Oさんのことは今までに何度も書いてきた。彼は55歳、3年半前に会社を辞めて(リストラ)、今は両親と同居で親の年金を当てにしてのパラサイト生活である。そんな自分の不甲斐なさは、誰に言われなくても自覚しているのだが、しかしどうにも気力が上向かず立ち直れないでいる。そして彼は「もう自分は働くことは出来ないだろう」と思うようになってしまった。今は年老いた両親の食事などの世話をすることで、何とか自分のモチベーションを保っているが、いずれ両親がいなくなれば自分は野たれ死にするかもしれない。そうであれば、それはそれで構わない。自分には「生」に対する執着は全く持っていない。と本人は言う。
そんな彼とはこの3年半、定期的に会うようにしていた。会社を辞めた当初は彼の精神的な葛藤や変化をつぶさに感じ取ることが出来た。しかし社会と関わらなくなると、彼の話は次第に変化がなって退屈なものになってくる。そんな彼の中での最大の関心ごとは大リーグのイチローのことである。大リーグ中継は欠かさずに見ていて、イチローの日々の活躍を自分のことのように自慢するのが常である。それともう一つ、最近の話題は「ネコ」を飼い始めた事ぐらいである。近くの犬猫病院の張り紙で「捨て猫の飼い主募集」に目が留まり、最後に残った子猫をもらって育てることにしたそうである。もともと人間に飼育され、阻害されている家畜やペットに対して哀れみを感じていた彼は、その捨てネコを育てることが、自分の存在意義を作っているようにも思えるのである。
イチローとネコの話、これだけで彼は2、3時間は喋るのである。私にとってイチローが何割打とうが、アメリカでどう評価されようが関心はないが、彼にとってのイチローは子供漫画のヒーローと同じように、その活躍に自分を同化させて心の満足を得る存在なのである。しかしそんなイチローも最近は陰りが見えてきた。打率も3割を割り、とうとうマリナーズから放出されてヤンキースに移籍になった。さて来年はどこのチームでどういう契約になるのか?彼にとっては自分のことのように身につまされることなのである。
彼が最近よく考える幻想を私に語ってくれた。そのあらましはこうである。(多分イチローが落ち目だからだろう)自分が大リーグに乗り込んでいき、そこで活躍してやがてヒーローになる。マスコミは彼をもてはやし、契約金も何十億円につり上がっていく。独身で贅沢を嫌う彼は、そのお金を使って、捨てネコや捨て犬の大規模な保護施設を全米に作り始める。それをまたマスコミが取り上げ彼はますます有名人になっていく。そんな彼にある時に悲劇が訪れる。ジョンレノンが熱狂的なファンに射殺されたように、彼もまた彼のファンに銃で撃たれてしまう。その後死んだのかどうかまでは聞いていないが、彼は英雄として後世まで語り継がれる存在になるのであろう。
この話普通の人が聞けば、「いい大人が子供のようなたわ言を・・・」、と思うであろう。私もそうは思う。しかし何十回と彼と話していると、人の心の弱さ、日々ぐらつく不安定さを感じずにはいられない。彼は自分の「不甲斐なさ」を自分ではイヤと言うほど感じているのであろう。だからこそ再び社会に出ることに対して臆病になり、動けなくなり、結果一種の引きこもり状態になっているのである。しかし自分の不甲斐なさ惨めさだけを感じているだけでは自分が押しつぶされてしまう。だから心のバランスをとるために、イチローに同化し自分を慰めているのであろう。そして捨て猫の命を救うことで、ささやかな心の安息を見出し、幻想の中に自分の活躍の場を求めて逃避しているのかもしれない。人は心のバランスを崩したままでは正常な生活はおぼつかない、だから心は必然的にバランスを取ろうとするのである。人の心とはデリケートなものである。
彼に会うたびに「どうすればもう一度社会復帰できるのだろう」と考えてしまう。よく「挫折を知らない人は弱い」と言われるが、彼は50歳を過ぎて初めて大きな挫折を味わってしまったのである。歳をとっての骨折は治りにくいのと同様に、彼は挫折から精神的に立ち直れなくなってしまったのである。若い時であれば、自分が持っている生命力やエネルギーが再生の方向に働いて、再び復活していけたのかも知れない。しかし独身で背負うべき責任も義務感も希薄な彼にとっては、復活しなければいけない目的が見当たらない。年寄りの骨折が寝たっきりになる可能性が高いように、彼もこのまま引きこもりが続く可能性は強いように思う。だからこのままの状態を良しとせず、彼が再び社会復帰していこうとするなら、自らが何か小さな目的を見つけ一歩づつ踏み出していくしかないように思うのである。例えば幻想の中で考えた、捨て猫や捨て犬の保護のために、自分が尽力するとかのように。
