龍の尾亭<survivalではなくlive>版

いわきFCのファンです。
いわきFCの応援とキャンプ、それに読書の日々をメモしています。

國分功一郎・萱野稔人対談「スピノザの哲学」(3)

2011年06月30日 21時19分27秒 | 大震災の中で
朝日カルチャーセンター6/18のメモ(3)を
下記「メディア日記」にアップしました。
http://blog.foxydog.pepper.jp/?eid=980306

なぜ、何時の間にスピノザに惹かれるようになったのだろう。よく覚えていない。
デカルト的な無限遡及の懐疑ロジックっていうのは、割と「ぐるぐる大魔神」的には親しいものだった。
むろんデカルトは「懐疑のための懐疑」を肯定するためにそれを論じたわけではあるまい。自分の中の懐疑的ロジックを折伏(しゃくぶく)しようと格闘したように思う。
そうだとすれば、デカルトにとってこの説得すべき「他者」は、限りなく「懐疑的」ではあるけれど話の通じるリミットとしての他者、に他ならない。
半分自分の領域の、ね。

スピノザの書簡集を読んでいると、丁寧に一つ一つ相手に対応しているけれど、むしろスピノザはガチ「他者」と向き合ってるような気がしてくる。
そう、『エチカ』を買ったはいいけれど、どうにもならず途方に暮れているときに読んだ書簡集がヒットだったのです。
今思い出した。
國分氏の言でいえば
「説得しないスピノザ」
の魅力、だろう。


原因を遡及してその限りでの「正しさ」にたどり着くだけでは決定的に足りないのだ。
その場所に立ったとき、スピノザの言葉がようやく響きはじめる。
人生の後半を面白くしてくれた哲学者に感謝。

よろしかったら覗いてみてください。



福島から発信するということ(10)

2011年06月30日 15時01分12秒 | 大震災の中で
駒場で公共哲学のシンポジウムを聴いた日曜日の夕方た、散会したあと直ぐにキリスト教教会関係の方と、フランスの人に呼び止められた。
フランスの人といっても、フランスの大学の准教授をしている「日本人」の方とそのパートナーの「フランス人」の方だ。

むろん国籍は知りませんが。

そこで繰り出される「質問」が新鮮だったので、ここにメモしておく。

まず
「福島の人はなぜ逃げないのか?」
である。

福島の人を代表するつもりはないし、そんなことはしても意味はない。
意味もなく、頼まれもしないのに代表してしまうのは詩人だけでいいよね。

だから、つい口ごもる。

「放射能が危険だといわれても困るし、安全だ、と言われても腹が立つ。そ『間』にいて身動きとれない面があるのじゃないか」

なんて答えにならない答えを返すと

次の質問。

「じゃあ、あなたはどうして逃げないの?」

「いや、息子は一時期逃がしたんですけどね」

「今は?」

「今は家にいます」

「なぜ?」

「いや、線量は比較的低い場所ですから」

「なぜなかなあ。」

うむむ。けっこう困る。

「サバルタン」=奴隷的な心性に陥っているということですかねえ」

「ふむふむ、するとそれはそれは権力に抑圧されているということ?」
「うーん、権力といってもですね、誰かが強圧的に移住を阻止しているというわけではなくてね」

我ながらもうなんとも歯切れが悪い。
実際私は、なぜ福島にとどまっているのだろうか。

「職場が福島にありますから」
「アナタは教師の資格を持っているわけだから、場所を移動しても仕事にはつけるわよね?」
「ええ、まあ(そんなに簡単ではないと思うけどねえ。収入も減るし)。でも、80近い年寄りを二人抱えていますし」
「そうか」

「まあ、若いお子さんをお持ちの方はとにかく避難した方がいいと思うんですよ」

我ながら実にグダグダの、情けないやりとりだ。

「年寄りがいるから」
「若い人は逃げればいいのに」
およそ「本質的」な議論による理由の提示とはほど遠い、他人事によるなし崩しの福島「居留」ではないか?

自分が福島県内にとどまっているのは、この問答の文脈だけでいえば、論理性を欠いたぐだぐだ野郎そのものだなあ、と今こうやって再現していても思う。

逆に言えばおそらく、ここで「なぜ逃げないのか」と外部から提示された質問に答える形では、私の福島「居留」の理由は自分の中から出てこないのだ、とも言えるかもしれない。

駒場のキャンパスから反対側の駅前マックまでの道すがら、私は会話しつつずっとそのことを考えていた。



福島から発信するということ(9)

2011年06月30日 14時02分24秒 | 大震災の中で

開沼博『フクシマ」論(青土社)を読もう。
今朝の朝日新聞に高橋源一郎の
論壇時評が、掲載されていた。
労働者が横の連帯を失って個別化され、改めて垂直統合型の組織に編制されなおされていく戦後の流れが、原発事故によって改めて光を当てられている。
こういう時に頼りになるのは小説家だ。
平時には「普通の人」ちとっては変なモノを書く人、でしかない高橋源一郎さんだけれど。

そこで取り上げられていたのがこの本。

開沼博『フクシマ」論(青土社)

福島出身で、東大社会学の博士課程の人、と腰巻にある。
福島からの発信として、必読の本だ。
ぜひとも読んでみてほしい。

ポストコロニアルスタディーズの視点から、「地域」の抱える課題の困難さについて、フクシマ原発を対象として考察する、というもの。

地域のなかでは反対と賛成は容易に反転してしまう、ということ。
地域のため、という立場は、「麻薬的に」中央からの補助金ドーピングで身動きとれなくなる、ということ。
その結果、私たちは地方と中央という二元論では見えないところにたどりついてしまった、ということ。
見えないところからは、声を発することもできなくなる、ということ。

いわば植民地と宗主国の関係のように、地域は自前の言葉を持たない二流の市民であることて、都会=「宗主国」にあこがれ続けるようになる、ということ、などなど。

スピヴァクのいう「サバルタン」なありようが、丁寧に分析されている。
こういう発信が福島からなされ、おそらく日本の、日本人の地域問題の基盤となるテキストの一つになっていくことを、私たちは、現実の不幸と同時に、あえて祝福すべきだ、と考える。

社会学はもはや「信憑」の問題ではなく「現実」になっちまったんだな、と、上野千鶴子の腰巻惹句を読みながらしばし、感慨にふけってしまった。

文章は、そんなにグイグイ文体で読ませるようなタイプではありません。むしろ、じっくりつきあうタイプの文章です。

でもやっぱり今の時点での必読書じゃないかな。

圧倒的にお勧めです。



対談「スピノザの哲学」(2)

2011年06月29日 11時38分00秒 | 大震災の中で
國分功一郎 萱野稔人対談「スピノザの哲学」朝日カルチャーセンター6/18
のメモ(2)を、

メディア日記にアップしました。
http://blog.foxydog.pepper.jp/?eid=980305

存在の可能性条件としての神を、一歩一歩高みに上っていくことで「認識」していく「説得しないスピノザ」。
どうしても、デカルト的ではなく、スピノザ的な歩みに近いところに立とうとしてしまいます。

