の時点でも60μシーベルト/時ほどの線量があったという。
最初公表を拒んだ時点では90μシーベルト/時間ほどの線量も測定されていたのだそうだ。

どうなんだろう?そこで測定していたお役人たちは素人じゃないはずだよね?
普通人間なら、情報の公開を許可されていたかどうか別として、即刻その線量を住民に知らせるべきだろう。
もっと推測すれば、「混乱を避けるために公表を禁止されていた」のかもしれない。
でもさ、だからといって黙って日々線量測定だけをやっているようなヤツは、たとえに品がないのを百も承知で敢えて言うけれど(自分も公務員だから、そういう場面をいつも想定しながら仕事をしているので厳しくなってしまうのかもしれないけどね)、それはユダヤ人をガス室に送れば全員死ぬと分かっていながら、命令だからといって送り込んだナチスの下っ端役人と一緒だよね。

NHKのナレーションが、その線量は屋外にいれば半日で年間許容量に達するものだった、とかぶせられていた。

「私見ですが、こりゃやばいですよ」
と、それこそオフレコでもいいから、言うべきだったと思う。
それがたとえ多少の混乱を招いたとしても、自分の上司の命令を守って仕事をする、なんていうのは「私的な仕事」に過ぎない。
ここのところ、ちょっと前までの私と同様、日本人は勘違いしているヒトもおおいけれど、仕事なんていうものは、自分が生活のために選んだモノに過ぎず、人間としての倫理からいえばずっと下の「私的行為」に属するだろう。
自分の倫理に悖る行為を強要されたら辞職すればいいだけのことだ。

いや、現実的にそれが出来る場面だけじゃないのは分かります。

人間は弱い。心ならずも自分の「倫理」をねじ曲げられてしまうことは多々あるに違いない。
でも、それをどこまで「心ならずも」でいるのか、は、なおいっそう強く問われるべき「倫理性」だろうし、そこにこそ真の「公共性」の可能性が賭けられているのだと私は考えている。

「仕事だから」というのは実は「ムラの掟」に過ぎないあくまで「ローカルなルール」だ。そういう意味で「私的」なのだ。
「普遍的」「公共的なるもの」は、その向こう側にある。
私が繰り返し「初期衝動」とか「神様」とか「コナトゥス」、へたくそなスピノザ理解の中でここで繰り返しているのは、その「普遍性」「公共的なるもの」にアクセスするための内的契機として考えられることは何なのか、ということについて考え続けているそのプロセスででてきたフック、切っ掛けなのだ。

「動物的/人間的」という二分法が当てはまるかどうか分からないけれど、ここは「動物」として生き延びるために「知性」を使う以外に、「生きる力能」を使うべきシーンはないはず。

文科省の「計測すれど公開せず」の原則は、浪江町の赤宇木地区の高線量測定値の時にも貫かれていました。

ここは、どこまでいっても徹底的に追求するべき「お役所仕事」の究極だと思うんだけれど、いかがでしょう?

役人に架空インタビューをすれば「そう命令されていたから」と答えるだろうことは想像に難くない。またひどいたとえを使ってしまうけれど「アイヒマンかっ?!」て話だよね。もしそういうファシズム体制下のナチスのような行為でないとするなら、声を出して弁明すべき責務が「公共的なるモノ」の存在に照らして、飯舘村で線量測定をやっていたお役人たちには存在すると思うよ。

「仕事でやっていただけだから、言われても困る」
あるいはなに一つひるむことなく
「仕事でしたから、命令でしたから」
と言うのだろうかね?

これ、悪いけど本当に真面目に興味があります。
「上官の命令は絶対」
という軍隊じゃないんだからね。だって、住民は「敵」じゃなくて守るべき「味方」なんだから。だよね?そうだよね?それとも、お役所はお役所自身の「ムラ」の掟だけが「味方」なんだろうか?「命令」だけが絶対なんだろうか?
人間だったら、しかも3月15日の爆発以降は、具体的データなんてなくても普通の市民なら「やばい」ことぐらい分かっていたよ。

繰り返すけれど、この線量測定だけをやっていたお役人に、誰かジャーナリストは取材してくれませんか?
「ムラ」の論理でそうなっちゃったのか?
それとも何か別の論理が働いているのか?
飯舘村の問題は、実は情報の公開速度の問題だからね。
IAEAの測定が入ったときでさえ、行政は「測定の基準が違うから」と意味不明なコメントを出したのを記憶している。
現実の対応はいろいろ手間暇がかかるけれど、情報の公開は、「意志」と「知性」によって制御可能。
それに命や権利が大きく大きく関わっているとするなら、末端で「沈黙」を守った役人にも責任はある、と私は思う。

