先週、同じ大学の1年先輩で、以前同じ会社にいた66歳になるY.Hさんと会った。
5年ぶりぐらいである。この年齢になると、やはり話題は退職後の過ごし方の話になる。
彼は退職2年前(58歳の時)「退職後の生活」というテーマで、会社の研修会に夫婦
2人で参加したそうだ。研修の中で月間、週間、1日の白紙のスケジュール表を渡され、
離職後に考えられる予定を記入するように言われた。その時自分には全く書くことがない
ことに愕然としたそうである。そして初めて退職後の時間を実感するようになったという。
それ以来、退職後何をするかを考え続けた。俳句教室で勉強をし俳句を作り始める。
毛筆を習い、般若心経の写経を始める。ハワイマラソンを目指しジョギングを始める。
思いつくことで自分が出来そうなものを、次から次へ始めていったという。
しかし実際に定年退職してからは「何のために??」という思いが強くなり、ほとんどが
長く続かず、反対にノイローゼ気味になって、憂鬱な日々が続いたという。
何年か経過するうち発想を変えることにしたそうである。(本からの啓示だろうと思うが)
「どう生きるか」ということから、「死ぬまでに自分は何をしたいか」という切り替えである。
自分が死ぬ日を90歳の誕生日に設定する。あと25年間、この間に何をしたいか?
こう考えると、いくつかやりたいことが出てきて、前向きなスタンスになり始めたという。
そんな中から、自分の考えを整理し書き出してみたそうだ。
A、今までやり残してきたと思えるもので、死ぬまでにやっておきたいこと、
① おしゃれをする。
② 韓国、中国、インドの3ケ国に行く。
③ 女房孝行する。
④ 今まで買いためた司馬遼太郎と塩野七生の本を読破する。
⑤ 般若心経の「空」について勉強する。
⑥ 若い女性と接触を保つ(変な意味ではなく話し相手ということ)
B、死ぬまでにやっておかなければいけないこと、
① 社会との接点を保っておくためとボケを防ぐために、何か物を作っていく、
できれば日本の伝統的な手内職的なもので何かを作って行きたい。
② 遺言を書く、
③ 自分の身辺整理(捨てるものはすべて捨てておく)
C、家族に迷惑をかけず、自分も苦痛なく死ぬためにやっておくこと、
① 1年1回の健康診断と不調の時は億劫がらず直ぐ病院に行く。
② 食事の管理(お酒を控え、バランスのある食事をする)
③ 運動をする。(今は週に3回は10kmは歩くようにしている)
酒の席で、聞き逃したところはあるが、だいたいこのようなことを言っていたと思う。
これを実行するには年金だけではなかなか難しい。今は千葉市内の大きな駐車場で
パートタイムで働いている。時給900円で週3回、1回12時間、月約12万である。
当面70歳までは働けるということで、これを資金に活動して行くそうである
視点を変えたことで、見方が変わる。例えばA①の「おしゃれうをする」、
サラリーマン時代はお金もなく、背広が主で普段着もオシャレなものは持っていない。
やはり年相応のオシャレがしてみたい。そう考えると、日々すれ違う人の服装が気になり、
雑誌を見たり、百貨店へ行った時も丹念に見て回るようになる。1足良い靴を買ったし
良いコートも買った。今日は西武で目につけておいたお洒落なバックを思い切って買った。
視点を変えると、なにか世の中の見方が変わり、楽しくなって前向きになってくるという。
そんな話を聞いているうちに、5~6年前に観たある映画を思い出した。その映画は
「死ぬまでにした10のこと」というもの、私には結構インパクトがあって今でも覚えている。
映画はカナダのバンクーバーが舞台、幼い娘2人と失業中の夫と共に暮らす若いアン、
彼女はある日腹痛のために倒れ、病院に運ばれ検査を受ける。その診断結果は
「余命2、3ヶ月」という残酷なものであった。若さのせいで癌の進行が早くもう手遅れだと
言われ言葉をなくし絶望する。 病院から戻ったアンは家族には「だたの貧血」と嘘をつく。