フーコー的、といってもいいが。ドゥルーズは、昔はむしろ分かりやすいと思って丸めていたのに、最近何人かのドゥルーズ研究者の話を聴くと、どうもこれも一筋縄では行かないらしい。
改めてドゥルーズのスピノザを読み始めた。対談後、『スピノザの哲学』は圧倒的に読みやすくなったが、「表現の問題」の方は、まだなかなか進まない。

分かりにくけりゃいいってもんじゃないんですが、「流通する言葉」、にはなり得ないモノやこぼれ落ちるコトに瞳を凝らそうとすると、どうしても分かりにくくはなってしまう。

自分の中の「わかりやすさ」にも、注意深くありたい。

一撃必殺の真理だけじゃないぜってことでもあるかな。


福島から発信するということ(8)

2011年06月28日 20時38分07秒 | 大震災の中で
「ポスト3.11の公共哲学」の話(続)

少し付け加えておきたいことがある。
それぞれのパネラーは専門の分野のお話としては分かりやすくポイントを示してくれていた。

しかし、シンポジウムを聞きながら、この東大駒場で語られた言葉たちに私が「福島」的なるものを想定して声をかけるとすれば、

「この原発問題は実は国内における「植民地主義」の問題なのではないか」

になるな、とシンポジウムを聞きながらしだいに考えが収斂していったことを、正直に書いておくべきだろうと思う。

ことばにしたとたん、「サバルタンなんてかたかな使うな」と間髪を入れずニコ生からツッコミが入ったのには思わず笑ってしまったが。

最初は、NIMBY問題として語れるのかな、と思っていた。
ところが、議論は原発推進派の登壇がないまま、概ね「反原発」のムーブメントの方に流れていこうとする。

たしかに、ここで展開されている「知」の言説は、綺麗に整理することは卓越しているし、「不正義」であることを回避することには極めて敏感であり、そういう「良心」の担い手が知的に優れていることは私達にとってとても頼りになることではある。

でも、その二項対立は、沖縄の問題も解決できはしなかった。

このままではたぶん、福島の問題も「知的」に処理されてしまうのかな、と思うと、ちょっと「語ってみたくなった」わけである。

つまりは、福島が東京の「植民地」として存在する福島の原発地域に住む者たちは、「サバルタン」(サーバント的なるもの、ですね。とりあえずは従属的な立場にあって、みずからの言葉を持ち得ない場所に立つものを指し示すことばなんですけれど、概念としては単純に弱者だから声を上げられない、抑圧を解けば自由に語れる不幸な者、ということではありません。詳しくはスピヴァクを直接当たってくださいまし)と呼ばれる者と重ねて考えられるのではないか、という疑問が起こってきた、ということです。

語るべき言葉を幾重にも奪われている者は、「植民地」を支配する東京から発せられる言葉において(たとえそれが「正義」の言葉であっても「不正義」の言葉であっても)、逆にその立つべき場所を奪われてしまうのではないか、という危惧が高まってくるのを止められなかったのだ。

ニコ生で流れていたように「東大ヲワタ」とは思わない(当然です)。
しかし、その言葉たちが「正義」として語られている限り、届かない事象平面があって、それが「福島の今」なんじゃないかな、ということなのです。

私の主題の一つが逆に明らかになってきた瞬間でした。
頭の良い人たちの話を聞くと、その輪郭がクリアな分だけ、こちらの薄ぼんやりとした思考もまた輪郭を持って立ち上がってくるような気がします。
バカとばかり話しているとバカが感染ますからね(苦笑)。
バカを他人に感染(うつ)して満足するようなバカにだけはなりたくないです。
賢い頭脳を挑発するバカにはなりたいけれど。



福島から発信するということ(7)

2011年06月27日 15時18分44秒 | 大震災の中で
先日ここで和合亮一氏の詩について書き、「彼の詩」の言葉を享受者がどう利用法するべきかについての批評をした。
週末届いた「週刊読書人」の巻改めて頭インタビューで、和合さん自身が語っていたのを読み、改めて深く納得した。

たとえば、和合さん自身が震災に対して
「もう『絶対』ということはありえないんだな」
と語っているところ一つとっても、私とは徹底してすれちがっているのだな、と理解できる。

私は福島の民として、震災に「聖なる痕跡」を与えられた、と考えている。
明らかに「絶対」的なるモノを肌で感じ続けているのだから。

これからも、彼とはすれちがい続けながら、違う福島から、違う言葉を、「共に」紡ぎ続けて行こうと思う。

それにしても、みずから自覚的に大震災の地震それ自体と「短絡」し、言葉において直に「世界」と接する詩人の姿勢には、凄みがある、と改めて感じた。

Twitterのリアルタイムなやりとりの臨場感も、新たな表現の予感を感じさせる。

本、買って来ようっと(笑)


福島から発信するということ(6)

2011年06月26日 20時44分13秒 | 大震災の中で
「ポスト3.11の公共哲学」
http://www.pp-s.org/
に参加してきた。
内容は、現況考えるべき課題・問題点のおさらいとして最適だったと思う。

公共哲学の山脇氏、環境論から鬼頭秀一氏、正義論の小林氏、科学技術社会論の平川氏に、宗教学の島薗氏の5人のお話。

でも1人40分の報告は、ちと長かったかな(^_^;)

会場とのやりとりとかが、もう少しあると、もっと盛り上がったかもしれません。
また、パネラー同士のつっこんだ議論もなく、そこも残念。

ただし、ステージ横にはニコ生の放送画面が表示されており、ダダ漏れ的に流れ続ける書きたい放題のコメントと、先生方の真面目な発表のギャップは、なかなかに楽しかったです。

無論、遊んでるコメントが圧倒的に多いものの、思わずそうだよなあ、という突っ込みも時にはあり、このニコ生の画面があることで、逆にシンポジウムが救われていたかも、と、終了する頃には思いました。

時間のないところでしたがら、せっかく福島から来たのだからと、一つ質問させてもらっちゃいました。

福島にいる人間は、放射能汚染を目の当たりにしているのに言葉を持たず状況に耐えている人も多い。
安全だと言われてもなあ、とも思いつつ、すぐ逃げなくちゃ、と言われても、動きにくい。

公共哲学の担い手ということを考えたとき、これをどうしていったらいいのか、みたいな質問でした。

平川氏からは原発賛成とか反対とか単純に二者択一的な言葉を求めるのではなく熟議をやっていくべき(だって、原子炉を廃炉にするにも何十年もかかるわけだした、それと長く付き合って行かなくちゃならないのだから、ポスト原発とは、単純な賛成反対じゃない)との言葉を、山脇氏からは、公共性を担うべき言説の発話者を育てる教育の重要性、という言葉をもらって帰途に着きました。