オフで語るやり方だって、いくらでもあったはずなのに。
そりゃあとで処分の危機はあるかもしれないけれど、事態の重大さを考えれば、地位保全だって可能性は高かったと思うなあ。
私はこの番組を繰り返し観ていて、どうしても役人の脳みそを繰り返しシミュレーションして悩んでしまうのです。

村民の悔しさや絶望、尊厳、怒り、不安といった情動性については、多言を要しないでしょう。それは見れば分かる。


とにかく、誰も(世界中の人々)が必見の番組だったと思います。




宮台慎二×飯田哲也『原発社会からの離脱』講談社現代新書を読んで

2011年07月24日 21時41分40秒 | 大震災の中で
メディア日記に、台慎二×飯田哲也『原発社会からの離脱』のことを書きました。
http://blog.foxydog.pepper.jp/?eid=980308

日本人のマインドセットを持った人々は、小さいところ(ムラ)に適応して、その中でだけ自分がやりたいことを見つけたり、その小さい集団の「欲望」を内面化し、そのムラの基準を行動規範としてしまうてしまうのはとっても上手で、だから「くるくるパー」ばかりが「原子力ムラ」にいるというよりも、日本人の「マインドセット」(悪しき習慣)が問題なのだという指摘は、深く納得。

多分、「原子力ムラ」の人たちを口を極めてありえない!と言える人は、むしろマインドセットとしては近い場合さえあるんだろうなあ(自分もその例外ではない面があるから)と思うといろいろグルグルしますが


たぶん「じゃあどうすればいいのさっ?」

っていう疑問が、すでにして問題何だよね。

その答えは「安全にやりますからご安心ください!」になっちゃいやすい。

で、外の人は無関心になり、中はムラ社会になって、結局失敗するとまた同じことの繰り返し……〓

スピノザも時に汎神論と呼ばれたりする。

日本人の心性もよく「汎神論」的というかアニミズム的、というかそう呼ばれる。

けれど、この二つはなんと遠いところにあることか。

「スピノザのいう迷信」

と國分功一郎は言っていたけれど、「ムラ」の中で神様を立てて、それを信仰していくのは、決して「神=自然」じゃなくて、「迷信」そのものだろう。

ムラの迷信。

それにしがみつく日本人の悪しき心の習慣」についてすこしでも考えてみたい人にはオススメの一冊。

週末は、宮台社会学と國分哲学を自分の中で「大震災コラボ」していました(笑)

失敗したときのことを考えていない、としてしまうのは、パイロットの安全を顧慮しなかった「ゼロ戦」の設計と一緒ですね。

うまい奴が操縦すればいい……んだけど、ダメな奴の手にかかったら?
それは精神力で乗り切るのかな。
あるいはなかったことにするのかな。
きちんとリスク管理を議論できる社会にしなくちゃね。
戦前から続くマインドセットを変えるのは難しかろうねぇ(>_<)。





メディア日記に國分功一郎「暇と退屈の倫理学」(連載中)について書きました。

2011年07月24日 19時29分02秒 | 大震災の中で

メディア日記
http://blog.foxydog.pepper.jp/?eid=980309

言及した元はこちら。
http://asahi2nd.blogspot.com/search/label/國分功一郎「暇と退屈の倫理学」

ビリヤード、うさぎ狩りなどの遊びからから第一次大戦後のヨーロッパの閉塞感、ファシズムまで話の例が広がり、いよいよ面白くなってきました。
退屈は快楽と対置されるのではなく興奮と対置されるという指摘と、ラッセルとハイデガーがほとんど同時代(1930頃)にこの主題を論じているという並べ方からして、主題的にはいよいよ佳境に入るのかな?