そんな彼とはこの3年半、定期的に会うようにしていた。会社を辞めた当初は彼の精神的な葛藤や変化をつぶさに感じ取ることが出来た。しかし社会と関わらなくなると、彼の話は次第に変化がなって退屈なものになってくる。そんな彼の中での最大の関心ごとは大リーグのイチローのことである。大リーグ中継は欠かさずに見ていて、イチローの日々の活躍を自分のことのように自慢するのが常である。それともう一つ、最近の話題は「ネコ」を飼い始めた事ぐらいである。近くの犬猫病院の張り紙で「捨て猫の飼い主募集」に目が留まり、最後に残った子猫をもらって育てることにしたそうである。もともと人間に飼育され、阻害されている家畜やペットに対して哀れみを感じていた彼は、その捨てネコを育てることが、自分の存在意義を作っているようにも思えるのである。
イチローとネコの話、これだけで彼は2、3時間は喋るのである。私にとってイチローが何割打とうが、アメリカでどう評価されようが関心はないが、彼にとってのイチローは子供漫画のヒーローと同じように、その活躍に自分を同化させて心の満足を得る存在なのである。しかしそんなイチローも最近は陰りが見えてきた。打率も3割を割り、とうとうマリナーズから放出されてヤンキースに移籍になった。さて来年はどこのチームでどういう契約になるのか?彼にとっては自分のことのように身につまされることなのである。
彼が最近よく考える幻想を私に語ってくれた。そのあらましはこうである。(多分イチローが落ち目だからだろう)自分が大リーグに乗り込んでいき、そこで活躍してやがてヒーローになる。マスコミは彼をもてはやし、契約金も何十億円につり上がっていく。独身で贅沢を嫌う彼は、そのお金を使って、捨てネコや捨て犬の大規模な保護施設を全米に作り始める。それをまたマスコミが取り上げ彼はますます有名人になっていく。そんな彼にある時に悲劇が訪れる。ジョンレノンが熱狂的なファンに射殺されたように、彼もまた彼のファンに銃で撃たれてしまう。その後死んだのかどうかまでは聞いていないが、彼は英雄として後世まで語り継がれる存在になるのであろう。
この話普通の人が聞けば、「いい大人が子供のようなたわ言を・・・」、と思うであろう。私もそうは思う。しかし何十回と彼と話していると、人の心の弱さ、日々ぐらつく不安定さを感じずにはいられない。彼は自分の「不甲斐なさ」を自分ではイヤと言うほど感じているのであろう。だからこそ再び社会に出ることに対して臆病になり、動けなくなり、結果一種の引きこもり状態になっているのである。しかし自分の不甲斐なさ惨めさだけを感じているだけでは自分が押しつぶされてしまう。だから心のバランスをとるために、イチローに同化し自分を慰めているのであろう。そして捨て猫の命を救うことで、ささやかな心の安息を見出し、幻想の中に自分の活躍の場を求めて逃避しているのかもしれない。人は心のバランスを崩したままでは正常な生活はおぼつかない、だから心は必然的にバランスを取ろうとするのである。人の心とはデリケートなものである。
彼に会うたびに「どうすればもう一度社会復帰できるのだろう」と考えてしまう。よく「挫折を知らない人は弱い」と言われるが、彼は50歳を過ぎて初めて大きな挫折を味わってしまったのである。歳をとっての骨折は治りにくいのと同様に、彼は挫折から精神的に立ち直れなくなってしまったのである。若い時であれば、自分が持っている生命力やエネルギーが再生の方向に働いて、再び復活していけたのかも知れない。しかし独身で背負うべき責任も義務感も希薄な彼にとっては、復活しなければいけない目的が見当たらない。年寄りの骨折が寝たっきりになる可能性が高いように、彼もこのまま引きこもりが続く可能性は強いように思う。だからこのままの状態を良しとせず、彼が再び社会復帰していこうとするなら、自らが何か小さな目的を見つけ一歩づつ踏み出していくしかないように思うのである。例えば幻想の中で考えた、捨て猫や捨て犬の保護のために、自分が尽力するとかのように。