単なる200万分の一が、あたかも福島県民を代表するような話になったらまずいとは思いつつ、しかし、何かは外部に発信していきたいとも思いますし。

難しいですね。

もはや福島は、世界中に流通する「原発事故被害」の代表的な「記号」になっているし、たとえその流通する「記号」性を措くとしても、研究され言及され観察される「対象」になってしまっていることは間違いない。

その中でどんな言葉を発しつづけていくのか。
また日常の中で考えていかねば、です。

シンポジウムは、本にもなるそうですし、4時間5人の発表内容はまとめきれないので今回はパスします。

そういえば、鬼頭先生の評論、授業で扱ったことがありましたね(^^)

今日はちと疲れました。
お休みなさい。








震災以後を生きる(13)

2011年06月24日 01時53分24秒 | 大震災の中で
USTで千葉雅也氏の「小人群居的モナドロジー」における啓蒙の可能性の講義を観て思ったことなど。

(12)で書いたように、全てを自覚的に受け止め、日々改めてマネージメントしていかなければならないのは、本当に疲れます。

でも、正直に言ってしまうと何が一番疲れるかと言えば、どこかで震災前の「普通」を墨守しようとしている身振りの「すっとこどっこいさ」が一番しんどい。

まあしょうがないんだけどね、お役所仕事的世界観はいつになっても「平時」の法律で動くしかない。
でも、今日のTV朝日の夜のニュースショーでやっていた話はさらにやれやれだった。
東電が検討している汚染水漏洩阻止の工事に1000億以上かかるから、株主総会対策のために、その計画には緊急性はない、と対マスコミ想定問答集で答えることになっていたのだという。
そういう話を見聞きすると、あらあら、事件の第一当事者も、震災以前の「文脈」を墨守しているんだなあ、と「すっとこどっこい」仲間がここにもいることに気づかされる。

そしてうんざりする。

「平時」の通りに物事を進めるわけにはいかない。なにせ「非常時」なんだからね(苦笑)。
他方、「非常時なんだから」と妙にテンションの上がった自分にも嫌気がさす。

雑誌を見ると、
たとえば『現代思想』はなんで原発なんぞを稼働させてるんだ!的論調一色。
他方、立ち読みした「SAPIO!」?とかいう雑誌は、なんで原発止めろなんて言うんだ!的論調満載。

しかし、汚染水オーバーフローに至っていない現状でさえ、福島は半減期の長いセシウムと長いお付き合いをしていかねばならない。
これ以上の危険は可能な限り回避してほしいと思う。
これは電力消費量の問題でもなく、ライフスタイルのレベルの問題でもなく、危機管理の政治論でもない。
この世に生きていくという「存在論」のレベルの話、つまりは哲学の範疇なんじゃないかな。
少なくても私はそう考えて、自分がいつかその「哲学」にたどり着くために、取り散らかした言説ではあっても、自戒=自壊を込めてこのブログの「棚」に言葉をさらしつづけている。

さてでも、単純に「稼働/停止」のいずれかを選択すればいいってわけにもいかなそう。

どっちかっていえば無論福島の民としては「脱原発」に決まってるんですけどね。
そう単純にどちらかをカードゲームのように切り札として決定するわけにはいかない。

小泉純一郎の郵政民営化解散のように、あれってなんだったんだ?的思考停止を招来する危険だってあるわけだしねぇ。

さて、そうであってみれば、「平穏な日常」を懐かしみ、そこに回帰していこうとするのはかえってハイリスクなのではないか、と「哲学的本能」というか、はぐれ者的な嗅覚は、危険信号を発し始めている。

話はずれるが、今夜USTで千葉雅也氏が博士論文のドゥルーズ論のキモについて「講義」しているのをたまたま視聴することができた。

カントの「啓蒙について」について論じたフーコーの指摘を、ここ2週間ぐらい舌の中で転がしている。

そんな自分にとっては、よく分からないながら、千葉さんのいう「小人群居してモナドロジー」(徹底的にすっとこどっこいな他者がひしめきあう身も蓋もない分離的な状態)を前提として、なおもそこに「啓蒙」はア・ポステオリに構築できるのか、って話が、心に響く。

ドゥルーズ論のキモとしてどうなのか、なんて素人の私に分かるわけはないが、極めて興味深い。
今、ここで「社会」についてだか「存在」についてだかぐだぐだ考えて行くときに、安易に「共同体」を前提とせずに、啓蒙とか教育とか果たして考えられるのか?

というポイントは、ぎりぎりなぜ震災後の不安定な生活を綱渡りしてまで生きているのか、という「今」ここの切実な主題と強く響いている。

國分功一郎氏の提示する「スピノザ」の「説得の弱さ」にも通じる課題だと思う。

自分もまたいくつかの「すっとこどっこい」なキャラを内に抱える小人としては、現代思想であってもSAPIOであっても、パターナリズム=「父」の提示する象徴的な秩序の抑圧と向き合いつつ、それでも「裂け目」を抱えて生きる自分を日々実感している。

「裂け目」という表現は、既にして同一性を前提としている議論の補助線になってしまっているだろうか?

そうも思いつつ、しかし「人為の裂け目」ということばの感じは、「内部被曝の危険性を感じつつ生きる」今、自分の信じていた同一性が引き裂かれて、気がついたらそこに放射性物質が既にセットされてしまっている、という現状によくフィットしている、とも思うのです。

そういう意味ではやはり「聖痕」に近いものが私達の中に折りたたまれている。
それは、異和を生きるということだろう。

違和感なら「父」の名を借りて排除・抑圧すれば解消可能かも知れない。

でももはや私は、私自身との間においてさえ、「異」なるものと共に生きざるを得ないのです。

パターナリズムを決定的に受け付けないのは、そこ、かな。

説得し、秩序に回収しようとする抑圧によってではなく、「今」を、そして「現実」を照らしていくこと。

もちろん、事件の現場に立ち続けるのは、「そのつもりになってしまう」危険をはらむ、という意味で、けっこう難しいことなのかもしれないけれど、ね。




震災以後を生きる(12)

2011年06月23日 02時00分36秒 | 大震災の中で
一ヶ月遅れで授業が開始し、仕事上の支障についてさまざまな手当をしながら低空飛行を続けている。

しかし、生活の基盤を失った状態で、全てを「意識的に運営」し続けていくことは、不可能に近いのだ、と最近身に沁みて分かってきた。

生活環境の基盤というか地盤というか、それが「ぐにゃぐにゃ」のままでは、少ずつ余裕が目減りしていき、三ヶ月を過ぎたあたりから、心も体もぎくしゃくし始めている。このままではフリーズしてしまいそうだ。

とりたてて何が問題、というわけではないのだ。
ただ、環境が少し変わっただけ、といえばそれだけのことに過ぎない、とも言える。

だが、どうもそういって済ませるわけにはいかないらしい。
自分だけが揺らいでいるなら、環境に合わせればそれでとりあえずはやりすごせる。
自分は外部の定点にいて観測できるなら、環境が揺らいでいてもそれは計測・判断が可能だ。