楽しみです。

よろしかったら朝日出版社第二編集部のコラム欄にある本文を覗いて見てくださいませ。

オススメです。



大震災以後を生きる(19)

2011年07月23日 13時14分32秒 | 大震災の中で
1、
垂直統合型の社会システムとしての東電や政府の対応が、結果責任を全て背負います、的なスタンスが実は「安全神話」へのしがみつきしかもたらさなかった(結果に責任を背負う以上、「安全だ」としかいえない)。そのため、リスク管理が実質上ほとんど機能しない状態のままことここに至った、という実感がある。

2、しかし、ここで東電や政府だけを叩いてみてもらちはあかない。
そこにマネージメントも技術的内容も、全部おんぶにだっこで「社会システムが上手く動けば無意識でいられる依存」で我々が生きてきた以上、責任追及だけをしていても、結局状況に対応できない(事件が起こらないことを前提に、可能な範囲で対策する)システムなのだから。

3、私たちは、そのシステムに依存していたことを素直に認めた上で、リスク管理の話を始めよう。そして、実践していかねばならない。
ただし、これは、問題を座視し瞳をそらしていたから「一億層懺悔」すべきだ、っていうおなじみ「無責任ムラ体制」の繰り返し、とは違う形で進める必要がある。ここ、大事。

4、垂直統合型のシステムに依存して、中央から「透明性の高い」、ということは現実よりも「官僚作文」に近い指示や判断、基準提示が出てくるのを待っていてはダメ(萱野×大澤対談での指摘。宮台×飯田の対論でも指摘)。

5、次に、ほーらだから言ったじゃない、って話は筋金入りの「反原発派」に任せておく。なぜみんな「うすうす分かっていた」のに辞めなかったのか、を考えない「反対」はやっぱりまずい。

6、実質上中央の植民地状態で選択肢を持たなかった原発立地自治体の現状を無視して「うまい汁すったじゃん」みたいな視点もとらない。

7、ただし、なぜ事故が起こっても原発依存が続くのか、の分析(開沼博「フクシマ論」など)は必要。たんなる町長の利権とかいうレベルではないと思う。

8、もうだからスローライフなのだ、というライフスタイル論にも行かない。それは個々人の自由。処世術は思想であって、公共性とはベクトルが異なる。もちろん、「現在の経済的豊かさを死守するためには原発を焚き続けるべきだ」という立場(与謝野大臣)より、ずっと共感はするけれど。

9,つまり、個人的な立場や、社会的な立場を主張する話は、耳を傾けるけれど、その路線には行かないほうがいいというスタンスで考え、行動するということです。

10,このとき、宮台×飯田の指摘する、日本における「むら」への過剰適応を一つの手がかりにする。

11、もう一つは、國分×萱野の指摘する「エソロジー」的側面からのスピノザ理解を踏まえる。

12,たどりつきたいのは、公共性における哲学の役割、ということ。

13,そのとき、共同体的規範をどこまで前提に「しない」のか、という勝負どころが出てきそうな気がする(千葉雅也のドゥルーズ論より)。徹底的に「てんで」でありながら「啓蒙」はありえるのか?という課題。

14、それは反転させるとデカルトの「強い懐疑による説得」とは対蹠的な、スピノザの「弱い説得」(國分功一郎)の視点にもつながる。

15、社会システムの問題としてではなく、ライフスタイルの問題としてでもなく、哲学の存在論を軸として考えていくということ。

16、考えたいのは社会的包摂性、つまりは「公共性」の射程距離みたいなところなんだけれど、それを個人と社会からだけ考えていてはいかんのじゃないか。
たぶんこの四ヶ月考えてみてたどり着いた場所がここ。

17、「公共哲学」の駒場(東大)シンポも見たけれど、間口は広いし、それぞれは専門性が高いのだろうが、単焦点の並立の段階。多くの異なった焦点が、その出所の差異を踏まえつつ共鳴する段階とはほどとおい印象。

18、日本国内で「ムラ」を離れるには、大学とか企業とか地域とかいった擬似制度化した場所から重心をずらさないとダメなんじゃないかな、やっぱ。

19、しかし、単に「ムラ」からはずれて、その「ムラ」と「ムラ」の「隙間」で正義をふりかざしても、ホリゾントに向かって演奏するようなもの。宇宙人とか外国人とか変な人として終わりかねない。
これじゃあ意味がない。
求めるのはあくまでも公共性であり、社会的包摂性なんだから。


20、しかし、3/11以後、瞬間的には個人も国家も既存社会システムからも離れて、お互いが利他的に行動して共鳴しあい、共同性がつかの間成立する、その感触を味わった(「災害ユートピア」的ですね)以上、「ムラ」とか「擬制的共同体」これは戻れない。

21、他方先祖帰り的「ムラ」の共同体は、たやすく利益誘導体に堕落してしまう。なぜ堕落するのか、といえば、やはり「国家」という暴力装置の機能を無視できない(萱野、柄谷)。
戦後の市民運動も、「正しさ」か「利益誘導」という「私益」(むしろ「正しさ」への固執は公共性を阻害する要因でさえある)に還元されてしまった。