悩んだ末、この事実を誰にも言わないと決めたアンは、「死ぬまでにしたい10のこと」を
ノートに書き出し、一つずつ実行してゆき死を迎える。そんな映画であった。
彼女が書き出した10のことが下のようなものである。
1.娘たちに毎日「愛してる」と言う。
2.娘たちの気に入る新しいママを見つける。
3.娘たちが18歳になるまで毎年贈る誕生日のメッセージを録音する。
4.家族でビーチに行く。
5.好きなだけお酒とタバコを楽しむ。
6.思っていることを話す。
7.夫以外の人とつきあってみる。
8.誰かが私と恋に落ちるよう誘惑する。
9.刑務所にいるパパに会いに行く。(長い間会っていない)
10.爪とヘアスタイルを変える。
「死ぬまでにどう生きるか?」を考えるより、「死ぬまでに何をしたいか?」を考える方が
実行性があり、わずか3ケ月の中で彼女は最後の力を振り絞って精一杯生きていく。
10の中にあった⑦夫以外の人とつきあってみる。⑧誰かが私と恋に落ちるよう誘惑する。
これも実践し、夫以外の男性と恋に落ち、最後は切ない別れになっていく。
映画の主人公のように3ケ月という短い余命ではないものの、1年先輩の彼にしても、
私にしても余命はどんなに長く見ても1/3を切っており、何時どうなってもおかしくない。
そんな時に前途洋々の若者のように「いかに生きるか?」ということを考えても、なかなか
納得いく答えは見いだせないのであろう。だから「何をやり残したか?」「何をしたいか?」
という具体的なものを列記した方が分かりやすくなり、明快な目標ができるように思う。
と、言うことで、私の「死ぬまでにしたい10のこと」を書き出してみた。
① 自分史を書いて3人の子供に渡す。
② この世に残していく小説を1編でいいから書いてみる。
③ スケッチブックを持ち歩き、鉛筆画でうまく写生できるようになる。
④ タクラマカン砂漠へ行き、360度の砂漠の中に自分の身を置いてみる。
⑤ 四国八十八ケ所を徒歩で回る。
⑥ 身の回りや服装は何時までも身ぎれいにしておく(おしゃれはセンスがないから無理)
⑦ 住宅ローンの完済、お墓の購入 自分の気に入った遺影写真を用意しておく。
⑧ 死ぬまでには数着の洋服と肌着、パソコンと携帯電話以外はすべて処理しておく。
⑨ 死期を感じた時、故郷の下関を数日かけてゆっくりと歩いてまわる。
(昔の実家、学校、親戚の家、遊んでいた場所、家族との旅行先、等々)
⑩ 死ぬまで一緒にいるかどうか別にして、最後には女房に「ありがとう」を言って別れる。
思いつくことを列記してみた。まだ離職するまでに数年の時間はあるだろう。その間に見直し、
それを自分の「死ぬまでにしたい○○のこと」として実行してみようと思うようになった。
5年ぶりぐらいである。この年齢になると、やはり話題は退職後の過ごし方の話になる。
彼は退職2年前(58歳の時)「退職後の生活」というテーマで、会社の研修会に夫婦
2人で参加したそうだ。研修の中で月間、週間、1日の白紙のスケジュール表を渡され、
離職後に考えられる予定を記入するように言われた。その時自分には全く書くことがない
ことに愕然としたそうである。そして初めて退職後の時間を実感するようになったという。
それ以来、退職後何をするかを考え続けた。俳句教室で勉強をし俳句を作り始める。
毛筆を習い、般若心経の写経を始める。ハワイマラソンを目指しジョギングを始める。
思いつくことで自分が出来そうなものを、次から次へ始めていったという。
しかし実際に定年退職してからは「何のために??」という思いが強くなり、ほとんどが
長く続かず、反対にノイローゼ気味になって、憂鬱な日々が続いたという。
何年か経過するうち発想を変えることにしたそうである。(本からの啓示だろうと思うが)
「どう生きるか」ということから、「死ぬまでに自分は何をしたいか」という切り替えである。
自分が死ぬ日を90歳の誕生日に設定する。あと25年間、この間に何をしたいか?