そうではなく、自分も他者も環境も「仮の宿り」の状態が続くと、その現実のリアリティを保つために、常になんらかの「努力」なり「対応」なりをし続けなければならない。

結局、
「人は大地を離れては生きられないのよ」(『天空の城ラピュタ』)
ということなのだろう。

仮設住宅の入居を渋ったり、避難所より環境が良くなっているはずの仮設でも満足できない被災者の気持ちが、ほんの少しだけ分かってきたような気がしてきた。

東電第一原子力発電所の汚染水処理も綱渡りが続いているという。

「処理システムが稼働しないと29日に汚染水があふれる可能性がある」
と6/22(昨日)夜の日経新聞サイトに記事が載っていた。

私達(これは福島だけの問題ではなく、本当に日本全体の問題)は、ただ祈るようにして、処理の行方を見守るしかない。

忘却装置に身も心も委ねて日常に還る、という道は完全に絶たれているといっていいだろう。

そうでなくても未だに余震が続いているというのに。

さまざまな層において、存在の基盤が根底から揺れ続けているのだ。
地面も、生活も、社会も、原発事故も、そして政治も。

ほしいのは、無意識につつがなく進行していく穏やかな時の流れと、何も考えずに包み込んでくれる空間の「堅牢さ」なのだけれど。

これほどに当たり前のことが「ないものねだり」になってしまう現実。

被災者が抱える「沈黙」や、折に触れてさまざまに発する「No」は、そういう「過去」と「今」と「未来」が、多重に寸断されてしまい、あられもなく剥き身の「生」が「生活それ自体」の不安定さに擦られて摩耗していく不安と無力感にさいなまれた悲鳴のようなものなのかもしれない。

被災者というには恵まれた環境で暮らしているはずの自分たちではあっても、ちょっと油断すると全てが齟齬を来してしまうのだから。

さて、そんな非日常的日常を、どこまで続けていけばいいのだろうか。

東電第一原子力発電所の事故処理に話を戻せば、汚染水が、果たして全て敷地内にコントロール可能な状態で存在しているのかどうか、さえ怪しいものだ、と、多くの県民(そして国民(そして世界中の人々))は感じているのではないか。

地下にどれだけ染み出しているのか?
そしてそれは既に海に流れ出てはいないのか?
これから梅雨時期と汚染水処理の不具合が重なれば、大量の「超高濃度汚染水」がだだ漏れして海に流れていく危険はないのか?

水産庁は福島県沖のカツオ漁にokを出した、と昨日の報道にあった。
本当かな?
本当に大丈夫なのかな?

私達は、大震災の全てが上手く処理され、復旧・復興のメドが立ち、事故も収束して安定した日常が戻ることを強く願っている。

しかし、現実は実に様々なレベルで「不安定」な「今日」を「生かされている」と言わねばならない。

具合が悪くもなるよねえ……。




福島から発信するということ(5)

2011年06月21日 22時27分23秒 | 大震災の中で

「誰が」「何を」「どのように」語るのか、ということ。
昨日、地方紙の民友新聞に、山下俊一教授のインタビューが掲載されていた。
じっくり彼の発言を読んだ上で、改めて指摘しておきたいことがあったので、少し書く。

引用が長くなるが正確を期すために引いておく。

「国際的な政策論で被曝は100ミリシーベルトを超えてはならない-とされているが、これ以下で住民の安全をいかに確保するかというとき、20ミリシーベルトは厳しいレベル。自己が収束しない段階では理にかなっている。『平時は1ミリシーベルトだから』と言われるが、現実的に(放射性物質が降下し)それは不可能で、文科省は段階的にしか下げられないし、今後も根拠になる」

「福島の人は原発事故と放射能汚染で、一人では背負いきれない大きな重荷を負った。我慢の時に誰かが重荷を背負う取り組みが必要。将来がんになる恐怖に対し、リスクをどう判断するか、自分自身の覚悟が問われている。去るのも、とどまるのも、覚悟が必要。自分の子だけがかわいいという利己的では、共に重荷は背負えない。チェルノブイリでは政府が情報公開せず、政府にだまされた。国が崩壊して突然情報が溢れ、住民は不安の中で逃げろと言われた。われわれは福島の応援団で、『チェルノブイリにするな』『人心を荒廃させない』と考えている。福島で頑張ろうという人がボランティアで、日本全体で支援するということを、県民も理解してもらわないといけない。過保護を否定はしないが、子どもには苦労をさせるべきだ。ストレスの中できちんと自己判断する苦労。○×の答えがないグレーゾーンの中でリスクと便益を判断する。海図のない海に出るのが覚悟の意味です。」
福島民友新聞 総合7版(2011年6月20日(月曜日) 第3面 県放射線健康リスク管理アドバイザー山下俊一氏に聞く

山下俊一教授は、100ミリシーベルト以下は大丈夫、という趣旨のことを繰り返し公言している。
専門家の間でも一致していない100ミリシーベルト以下の低線量・長期被曝の影響自体については、ここでは論じないが、山下俊一教授の「知見」や「態度」を、政治がどう用いるか、が問題のカギだ、とは以前にこのブログで指摘した。

人類の「人為」のリミットとして「安定的電力」を首都圏に提供し続けてきた原子力発電所がこの大規模な放射能汚染を引き起こした以上、私達の課題は、この究極の「人為」が破けたその「裂け目」によってもたらされた放射能汚染という「現象」を、どう受け止め、どう対処していくか、だ。

このとき、あくまで私達が「主語」=サブジェクトにならなければ、全く意味がない。

放射能汚染という「可能性条件」を提示されて、私達福島県民が、これにどう向き合っていくか。
それは、私達自身が私達自身の声で、それを発話していかねばならない。

山下俊一教授の言説は「支援」といいながら、徹頭徹尾「パターナリズム」(注)に裏打ちされた「恫喝」的説明=説得に終始している。問題の根幹は、100ミリなのか1ミリなのか、ではなく、私はその言説権力の様態にある、と見る。

「一人では背負いきれない重荷を負った」
「誰かが重荷を背負う取り組み」
「覚悟が必要」

どれもこれも、言説としては大きなお世話だ。科学的知見自体も基準の甘いアドバイザーだな、という印象を持つが、その基準自体よりも問題なのは、このパターナリズムを全く問題だと考えていない「愚かさ」だろう。確信犯的におろかさを演じているつもりであるしても、あるいは本気で「善意」を信じているにしても、そのあまりの「すっとこどっこい」さに目がくらむ思いがする。

私は、「この重荷」は一人一人が背負う以外にない、と考える。
私は、「重荷」は誰かに交換したり分け持ってもらうことができない種類のもののことだ、と考える。
私は、「覚悟」というものは、どこからかよそ者が来てお節介に「教えてもらう」種類のことではない、と考える。

