先週、十数年ぶりに麻雀をすることになった。1ケ月前、昔の取引先の先輩と一緒に大宮公園の桜を見に行ったとき、「こんど麻雀でもしようよ」と誘いがあった。そういえばこの先輩とはよく麻雀をしたが、彼がリタイアしてからはその機会もなくなり、いつの間にか麻雀のことは忘れていた。早速当時一緒にやっていたメンバーを集めて先輩の地元の大宮でやることになる。当日大宮駅AM10時に待ち合わせて4人が集まった。メンバーは大宮、鴻巣、船橋、私が所沢とバラバラで、私を除いた3人は後期高齢者(75歳以上)である。駅の東口を出て飲み屋街の中を探して、古びたビルの2階にある雀荘に入った。昭和を色濃く感じさせるその雀荘は、休日の朝というのにすで3組が卓を囲んでいた。いずれも50代以降の人たちである。
朝の10時から始めた麻雀が終わったのは夜の7時を過ぎていた。途中で店屋物を取って昼食をしながら、連続9時間の奮闘である。しかし終わってみれば「あっ」と言う間、自覚としては4~5時間の感覚である。しかもコンを詰めてやった割には、それほどの疲れは感じない。それだけゲームが面白く、集中していたのであろう。我々がサラリーマンの30代から40代は麻雀全盛の時代であった。職場にもよるが、男性社員の半数以上は麻雀をやっていたように思う。繁華街には多くの雀荘があり、どこも繁盛していた。会社帰りにメンバーを募り、終電まで麻雀に興じる。負けが続くと仲間内でのお金の貸し借りも多くなり、金銭管理がルーズな人は信用を失い、仲間はずれになっていくことも多々あったようである。
麻雀は今の若い人たちには人気のないゲームになってしまった。「4人でやるから自分の都合で終るわけにはいかない」、「親しい人との金のやり取りで、勝っても負けても気持ちが良くない」、「どうしても時間が長くなり、タバコの煙がもうもうとする環境は健康に良くない」、そんな理由で若い人たちに敬遠されてしまったのだろう。今の若い人たちはパチンコ・スロット、コンピューターゲームやカラオケなど、基本的には一人で楽しめ、機械相手で自分が主体になれるゲームに人気があるようである。昭和の遊びと平成の遊び、時代の変化の中でサラリーマンの遊びも大きく変わっていったように思う。
麻雀と言う遊び、人間関係が苦手な今の若い人たちにすれば、金が絡み人との関係が濃密になるから、わずらわしいだけであろう。しかし我々にとっては相手が生身の人間だからこそ面白いのである。捨て牌から相手がどんな手作りをしているかを読み、相手の表情やそぶり、その一挙手一投足から聴牌(テンパイ)を探っていく。そしてそんな3人の間隙を縫って自らの上がりを作っていかなければいけない。時に強引に、時に慎重に、読みと駆け引きの勝負事なのである。したがって技量だけではなく、運も大きく関与してくるゲームでもある。誰にでも勝つチャンスがある、言わば人生ゲームのような遊びでもある。
我々世代は戦後の混乱期や成長期の中を、明日に希望を持って、だだがむしゃらに生きていたような時代であった。混沌、混乱、無秩序、急成長そしてバブル、今の時代のような閉塞感の中で、どう自分を保っていくかではなく、社会の成長の中で遅れを取らず、どう立身出世を目指すかの時代であった。そんな環境だからこそ、今日は負けても明日は勝てる。そんな麻雀というゲームが広く親しまれたのであろう。大宮の雀荘に集った4人はそんな良き時代の戦士だったのである。この先麻雀は益々衰退して行き、いつの日か忘れさられていくのであろう。我々の世代と共に、
朝の10時から始めた麻雀が終わったのは夜の7時を過ぎていた。途中で店屋物を取って昼食をしながら、連続9時間の奮闘である。しかし終わってみれば「あっ」と言う間、自覚としては4~5時間の感覚である。しかもコンを詰めてやった割には、それほどの疲れは感じない。それだけゲームが面白く、集中していたのであろう。我々がサラリーマンの30代から40代は麻雀全盛の時代であった。職場にもよるが、男性社員の半数以上は麻雀をやっていたように思う。繁華街には多くの雀荘があり、どこも繁盛していた。会社帰りにメンバーを募り、終電まで麻雀に興じる。負けが続くと仲間内でのお金の貸し借りも多くなり、金銭管理がルーズな人は信用を失い、仲間はずれになっていくことも多々あったようである。
麻雀は今の若い人たちには人気のないゲームになってしまった。「4人でやるから自分の都合で終るわけにはいかない」、「親しい人との金のやり取りで、勝っても負けても気持ちが良くない」、「どうしても時間が長くなり、タバコの煙がもうもうとする環境は健康に良くない」、そんな理由で若い人たちに敬遠されてしまったのだろう。今の若い人たちはパチンコ・スロット、コンピューターゲームやカラオケなど、基本的には一人で楽しめ、機械相手で自分が主体になれるゲームに人気があるようである。昭和の遊びと平成の遊び、時代の変化の中でサラリーマンの遊びも大きく変わっていったように思う。
麻雀と言う遊び、人間関係が苦手な今の若い人たちにすれば、金が絡み人との関係が濃密になるから、わずらわしいだけであろう。しかし我々にとっては相手が生身の人間だからこそ面白いのである。捨て牌から相手がどんな手作りをしているかを読み、相手の表情やそぶり、その一挙手一投足から聴牌(テンパイ)を探っていく。そしてそんな3人の間隙を縫って自らの上がりを作っていかなければいけない。時に強引に、時に慎重に、読みと駆け引きの勝負事なのである。したがって技量だけではなく、運も大きく関与してくるゲームでもある。誰にでも勝つチャンスがある、言わば人生ゲームのような遊びでもある。
我々世代は戦後の混乱期や成長期の中を、明日に希望を持って、だだがむしゃらに生きていたような時代であった。混沌、混乱、無秩序、急成長そしてバブル、今の時代のような閉塞感の中で、どう自分を保っていくかではなく、社会の成長の中で遅れを取らず、どう立身出世を目指すかの時代であった。そんな環境だからこそ、今日は負けても明日は勝てる。そんな麻雀というゲームが広く親しまれたのであろう。大宮の雀荘に集った4人はそんな良き時代の戦士だったのである。この先麻雀は益々衰退して行き、いつの日か忘れさられていくのであろう。我々の世代と共に、