EXCELSIOR CAFFE
朝、食事もせずに家を出てくるので、途中どこかコーヒーショップに立ち寄り、ゆっくり新聞を読むのが習慣になっている。池袋に着いても7時前の営業の店は限られている。そんな中で西武線の改札を出たところにあるエクセルシオールという喫茶店をよく利用していた。「EXCELSIOR CAFFE」という店はドトールコーヒーの別ブランドで、低価格の「ドトールコーヒー」よりワンランクアップをねらった店のようだ。店内の調度や装飾も黒を基調に高級感を出している。ブレンドもドトールが200円に対して290円である。2年前ぐらいに店内改称してからよく使うようになっていた。しかし最近はこの店のあまりにも画一的なマニュアル用語が耳障りで、居心地の悪さを感じるようになってしまった。
駅の改札を出て、店の自動ドアを開けて中に入ると、
入り口に一番近いところで店内調理しているスタッフから、
「いらっしゃいませ、おはようございます」と、声がかかる。
列の後ろに並んで順番を待っていると、同じスタッフから、
「ご注文までしばらくお待ちくだいませ」、と作業しながら声だけが飛んでくる。
さらに「只今、お得なモーニングセットをご用意いたしております。是非ご利用下さいませ」
と言うセールストークまで発するのである。
レジは2台あり、どちらかのレジが空くと、
「2番目でお待ちのお客様、お待たせいたしました」と声が掛かり、レジ前に進む。
「ご注文はお決まりですか?お決まりでしたらお伺いいたします?」と注文を聞かれる。
「ブレンド」と注文すると、
「お客様は店内でお召し上がりでございましょうか?」とまた聞かれる。
「店内」と答えると、
「はいかしこまりました」と、後ろを振り向きカップをコーヒーマシーンの注ぎ口に置く、
そして、「ドリップ入りま~す」と少し大きめの声で周りに合図するかのように声をかける。
それを聞いて周りのスタッフ2~3人が、「お願いしま~す」いっせいに答えている。
その後、トレーにソーサーとスプーンを置き、注がれたコーヒーをセットする。
「お会計、290円頂戴いたします」と言われ、300円を出すと、
「お客さま、Tポイントカードをお持ちですか?」と、問われる。
「ない」と返事すると、「失礼いたしました」と答え、
「300円お預かりいたします」「10円のお返しでございます」「こちら、レシートでございます」と
つり銭の確認を行い、10円玉とレシートを渡される。
トレーに手をかけると、「砂糖などはお好みで奥のカウンターにご用意しております」と
右手でそちらを指し示す。
トレーをもって離れようとすると、「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」と頭を下げられた。
20分ほどでコーヒーを飲み新聞に目を通してから、カップとトレーを返却棚に持っていくと、
「恐れいります」「ありがとうございます」と、どこからともなく声が飛んでくる。
そして出口に向かって歩き始めると、「ありがとうございます」「またお待ちしております」
「いってらっしゃいませ」と言う言葉が、矢継ぎ早に背中の後ろから聞こえてくる。
毎日毎日同じ対応を受け、毎日毎日同じ言葉を聞けば、その言葉が耳に付いてきて、反対に耳障りになってくる。ドトールよりグレードアップということは、ドトールよりマニュアル用語を増やしたと言うことなのだろうか? 事細かなマニュアルを作れば、サービスがよくなり顧客満足につながると思っているのだろうか? これを実行させている店長は本当に顧客の心理をわかっているのだろうか?と疑問に感じるのである。
まず入り口で声をかける「いらっしゃいませ」から、「注文までしばらくお待ちください」までの言葉はまったく無意味である。作業しながら、お客の顔も見ず、だだ声を発しているだけである。セルフの店で並んで自分の順番を待っているわけだから、おおよその時間は計算できる。そこに毎度毎度「ご注文まで、しばらくお待ち・・・」と無機的な言葉を発せられても心に響かないし、反対にその言葉に不快感を感じるほどである。その次に「店内でお召し上がりですか?」は、カップで出すか、紙コップに入れるか、次の作業にかかわってくるから重要な確認事項なのだろう。しかしこの店で同じ朝の時間帯にきている客の70%は私でも見知っている。同じ時間帯に勤務しているスタッフも見知っていて当然のはずである。それでも毎度毎度確認しなければいけないのだろうか。しかもテイクアウトの客は50人から100人に一人の割合しかいないように思えるのだが、