22,公共性っていうのは個人と国家の間にある社会的システムの問題でもあると同時に、「間」の問題でもあって、それは実はやっぱり「哲学」でなければ拾えない場所なんじゃないか。

23、文学的想像力の問題は、ここまであまり触れてきていないけれど、哲学的想像力、演劇的想像力、声と身振りの身体的想像力という軸を踏まえてさらに考えていかねばらなない。
無論「共同性」をたやすく再生産するような「道具」としての文学は願い下げ。

24、「ムラ」は、いったん上手くいったものを「社会システム」と見なして、外部を持たない「
自然信仰」みたいなかたちで、その範囲内できわめて効率的な同調性を獲得していくから、小さい場所ではものすごく「有効」なんだよね。

25、そういう小さな「有効性」をもった社会システムや処世術や文学や哲学やら哲学やらは、ぜーんぶ願い下げ。

26、簡単じゃないから、上手くいかないから、リスク管理が必要なわけだし、利害なんて調整・誘導が簡単じゃないから、交渉や政治が必要なわけだし、市場原理だけでも、「正義」を振りかざすだけでもうまくいかないから、存在論に根ざした哲学的思考の粘り強さが必要なわけだし。

27、さてでは、福島県とくに浜通りと中通りの地場産業の壊滅をいかに防ぐのか。全然見当もつかないけれど、知らないうちに「誰かが」うまくやってくれるはず、だとはもう、絶対に思わないようにしようと考える。

28、これからはずっと忘却せず、原風景をスティグマとして抱えながら、考え続けていくことを自分で選択したのだと思う。

29、結局哲学的な場所に立つって、そういうことだったんだ、ということが「分かった」。

30、たぶん、福島県で棲息している人の多くは、そういう「エソロジー(棲家の掟=生態学)」を踏まえて考え、行動しはじめているんじゃないかな。

31、ただし、それは原風景に心情を固着させることとは違う。放射能汚染を「内面化」して生きるわけじゃあないもの。

32、現状の枠組みを「内面化」し「規範化」しちゃって、結果「ムラ」的共同体に接続する「能力」として利用するのはもうやめようよ、ということだ。

33、でも、油断するとそうなっちゃうからなあ。そこは用心しつつ。





福島から発信するということ(20)

2011年07月21日 23時38分57秒 | 大震災の中で
こんな環境の中で、こんな状況の中で、こんな国の状態の中で、それでもその中で生きていくことを考えるとき、いくつかの水準というか次元を考えることが可能でもあり必要でもあろう。

一つは、「逃げろ!」と「教えてくれる」処世術の水準だ。ライフスタイルの問題、といってもいいだろうか。

二つ目は垂直統合型の現行日本社会システムの限界を論じる社会システムの水準。

三つ目は、存在論的水準、哲学の問題だ。

一つ目は、瀬戸内寂聴とか、内田樹とかの話を聞いているときに感じるレベルのことである。なるほどね、とは思うが、その身体論や自然論、宗教論の「わかりやすさ」はちょっとどうだろうと眉唾になる。
分かりやすくないことに吸い寄せられるのは病気かもしれないけどね。
でも、別に病気を治したいわけじゃないし(苦笑)。どう生きるか、なんて大した問題じゃないとも思うし。年を取ったら解決しちゃうレベルじゃないかな、処世術なんて、と思う。むしろ、こういう「解脱系」とは距離をとっておきたいです。

二つ目は宮台真司などに代表される「社会学」的視点ですね。サンデル的政治哲学もここらあたりにプロットされそうである。これは話を聞いていると「ふむふむ」と説得させられてしまう。まあ、説得したがる自分と、説得させられたがる自分の擬似対話があるから、そこに魅せられるし、「政治」とかを「立場」で論じてくれるから、自分にない「世界」を解説してもらう心地よさもある。
でも、これは「立場」が複雑多岐にわたってくると、説明のための説明になったり、説明の上に説明を重ねたり、留保がたくさんあったり、手数を無数に打たなくちゃいけなくなりそうで、お付き合いしきれないのが実情かと。

三つ目は國分-萱野対談に代表されるスピノザ論みたいな世界。今はここがホームグラウンドのにおいを感じています。たとえばフーコーでもドゥルーズでもいいのだけれど、なんとか「今」「ここ」と「世界」を繋げようと歩みを続けて行くその思考の膂力というか、粘り強いパフォーマンスがお気に入り。