こう考えると、いくつかやりたいことが出てきて、前向きなスタンスになり始めたという。
そんな中から、自分の考えを整理し書き出してみたそうだ。
A、今までやり残してきたと思えるもので、死ぬまでにやっておきたいこと、
① おしゃれをする。
② 韓国、中国、インドの3ケ国に行く。
③ 女房孝行する。
④ 今まで買いためた司馬遼太郎と塩野七生の本を読破する。
⑤ 般若心経の「空」について勉強する。
⑥ 若い女性と接触を保つ(変な意味ではなく話し相手ということ)
B、死ぬまでにやっておかなければいけないこと、
① 社会との接点を保っておくためとボケを防ぐために、何か物を作っていく、
できれば日本の伝統的な手内職的なもので何かを作って行きたい。
② 遺言を書く、
③ 自分の身辺整理(捨てるものはすべて捨てておく)
C、家族に迷惑をかけず、自分も苦痛なく死ぬためにやっておくこと、
① 1年1回の健康診断と不調の時は億劫がらず直ぐ病院に行く。
② 食事の管理(お酒を控え、バランスのある食事をする)
③ 運動をする。(今は週に3回は10kmは歩くようにしている)
酒の席で、聞き逃したところはあるが、だいたいこのようなことを言っていたと思う。
これを実行するには年金だけではなかなか難しい。今は千葉市内の大きな駐車場で
パートタイムで働いている。時給900円で週3回、1回12時間、月約12万である。
当面70歳までは働けるということで、これを資金に活動して行くそうである
視点を変えたことで、見方が変わる。例えばA①の「おしゃれうをする」、
サラリーマン時代はお金もなく、背広が主で普段着もオシャレなものは持っていない。
やはり年相応のオシャレがしてみたい。そう考えると、日々すれ違う人の服装が気になり、
雑誌を見たり、百貨店へ行った時も丹念に見て回るようになる。1足良い靴を買ったし
良いコートも買った。今日は西武で目につけておいたお洒落なバックを思い切って買った。
視点を変えると、なにか世の中の見方が変わり、楽しくなって前向きになってくるという。
そんな話を聞いているうちに、5~6年前に観たある映画を思い出した。その映画は
「死ぬまでにした10のこと」というもの、私には結構インパクトがあって今でも覚えている。
映画はカナダのバンクーバーが舞台、幼い娘2人と失業中の夫と共に暮らす若いアン、
彼女はある日腹痛のために倒れ、病院に運ばれ検査を受ける。その診断結果は
「余命2、3ヶ月」という残酷なものであった。若さのせいで癌の進行が早くもう手遅れだと
言われ言葉をなくし絶望する。 病院から戻ったアンは家族には「だたの貧血」と嘘をつく。
悩んだ末、この事実を誰にも言わないと決めたアンは、「死ぬまでにしたい10のこと」を
ノートに書き出し、一つずつ実行してゆき死を迎える。そんな映画であった。
彼女が書き出した10のことが下のようなものである。
1.娘たちに毎日「愛してる」と言う。
2.娘たちの気に入る新しいママを見つける。
3.娘たちが18歳になるまで毎年贈る誕生日のメッセージを録音する。
4.家族でビーチに行く。
5.好きなだけお酒とタバコを楽しむ。
6.思っていることを話す。
7.夫以外の人とつきあってみる。
8.誰かが私と恋に落ちるよう誘惑する。
9.刑務所にいるパパに会いに行く。(長い間会っていない)
10.爪とヘアスタイルを変える。
「死ぬまでにどう生きるか?」を考えるより、「死ぬまでに何をしたいか?」を考える方が
実行性があり、わずか3ケ月の中で彼女は最後の力を振り絞って精一杯生きていく。
10の中にあった⑦夫以外の人とつきあってみる。⑧誰かが私と恋に落ちるよう誘惑する。
これも実践し、夫以外の男性と恋に落ち、最後は切ない別れになっていく。
映画の主人公のように3ケ月という短い余命ではないものの、1年先輩の彼にしても、
私にしても余命はどんなに長く見ても1/3を切っており、何時どうなってもおかしくない。
そんな時に前途洋々の若者のように「いかに生きるか?」ということを考えても、なかなか
納得いく答えは見いだせないのであろう。だから「何をやり残したか?」「何をしたいか?」
という具体的なものを列記した方が分かりやすくなり、明快な目標ができるように思う。
と、言うことで、私の「死ぬまでにしたい10のこと」を書き出してみた。
① 自分史を書いて3人の子供に渡す。
② この世に残していく小説を1編でいいから書いてみる。
③ スケッチブックを持ち歩き、鉛筆画でうまく写生できるようになる。
④ タクラマカン砂漠へ行き、360度の砂漠の中に自分の身を置いてみる。
⑤ 四国八十八ケ所を徒歩で回る。
⑥ 身の回りや服装は何時までも身ぎれいにしておく(おしゃれはセンスがないから無理)
⑦ 住宅ローンの完済、お墓の購入 自分の気に入った遺影写真を用意しておく。
⑧ 死ぬまでには数着の洋服と肌着、パソコンと携帯電話以外はすべて処理しておく。
⑨ 死期を感じた時、故郷の下関を数日かけてゆっくりと歩いてまわる。
(昔の実家、学校、親戚の家、遊んでいた場所、家族との旅行先、等々)
⑩ 死ぬまで一緒にいるかどうか別にして、最後には女房に「ありがとう」を言って別れる。
思いつくことを列記してみた。まだ離職するまでに数年の時間はあるだろう。その間に見直し、
それを自分の「死ぬまでにしたい○○のこと」として実行してみようと思うようになった。