百歩譲って、山下俊一教授の言説に「依存」した県民もいるのかもしれない。
しかしそれは、山下俊一教授のことばに依存するばかりで、とうてい彼自身の意図する「覚悟」には到達しえないだろう。
いや、もしかすると、徹頭徹尾パターナリズムを貫徹することがこの人の欲望なのだろうか。

強者で知識を持ち、県民を指導する立場にある支援者=山下俊一
弱者で重荷を背負えず、情報の氾濫に混乱し、指導される立場にある者=県民全部

そういう図式がこの教授の言説には満ちあふれている。問題は、そこなのだ。

ついでだから言っておくと、1ミリシーベルト/年以下の基準でなければ即刻福島を退避すべきだ、という「啓蒙」を続ける良心的な医療従事者や研究者もまた、立場は逆だが、同じパターナリズムを感じる。

先日Twitterでも流したが、まるで福島県民は放射能飛散の危険性を理解せず、大本営発表を鵜呑みにするように政府の発表や山下俊一教授の言説に依存して無感覚になり、安心しているかのような理解を、言説として生産してしまう人もいて、挨拶に困った。

いくらなんでも、んなわきゃねえだろうに。

私達は、私達自身がサブジェクトとなって、与えられた可能性条件の中で、主体をあらためて選択しなおすことが必要だ。

それでなくても、福島県は「フクシマ」というオブジェクトとして語られる「対象」と化している。

まして、外部からは弱者である「フクシマ」を「支援」しようと、処理されるべき「対象」として、県民がどう「主体的に振る舞うべきか」を「指南」してしまうパターナリズムの言説がさらに溢れかえっている。

いらいらしたついでに少し大げさに言ってしまえば、外部からの言説の8割から9割は、結果として「強者」のサブジェクトたらんとする欲望を生きてしまっている。たとえ善意から出た言葉であっても、だ。

それらのパターナリズム的言説は、結果として、私達福島の市民を対象=オブジェクトとして扱うことによって物象化してしまい、思いどおりの<「小さな」「裂け目の入った」「弱く」「愚かな」「支援を必要とする」「主体」>に仕立て上げようとする欲望を生きている、といっていいだろう。

しかし、私達は既に、十分に引き裂かれているのだ。

それは、大震災以前は「幸せ」がそこにあったかのような叙情的幻想とは異なる認識である。

大震災と原発事故の放射能飛散で初めて気がついたと思っている人も多いのかもしれないが、実際はそうではないだろう。

福島県民の少なからぬ部分は、原子炉事故を、全く意外性のないものとして受け止めていたと思うよ。

少なくても私は大震災と原発事故の放射能汚染で、
「初めて/あらかじめ気づいていたことに/後から気づかされた」

その限りで、私達は無垢ではない。
背中に受けた「人為の裂け目」の傷を、放射能汚染と共にそして雇用の喪失とともに、「人間」として生き続けなければならないだろう。

だからこそ、パターナリズム(注)の言説は、ごちそうさま、なのである。

私達は海の魚も、田の米も、畑の野菜も、果樹園の果物も、綺麗な風景も奪われた「弱者」だ。
そういう意味では、21世紀の代表選手的な被災者には違いない。
だが、同時にそんなことが十分起こりえることにも気づかなかった「日本人」の代表選手としての「愚か者」=「普通の人間」でもあるのだ。

そして、それでもなお、福島があの貧乏だけれども輝きを持った自然を誇れる場所であったことを、なお大切にしつつどうにかしてそれを取り戻したいと「祈る者」でもあるのだ。

さまざまなレベルで「聖痕」としての「裂け目」を私達は放射能汚染によって刻印されているのだとつくづく思う。

それは究極の「人為」によるものなのに、「自然」の半減期を待つ以外に「人為」ではどうすることもできない。

注意深く避けることしかできないのだ。

これは文字通り、スピノザの哲学の底流に流れている「生きる可能性条件」としての「神」=「自然」そのものではないか。

社会的可能性条件と、存在論的可能性条件を混同する科学者の言説の典型として、山下俊一のこのインタビューは、記憶すべきものであろう。

「福島で頑張ろうとする人がボランティアで」

という表現は、「公共性」ということを取り違えている。
少なくても私が福島で生きているのは断じて「ボランティア」(自主的行為or利他的行為or公共的)ではない。
どんな定義でこの言葉を使っているのかも明確ではないが。

私が福島で生きているのは、経済的な「計算」だけでもない。政治家は避難規模のコストで限界線量の設定をするんだろうけれど。

惰性?習慣?人間関係?

無論
「人間いたるところ青山あり」
なわけだし、どこにいったって食って行ければそれでいい、とも言える。
覚悟があればそれも可能だろう。
でも、覚悟はすぐれて個人的な問題だ。

今起こっていることは、個人的な選択の問題だけではない。

そして、今起こっていることは、社会的な共同体や経済活動や政治的限界や科学的知見の問題だけでもないのだ。

私達は、どうしても自らの身体と、生きてきた時間と空間、思考の全て、を用いて、自分で「世界」のありようにたどり着かねばならないのです。

それは、自分自身の「存在論」を獲得しなければならない、ということでもある。
「人為=≠自然」
の出来事によって、私たちは「裂け目」を背負った。

「社会」と「自然=世界」との間の「裂け目」を背負った「個人」は、存在を根底から問い直さずにはいられなくなる。

少なくても、山下俊一レベルの「覚悟」では不十分だと思う県民が多い、ということだろう。
(個人と社会という軸でしか考えられていないんだもの)

確かに政治的な現実、経済的な事情、科学的根拠、といった事柄は、「社会的」な可能性の条件、ではあるのだろう。
1ミリシーベルト/年以下の基準だと100万人以上の避難が必要で、そのコストはどれだけになるのか、とかね。

でも、私達が直面しているのは必ずしも「社会的」な可能性条件の問題だけではないのではないか。

人間が生きるということの可能性条件を問い直すこともまた、福島の民には突きつけられているのだと思う。

------------------------------------------------------------------------
(注)パターナリズム

パターナリズム【paternalism】 父親的干渉。温情主義。父権主義。(大辞泉)

pa・ter・nal・ism-ランダムハウス英和大辞典
n. (人間関係・仕事・政治などでの)父子[家族]主義,温情主義,父親的干渉[統制] The employees objected to the paternalism of the old pres ...

パターナリズム[カタカナ語]-情報・知識imidas
[paternalism]父親的温情主義.父親的干渉.親が子に温情をかける行為. ...