「今」が、おおもとから考えなおさねばならない時だと感じているってことなんだろうねえ。

でも、哲学イメージというか、いわゆる空中戦というか地底大戦争みたいにそこだけしているわけにもいかないご時世。
哲学が地面に降り立って対話を始めたらどうなる?ってところがあって、それは少なからず対話的というかポリフォニックな演劇性も宿してくるのだろうなあ、とも。

一つの声の中にも、実はいくつも声が響いている。

哲学ってそういうところが色っぽいし、現代的、でもあると思うんだなあ。
意味不明ですかねぇ。



大震災の後で(18)

2011年07月21日 22時53分09秒 | 大震災の中で
オーギュスタン・ベルクの講演を聴いていて、印象的なフレーズがいくつかあった。
同時通訳のレジュメなしだから、勘違いも多いかも知れないけれど、和辻哲郎の『風土』は環境決定論ではない、という指摘した上でドイツ哲学の影響に触れつつ、ハイデガーが死から「生」を逆照射して存在論を考えたことを、ハイデガーの誤りだとさらっと言ってのけたところに今は注目してみたい。

和辻は決して環境決定論を述べたわけではなく、「人間存在の構造契機」として、主体と環境の相互的な関係を追求したのだ、とベルグ氏は言う。
このとき、主体というのはむしろ外に出て行く働きとして捉え得る。
生態的な環境に向かって外に出て行く主体。
自分が自分でなくなる「間」を生きること、といってもいいのかもしれない。

この環境と主体の関わりにおいては、動物的・生物的次元と、文化的・言語的・象徴的次元とを区別しつつ論じていくんですけどね。
そちらについてはメディア日記を参照のこと。

存在/存在者、死/生という絶対的な「差異」に根ざして存在を突き詰めていく行為は、むしろ縮減した「郷土」や「共同体論」に統合・還元されてしまうのではないか。
主体から「外へ」出て環境との間に「生」を見いだすエコロジカルな相互横断性を見失ってしまうのではないか、というベルク氏の視点は、じっくり検討するに値するものだと感じる。

和辻哲郎の『風土』が本当に、ベルク氏のいうメディエンスという中間的存在を明確に指し示しているのかどうか、はもう一度『風土』を読み直さないとなんとも言えませんが。

それはそれとして、ベルグ氏の言いたいことは腑に落ちます。

だって、この庭は、どこを掬おうにも、どこをとってもセシウム137で一杯なのだ、から。

そういう「環境」の中で「生」を考えていくと、人間の営みは実にベルク氏のいうメディエンスという概念で考えなければ十全に捉えられないことが見えてくる。

セシウム137は、ある意味では福島県の環境における「負」の絶対性を指し示している。

それはぎりぎりまで人為を無理に推し進めていった結果、自然がその人為の裂け目に顔を出した、その事象の直接的結果だ。そういう意味で、セシウム137は人為が破けた裂け目としての「自然」=絶対=「神の痕跡」ということもできるかもしれない。

まさか放射能を神様とあがめるわけにもいかないけどさ(苦笑)。

それでも、私達は目に見えない、触れないその「人為=自然」の結果と、これから少なくても30年以上付き合っていかねばならないのだ。技術的には除染とか、部分的に対応はできるにしても、私達は単なる科学的主体としてそのセシウム137の影響を完全に排除しきるわけにはいかない。

かといって、それをなかったことにして3/11以前の生活をすることもできないだろう。

私達は、宿命的にメディエンスという中間性=関係性、つまり「構造契機」を生きる存在だ、ということか。



大震災以後を生きる(17)

2011年07月21日 20時50分40秒 | 大震災の中で
先ほどのNHKクローズアップ現代で
「市民ファンドによる復興支援」
が取り上げられていた。

http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=3076

こういう「共同性」への取り組みは、是非ともどんどん立ち上げてほしい、と思った。

国の支援とか、義援金の配分とか、銀行の貸し付けとか、この国の「平時」のシステムに頼っていては、より少なくより遅くより劣悪な情報や環境しか手にすることができない。しょせん後追いに止まるだろう。

当然、細かいファンドが林立してくれば、その審査が甘くなったりもし、壊滅企業を無理矢理立ち上げて再度潰すなんてヤクザなヒトが裏で糸を引く場合だって考えられる。
ファンド自体の信頼性だって素人にはなかなか分からないから、あやしい「市民ファンド」もどきも跳梁跋扈しはじめたりもするのかもしれない。
そういう市民ファンド自体の「信用」を目利きしなきゃらない事態だってたやすく想定できる。