次が「Tポイントカードお持ちですか?」である。〈Tポイント使えます〉の幟のPOPがレジ横にドンと掲げてある。ポイントカードを持っているにもかかわらず提示し忘れたからといって、それが店の落ち度だと感じる客はいないだろう。それより、持ってない客が毎回確認されることの不快感のほうが大きいように思うのである。あるとき、前に並んでいた中年の男性客が、注文を聞かれる前に、「ブレンド、店内、ポイントカードなし」と一気にしゃべった。私もこの客の気持ちがわかる。いつも来ている店で、毎度毎度同じことを聞かれ、毎度毎度それに返答しなければいけないことが、うっとうしいのである。銀行のタッチパネルのように相手が機械なら一つ一つの確認事項を入力しなければいけないと諦めがつく。しかし接客とは生身の人間同士の相対での対話である。そこに馬鹿丁寧なマニュアルを持ち込んで、それを金科玉条のように思って、スタッフに教え込んでいる会社が認識不足なのではないかと思ってしまうのである。
こんなことをドトールに直接言っても、相手は聞く耳を持たないだろう。大勢のアルバイトスタッフを使って、多くの店で均質なサービスや間違いのない接客をしていくには、マニュアルによってスタッフを教育していくしかない。多分そう言うだろうことはわかっている。しかし、これは「過ぎたるは及ばざるが如し」である。工場などの作業マニュアルと違って、接客マニュアルは接客に不慣れな人に基本を教えるためのものである。基本を覚えれば、あとはそれぞれの顧客に臨機応変に対応していくのが接客業なのではないだろうか。いつまでたってもマニュアル接客から抜け出せない「EXCELSIOR CAFFE」という店は、ある意味三流の喫茶店のように思ってしまうのである。
ロッテリア
そんなことから最近、別な店を探している。少々遠くなるが、ひとつは駅ナカで一番はずれにある「ロッテリア」である。接客はアルバイトの素人ぽさが残っていて、時々韓国人学生のアルバイトも混じっている。その韓国学生の舌足らずの日本語での接客の方がエクセルシオールの接客より、はるかに親しみが持てるから不思議である。しかし席の間隔を詰めての一人席が中心で、地下1階という立地は閉塞感がある。また赤い帽子のユニホームは野暮ったく感じて、朝のひと時を「ゆっくりくつろぐ」という気分にはなれない。
もう1店が一旦東口を出てパルコの1階にある「ベッカーズ」という店である。ここは1階と2階(喫煙)を合わせると200席近いマンモスカフェである。そのためかオーダーカウンターで注文すると、ナンバーの入った受け取り券をもらい、それを持って5~6mはなれたピックアップカウンターで待つ。レジ打刻と同時に調理室にオーダーが伝わるのだろう、2~3人のスタッフが手早く商品を整え、オーダー番号順に手渡していく仕組みである。マンモス喫茶だから完全な流れ作業である。したがって余計な接客用語も使わず、あくまでもスピード重視である。東口に面して窓も広くとってあり、店内も広いから開放感がある。これが満席になれば今度は人数で圧倒されるのであろうが、朝の7時前はまだお客もまばらで席と席の間も余裕があって意外とゆったりとくつろげるのである。今はこの「ベッカーズ」が中心になってしまった。
人により喫茶店に対する要求は違っているはずである。メニュー、品質、単価、雰囲気等々の総合点が個人の選択基準になっていると思う。私の場合はメニューやコーヒーの味や単価というものより、どちらかといえば「居心地」を重要視する。1時間40分をかけての通勤途中のオアシス的な存在なのである。そんな場所で人間マシーンのような店員から、丁寧なマニュアル用語で対応されると、反対に殺伐とした気分になってしまう。これはやはり歳をとったからの感覚なのだろうか?
ベッカーズ