パターナリズム[生命倫理]-現代用語の基礎知識
医療父権主義 。慈悲深い父親としての医師が、無知な子どもとみなされた患者に代わって治療方針を決定する



福島から発信するということ(4)

2011年06月19日 21時59分53秒 | 大震災の中で
明日から、被災者・罹災者は(被災・罹災の証明書を提示すると)東北地方の高速道路が無料になる。

私は個人的にクルマを走らせて遠出するのが趣味なので、高速道路原則無料化賛成派だ。
そしてさらに、今回は恩恵を受ける被災者の立場にある。

それでいてこんなことを言うのは躊躇われるのだが、正直「なんだかなあ」と思う。

むしろ東北地方以外の人たちに、観光とか救援とか物流とかでたくさん訪れてもらって、さまざまな支援活動なり経済活動なりを東北地方にもたらしてもらうのが大切なんじゃないか、と友人が呟いていた。その通りだと思う。

私の場合は、家の瓦がビニールシートで応急措置をしているのと家の土台に多少のヒビが入っているのとで、いずれそれを100万円単位のお金をかけて補修しなければならないけれど、それ以外は飛散放射能の危険(だけ)だ。

個人としては、停電や断水、道路の断裂は昔のことになりつつある。

まあ、近くには未だに水道が出ない場所もあるし、先日危険家屋の解体が私の家ちかくの崖上で始まったりと、それなりに「被災」の現実は見聞している。
海岸線では壊滅的な状況が今もそのまま残っている。
数日前もと同僚が、200戸以上あった海辺の集落で、残ったのは十数戸だけだったし、今もインフラは回復していないとも聞いた。
音信不通だった海沿いの別の友人は、埼玉に避難していたが、県内に最近戻ってきたとも聞いた。

具体的にはそれなりに被災の現実はある。

でも、それと被災民の高速無料化とが、残念ながら今ひとつきちんと結びつかないのだ。

せめて、この夏は宮城とか岩手とか福島県内の、観光地の温泉とかに行こうと思う。

P.S.
被災証明を発行するかどうか、その基準をどうするか、は各自治体に委ねられているのだという。
ちなみにいわき市は市民全員が被災。
それはことによると、市長がいちはやく?「安全宣言」をし、始業式を敢えて4月6日全小中学校実施し、いわき市に市民を踏みとどまらせたお詫びか……。

これもまさかねえ。

でも、まったくもって「なんだかなあ」だ。

福島市は罹災証明は出すが、全員被災者として証明を発行することはしないという(6/15現在)。
飛散放射能線量は、場所によるのだろうけれど、県の発表でいわき市の5倍以上。

その「匙加減」をどう考えればいいのやら。



福島から発信するということ(3)

2011年06月19日 21時28分37秒 | 大震災の中で
三春町在住の小説家・住職である玄侑宗久氏のサイト
http://yaplog.jp/genyu-sokyu/
の6月18日更新記事に書かれていた仮設住宅の問題が気になる。
仮設住宅が出来れば、避難所から住宅へ避難者は移動しなければならなくなっていくだろう。
しかし、仕事も土地も失った人々の中には、自活するのに困難な人も少なくない。

仕事を街中に見つけられた若い層は、借り上げ住宅を都市部に見つけて移動してもいける。
しかし、仕事も見つからず、経済的に余裕もない人々は、様々な経費がかかり、孤独な生活を強いられる仮設住宅に住みたいとは思わない場合もあるに違いない。

玄侑氏は、そんなことは阪神淡路大震災の後から分かっていたはずではなかったか、と指摘する。

仮設住宅は、解体作業まで含めると一戸600万かかるのだとか。
もっと支援のお金を有効に使うことはできなかったのか、とも。

当たり前だが生活を可能にする条件は、単なる「箱」としての「家」ではない、ということだ。
被災はm100日後も日々さまざまなところで続いている。





福島から発信するということ(2)

2011年06月19日 21時05分59秒 | 大震災の中で
ここのところ、週末避難が続いている。今週は週末哲学に逃亡してきた(笑)。
正直、被災し、大学に間借りしつつ高校の授業をする生活は、いろいろと「疲労」が蓄積するのです。
年っていうこともあるのかもしれません。というわけで、

対談「スピノザの哲学」國分功一郎・萱野稔人 於:朝日カルチャーセンター6/18
内容は下記にまとめるので参照してみてください。

メディア日記

http://blog.foxydog.pepper.jp/?PHPSESSID=ee1a9480836a9663fe44874d25e27f18

ここに参加することでずっと考えていたことが、少し整理できたような気がする。

デカルトは、与えられた結果から遡及して作用原因を追求し、世界原因=神に到達しようとする。
17C以降の「理性」は、このデカルトの考え方の方向で強化され、19C以降「常識」となってきた。

しかし、スピノザはそうは考えない。人間にはあらかじめ根本原因は与えられていない。だから、神=世界原因から初めて総合的・演繹的に世界を説明するためには、まず「知性を改善」して、「神の観念」に至ることが必要だ、と考える。

前者が分析的に他動因・作用原因を考えて、結果から遡及して原因を考えていこうとするのに対して、
後者は、総合的に、私達の存在可能性を支える条件を考え、その条件を踏まえて総合的に世界を認識していく。

私は、今、大地震・大津波・原発事故という大災害に直面して考えて行くべき方向性は、前者ではなく後者の哲学に依拠することだと強く感じています。

デカルトからスピノザへ。
(それを経済学者安富歩はニュートンからホイヘンスへ、という形で論じている。『経済学の船出-創発の海へ-』NTT出版)

たとえば海江田大臣(菅首相も今夕同意したみたいですが)が、休止中の原発に対して「安全確認」ができたから、再稼働を進めたい、と発言した。
この「安全確認」はどういうことか?

大地震・大津波

東電福島第一原子力発電所の事故が起こった。

その結果から原因を遡及して考える

チェックと対応

できることはやった(できないことはやっていない……だと思う……)

+経済的な安定的電力供給の必要性

再稼働要請

みたいな流れなんじゃないか。

でもね。
大津波も大地震も放射能も、私達がこの世界-地球-日本に住み続ける限り、避けて通れない
「生存可能性の条件」
だ。
制御できない放射性物質の扱い。防御できない大津波の力。予測不可能な地震の襲来。
これらは、たまたま偶有的に起こった原発事故の原因を遡及して「対応」していけばクリアできる条件ではもともとない。

これは、何かを研究したり分析したり、データを蓄積しなくても、哲学的に認識すべきこと、なのではないか。

私がこのブログでぐずぐず考えるともなしに呟き続けてきた

「人為」=≠「自然」

というのもその辺りに関わっている。

たとえば、グランドキャニオンやナイアガラ瀑布、富士山でもキリマンジャロでも、ギアナ高地でも、大自然の「力」を目の当たりにして私達は自然の「崇高さ」「偉大さ」を感じるけれど、それを決して脅威には感じない。

圧倒的な脅威と感じ、瞳を釘付けにされながら何度見てもその実質を受け止めきれずに瞳を逸らさずにはいられないのは、「人為の裂け目」から「自然」を垣間見る瞬間だろう。

あの津波の後の瓦礫を見た私は、言葉を失い、カメラに撮ることも躊躇われ、瞳を逸らすこともできないまま、茫然と受け止めようのないショックを受けた。
また、原発事故による放射性物質の飛散状況の報道をつぶさに見守り続け、自分の「視界」に入れることができないまま、生存可能性の条件がどんどん「狭められていく」のを感じてきた。