でもね。

たとえば大手の某村証券が500億の災害支援ファンド(証券会社の手数料半分を寄付、とか)の計画を打ち上げた、なんて話に乗るよりは、ずっと市民ファンドの方がいいと思う。

なにしろ「顔が見える」のがいい。

現物配給、とか、工場見学とか、地方合コンなんて出資者還元も楽しい。
ブログで出資した会社の社長の頑張りが見られたら、それだけで出資の半分ぐらいの「価値」はあるってものだ。

福島県民としては、原発事故で移転を余儀なくされるかもしれない企業に対する支援ファンドが立ち上がったら、真っ先に投資したいと思う。
あるいは、風評被害に苦しむ企業の「移転」や「退避」支援もいい。
福島の桃や梨やリンゴ農家をなんとか支援できる手だてがないものか、とも思う。
自分でやればいいのかしら。そういう動きがどんどん広がっていくことを切に願う。
それは半分は苦しんでいる小さい規模の銀行融資さえ厳しい企業家にとってばかりではなく、小口の個人投資家にとっても大きなプラスになるからだ。
助けを求める企業だからこそ、こちらも小口の投資であっても、気持ちが通じるのではないか、と思える。

企業成長による利潤追求が目的ではではなく、お金を介在させるからこそ持続的な支援と復興の「共同体」がそこに立ち上がり、継続的な関係を構築していける、そういう可能性が感じられるのだ。

義援金や援助も大事だが、それよりも「可能性」を感じるお話だった。
善意の素人出資が増えてくれば、それを狙うブラックファンドも出てくるのではないか、というのは心配だ。
だが、そんなことは予想できないことでもないし、ブラックばかりがはびこらないようにしていく仕組みだって、ネットならけっこう可能なんじゃないか。

市民ファンドの信用度だって、透明性の高く素早い情報が流通可能だろう。
そんなことも含めて、期待したいなあ。
とにかく投資したくなるもん。
お金を出したくなるもん。
賢い人たち、熱意のある人たち、どうかこういう動きを育てていってください。
応援するよ。なにせ福島は30年ぐらい廃炉まで震災後を生きて行かなくちゃならないんだから、継続的に支援するシステムを、国の税金以外で回す可能性を探る必要が絶対あるものね。
「共同体」を構築する可能性、としても期待したいです。

新しい可能性があるってことは、問題点とかもきっとあるのだろうから、この件は継続ウォッチ、ですね。

福島から発信するということ(19)

2011年07月20日 23時43分55秒 | 大震災の中で
想像力の必要性と困難さについて。

昔、サリン事件の被害者に対するインタビュー集を村上春樹が出版したとき、猛烈に怒りを覚えた記憶がある。
村上春樹は、自他共に認める「小説家」だった。今は文化人なのかどうか分からないけれど、とにかくその当時までは私にとって(そしてたぶん村上春樹自身にとっても、世界中の沢山の読者にとっても)村上春樹という名前は、小説に冠されるか、小説家が小説以外のエッセイとかを書くときに冠される名前であった。

小説家の名前であった、ということは、ただの符丁だった、ということではない。
現実を超え出た虚構を作り出す、想像力によることばの使い手、ということだった。

だから、ノンフィクションのルポを書いて、あまつさえその後書きで、「こんなことはあってはならない」、的な常識的判断をお金を払った読者に読ませる、というのは理解の他の出来事だったのだ。
村上春樹の名前の付いた言説に私が求めていたのは、サリン事件を断罪することではなく、想像力によって「世界」を立ち上げ、向こう側の何もないホリゾントに、それでも「世界」の感触を確かなものとしてなぞっていくことばの身振りそれ自体だった。

小説家村上春樹が、社会的事件に「責任」を負うなんて、ちゃんちゃらおかしい、とそのとき確かに思ったのだ。


別に現実に対する発言を期待したりしないし、そんな説教をを君に言われる筋合いはない。
無論小説家が何を喋ろうと一市民としては無論1000%自由なわけだけれど、お金を払って読む気はしないね……そう考えた。

その時の違和感は今でも消えてはいない。

しかし、自分が3/11以降の「人為の裂け目」としてのこの大災害を自分で見聞きし、体験していく中で、「想像力」に対する自分の受け止め方が、すこしずつ変化していくのを感じてもいる。

ちょっと回り道の説明になるけれど、たとえば、私の周りでは政府の対応が後手後手で無策だとか、全ての発表が嘘ばかりで信用できない、という言葉が溢れている。
私にはその「憤り」の対象が「政府」とか「枝野」とか「菅首相」とかになり得る、ということが、正直あまりピンとこない。

実体験絶対主義、的な立場に立とうとしているのでは決してない。
私は、想像力の話がしたいのだ。
つまり、普通の「中央」に政治家にはとうてい「想像力」が追いついていかない事態なんだろうなあ、と正直思う。そして、想像力が追いついていかない人は、こういう「平時」の仕組みの役割を精一杯演じている限り、絶対「現実」を先取りすることなんてできるはずがない、としか思えないのである。

さらに全然とんちんかんな話になっていく、とヒトは思うかも知れないが、だから、石原慎太郎はほとんどボケボケにしか私には思えないのに、また都知事に再選されたのではないかしら。橋下大阪府知事も、なんだかんだいって人気があるのも、「想像力」の問題なのではないか、と感じるのだ。

都知事も府知事も、ある種の限定された政治的な「想像力」、状況定義力=権力に関する「過剰流動性」を踏まえた「動物的なカン」とでもいうべき能力を備えているのではないか、ということなのだ。

闇の悲しみの匂いをかぎ分ける鼻、といってもいい。
それは大して「高級な」能力じゃないかもしれない。
でも、電気を福島から供給されている現実の闇に感応した発言はできる。
大阪府知事も、原発が必要なら大阪で稼働すればいい、と発言できる。
その程度のことさえ言えない政府の人々は、割り付けられた「役割」の中で「仕事」をするしかない、政治的「想像力」が欠如しているのだろう。

そんな想像力は、普通持たないものだ。「平時」にそんなものを持っているのはむしろやばい。
ともすれば都知事や府知事が「ポピュリズム」と揶揄され、菅首相が「脱原発」を口にするたび「大衆迎合」と呼ばれるのも、その政治的「想像力」としての嗅覚は、使い方を間違えるとやばい、とヒトは同時に感じてもいるからなのではないか。

さて、村上春樹に戻る。
小説家は、ある種の不条理をことばで生きるものだ、とカフカ以降相場が決まった。
結末のある物語によっては招来しえない「世界」をそこに立ち上げるものをこそ、私達は「小説」と呼ぶようになったわけだ。
その典型的な「向こう側」の世界を立ち上げる書き手の一人であったはずの村上春樹が、「現実」にコミットする発言をしはじめたのにはびっくりしない方がびっくりだろう。

同僚と今日そのことについて話をしたが、果たして村上春樹の「帰還」が、うまくいっているのかどうか、は分からない。今でも『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』以上の作品(どんな価値判断で上下を決めるのか、もまた読者の匙加減に過ぎないと言えばそうなのだけれど)、向こう側に立つ不条理を生きる作品以上のものが、村上春樹の名前を持つ小説は持ち得ているのかどうか、疑問なのかもしれない。

でも、セシウム137という目に見えず、匂いも手触りもない物質が、究極の「人為」の裂け目から日本中、いや世界中に飛散して、その存在が自分たちでは決定的に「分からない」にもかかわらず、その存在を意識しつづけて生きなければならない福島の住民としては、一方でホール・ボディ・カウンターで内部被曝を測り、外部被曝量を線量計で計測しつづけ、除染を続けるという「科学的」「知的」な行為を粘り強くすると同時に、その目に見えない現実こそが現実なのだ、と私達の「現実」を決定的に組み替えていかなければならない、という「現実」に直面している。

これは、決定的に「想像力」の問題ではないだろうか。

人為の究極としての原子力発電。それが数百年単位とも1000年単位とも言われる大災害で引き裂かれた。
これは、私達の世界の枠組みを1000年単位で組み替える作業を私達に強いている。
それは、無論「科学的アプローチ」も必要だ。だって「究極の人為」のリミットにおいて起きた惨事なのだから。
だが、それは「自然」の営みの一部の顕れでもある。
私達は「人為の究極」が「裂け目」を見せることにおいて、圧倒的な自然の「顔」を、その「人為の裂け目」において初めて感得しえるのではないか。

とすれば、やはりこれは、福島で生きていくということは、「想像力」をもって現場に立ち続けることでなければならない。

周辺部をハイエナのような嗅覚で「定義」するような種類の政治的「想像力」では、決定的に足りないのだ。
では、誰のどんな想像力が求められているのか?