そして今も感じ続けている。

それはけっして単なる「自然」の脅威ではないのだ。

私達が「テクネー」によって築き上げてきた「人為」が、圧倒的な「可能性条件」の究極である「神」=「自然」の力によって引き裂かれ、「人為の裂け目」を目の当たりにすることによって初めて、怖れがその裂け目から不可視の現実として招来しているのではないか。

だから、私達が今瞳をこらすべきなのは、「自然」でもなければ「人為」でもない。
そういう二分法では、この「裂け目」はついに見えてこない。

自然という根本的な
「存在の可能性の条件」(1)

と、

インフラストラクチャやさまざまなアーキテクチャ-として私達の「人為」的生活の基盤となっていた、社会的な
「存在可能性の条件」(2)

とを、「総合的」に見つめ続ける必要がある。

失敗した原因から遡及して、あるべき「原発」の姿をこの数ヶ月で提示できるはずもない。
「生存を支える可能性条件」
が満たされていないことは、福島の住民ならずとも、身に沁みて感じたはずだ。

(エコロジーとの関係も両氏は言及していたが、そこについてはまた後日触れる機会を持ちます。)

素朴に「福島を返せ」と叫びたい心情も分からないではない。
しかし、少なくても私は、そういう「叫び」として言葉を用いることはしない。

「生存を可能にする条件」を、しっかりと瞳を凝らしてみつめ、考え続けていきたいのである。


福島から発信するということ(1)

2011年06月18日 11時46分56秒 | 大震災の中で
もしくは「和合亮一」という「愚かさ」の使い方

3.11の大震災から100日、東電福島第一原子力発電所の事故を収束させる第一歩となる(はずの?)冷温安定化、そのための最初のアプローチとしての汚染冷却水の浄化・循環システムが動き始めたという。
なんとか継続的に稼働して、その効果を発揮してほしい。
もしこれがうまくいかなければ、連続的に大量の汚染水がうみに放出されるという新たに「あり得ないはずのこと」が起こるのだから。

さて、気がつくと、福島からも様々な形で「発信」がなされるようになった。

私は福島「から」福島以外の誰かに向かって発信しているつもりはあまりない。

「福島」という事件の現場にいるからには、そこで考え続けたことを、岩につける爪の跡のように、かき傷を残しておきたいと思うだけだ。

批評的に立場や主体をクリアにするつもりなのではなくて、この場で思考し続けたいというきわめて個人的な欲望で書いている。

けれども、100日も経てば「福島」の中からの声が「福島」以外の場所に向かって発せられ、そのリアクションが「福島」に向けて返ってくる、ということが起こる。

そして「福島」からの発信は200万通りぐらいはあるだろうし、「福島」以外からのリアクションは60億通り以上はあるのだろうから、いちいち反応するのもどうかと思う。

一方「福島」を巡って、
それを中心とした言説空間が立ち上がるのも当然といえば当然。「福島」は今ある意味で「言説世界の中心」的な話題でありつづけているのだから。

というわけで、1つだけコメントしておきたい。

和合亮一という詩人のことばについてだ。

個人的に面識のあるヒトについて個人名を挙げてブログで書くことになるとは思わなかったので、非常に話題の扱い方が難しいのだが、もちろん、人についてではなく詩人のことばについて、その詩人の「利用方法」について人格を経由しない疑問を述べておきたいのだ。

福島を主題とした和合亮一の詩は、今週のNHK9時からのニュースでも特集された「福島」から世界に発信されつづけている「Twitter=詩」である。

「福島は私たちです。私たちは福島です。」

「避難するみなさん、身を切る辛さで故郷を離れていくみなさん。必ず戻ってきて下さい。」

「福島を失っちゃいけない。東北を失っちゃいけない。」

といった、脳みそショート(短絡)系の内容で、「意味」的には

詩人の脳みそ=福島=津波=原発事故=世界

が区分を超えて、福島に在住する詩人の「身体」において繰り返し「短絡」していくのがポイントの詩である。

元来、和合亮一の名において呼ばれることばたちは、意識的に構築される論理や身体的な基礎をもつ心情に「制御」されず、むしろスーパーフラットな平面を、時には知的な上昇/降下をことばが感じ、時には心情的「多動」を担い、二次元的でありながらほとんど「光学的」に三次元的な「自由」を謳歌するものであった、という印象を持つ。

今回「福島」からの彼の名において発信された詩は、今まで「詩人」たちの間でのみ評価されてきたその「動物的」ともいえる「自由な動き」を持つ「言葉」が、大震災という決定的な現実側の「出来事」によって詩人の身体を「福島」に「固着化」させることにより、詩人の脳みその中で「ことば」において常に生起していた「ショートサーキット」が、今回は「福島」と「世界」において起こった、のではないか。
そういう意味では、和合亮一の名を持つことばだからこそ、スーパーフラットな空間を世界の果てまで「滑走」していくことができたのに違いない


さてしかし、私にはそれは、詩人としての「愚かさ」という美質の、根本的に不適切な使い方ではないか、と見えてしまう。

むろんことばの使用に間違っているも正しいもあるはずはない。

けれど、不適切な使用というものはあり得るだろう。

和合亮一の詩が「動物的」で「愚か」であることはまちがいない。それはむしろその詩のたぐいまれな嫉妬すべき美質だ。

だが、「福島において生活し続けること」はそれほど動物的でも愚かでもありえないのではないか。

「福島」と「世界」を短絡させて結んでしまう彼の名前を冠された詩は、詩のことばに「力」
がある分んだけ、そのことによって「福島」の別の側面を隠蔽する言説の「権力的効果」を同時に保有してしまう危険がある。

福島の外部にいて、その福島と世界を短絡された詩を享受するヒトにとって、「心に響く」彼の詩は、逆にいえば「心に響きにくい葛藤」に届かないまま「いやされる」ことにつながってしまいかねないだろう。

そんな「相田みつを現象」的なことが詩人の守備範囲外なのは、はじめから分かっている。

でもね。

今「福島」においてもっとも必要なのは、かつて福島には手放しで「幸せ」があったかのようなインチキな言葉をばらまくことではなく、その福島こそがもっとも原発に協力してきた加害者「でもある」苦さを見つめつつ、どれだけの放射能を浴びながらここに踏みとどまるのか、というツラい選択を日々しつづけることなのではないか(たとえばの話、ね)。

そこから見ると、和合亮一の詩のことばの「使用」は不適切だと見えてしまう、ということだ。

福島を選択しつづけることも、福島から離れることも、どちらも私たちを引き裂く。それは、大災害や原発事故だけが、福島の人々を引き裂いた、のではないだろう。

もしそうであるなら、原発事故や大震災以前は何も問題がなかったかのような、そしてそれを失ってしまった不幸を嘆くような、センチメンタルなショートサーキットは、「福島」に瞳をひらかせることではなく、瞳を閉じことに終わってしまう。

それもまた、「愚か」で「動物的」である限りにおいてまれな「美質」を持つ和合亮一の詩のことばの守備範囲ではない、というのだろうか。

しかし、和合亮一の詩の言葉では、肝心な瞳を凝らすべきさまざまな「人為」によって生じた「裂け目」それ自体が回路短絡してしまい、見えなくなってしまっている。


だからこそ、あとはことばが「愛妾換馬」の身振りのように、スーパーフラットな平面をどこまでも流通していくことになる、ということになっていないか。

原発を容認してきた福島県民の「苦み」や「痛み」、ことばになりにくい「葛藤」はすくなくてもそこにはない。
だから、原発を容認してきた福島以外の(とくに首都圏)の人々も、この詩人のことばは
受け入れやすい。

しかし、サバルタンな、声にならない従属化した声に耳を澄まし、声を挙げることこそが、まずもって詩人の役割だったのではないか。
そうであるなら、繰り返すがたぐいまれなる「愚かさ」の美徳をもっていた彼の詩のことばが、不適切な使用をされているのではないか?

繰り返しになるが、私は和合亮一の詩に、ないものねだりをしている。それは彼の詩が抱える問題だけでは、おそらくないのだろう。

同じく彼を知る友人のコメントは

「市場が福島に詩人を欲望したのだ」

ということだった。なるほどね、と思った。

ただし、そういう点でいえば誰でもよかった、ということになってしまいかねない。
そうではない、というのは詩の読めない素人の私にも分かる。

和合亮一の詩のことばの美質があるからこそ、その「福島」という事件の現場に釘付けにされた詩人の「肉体」を伴って、はじめて「福島」は「世界」と出会った、ということなのだろう。

しかし、和合亮一という詩人自身がそのことばについてエクスキューズしているように、詩人の内部においてすでに狂気と理性の「裂け目」は「処理」されており、あとは時間軸を持たない「センサー」の役割に徹してことばが紡ぎ出されてくる。

一見彼の詩の言葉において「時間」に見えるモノも、それはあまりにナイーブな「音」や「映像」において表出されるにすぎない。

その出会わせ方だけでは世界を半分で生きることになりかねないよ、という危惧が、これを書かせている。世界を半分に縮減してしまった上での中心は、楕円の中心の一つでしかないのだから。

繰り返すが、和合亮一の詩に全てを求めるのは筋違いだ。

分かっている。

今は「小判鮫」のように注釈を加えることしかできないのは、あくまで私の「能力の欠如」であって、間違っても彼の詩の瑕瑾ではない。

だからこそ、岩に爪の跡を残すように、「読まれない」文章をこうして書いている(苦笑)。

しかし、彼の詩を賞揚する受け手は、注意深い「扱い」をすべきだ。「市場」として彼のことばを消費して終わってしまうのか、来るべき、そして未だ語られていない「声」の痕跡を、この詩人の言葉の彼方に、この詩人のことばの「意図」を超えて、感じようとするのか。

散文的=精神的なことばが福島から紡ぎ出されるまでには、今少し時間が必要だ、という当たり前のことなのかもしれないが。

「私たち」でもある私は、共感求め続けるだろう。

しかし、「わたしたち」ではない私は、粘り強くもう一つの楕円の中心を探し出そうとしつづけなければなるまい。


震災以後を生きる(11)

2011年06月15日 03時17分49秒 | 大震災の中で
あった方がいいものと、どうしても必要不可欠な「最低限度の文化的生活」を支えるインフラとは、そろそろ本気で区別しよう。

自然の恵み、というけれど、今や農業も漁業も、電力と放射能で深く結びついてしまった。
いわゆる「自然の恵み」はいよいよ「社会的インフラ」のコストにおいて明示的に語られるべき事柄に算入されてしまいました。

まことに残念ながら。
でも、現代の生活っていうのは、そういう「人為」の中で繰り広げられるものなのだろう。一見「自然」と見えるものであっても。

であるなら、原発事故を「絶好の危機」(最悪の危機でもなければ絶好のチャンスでもなく、ね)として、私達は、何が本当に不可欠なのか、何がオプションとして必要なのか、それぞれの視点から優先順位をつけつつ、各自が「状況定義」をし直していくべきところに立っている、と考えたい。

私は、水道・電気は時々止まる程度までは「あり」だと思う。
止まる日時と期間が分かっていれば、生活としてはなんとかなるんじゃないかな。

もちろんそのために支払うコストはそれなりに必要になるかもしれない。
産業によっては電気の質が悪くなると困るってことはあるらしい。

でもさ、そういのは実は中期的には対応可能だよね、どう考えても。
ピーク時の電力ダウンを避けるために原発維持っていうのは、現実に起こっている「福島」の現実の大変さを考えれば、重要度は低いなあ。

あとは安全な農水産物の安定的供給。近海物の魚と地物のお米や野菜や果物が安心して継続的に食せること。

日本の国土の安全性を質(しち)に入れてまで経済成長を図る、というのは、愛郷精神からいうと、×ですねえ。

石原幹事長の、イタリアの脱原発国民投票の結果は「集団ヒステリー」だっていうコメントは、パターナリズム的に「心情はわかる」と「理解」しているところがかなり「ダメ」だと私は感じます。

そうじゃなくて、本当に何が大切でどういう優先順位があって、だから短期的にはこう、中期的にはこれ、長期的にはここを目指す、と、政治家なら今こそ、踏みとどまってもう少し柄の大きなフィクションを立ててほしい。

それはパターナリズムとは対極の姿勢になると思うけどなあ。

ただね、今の「中央集権的政治言説」自体の制度疲労的限界もあるんだと思う。
マスコミも中央政府も、垂直統合型の近代システムが洗練された極致みたいなところがある。

事件の現場、ここでは「福島」と、中央政府や東京のマスコミとの乖離というかズレというか、北関東と東北のはざまにある「いわき」にいると、それをつくづく改めて感じます。

じゃあ、どうするか、といえば、私個人にできることは限られている。
私にとってそれは哲学を続けることだ。哲学者じゃねえけど(笑)。

誰かが昨日Twitterでリツイートしていたように思う(たぶん國分功一郎氏)けれど、

「哲学とは郷愁である。どんなところにいても、家に居るようにいたいと願う一衝動である」(ノヴァーリス)

これ、わかるなあ。
バシュラールがたしか
「家とは人間をより確固とした存在にする」
って『空間の詩学』でいってたように思うけれど、私の中ではそれがようやく繋がりつつあります。

その「家」というか「郷愁」の対象である「郷」の「福島」が今、戻ることの出来ない「新たな世界」に「転送」されちまったわけですから、生き延びるための武器は絶対に今は「経済」じゃなくて「哲学」。

そう感じています。