私はようやく、あの『アンダーグランド』で転向した村上春樹的の「現実的」意味を考えるところにたどり着いたのだと感じる。あのやり方はどうかと思うけどね。だって、別に彼がやらなければならない「必然性」は、読者の私には感じられなかった。共有できなかった。
しかし、それは村上春樹の「問題」でもあったかもしれないけれど、所詮「サリン事件」を他人事としてしか考えていなかった、私自身の「想像力」の「問題」でもあったのではないか?
3.11以後、自分が目の当たりにしたことを福島から発信しようとして初めて、「科学的基準」だけではどうすることもできない権力=状況定義力の問題に直面したのではないか。

その既存の状況定義力=権力が機能不全に陥ったとき、私達は改めて、「想像力」について徹底的に思考しかつ実践しなければならないことに気づかされつつあるのではないか?

そんな風に考えている。
『夏の花』や『黒い雨』の、むしろ小さな具体的なことを見つめることから始められた瞳の強靱さが紡ぎ出す「想像力」の必要性。

それはしかし同時に、「想像力」=「世界構築力」≒「状況定義力」=権力について、政治と科学と文学と哲学が一点に収斂するような場所で考えをめぐらしていかねばならない、と問いかけてくるかのようでもある。

「想像力」や「権力」についての「感触」は、あまりにもたやすく「社会的なシステム」の問題にすり替えられていってしまうからだ。日本では、そのすり替えこそが政治と呼ばれているかのようだ。

「初期衝動」というキーワードについて語る資格は私にはまだないけれど、現場に立ち続けるということは、その「初期衝動」を繰り返し確かめなおす「原風景」を手放さない、ということでもあるのだろうと思う。
この項も、また、続けて考えて行かねば。



なでしこJAPANの快挙

2011年07月19日 23時29分54秒 | 社会
日本中がその快挙に沸き立った。
ワールド杯優勝という偉大な達成の価値のすばらしさは、いまさら私がここで書くまでもありません。

それでも書いておきたいのでちょっとだけ。

朝の3時半に目覚め、午前6時過ぎまでTV観戦で応援したのだが、後半アメリカに先制されたときは、正直これまでか、と思った。だって、アメリカはスピードもあるし、シュートは連発するし、体格もいいし、技術もあるし、これを発揮すればアメリカは順当勝ち、という感じは間違いなく漂っていたと思う。正直、前半よく日本が0-0で切り抜けたものだ、と感じていたし。

20回以上対戦して一度も勝ったことがない、とも聞いていたし。

でも、素人のそういう「当たり前の予想」=「不安」を見事に超えたプレーを見せてくれたんですよね。
そのすごさがどこから来るのか、これからゆっくりじっくり考えていきたい。

釜本が活躍してオリンピックで世界3位になったときは、こんなにサッカーで世界を制することが大変だとは知らなかった。あれから数十年。
恵まれない環境の日本女子サッカー代表が、その壁を破って世界一を手にしたことの意味は、果てしなく大きいと思う。

なでしこジャパンはなぜ勝てたのか?
それは「必然」には違いないのだけれど、でもその「必然」は大きな驚きを伴うものであったことも事実。

延長戦で二度目に宮間選手のコーナーから澤選手がゴールを決めた時は、もうこりゃただことではない、というか、日本女子のサッカーは本当に「強い」のだ、とようやくそこで理解しました。
結果が出なければ強さが分からないというのは、素人そのものです。

PKのときのアメリカの選手の緊張ぶりを観て、日本の粘りが常勝の「強者」を追い詰めているのだ、と知り、もう本当にただただびびびびっくりでした。

男子代表だったら、1点取られたら、もうどうすることもできずに負ける感じだったのじゃないかなあ。
今まで見ていて、そう思う。
もちろん、それは世界との力の差、男子世界サッカーの層の厚さみたいなこともあるのだろう。歴史の長さも違うのだと思う。

でもさ、アメリカは圧倒的に強かったわけじゃないですか。それを二度も追いつくって。
追いつくって、先制するより強いよねえ。先制すると有利になって「強気の展開」が可能になることは確か。
でも、サッカーで強いってかんじは、取られたあとに逆に強さが出る感じが本当に強いチームって印象がある。

日本女子代表は、そういうとてつもない「強さ」を世界に示し得たのですね。
日本だとか、女子だとかいう「限定品」じゃなくて、世界的快挙。
いろいろ大変な2011年だけれど、同じ時代に生まれたことに感謝します。